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日陰に咲くひまわり  作者: ぎんはなあんず
彼女の影と、最初の違和感
8/13

7

 これ以上、何か考える事があるだろうか。思い付く物事は、全てなぞった気がする。これ以上、他に何が――。


「あらー、陽くん、駅が見えてきちゃったねー。そろそろお手上げかなー」


 彼女がニヤニヤとした笑みをこちらに向けてくる。妙に腹立たしいからやめてほしい。

 実際問題、もう駅はすぐそばにまで迫っていた。スマートフォンで時間を確認すると、もう四時五十二分を回っていた。五時二分に到着する電車に乗って帰りたいので、残りは丁度十分だ。残り時間は少ない。

 何としても彼女のこの挑戦に勝ち、彼女の事について聞きたい。そう願えば願うほど、俺の中で焦りが大きくなる。何か、何か無いのか、と。

 ふと、また風が吹いた。

 今日は風が強い日だ。台風が接近しているわけでもないので、この強風の理由は分からない。今吹いた風は強い風ではなく、何かを運んでいっているような、何かを知らせるような、そんな柔らかい風だった。

 ぴーん、と、張り詰めた弦を弾いたような小さな衝撃が不意に俺を襲った。

 これは、あれだ、いつもの・・・・だ。『違和感』を感じ取った時の小さな衝撃。俺は考えるのを瞬時に放棄し、辺りを見渡す。そうやっている間は、世界が停止しているように感じる。風景が一枚の絵になって、どこかに『違和感』がないか『間違い探し』ならぬ『違和感探し』をしている気分になる。

 眼前の駅、雲が少し多めの夏の夕空、灰色のアスファルト。まずは大きいものから目に飛び込んでくる。

 まばらな人影、走る自動車やバイク、所々錆びた道路標識、影の無い彼女。段々と、小さなものへと的が絞られていく。

 彼女の影、彼女の制服。彼女が持つジュースの赤い缶。それを持つ、右手。......いや、まだ足りない。目に映るものだけでは足りない。

 俺は記憶を呼び起こしていく。何だ? 俺は何を『違和感』として捉えた? 何をもって『違和感』があると無意識に思った? 俺は......?


『あらー、陽くん、駅が見えてきちゃったねー。そろそろお手上げかなー』


 お手上げ。手。

 ......ああ、そうか。見つけた。


「......あった......違和感......」


「......え、急にどしたの陽くん?」


 彼女が俺の呟きに反応したが、今は無視する。

 俺が感じた、『違和感』の正体、それは、『彼女の右手』だ。


「なあ、質問四つ目......というか、質問でもなくなるんだが、いいか」


 彼女は少し戸惑いながらも、言った。


「え? ......うん、いいけど? なに?」


「ああ......もう一度、両手を見せてくれ」


 彼女はつい先程、俺に幽霊とは似て非なるものだという事を証明するために、手を握らせた。そのときに感じた、『違和感』。

 彼女は不審げに両手を俺に差し出した。


「えー、陽くんって手が好きなの? もしかしてそういう性癖ー?」


 彼女が半分不信用、半分からかいみたいな声色で俺に言う。俺は勤めて冷めた声で言い放った。


「そんなわけないだろ。他人の手に興味なんかねえよ。ただ、『違和感』があった」


「ええ? 違和感? なんだろ......」


 俺は彼女の手を握る。右手と、左手。言われないと分からないぐらいの違いだが、注意すれば分かる。

 右手の第一関節と指の根元の皮が、一際厚くなっているのだ。

 間違いないだろう。事実を確認した俺は手を離し、彼女に一言礼を言った。


「さて、まとめるか......」


 時間を確認する。電車到着まで、後五分。遂に駅の入り口まで辿り着いてしまったが、お構いなしだ。

 風が上空の方で凄絶な音を立てて吹き荒れている。しかし地上まで風が来る事は無かった。

 俺は再度唇を舐め、話し始めた。






「なあ、お前は俺の二つ目の質問の答え、何て言ったか覚えてるか」


 不思議と俺はまるで世界に隠された真実を解き明かした気分になっていた。実際にやったことは彼女が選択した体育の科目を推理したに過ぎないが、この三択問題を当てる事により彼女の秘密を知る事ができるのだ。そんなことを考えると、自然と軽く緊張してしまう。電車の時間が迫っているというのに俺の話し口調がもったいぶっているのはそれが原因だろう。

