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日陰に咲くひまわり  作者: ぎんはなあんず
彼女の仲間と、二つ目の違和感
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 〈問題三、第二次松方正義内閣を支持した政党はどこか〉

 ......進歩党。

 〈問題五、1900年に政党の力が軍部に及ばぬように、陸海軍大臣の任用は現役の大将・中将に限られるとする制度が法制化された。この制度を何と言うか〉

 ......軍部大臣現役武官制。

 〈問題六、1900年に政治、労働運動を規制する目的で公布された治安立法名を何と言うか〉

 ......治安警察法。

 〈問題七、『問題五』を定め、『問題六』を公布した内閣総理大臣は誰か〉

 ......山県有朋。

 〈問題十三、大戦中に中国で利権を拡大するため、日本が袁世凱政府に突きつけた要求は何と言うか〉

 ......二十一ヶ条の要求。

 〈問題二十八、清朝を倒した中国の革命を何と言うか〉

 ......辛亥革命。

 〈問題四十五、加藤高明内閣が成立させた衆議院議員選挙法の通称は何と言うか〉

 ......普通選挙法。






 一口に『高校生の敵』と言うと、何を想像するだろうか。

 一般的に語ると『課題』や『授業』、『校則』などが挙げられるだろう。そういった『一般』に極めて疎い俺であってもそれぐらいの一般論は提唱する事ができる。

 今の世の高校生の目の敵にされているそれらと同様に、『定期テスト』を挙げる高校生も少なくないと思われる。

 自称進学校であるこの高校では定期テストで五十点未満の点数を取ってしまうと欠点となり、指導や補習、追加課題といったなかなか重いペナルティが課せられる。さすがの自傷癖者でもそんなペナルティを望んで取ろうとはしないだろう。現にこの高校でそんな輩を見た事は無く、部活動との両立と戦いながら、また睡眠や娯楽に走りたいという欲求と戦いながら、皆一心に勉学に励んでいる。

 ちなみに俺はというと、学内の定期テストなどという物足りない試験が眼中にあるはずも無く、テスト勉強を一切しないまま当日に臨んだ。手応えは......まあ、悪くないだろう。いつもこれぐらいの調子でテストに臨んで全教科九十八点以上取れるのだから、今回もまあそれぐらい取れるのだろう。心配の余地は、無い。

 第二年次一学期中間テスト最終日最終科目、日本史。日本史のテストは全て一問一答形式になっており、一問二点配分の全五十問。しかし例外的に一問目の配点が三点、五十問目の配点が一点になっている。なぜそうなっているかと言うと、五十問目、つまり最終問題が引っ掛け問題になっており、百点満点を阻止しようという日本史教師の姑息な思惑らしい。一年生の頃からこの教師が日本史を担当しており、我々罪の無い進学クラス生徒が彼の姦計に苦しめられてきた。俺はそれでも、日本史で満点を取り逃した事は過去一度も無いが。

 ちなみにこの進学クラスでは、理系の方がテスト科目が一教科多い。文系は化学を学ばないためだ。よって文系生徒は理系生徒より一時間早くテストを終えており、教室内の生徒の人数は半分程に減っていた。


 「ふぅ......」


 さて、問題四十九まで解き終わった。残り時間は後二十分ほど。なかなか良いペースで解く事ができた。答えも今のところ全て合っているはずだ。

 満を持して最終問題へ。

 〈問題五十、第10011代日本首相は誰か。(ヒント:『問題十三』の解答の頭文字、『問題三』の解答の頭文字、『問題四十五』の解答の最終文字)〉

 ......なるほど。

 よくこんな面倒臭いというか回りくどい問題を思いつくものだ。この問題に辿り着いたクラスメイト諸君も大層困惑していることであろう。

 ぱしん! と誰かが勢いよく物を床に落とす音が聞こえた。静かな今の教室を切り裂くようないい音だった。その大きな音ではっ、と目を覚ました監督教師が落とし物を拾いに行こうと立つ。どうやら通常業務を放棄してうたた寝をしていたらしい。


「......ありがとうございます」


 監督教師は俺より後方の席へ行き、落とし物を拾い、持ち主へ渡したようだ。声量を抑えた謝礼の言葉が後ろの方で聞こえた。その後監督教師はその足で生徒の見回りを一通り行い、終わると教卓へ戻って椅子に座った。そして再度夢の中へ。

 さすがにテスト中なので振り返って誰が落としたか確かめるわけにはいかない。だが他人に興味がない俺にしては珍しく、誰が落とし物をしたのか見当が付いていた。

 頓馬な行いをしている人物の正体は、大体の位置で判断すると恐らく、二年六組女子クラス委員長だ。名前は確か......神原、いや、神谷だったか? 神崎だったかもしれない。

 彼女は一年生の頃から俺に対抗心を持っているらしく、テストになると何かと突っ掛かってくるのだ。しかし俺は今まで学年一位の座を取りこぼした事は一度も無い。最近はテストが終わると彼女が悔しそうに恨めしそうに俺を見てくるのが鉄板になりつつある。迷惑甚だしい。

 さて、どうして俺がいつにも増してこんなにも他人について考察しているのか。というのも、彼女がこの日本史のテストで落とし物をするのはこれで三回目・・・になるからだ。

 「不思議な事も起こり得るもんだなあ」もしくは「おっちょこちょいな輩も居たもんだ」なんて感想で済ませられれば、俺はどんなに楽な人生が送れるだろう。

 もちろん、これは俺の中でとんでもない『違和感』として頭の中を占領していた。

 同じ人物が落とし物を何度も行う。しかもその人物は勉学に真面目なクラス委員長。俺の中で居座る好奇心と探究心の化け物は、腹を鳴らして舌なめずりをしていた。今すぐにでも真理の追究に努めたいところではあったが、もちろん今はテスト真っ最中。それは叶わない。

 ぱちん!

