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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌
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日陰の再会 4

 夜の街灯がぽちぽちと照らしてくれる帰り道、ぼくは彼女にどんな風に切り出そうか考えながら歩いていた。

 管理人さんが訪れて、学校に連絡をするようにと言われて、そのまま呼び出されての下校途中、彼女の弟に会って話したこと、どこからどこまで、何を話せばいいのかと……。

 前半はまぁ流れをそのまま話すとして、問題は下校途中に弟に会ったこと、話したこと、泣いたことも……?怒ったことも……?抱きしめられたこと……も?

 うぅ、それはどこまで話せばいいのか分からない。

 話した内容と感じたことはともかく、「ぼく、抱きしめられたんだー」とか……必要ないだろうし、言えないだろ!

 言ったとしても、彼女の立場なら、どう受け止めるのだろうか。

 いらないもやもやは味わわせたくないし、かといって言わないでおくのも後ろめたいし……。

 聞きたいかなぁ?聴きたくないよなぁ?

 ぼくが逆の立場なら……。想像つかないから分からない。

 滅多に泣いたり怒ったりしないぼくが、何でそうなったかを話すとなると、筋的に抱きしめられたからの件も通らなくてはならない。

 そこを回避して上手く話せるものなら、省いてもいいのかもしれないが……。

 話下手なぼくが説明上手なわけがないのは、彼女が一番よく分かっているだろうけど、言葉を選んでいるぼくを見たら、きっと突っついてくるに違いない。

 彼女の聴きたいことだけを話せばいいのなら、質問されたことだけに答えればいいのかな。



 考えている間に、駅への道が少しずつ明るくなってきた。

 彼女の家まで行くべきか、それともどこかに来てもらおうか……。

 駅が近づくに連れて、電話の冒頭の言葉を決めなければと焦りが出る。

 さっきまで公園にいて、ちょっと冷えたから、外で会うのもぼくが寒い。じゃなくて、彼女は寒がりだから、これから外へ呼び出すというのは歿だな。

 じゃあ彼女の家まで行くか……。いきなり行っても家にいるとは限らないし、いたとしても居留守を使われたり、ましてや追い返されたら……。そう考えると勇気が足りないから、これは保留だな。

 それなら後は、ぼくの部屋まで来てもらうか、どこかお店まで来てもらって話すか……。

 まず、呼び出す時点で来てもらえるかも分からないのに、わざわざうちまで来いとは言えないだろ……。

 お店もなぁ……。騒がしい中で話す内容じゃないし、第一ぼくが雑音に耐えられるか分からない。まぁ、そんな選ぶ権利はぼくにはないのだから、我慢するしかない。というか、彼女のためなら、雑音にも慣れる努力をしなきゃな……。

 そうすればデートも外食も、いろんなところへ一緒に行けるようになるんだから。



 ここからは、まず彼女の家の近くのお店まで来てくれるかを交渉することだ。

 お店の指定は彼女に任せるとして、何て電話しようか……。

 話がある?話がしたい?話をしよう?話してほしい?……ちょっと違うかな……。

 だ、だめだ!考えすぎて余計に勇気がなくなってくる!さっきまで勢いたっぷりで歩いてきたのに。

 考えても時間は経つばかりだし、頭がかちこちになっていくだけだし、もういっそ勢いで電話して、なんとかするか!



