潮風の音 6
ほわほわのベッドの上には甘い誘惑がいっぱい…!
お泊まりの朝は「お泊まりロス」?
さわさわと腕をくすぐる感触で目を覚ました。重たいまぶたを虚ろに開けると、隣に透き通った肌を露出させた彼女が眠っている。
窓の外はにわかに明るくなってきているようで、カーテンの隅から白みかかった空が見えた。
ぼくは彼女を抱いたまま眠っていたようだ。すぅすぅと彼女が寝息をたてる度に、柔らかい髪がぼくの腕をくすぐっている。
さわさわとむずがゆい感触だが、久しぶりに間近で寝顔を見れることが疲れ果てた身体を癒してくれる。いろんな表情をする中で、笑顔と同じくらいの最高なご褒美だ。
眠りにつく前のことをさかのぼって思い出していたが、ぼくは今日ほど感情を表に出したことはなかっただろう。あまり感情を態度に出すことは得意ではない。
むしろそんなことは後々めんどうなことにしかならないから、事を何事もなくパスするには、感情を殺すのが一番手っ取り早くその場が過ぎてくれる簡単な方法でもあるんだ。感情を出さないというのは、客観的な立場なら透かしたように見えるんだろうが、誰に何を言われても、言わせておけばいいと思えるようにすらなった。
そんなぼくを見透かして、彼女はわざとぼくの感情を高ぶらせようとあれこれ仕掛けてくるのも気付いてはいるけれど、気付くのはいつも罠にかかってからだから、我ながら情けない。学校でこそふつうに過ごせているが、ふたりきりになると揺さぶってくる確信犯な小悪魔だ。
動いてしまうと寝顔が消えてしまいそうで、視線で隣をちらりと見ると、そんな小悪魔もたったひとりの天使にしか見えない。
白く透き通った肌は、ぼくを誘っているようにしか思えないほどつやつやと輝いていて、思わず手を伸ばしたくなるが、ごくりと飲み込むだけに落ち着かせた。
その肌も、寝顔も、心も、すべてぼくのものだと確信できているこの瞬間、いずれは目覚めてしまうけれど、もう少し、もう少しだけ、唯一の天使をこの腕の中に包ませてください……。
むなしくなるほど空はおかまいなしとばかりに夜明けを進ませて、この愛おしいぼくの幸福なひとときを奪い去ろうとしている。
幸せというのはもろいものだから怖い。
幸せだと感じれば感じるほど、失うんじゃないかと、失った時に自分が狂ってしまうんじゃないかと、反比例に脳裏がざわめく。
素直に幸せだけを噛みしめられたら、その時が本当の幸せなんだろうな。
目を逸らしたら消えてしまうんじゃないかと思って、彼女の寝顔から目を離せなかった。
その視線に応えるかのように、彼女はゆっくりとこちらへ寝返りをし、寝顔は息のかかるほど間近に迫ってきた。ぼくはもう一度ごくりと息を飲み込み、思わず呼吸を止める。
耐え切れぬ思いをふるふるとさせながら、一端反対側にふぅと吐き、止まらぬ衝動を抑えようと息を整える。
「あお……い……。」
ハッとして振り返ると、彼女はまだ目を閉じていた。
「……寝言?」
すぅすぅと聞こえる寝息にほっとしたような、どこか寂しいような……。
でも寝言でぼくを呼んでくれていたんだとしたら、まさに寝ても覚めてもってやつなのかな。だとしたらどれだけぼくをかわいがってくれるんだよと、いじらしく思える。
穏やかな口調で鋭いことを言ったり、からかったりと、かわいくないやつだなと思うことがしばしばあるが、ベッドの上ではかわいいやつだと断言できるな、と顔がほころんだ。
「……ん。」
天使はゆっくりと身をよじり、薄くまぶたを開いた。
「起きた?天使ちゃん。」
「あ……おい……、起きてたの?」
「うん、寝てるのはもったいなくてさ。」
「ふふっ、なあにそれ。」
うーんと伸びをして、天使はぱっちりと目を開いた。
「おはよう、茜。」
「おはよう、蒼。私が起きないように、腕枕をどかせなかったのね。しびれていない?」
「大丈夫だよ。それより、ありがとう。」
きっと、なあに?と言うんだろうと思ったけれど、かわいい寝顔のお礼と、おはようを込めて軽くキスをした。
「さ、早く服を着ないとまた襲っちゃうかもよ。」
「大丈夫よ、それは心配してないわ。あんなに情熱的なセックスだったんですもの。いくら蒼でも今からまたはないでしょう?」
「おいっ、人を猛獣みたいに言うなよっ!」
「ふふっ、一心不乱といった感じだったわよ?」
「……はは、もう何とでも言ってくれ……。」
「蒼こそ、そんなに浴衣がはだけていたら、今度は私が襲ってしまうかもしれないわよ?」
「……ぼくが悪かったです。」
目が合うと、ぼくらはケラケラ笑った。