 彼女は「なんだったっけ」と少し記憶を振り返り、言った。


「......確か、陽くんの質問が『部活やってた?』で、私は......えーっと、『やってるよ、もうやめちゃったけど』って言ったんだっけ?」


「ああ、そう言ったな。重要なのはその後だ。お前、口滑らせただろ?」


 彼女は遠い目をして言った。


「あー......言ったねー......よく覚えてるなぁ」


 覚えているも何も、重要なワードだからな。

 俺は話を続ける。


「ああ。お前は俺の質問に答えるのを途中で止め、こう言った。「そんな事言ったら答えを言っているようなものだ」と。もうその言葉自体が答えに結びついていたわけだ。この事から、過去にやっていた部活動と体育の選択科目が強く関連付いていると言える。もっと言えば、部活動と選択科目は恐らく同じだ。......さらに、だ。この事から逆に、過去やっていた部活動はこの選択科目内に存在する、という事も言えるな。お前が部活でやっていたのは『バレー』か『卓球』か『砲丸投げ』だ」


 彼女は黙った。恐らく図星だろう。先程までの威勢は消え失せ、俺の話に聞き入っている。

 電車の時間まで後三分を切っていたが、特に気にならなかった。話し続ける。


「選択科目は三つ。『バレー』、『卓球』、『砲丸投げ』。部活名で言うと『バレーボール部』、『卓球部』、『陸上部』だな。さっき言ったが、お前は日の当たる場所に出る事を好まないから『砲丸投げ』は除外できる。まあ、陸上部で砲丸投げ選んで、なおかつ体育でも砲丸投げを選ぶなんて女子、あまり居るとは思えないしな」


「何それちょっと面白い」


 彼女は砲丸投げを愛してならないゴリラ系女子でも想像しているのか、一人で吹き出していた。


「大体、砲丸投げ選んでたらお前のその腕、もっと太いだろうからな」

 

 俺は半ば無意識のうちに彼女の腕を見た。長袖の上からでも彼女の腕は細い事が見て取れる。

 俺の視線に気付いたのか彼女がにやにやしながら自分の腕を押さえ、言った。


「あ~? もしかして陽くんって腕が好きなの~? 舐め回すように私の腕を見るなんてぇ、積極的ぃー」


「はぁ? 見てねえよ。自意識過剰だろ」


「えぇー? そんな事ないよー。すっごい見てたー」


 見てた、見てない、見てた、見てない......と犬が自分の尻尾をいつまでも追い掛け回すみたいに堂々巡りを数回する。俺が我慢ならずに軽く怒ると、彼女はようやく折れた。


「......あはは、ごめんごめん陽くん。......それで、残りは『バレー』と『卓球』だけど、ここからどうするの?」


 俺は気を取り直すために心の中で深呼吸をし、話し始めた。


「......ああ、そうだな......まずお前、自分の手、よく見た事あるか?」


 彼女は小首をかしげる。両手を広げ、手の平を見たり甲を見たりしながら不思議そうに言った。


「手? ......見た事無かったかも。それが何か関係あるの?」


「何か『違和感』はないか?」


 彼女はううん、と唸り、曲がった首の角度をさらにきつくする。どうやら分からないようだ。説明をしてやる。


「お前の手は明らかに『違和感』がある。それを感じ取ったのは、お前が俺に手も足も存在するだとか何とか言ってお前の手に触れた時だ」


「......うーん、分かんないよ、陽くん。答え言ってよー」


 彼女は俺のもったいぶった言い方に業を煮やしかけているのか、先を急かしてくる。

 俺は『違和感』の正体のヒントだけを教えてやった。


「......右手の指の付け根」


 俺の出したヒントを元に彼女は観察の対象を右手の指の付け根に移した。数秒後、「あっ! 分かった!」と威勢の良い声が、一つ。


「右手の指の付け根が、左手よりも硬くて荒れてる、って言いたいんでしょ!」


「ああ。荒れてるとまでは思ってなかったが、まあそういうことだ。まるで・・・かを・・っていたかのように・・・・・・・・・、皮膚が厚くなってる」


 俺の一言で、彼女の楽しそうだった笑顔が少し変になる。口角が片方だけ不自然に上がり、言うなれば「面白いけれど......困ったなぁ」といったような顔をする。

 「あー......なるほどねー......」と状況を察した彼女が言った。

 俺は話し続ける。


「......もう、分かっただろ? 右手の指の付け根とか、第一関節の辺りだけ皮膚が厚くなるなんて、普通に生活していただけじゃそうはならない。よく見たら右手のその辺りに肉刺まめができて、潰れた痕があるのも分かるな。どうしてお前の右手はそうなっているのか。何をすればそうなるのか」


 彼女は黙って俺の話を聞いている。何か思う事があるのだろうか、表情が先程と一変し、真顔になっている。


「答えは簡単だな。お前は卓球のラケットを使っていたから、そうなったんだ。......しかも、並大抵の使用回数じゃないな。ほぼ毎日、激しい練習を行わないとそうはならないだろう」