 バッグの中から定期入れと携帯を取り出すと、未読メールのマーク。

 そうだ、学校に連絡したはいいけど、彼女からの着信もメールの中身も見てない。

 帰宅ラッシュで込み合う駅の柱まで移動して携帯を開くと、忘れていた緊張が走る。

 この一週間、ずっと電源を切っていたから、どんな内容が待ち構えているか分からない。

 呼び出す以前に「別れましょう」とか「さようなら」とか書いてあったら……。

 いやいや、それでもぼくは決めたんだ!絶対大切な人を手放したりしないって。



 手放さないという意気込みはあるけれど、恐る恐るメールを開くと、彼女からのメールは全部で六通。

 一日目は、「連絡ください」が三通。

 二日目は、「連絡くれないのね」と、「連絡ください」の二通。

 三日目は、「待ってます」と一通。

 残りの四日間は一通もなかった。内容通り「待ってます」ということなのかな。

 もし、まだ待ってくれているのだとしたら、速くぼくから電話したい。でも、もう呆れて無視されてたりとか、怒っていて連絡もしたくないとかだったら……。

 だめだ……そんなネガティブに考えてたら切がない。ぼくの悪い癖だな。



 思い切って電話の発信ボタンを押すと、緊張で手が冷たくなっているのを感じた。

 弱虫だな……。待ってくれていると信じよう。



 『はい。』


「茜……?ぼくだけど……。」


 『久しぶりね。』



 声だけだと、怒っているのかそうじゃないのか分からないな……。



「うん……。その……連絡しなくてごめん……。」


 『今、外?』


「あぁ、うん。学校に呼び出された帰りで……。これから会ってくれ……ない……かな?」


 『どこで?』


「ど、どこでもいい!茜が決めていいよ。来てくれるならだけど……。」


 『どこでもと言われても……。』


「こ、困るよな、ごめん。行っていいなら茜んちまで行くよ。だめなら茜んちの近所のお店とかでも……。」


 『そうね……。私の家はちょっと……。』



 会ってくれるみたいだけど……やっぱりやめようかと悩んでるのかなぁ……。

 ちょっと深刻そうな声にも聞こえるし、声を潜めてるようにも聞こえるし、彼女も言葉を選んでいるのだろうか。



「家にお邪魔するのはずうずうしいよな、ごめん。ぼくはどこでも……あ、いや、どこでもっていうか、どこか店でもいいし、茜が寒くないなら公園でもいいし、どこでもいいんだ。あ、えっと、どこでもって言うと困るよな……。」


 『お邪魔というわけではないのだけれど、叔父様が今夜、出張から戻られるそうなの。だから……』


「あ、あぁそうなんだ……。じゃあ、えっと……。」


 『お店はあなたが嫌でしょう?私があなたの部屋に行くわ。でも、今夜はあまり遅くまでいられないの。』


「いや、ぼくは店でもいいよ。遅くまでいられないなら、やっぱり茜んちの近くで話したほうが、早く帰れるだろ?」


 『そうね……。でも……。』



 どうしてそんなに悩んでいるんだろう。店じゃぼくが嫌だろうと、考えてくれてるんだろうか。

 遅くまでいられないって、珍しいな。何かの複線……?とか考えたら切がないけど……。



「……やっぱりやめようか。今日はもう暗いし、明日でも……。」


 『あなたが大丈夫というなら、私の家の近所のお店でもいい?』


「うん!迎えに行くよ!近くなったらまた電話するから。」


 『分かったわ。じゃあ待ってるわね。』



 よかった……。ちゃんと会ってくれるんだ。

 通話を切ったら、携帯に手汗が付いていた。手は冷たくても汗をかくんだ。

 このドキドキは、彼女に会える嬉しさと、どう話そうかという焦りの両方なんだろうな。

 でも、もういいんだ。この一週間、彼女にも誰にも会いたくなかったけれど、今はこうして彼女に会えるって嬉しい気持ちになれてるんだから。

 逃げてたけれど、ちゃんと向き合いたいって、会いたいって思うんだ。



 彼女の最寄駅に着いたのは、七時をちょっと過ぎた頃だった。

 この時間だと、夕飯時で、どこの店も混んでいるんだろうな。

 商店街に並ぶ店を横目で見ながら、入れそうな店があるか歩いてみたけれど、やっぱりどこも混んでいるようだった。

 仕方ないんだ。彼女と話せるなら、どこでもいいと誓ったんだ。

 ため息みたいな深呼吸をして、商店街を抜けると、すっかり静かになった住宅地になった。

 近所まで来たし、そろそろ出てきてもらおうかと、携帯を取り出すと、未読メールが一件。

 遅くなっちゃったから、もう会えないとかかなぁと、急いで中身を開くと「気を付けて来てね」と一言。

 余計な心配が外れてほっとしたのと、彼女の労わりが伝わってきて、早く会いたいという気持ちが高鳴った。

 手に取った携帯で、そのまま彼女へ発信ボタンを押すと、待っていたかのようにすぐに出てくれた。



 『はい。』


「茜、今ちょうど商店街を抜けたとこなんだけど、出て来れる?」


 『えぇ、大丈夫よ。すぐ出るわね。それじゃあ。』


「うん。気を付けて。」



 通話を切って携帯を握りしめると、さっきまでの冷たかった手が、今は暖かくなっていた。

 ぼくの気持ちみたいだな。今、ほくほくしている。

 彼女の家の近くまで行こうとしたけれど、すれ違いになってもいけないし、少しゆっくり歩こうかな。

 あの街灯をいくつ越えたら、彼女の家に着くんだろうか……。

 あまり夜に行ったことがないから、考えてもみなかったな。



「あれ?蒼ちゃん?」


「……はい?」


「忘れちゃった?」



 急に声を掛けられて振り返ると、一人の男性が覗き込んでいた。

 ぼくのことを「ちゃん」付けで呼んでいるけど、そんな人、知り合いにいたっけな……。

 男性は、夜だというのにサングラスをかけて、帽子を被っていたから、顔がちゃんと見えないと、思い出そうとしてもよく分からない……。

 そんなぼくを見て気が付いたのか、男性はサングラスを取って「分かる?」と首をかしげた。



「黒崎さん……?」


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