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日陰に咲くひまわり  作者: ぎんはなあんず
彼女の影と、最初の違和感
6/13

5

「......どうして分かったの」


 彼女は先程までの態度を一変させ、まるで追い詰められた鼠の放つ敵愾心ような、いや、どちらかと言うと悪事のばれた子供のように萎縮した雰囲気で言葉を発した。俺はその態度の変わり様に、申し訳なくなったというか、妙な罪悪感を覚え、たじろいだ。

 俺は子供みたいに素直に話してしまう。


「俺は......変な話だが、『違和感』を見つけるのが得意なんだ。いや、得意というか、無意識に『違和感』を探してしまうというか......とにかく、人が気付きそうもない事に、俺は敏感だから......かな」


 彼女はじっと俺を見つめ、何も言わなくなる。俺はその活力の感じる大きな両眼から眼が離せなくなる。何か強い引力を感じた。

 俺と彼女の間に横たわった沈黙を破ったのは、笑い声だった。もちろん、俺のではない。


「......ふっ、うははははっ! 何それ、陽くんってそんなキャラだったの!? あはははは!」


「なっ、笑ってんじゃねえよ! ......はぁ、真面目な話だよ。ていうかお前も真面目な話してる雰囲気だっただろ」


 唐突に笑われてしまった事に少し腹が立ち、冷静さを欠いて大声で怒鳴ってしまった。

 なおも笑う彼女は、先程までの雰囲気を一気にぶち壊し、元の、教室で友達と雑談するようなテンションに戻る。


「......突然何を言い出すかと思えば......あはは、そっか『違和感』か、君がすぐ気付くぐらい私は『違和感』のある人間か! あははっ」


「そうだよ、お前は俺から見たらとんでもない『違和感』を抱えた人間だよ」


 彼女は「そっかぁ、『違和感』かぁ」と言葉を反芻し、納得したように言った。


「あはは、『違和感』があるなんて初めて言われたよ」


 俺はその言葉に訝しんだ。慌てて言う。


「そんなわけないだろ、こんな異質な『違和感』なのに、俺以外に過去、この事に気付いた奴が一人も居ないって言うのか」


 未だにやにやとしている彼女は意外な答えを言った。


「......どうだろうね、気付いてないんじゃない? 事実陽くんが初めて私に言いに来たし、気付いてたらみんな陽くんみたいに私に聞いてくると思うな。私、クラスの中じゃ結構良い位置に居るから、みんな聞きにくいって事はないだろうし」


 クラスであまり良い位置に居るとは言えない俺が一番最初に聞いてきたのなら、本当にみんな気付いていないのかもしれない。


「普通、お前を一回見たら気づくと思うんだが?」


 『違和感』を追ってしまっていたとは言え他人に一切興味の無い俺が気づいたんだ、クラスの中心人物であろう彼女の事を見ている奴も一人や二人、居るように思う。しかし彼女はごく微量の憂いを帯びた返答をしてきた。


「まあ、これだけみんなに愛想振りまいても、私の事しっかり見て、考えてくれる人なんて一人も居なかった、って事だろうね......あはは」


 ......そういうものだろうか。俺は友達付き合いというのを経験していないので、その辺りの気持ちの差異については分からない。


「というかお前、いい加減笑うのやめろ。何がそんなに面白いんだ」


「ああ、ごめんごめん。ちょっと嬉しくって」


 嬉しい? どういう事だ? それを問おうとしたが彼女が先に話し始めてしまい、聞きそびれてしまう。


「えっとね、気になってると思うけど、私......まあ、ざっくり言うと『幽霊』みたいな存在なんだ」


 一応非日常的な答えが返ってくるだろうと思ってはいたが、本当に言われると理解に苦しんでしまう。

 幽霊、だって?


「......いや......そんなばかな」


「いやいや、本当なんだよ、これが」


 そう言いながら、住宅の影から彼女は出る。自分の影を指差しながら「もう見ただろうけど、ほら、映らないでしょ、影」と言った。


「でもね? ちゃんと足あるし、物も触れるよ? ほら、触ってみる?」


 彼女は両手を俺に向けて差し出してくる。異性に手を触られると嫌な女子も多いかもしれないが、彼女はそんな事に抵抗感はないらしい。俺も遠慮せず彼女の手を握った。


「......ほんとだな」


「でっしょー?」


 俺の手より一回りぐらい小さな、女子の手。幽霊だからなのか、それともただの末端冷え性を患っているだけなのか、人間特有の温もりは感じられず、大理石の壁みたいな無機質の冷感を感じた。思っていたより柔らかくはなく、手の平の指の付け根の一帯や第一関節の辺りの皮が厚くなっており、男の手と大差ないような感じがした。

 違和感と言う程ではないが、左右の手で硬さが違うような感じがした。右手の方が異様に硬い、そんな気がする。


「......ていうか陽くん、遠慮ないねぇ」


 彼女は念入りに観察されている自分の手を見ながら言った。俺は慌てる素振りすら一切見せず「ああ、すまん」と言い手を離した。彼女も特に気にしている様子はなく、自身の短い黒髪の先を弄び、話を続けた。