 言いながら俺は、そんなに部活動に真面目な奴が、どうして高校二年で辞めてしまったのかという疑問を抱いたが、今関係の無い事は質問しないでおこうと思った。

 彼女が言った。


「卓球じゃなくてもテニスとかバドミントンとか......そういうのも片手に肉刺とかできるよね?」


 恐らく彼女は分かって言っているのだろう。話を上手く流れさせる為の『分かってない振り』だ。

 俺はしっかりそれに反応する。


「そうだな、確かにそれらの競技でも同じような事が起きる。だがな、お前は失言をした。過去にやっていた部活動を言ってしまうと、それは答えを言っているようなものだ、と。さっきも言ったがお前が過去やっていた部活動は『バレー』か『卓球』なんだ」


 彼女ははあ、と溜め息とは違った息を漏らした。少し笑い、俺を見つめたまま黙る。選択科目の答えを言え、という意味だ。

 俺は少しだけざわついた心を静かに落ち着け、答えを言う準備を整えた。落ち着いた心には適度な緊張感だけが残った。

 今までで八割がた答えを言っているようなものだが、それでも明言しておかなければならない。俺の『推理』を『真実』にするために。

 凪いでいた強風が、再び騒ぎ始める。まるで走り回る子供達のように。初夏の熱をやんわりとはらんだ肌に風を受け、少しだけ快い気分になった。


「以上の状況、事実、発言を鑑みた結果、俺はお前が過去に所属していた部活動は、『卓球部』だと推測する。ならば......」


 言葉を切る。彼女は相変わらず黙ったまま、俺が答えを言うのを待っている。

 俺の後ろを電車がかたん、かたんと軽快なリズムで通り過ぎていく音が聞こえた。

 そして遂に、このゲームを終わらせる一言を言った。


「......お前が今回体育の選択科目で選んだ科目は、『卓球』だ」


 瞬間、世界から音が消えたような気がした。もちろんそれは気のせいで、すぐに俺の耳は周囲の騒々しい生活音をむさぼり始める。

 沈黙を貫いていた彼女が遂に口を開いた。俺は出した答えの正否が知りたかったが、残念ながら彼女は違った話題を口に出した。


「......ね、陽くん。質問権が後一回残ってるの、覚えてる?」


 そういえばそうだったか。別に使い切らなければいけないというルールは無かったはずで、なぜ彼女がそこにこだわるかは分からない。


「ああ、覚えてる。それがどうした?」


「......何でもいいからさ、答えてあげるよ、私の事。仲良い友達でも、嫌いな奴の事でも、好きな人の事でも、スリーサイズでも。私が君をどう思ってるか、とかでも良いよ。答えてあげる」


 それはあまり魅力的な提案だとは俺は思わなかった。相変わらず他人に興味を持つ事ができない俺は、彼女が言ったどの事柄にも食指を動かす事が出来なかった。大体、家族以外の他人についてここまで考えたのは生まれて初めてだ。しかし、何か質問をしろ、という提案を無視して彼女の機嫌を損ね、影が無い理由が聞けなくなっても困る。

 俺は少し考えた末、質問権を五つ、使い果たした。


「お前は......どうしてこんなゲームを俺に提案した? こんな周りくどいやり方をしなければならなかった理由を聞かせてくれ」


 どんな質問が来てもいいように身構えていたらしい彼女は拍子抜けした様子で「なんだそんな事?」と一言漏らした。彼女は言った。


「それはね......」


 言葉を切る。彼女は小さな子供が内緒話をするように小さな声で、しかしはっきりと言った。


「私の事、深く考えて欲しかったんだ」


 その一言に隠された真意を、それだけで読み取るのは不可能だった。彼女の事を、深く? 一体どういう意味なのだろう。そのまま彼女に向けて言葉を返したが、


「それってどういう......」


「はい、しゅーりょー! 質問権五つ使用しましたー! これ以上は答えませーん」


 と、また腹立たしい言い方ではぐらかされた。

 彼女は思い出したかのように鞄の中へ手を入れ、二つ折りの白い用紙を取り出す。


「さー、結果発表ー」


 いささか盛り上がりに欠ける司会進行だったが、こんな事で盛り上がっても不毛なので指摘はしない。

 彼女が用紙を広げ、俺の目の前に掲げる。そこにはいかにも女子らしい少し丸みを帯びた字が、四角い枠の中に小さめで書かれていた。

 俺はそれを眺めながら、ある重大な事実を思い出して、彼女に言った。


「......なあ」


「うん? どしたの?」


 時刻を確認するために片手でポケットからスマートフォンを出し、電源を入れる。時刻は、五時八分。電車到着時刻は、五時二分。


「お前のせいで電車に乗り損ねたんだが」


「......ふへへへっ、ざまぁ」


 やはりこいつ、人を苛つかせる天賦の才を持っているように思う。

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