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あえかの  作者: はしもと
2/5

ひっこし


「私、来年の二月から外国で生活するから」

 宮川みさきの突然の告白のせいで、石田あおいの手からフォークが滑り落ちた。

 パスタの盛られた皿に落ちて、陶器とステンレスがぶつかった音が鳴る。

 幸いにも、ファミレスの店内は騒がしく、その音は目立つことなく雑音の中へ消えていった。

 あおいはテーブルに落としたフォークを拾い、小さくため息を吐いた。

 そしてみさきの目をじっと見つめた。



「なんで?」

 ようやく出てきた言葉がそれだった。

「昔から、外国で暮らしてみたいなって思ってたんだよね」

 みさきはこれから始まる新しい生活に胸を躍らせているのだろう。元から大きい目をさらに大きく開き、キラキラと輝かせている。そんなみさきとは対照的に、あおいの表情はかたくなっていく。



「……なんで?」

 あおいはさっきと同じ内容の質問をした。どうやらみさきの返答は、あおいが知りたかったことではないようだ。それに気付いたのか、みさきは顎に手をあてて、しばらく考えてから口を開いた。

「もっとたくさんの楽しいことを知りたいから……かなぁ?」

 みさきは首を斜めにかしげ、天井のシーリングファンを見上げた。どうやら本人自身もはっきりとした理由は分かっていないようだ。どちらかというと衝動的なものに近いのだろう。



「ッ……」

 あおいは何かを言いかけたが、結局口を閉じて俯いてしまった。

 二人の間に沈黙が流れる。あおいのパスタはすっかり冷めてしまった。みさきの話を聞いてから一口も手がつけられていない。



「そろそろ出よっか」

 目に涙をためて下唇をギュッと噛んでいるあおいを見て、みさきが慰さめるようにそう言った。

 帰り道でもあおいは一言も話さず、下を向いたままだった。

「そんなに下ばかり見て歩いたら危ないよ」

 あおいの小さな手を引っ張る。その温かさに、あおいの頬が涙で濡れていく。

「何がそんなに悲しいのさ」

「……ここにみさきちゃんにとっての楽しさはないの?」

 私がいるだけじゃつまらないの? とは聞けなかった。



「あるよ」

 みさきは笑顔で答えた。

「……だったら」

「だったら?」

「ずっとそばにいてほしいの……」



 あおいの言葉に対して、みさきはポカンと口をあけて目をひらいた。

 そして自分よりも小さい体のあおいを、もう片方の手でゆっくりと撫でた。

 絹のように柔らかくて、力を込めると壊れてしまいそう。自分も女だけど、あおいは違う生き物みたい、とみさきは思った。

 あおいは、そんなみさきの手をぎゅっと握る。離れてしまわないように。

 どこか遠くへ行ってしまわないように。



「ばかだなぁ……」

 みさきの言葉の意味を知るために、あおいは黙ってみさきをじっと見つめる。

「ここにいることと、そばにいることは違うでしょ? 私もあおいにそばにいてほしいよ」

「でも外国へ行くんでしょ? そばにいられなくなる……」

「うん、だからそばにいてほしいって言ってるじゃん」

「……? どういう意味?」



「一緒についてきてくれない?」

 理解が遅れた。数秒固まったのちその意味を理解すると、あおいは開いた口を手で隠した。

「ずっと一緒にいてもいいの……?」

「今更すぎるよ。私たちはずっと一緒だよ」



 あおいは思わず抱きついた。その小さな体全部で、みさきを抱きしめる。

 そして大きく深く息をする。

 さっきと鼓動の大きさは変わらないのに、今はとても温かい。

「うん」

 もらった声がなくならないように、大切に応えた。



「三ヶ月くらいなんだけどいいよね?」

「……? 三ヶ月……? 引っ越しじゃない……の?」

「引っ越さないよ。さすがに無理でしょ」

 初めから自分の勘違いだったことに気づいて、あおいの顔は一瞬で茹でタコのように赤くなった。顔から火が出る思いだった。



「もう! みさきちゃんはいつも言葉が足りてないんだよ!」

「あはは、ごめんね。あと知り合いの部屋を借りるんだけど、ベッドが一つしかないんだ。それでもいいよね?」

「ッ……! い、いいよ……」

 あおいの頭は完全にショートして、煙を出した。

 どこの国に行くか聞いてないことに気づいたが、そんなことよりも素敵な想像で頭がいっぱいになってしまった。


 楽しい旅になったらいいな。






 

 

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