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日陰に咲くひまわり  作者: ぎんはなあんず
彼女の仲間と、二つ目の違和感
12/13

2

「つまらない事をする奴も居たもんだね」


 最終科目のテストがたった今終了した。列の最後尾の生徒がテスト用紙を回収していく。その間に前の席の南雲が体の向きを九十度変えて俺の机に肘を付き、そう言った。彼の言う『つまらない事』というのはもちろん、つい先程現行犯逮捕にて無事解決されたカンニング事件の事を指しているのだろう。


「......そうだな、実に下等な行いだ」


 別に面白い事を言ったつもりではなかったのだが、俺の言葉に南雲はさも愉快そうに笑って返した。


「ははは、相変わらず手厳しい。......あいつの気持ちは分かるけどね、俺は。さすがに実行に移した事は無いけれど。お前はカンニングペーパーは全部頭の中に入ってるって奴だろうからそんな下等な思いは抱いた事無いんだろうね?」


「そうだな。しようと思った事なんて一度も無い。さっき久しぶりに『カンニング』っていうワードを思い出したくらいだ」


 ちなみにカンニングペーパーどころか日本史Bの教科書の内容は八割がた頭に叩き込んである。俺は生まれつき人よりずば抜けて記憶力が良いのだ。それは自信を持って自負できる。まあ、日本の首相の名前と何代目かを全て覚えきれていなかった事を突かれると痛いが。

 最後尾の生徒がテスト用紙を集め終え、教壇に立つ監督教師に渡す。カンニングを摘発した方の教師は帰ってきていない。恐らくそのまま指導に入っているのだろう。

 俺はかねてより気になっている事について南雲に尋ねた。そう、女子クラス委員長の奇妙な行動についてだ。


「なあ南雲。テスト中に何か気になった事って、あるか」


 南雲は頬杖をといて俺の方を横目でちらりと見た。そして言う。


「......また何か見つけたのかい?」


 図星だった。

 なんとなく見透かされたのが気に入らなかったので、話をそこでやめる。


「......いいや、無いなら無いで構わない。些細な事だ。変な話をして悪かったな」


 多少強引になってしまったかもしれないが、俺はそれ以上何も言わなかった。南雲も「そうか」と言ったきり体の向きを直して筆記用具を片付け始めた。


「......少なくとも、俺は何も気付かなかったよ。力になれなくて悪いね、夏野」


「......え?」


 南雲は前を向いたまま何か呟いた気がしたが、俺ははっきり聞き取れなかった。

 まもなくホームルームが始まろうとしていた。






 机の上の筆記用具を片付け、一息吐く。詰めていた息を勢いよく吐き出せるほど中間テスト範囲を勉強したわけではないので、出る息は少量、溜め息に近かった。

 この際、日本史のテストの最終問題が解けずに終わってしまった事は気にしないようにしよう。だが意地でも第十九代日本首相の名前は自力で思い出そうと心に決めた。

 これでようやく、あの委員長の奇怪な行動について考える事ができる。思う存分考え込む事にしよう。


「ねー陽くーん。さっきはありがとーねー」


 気が付くと目の前にあの影なしの彼女が立っていた。南雲はもう部活へ行き、教室内の生徒もまばらになっている。

 ふむ、彼女の言うありがとうとは一体何の事だろう。感謝されるのは気分の悪い事ではないが、身に覚えの無い謝礼は素直に受け取る事ができない。

 俺の怪訝な表情を読み取った彼女は話の主語を言い忘れている事に気付いた。


「ああええと、さっきテストの答え、教えてくれたじゃん? あれでようやく二十五問正解だと思うから、欠点回避だと思うんだよね。だから、さんきゅ!」


 うちの高校は定期テストで五十点未満の点数を取った生徒は指導と補習、そして追加課題を渡され......最悪追試を受けなければいけない事になっている。先程の日本史のテストは一問二点なので、二十五問合っていれば欠点回避となる。

