トマトケチャップ
「また口元についてるよ」
東條みちるはそう言うと、スクールバックの中からポケットティッシュを取り出した。そこから一枚抜き出し、池谷かんなの口元についたケチャップを拭き取った。
一口かじられたアメリカンドッグは、かんなの指先で居場所をなくしていた。
「絶対やると思った」
みちるはクスクスと笑いながら、そう言った。
「別に……。これくらいキレイに食べられるもん。今日はたまたま失敗したの」
かんなの頬についたケチャップは、跡形もなくキレイに拭き取られた。その代わり、ティッシュはべっとりと赤く染まる。
恥ずかしさからか、かんなは視線を少しだけずらして「ありがとう」と呟いた。
コンビニのガレージから見上げた空は、濃い灰色になっていて、今にも雪が降り出しそうだ。
みちるは紅緋色のマフラーを巻いている。強く主張するわけでもないのに、存在感のあるその色は、紺色のダッフルコートとよく合っていた。
みちるは外に設置されているコンビニのゴミ箱に先ほどのティッシュを捨てた。
吐く息は白く、頬は桜のような薄ピンク色に滲む。
「なんで手袋持って来ていないの?」
「こんなに寒くなるなんて思ってなかったの」
かんなの問いにみちるはそう答えると、体温を逃がさないように、自身の両手の指同士を絡めあった。普段から透き通るように白くて細長いその指が、今日は冬の寒さにやられてしまいそうだ。そういうふうに、かんなの目には映った。
その小さな手は、いつもかんなが困ったときに助けてくれる。それをかんなはちゃんと知っている。
「一口あげる。さっき拭ってくれたお礼。まだ温かいよ」
口元に差し出されたアメリカンドッグを、みちるはそのまま、小さな口でかぶりついた。
「ありがとう、美味しいね」
にっこりと微笑む。みちるの口元には、赤いケチャップ。
「みちるだって、つけてるじゃん」
「えっ?」
かんなは口元を指で拭って、そのままペロッと舐めた。
「おあいこだね」
そしていたずらっぽく無邪気に笑った。
みちるの頬が、さっきよりもさらに紅く染まったことに、かんなはまだ気付けないでいる。