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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌
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脱走術の使い方 1

何もかもめんどくさくなるような真夏の体育。

授業なんてまともに出てたら干物になるか蒸し鶏になるかだと、こっそり抜け出している蒼。

それをきっかけに、抜け出せないループにはまって行く…!

どうやって逃げよう?

 うんざりするような真夏の体育……。

 広い庭は、焼けた砂が熱をおびて、さらなる灼熱地獄の授業になる。

 こんな時は決まって校舎に隣接するプールの陰で、少しでも暑さからまぬがれようと悪あがきをしている。

 クラスでは目立たないほうではないが、ぼくひとり授業を抜けたところで、特に騒がれるわけでもない。

 早く授業終わらないかな。

 いや、早く学校終わらないかな。。

 いや、いっそ、早く夏休みにならないかな……。

 昼食用に買った水も、もう残りわずかしかないし、まったく、干物になるか、蒸し鳥になるかだな。

 日陰とはいえ、さすがに汗ばんできたので、顔でも洗いに行くか、と重い体を起こした。

 水飲み場といっても、こんな真夏に蛇口を開けば、水というよりお湯のようなものだ。

 まあ、ぬるま湯でも、ないよりはましか、と仕方なく顔を洗い始めた。

 熱い鉄のような蛇口を閉めると、ふぅっと一呼吸が出る。

「なーるみせーんぱいっ!」

 振り返ると、小柄な女の子がぼくに小さく手を振っている。

「……なに?」

 ぼくが気付いたのを確認すると、その小柄な女の子はすすすっと距離を縮めてきた。

「成海先輩って、いつもひとりで授業さぼってるんですねー」

「いつもさぼってるわけじゃないよ。それに君だって、今はまだ授業中だろ?」

「成海先輩のクラスが体育やってるの、窓から見えたから探しに来ちゃっただけですよー?」

「……そう。それで、ぼくに何か用?」

 女の子は急に下を向いたかと思うと、上目遣いでこちらを見た。

「お昼、ご一緒したいなー、とか言ってみます」

「ぼくと?」

「はいっ!」

 ぼくの名前を知っていて、先輩と呼んでいるということは、後輩なんだろうが、話したことも、名前すら知らない子に、急に誘われても……。

「君、一年生?」

「はいっ!私のこと、知ってるんですか!嬉しいー!」

「いや、その、先輩と呼ぶのは後輩だけだからさ」

「あー、そうですよねー。学園の王子様が私なんか知ってるわけないですもんねー」

「……王子様って、誰がいつからそう呼んでるのか知らないけどさ、あんまりぼくを買いかぶらないでほしいな」

 目線をそらすぼくに、女の子はおかまいなしで話を続ける……。

「女子たちの間で成海先輩を知らない子なんていませんよー!みんながキャーキャーなの知らないんですかー?」

「気付いてないわけじゃないけどさ、別に何をしていればいいのか分かんないし」

「そうだったんですか!ならファンサービスしてくれればいいのにぃ」

「ファンサービス?」

 すっとんきょうな言葉に、ぼくは目を丸くした。

「キャーキャーに手振ってくれるとか、にこってしてくれるとか、一緒にお昼食べてくれるとかっ」

「悪いけど、ぼくは愛想振りまけるような器用なキャラじゃないし、昼食はその日の気分で食べたり食べなかったりだから、ご期待にはそえないよ。せっかくの誘いだけどごめんね」