 そんな事を考えているとまた彼女は物を落とした。それによってまたもうたた寝をしていた監督教師が起き上がり、彼女の席へ行き落とし物を拾い上げる。その足で見回り。そして寝る。

 ......だめだ、今は問題に集中しろ。落ち着いて、問題に、集中するんだ、俺。

 ......ふう。よし、もう一度問題文を読もう。

 〈問題五十、第10011代日本首相は誰か。(ヒント:『問題十三』の解答の頭文字、『問題三』の解答の頭文字、『問題四十五』の解答の最終文字)〉

 日本の総理大臣はもう一万代以上になるのだろうか。いや、そんなはずは無い。だとすればこの『10011』という数列は何なのか。ぱっと思いつくものは無いが、幸いにもすぐ隣にヒントが書かれてある。まずはそれを解読してやろう。

 〈『問題十三』の解答の頭文字、『問題三』の解答の頭文字、『問題四十五』の解答の最後の文字〉

 問題番号が三、十三、四十五と順番になっていない所を見ると、恐らくこの十三、三、四十五という並びに意味があるのだろう。早速その並びで問題の答えを問題プリントの空白へ書き出す。

 〈二十一ヶ条の要求〉〈進歩党〉〈普通選挙法〉。

 ふむ、並べて書くと分かりやすい。つまり何が言いたいかというと、

 ぱしん!

 ......つまり、つまりだ。何が言いたいかと......。


「......ありがとうございます」


 俺はたまらず叫ぶ――のを我慢して、大きく息を吐いた。著しく集中を削がれるのは気分の良い事では決してない。

 ......さて、続きだ。

 〈二十一ヶ条の要求〉の頭文字『二』、〈進歩党〉の頭文字『進』、〈普通選挙法〉の語尾『法』、ヒントからこれらを解読すると、『二進法』という言葉へ達する。

 なるほどつまり、『10011』という数列は二進法で書かれたものであったのだ。したがって『10011』を十進法に直してやると......答えは......『19』か。つまり第十九代日本首相は誰か。すなわち......。

 ぱしん!

 本日五回目の落とし物。こうなってはもう何か意味があるに違いない。俺はそう確信した。相変わらず目を閉じ舟を漕ぐ監督教師が目を覚まし、落とし物を拾いに行く。俺の横を通り、落とし物を拾った教師は再度見回りを開始した。

 さて、さっさと解答を書かなくてはならない。

 すると、俺の横を通り過ぎた教師が突然怒号を上げた。


「おいお前! 何やってる!」


 その一言でクラス内の生徒が全てそこへ注目した。無論俺もテストそっちのけでそちらへ反応してしまう。


「その紙を出せ」


 俺の席の前の前、つまり南雲の席の前の生徒が監督教師に右腕を掴まれていた。左手は......机の中へ入っている。


「早く」


 その生徒はうなだれるようにして頭を下げ、左手を露見させる。その手の中には、小さな紙切れがあった。

 どうやらカンニングの現行犯逮捕のようだった。どこにだってつまらない事をする奴も居るものだ。


「立て。ついて来い」


 簡潔な言葉で促され、その生徒は席を立った。教師と生徒は静かに教室を出て行く。先程までペンで紙を叩く音とクラス委員長が何かを落とす音しか聞こえなかった教室内は、とたんに騒々しくなった。

 ふと、後ろ肩をシャーペンのペン尻でかちかちっと二回叩かれる。俺は振り向かず椅子の背もたれに深く背を預ける事で、聞いているという意を示した。

 「陽くん陽くん」と全体的に早口、そして小声で彼女は話し始めた。


「......『問題五』を定め、『問題六』を公布した内閣総理大臣は誰か」


 ......ふうむなるほど、こういう小賢しい輩が世に存在するが故に、例えば自然災害に乗じて卑劣な犯罪行為を働く人間が出てくるのか、ぼんやりと思った。そして軽く呆れた。

 無視を決め込んでもよかったが、彼女と犯罪者を重ねてしまったので、


「......どこだそれ」


「問題七」


「......伊藤博文」


「......さんきゅー!」


 と嘘を教えた。

 数分経つと、代役であろう先程の教師とは別の教師が急いで教室へ入ってきた。


「はい、今はテストに集中ー! 残り五分です、まだ終わっていない人はすぐに取り掛かって、もう終わってる人は見直しを行ってください!」


 気持ち大きめの声で、その教師は音頭を取った。教室内に静寂が戻ってくる。

 俺も最後の問題を書いてしまわねばならない。すぐに終わらせてしまおう。

 〈問題五十、第十九代日本首相は誰か〉

 それはもちろん――。


「......あれ?」


 十九代首相は一体、誰だったか?

 待て、落ち着け。先程の小事件でど忘れしたか? 落ち着いて思い出せ、俺。

 十九。ナインティーン。とおあまりここのつ。

 確か......第十九代征夷大将軍は足利義満。十九番目の英単語は『S』で、アメリカ合衆国の十九番目の州はインディアナ州。元素記号十九はカリウム。十九は素数で、基本的に使用される碁盤の縦横の線は十九本ずつで......。

 その後の五分間、女子クラス委員長のなにがしはもう二度と落とし物をする事はなく、ついに俺の脳内で十九番目の首相の名が浮かぶ事も無かった。

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