 なるほど、悪い事をした。

 俺は無言で日本史の教科書を机に広げ、彼女へ向ける。そして指を指す。山県有朋の説明文を。


「......」


 彼女は教科書を手で持ち上げ、その説明文を凝視する。

 一分ほど経って、教科書を閉じて机に置いた彼女は一言、


「答えちっがうじゃんっ!」


 と言いながら俺の頭頂部に手刀を振り下ろした。反応が遅れ、無防備にもそれを食らう。痛くはない。

 俺は頭に乗った彼女の手を払いのけ、教科書を鞄へ仕舞った。

 段々とこの女のテンションに慣れつつある自分が少し怖くなってきた。

 少し視線を逸らしながら言う。


「......いやあすまない、お前と犯罪者を少し重ねてしまったんだ。天誅でも下ればと思って、つい」


「いや意味わかんないから。私ってそんなに悪人面? 犯罪者と重ねるほどの?」


「別にそういう意味じゃない。こっちの話だ」


 俺の曖昧な言葉に不服そうな彼女だったが、気を取り直すように小さく咳払いをして元のにやけ顔に戻った。


「まあいいや。それじゃ陽くん、行こっか」


 そう言いながら彼女は身を翻した。俺は何の事か皆目見当がつかないので急いで聞き返す。


「お、おい、ちょっと待て。どこへ行くんだよ。俺はもう帰って勉強を......」


 そこまで言うと彼女はぐるりと勢いよく振り返って俺を半眼で睨み付けた。なぜそんな顔をされなければならないのか。


「......やーっぱり忘れてるー」


 今日の俺のNGワードである『忘れてる』を言われて少しむっとする。いいだろう、某十九代目の名前は思い出せなかったが、それぐらいの事なら今ここで思い出してやる。

 俺は腕を組んで少しだけ思考を深める。最後に彼女と言葉を交わしたのはいつだったか。あれは確か......月曜日の放課後、つまり四日前だ。彼女の影が無い事を追及し、回りくどいゲームに興じ......そうだ、思い出した。


「あぁ......思い出した」


「うん? 思い出した? ならぎりぎり合格点かなー、助手くん」


「俺はいつから助手になったんだ」


「四日前?」


 そう、四日前、彼女の秘密を知った俺はまんまと彼女の挑発に乗ってしまい、『彼女の青春を謳歌するための手伝いをする』という約束をしてしまったのだった。いや、約束という言葉は適切ではない。彼女が実際に言った言葉は「こんなイレギュラーな私が今後どうするか、気にならないの?」だからだ。

 もちろん俺は初め、断るつもりだった。他人と必要以上に関わりを持つなんてまっぴらごめんなのだ。しかしそんな風に煽られてしまっては俺の好奇心はもう制御不能になる。無理にあそこで断ってしまったならば、恐らく俺は一生、答えの得られないまま彼女の存在について考え込んでしまうだろう。そうなってしまえば一巻の終わり、ほぼ全てを勉強に費やそうと考えていた俺の高校生活は彼女についてで侵食されてお釈迦になる事必至だ。

 彼女についての答えを得るには、彼女の言う通り『彼女の青春を謳歌するための手伝いをする』しかないのかもしれない。

 俺は思わず溜め息を吐く。


「はあ......確かに言ってたな、テスト終わりに何かするって」


「そうそう! 覚えてんじゃーん! それじゃ早速行きましょー!」


 どこに行くのかは言ってなかった気がするが、俺はそこまで追及せずに机に掛けてあったモスグリーンの通学用バッグを肩に掛けた。何をさせられるのか少しも見当がつかないが、今日はテストの関係で三時間授業、昼から放課になっている。どこか遠くへ行こうとは言い出さないだろう。

 それよりも俺は、


「陽くん、ぐずぐずしてないで早く支度してってー。何か気になる事、あったんでしょ? 聞いてあげるから早く行こ?」


 本日二度目の図星。そこまで俺は顔に出やすいのだろうか?

 そう、俺の中の好奇心と探究心の猛獣はもう檻を突き破って暴れ始めている。「早く考えろ、違和感を突き止めろ」と。

 俺はまたも溜め息を吐く。こいつと関わり始めてから、一日の溜め息の回数が倍以上になっている気がする。


「......わかったわかった、行くよ」


「うむうむよろしい。それでは従者よ、ついて参れぇい」


 助手から従者へグレードダウンしていたり、突然謎のキャラクターを演じていたりしたが、無駄な突っ込みは控える事に決めた。

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