 めんどうなことになりそうだから、こうするしかない。

 ひとりを特別に、となると、後々めんどうなことになるに違いないから。

 そっけない態度をするのは慣れているし、それに対して何と思われてもどうでもいいんだ。

 じゃ、と言って背中を向けて歩き出すと、女の子は何回かぼくの名前を呼んでいたけど、聞こえないふり、聞こえないふり。

 でも、かわいい子だったな……。

 そんなことを考えながら、残りわずかだった水を飲みほして、ゴミ箱へと投げた。

 こんな日照りに屋上で寝たら、それこそ黒こげになりにいくようなものだし、かといって戻るとあの子に会いそうだし……。

 そろそろ授業も終わるから、教室に戻ってみるか、と校舎に入ると、ひんやりとして気持ちのいい空気がした。

 廊下を歩き始めると、ちょうど終業のチャイムが鳴り、生徒たちがそれぞれの教室からわいわいと出てくる。

 ぼくはその雑踏にまぎれて自分の教室へと向かっていたが、このにぎやかな空間は得意ではない。

 少し足を速めて行くと、前方からぼくを呼ぶ声がした。

 なんだか嫌な予感がしたので、気付かないふりをしてすれ違った。

「成海先輩」

 またか……と思ったけれど、これ以上の聞こえないふりは、無視と捕らえられてしまうと思い、仕方なく振り返った。

「成海先輩、浮気ですか?」

 聞き慣れた声だなと顔を見ると、声の主は茜だった。

「なんだよ、茜か。先輩とかいうからさ……」

「さっきのかわいい後輩だと思った?」

「そ、そんなんじゃないよ。ただその……その子にファンサービスをしろとか言われたから……」

「そう……、ファンサービスねぇ……」

 彼女は少し笑みを浮かべながら、じろじろとぼくを観察するかのような目をしている。

「茜、何でぼくが後輩と話してたこと、知ってるんだ?」

「蒼が後輩の女の子と話している、なんてすぐに話題になるから聞こえちゃっただけよ」

「あぁ、そう……」

 世間は暇なんだな、ぼくを観察して話題にするなんて。

 ぼくの頭の中は、いかにあの暑さから逃れられるかでいっぱいだったというのに、ちくいち話題にされては、その度に茜のご機嫌を伺わなくてはならない転回じゃないか。

「みんなが騒ぐような話はしてないよ。昼食を一緒にしたいって言われただけだから。もちろん断ったけど」

「あら、かわいそうじゃない」

「仕方ないよ。めんどうなことになりたくない」

「めんどうなことって、私がヤキモチ妬くからってこと?」

 それもある、とは口が裂けても言えないけど……。

「ひとりだけ特別扱いするわけにいかないだろ。次から次へと誘われても断れないし。ぼくはコミュニケーションが得意じゃないって分かってるだろ?」

「そうね、その点を上げると、浮気の心配をしなくてすむから安心だわ」

「……浮気の心配なんかしたことないだろ、茜に限って」

「ふふっ、そんなことはないわよ」

「……はいはい」

 まったく心配してない笑みだろ、それは。

「どうするの?本当に断ってしまうの?」

「だから、もう断ったよ。教室戻るから、じゃ」

「あらあら」

 がらりと教室のドアを開けると、クラスメイトはまだ更衣室から帰ってきていなかった。

 誰もいない中、自分の席に座り、ぼんやりと考え始めた。

 クラスメイトの多数は、ぼくがコミュニケーションが得意でないことに気付いてはいるんだろうが、あまりぼくを知らない人から見たら、すかしてるとか、冷たそうとか、そんな風に見えているのかな。

 茜のように、先輩後輩関係なく、にこにこできるのがコミュニケーション上手というんだろうか。

 それはそれで、ぼくからしたらおもしろくはないけど。

 茜がもともとモテるのは分かるが、あんなに愛想を振りまけば、誰だってドキドキもんだろう。

 アプローチされては丁重にお断りし、またアプローチされてはまた丁重にお断りし、と繰り返してめんどうではないのか?

 傷つけるくらいなら、初めからその気にさせるような態度をしなければいいのに、と毎回思う。

 ぐるぐると考えていたが、わだかまりが募るばかり……。

「あー!王子ここにいたんだー」

 着替えがすんだクラスメイトたちがわらわらと教室に戻って来るや否や、いきなりぼくに振ってきた。

「聞いたよー、さっきかわいい一年とからんでたんだってー?王子が話しかけるとか、めっちゃ珍しいじゃん!なに話してたのー?好みだったから声かけたとかー?」

「別にからんでなんかないよ。それに向こうが話しかけてきたから答えてただけだし……」

 ぼくの返事を聞いてるのか聞いてないのか、キャッキャと話を続けてくる。

 ふつうの女の子たちは、噂話が好物らしい。

 人の恋愛話やらをおかずに、ご飯を食べているような感じだ。

 こういう子たちは、共通の話題をすることで、コミュニケーションが上手く取れるのか、なるほどね。

「ねーねー、なに話してたのー?一年なのに王子に話しかけるとか、めっちゃ勇気あるよねー!うちらもさ、同じクラスになってから、やっと話しかけられるようになったのにさー、ほら、王子って話しかけんなオーラ出してるしさ、バリアがあるってゆーかさ、めっちゃ話すの度胸必要だったんだよねー」