「とまあ、こんな感じで一言で『幽霊』って言える存在じゃないんだけど......」


 彼女はふと気付いたかのように言葉を切る。


「......私さ、自分の大事な事いろんな人に吹聴する趣味は持ってないんだよね」


「そりゃ誰でも一緒だろ」


 自分の知られたくない過去であったり、恥ずかしい出来事であったりといった事を多数の他人に言って回る奴なんてあまり居ないだろう。むしろ今までの彼女の口の軽さ具合が異常だ。ここまで言ってから気付いたらしい彼女は、俺を品定めするようにねめまわし始めた。


「ううむ......でもちょっと喋っちゃったしなぁ......どうしよっかなぁ......」


「なあ、どうでもいいが俺はお前の過去を人に話すような事はしないし、別に記憶に留めるってわけでもないぞ。単にイレギュラーなお前の存在に対して興味があるだけであってだな」


「そういう問題じゃなくて! 自分の事ぺらぺら話す尻軽女だと私が思われたくないの! 君が思うんじゃなくて!」


 ......俺が勝手に思うのが嫌なんじゃなく、自分が思われるのが嫌、という事か。本質的には同じだと思うが......面倒な奴だ。


「はあ、わかったよ。だが俺もここまで聞いておいて「ああそれはお気の毒に、ではまた」とは言わねえぞ」


 彼女は少し疲れたような顔をしたように見えた。ううむ、と唸りながら言う。


「......だろうねぇ......私が逆の立場でも食い下がっちゃうわー......」


 彼女は「どないしよーどないしよー」と似非関西弁で呟きながら何かを思案し始める。俺は話が進まない事に少し憤慨しながら、彼女が答えを出すまで待った。

 強い風が一陣吹いた。俯いていた彼女が顔を上げる。


「......わかった、いいよ。話したげる」


 ......良かった。素直にそう思った。これで話して貰えないとなったら、俺はこの先ずっと彼女の違和感について悩まされる危険性があった。しかしその心配ももう不要だ。

 しかし、次の彼女の一言で俺の表情は曇った。


「しかしですね、この世知辛い世の中、無償のものと言ったら愛とポケットティッシュぐらいのもの。タダで教えるわけにはいきませんなぁ?」


 彼女はまるで演歌の前に入るナレーションみたいに調子付いた煽り文句を言った。無償で貰えるものってもっとあると思うが、というツッコミはひとまず置いておいて、俺は言った。


「......なんだよ、はっきり言え」


 彼女は不敵な笑みを浮かべ、言った。その様子はまるで悪巧みをする子供のようだった。そしてその様子がまた妙に似合っているのが少しおかしかった。


「......私とゲームしない?」


 ......彼女言った言葉が咄嗟に理解できなくなる。何と言った? ゲームをしない、と言ったのか?

 困惑を隠せない俺に彼女が説明を入れる。


「......ええとね? 突然だけど、これ以上の話を聞きたかったら、私とゲーム、もとい勝負に勝つことができたら、話してあげようと思います」


 突然何を言い出すんだ。こいつ。


「......なんでそんな面倒な事を」


「ルールは簡単です。今日の五時間目の体育で言ってた『選択科目』の内、私はどれを選択したか、それを当ててもらいます!」


 クイズ番組の司会にでもなりきっているつもりなのか、おどけた様子で勝手に話を進められる。


「......おい」


「選択科目は『バレー』『卓球』『砲丸投げ』の三つ、三択なので解答権は一回のみ! 私への質問は五回まで可とします!」


「......なあ」


 無視を決め込み話を強引に進めていく彼女。黒い長髪が少し強い風で揺れていた。彼女はようやく俺に対して話しかけてくる。


「で、どうする、陽くん」


「拒否する、って言ったら」


「これ以上私の事について知ることはできませーん」


 ......なんだかとても面倒な方面に話が拗れてきた。大体これで彼女の言う、いわば等価交換の法則をクリアできているのか怪しいところだ。

 はあ、と彼女に見せ付けるように深く溜め息をつく。ここは従っておくべきか。


「......尻軽女がどうっていう話はどこいったんだ」


「それは......まあ置いといて、さ?」


「いい加減だな」


「『いい加減』ってさ、良い言葉だと思うのよねー」


 まあ、彼女が良いというのなら良いのかもしれない。話が脱線しかけているので、俺は無理矢理軌道修正した。


「......はぁ。いいよ、そのゲーム、乗った」


 彼女はぱっと表情を明るくし、言った。


「うん! 決まりね! ちなみに答えはこの選択科目の提出用紙に書いてあるから」


 そう言いながら彼女は二つ折りにされた白い用紙を学校指定鞄から出した。そんな用紙あったのか、すっかり忘れていた。

 妙にご機嫌な彼女が、開始の音頭をとる。


「それじゃ、スタート!」


「......はぁ」


「開始と同時に溜め息つかないでよっ!」


 彼女の文句を無視する。とにもかくにも、始まってしまったものは仕方ない。俺も彼女の存在については是が非でも知りたいので、これはその前払費用だと思えばいい。そんな事を考えながら俺は、彼女は選択科目のどれを選んだのか、嫌々考えを巡らせ始めた。

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