「……そうかな」

「そうだよー!だから先輩も後輩もみんな遠くから見てハニャーってなってるだけだもん」

「はにゃあ?」

「でさでさ、その子、なんて声かけてきたのー?もしかして告ってきたとか!」

「あー、一緒にお昼食べたいとか、ファンサービスしろとかだったよ、……断ったけど」

 その言葉に、クラスメイトたちはよりいっそうがやがやしてきた。

「えー!マジでー?めっちゃすごくない、その子っ!ちょー勇気あるよねー!てゆか、自信あったのかなあ?でも断ったんでしょー?」

「……うん」

「そりゃ玉砕だよねー!でも、めっちゃがんばっただけに、ちょっとかわいそくないー?」

 あー、やっぱり傷つけちゃってるのか……。

 人を傷つけたくないし、自分も傷つきたくないから、コミュニケーションから逃げてたけど、ぼくが変わらない限り、誰かを知らず知らずのうちに傷つけてしまっていくんだよな、きっと。

「でさでさー、前から聞きたかったんだけどー」

「なに?」

「隣のクラスの風原さんと、いい仲なのー?」

「風原……風原茜、さん?」

「そーそー、あたし、中学が風原さんと同じだったんだけどさー、あの子めっちゃ大人っぽくて美人だし、お嬢様って感じじゃん?だから中学の時からモテてたんだよー!一見お高く止まってるのかなって見えるけど、性格いいから女子からも男子からも人気あってさー」

「……そうなんだ」

 そう言われれば、茜は、あんまり自分のことは話してくれてないな。

 中学の時はこうだったとか、家族とか友達の話とかも、聞いたことなかったかも……。

「でで、どうなのー?よく風原さんと話してるじゃん?ふたり並んでると絵になってるけど、実際いい仲なのかねーって噂なんだよねー、」

「話はするけど、……いい仲って……?」

「ほらぁ!女の子同士で付き合ってるのかなって!そんなんじゃないよね!違うとは思うけどー、みんながいいなーって言ってるんだよねー」

 あ、やはりそう見えるのか。

 二次元好きの女の子って、同性愛の話でキャッキャするけど、実際のリアル同性愛者のことは、偏見の目でみるんだろうな。

 茜のイメージは理想の女の子像だし、もしぼくたちが付き合ってるなんてバレたら、きっと厄介なことになるに違いない。

 だからぼくは校内で話しかけないようにしているのに、茜が話しかけてくるのをみんなは結構見ているもんなのか。

 もっと控えるように言っておかなきゃ、まためんどうな質問がくるからな……。


「あー、付き合ってるとかじゃ……」

「だよねだよねー!レズってたらビビるわー!成海王子はみんなのもんだしねー」

 はぁ……、やっぱり現実はそうだよな。

 受け入れられないのがふつうなんだ。

「じゃあさ、今日の昼休み、風原さん誘ってうちらと食堂行こうよー!」

「……え、え?なんで?」

「うちらだってせっかく王子に話しかけられるようになったんだしー、もっとお近づきになりたいじゃん?それに、風原さんが一緒ならいいでしょー?」

「い、いやぁそれは……」

「じゃあ、風原さんがオッケーならいいでしょー?」

「う、うーん……」

 考えてみれば、あの嫉妬深い茜が、ほかの女の子たちと食べることを許すわけがない。

 さっき話してた後輩のことでさえ、浮気だとかねちねち言ってたくらいだし。

 どっちみち、ぼくの片身が狭くなることは変わらないけど。

 次の授業が終われば昼休みになる。

 茜が誘われる前に釘打っとかないと……。

 さて、今日はどこへ隠れようかな、といつもより頭が重い。

 まったく先生の話が耳に入らないまま、昼休みが訪れる。


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