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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌
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日陰の再会 1

 もう、一週間も学校をさぼってしまった。

 学校どころか、外にすら出ていない。

 なんとなく寝転がっているベッドの枕元には、電源を切ったままの携帯が無造作に置いてある。

 連絡を遮断しているのに、こんな手の届く所に置いていても意味がないな。

 部屋に閉じこもって数日は、ドアをノックする音や、インターホンの鳴る音が聞こえていたけれど、今はもう何も聞こえない。

 聞こえない……ふりをしているのかもしれない。



 店内の雑踏の中で、彼女の声だけが救いだったのに、その彼女ですらぼくの気持ちをざわつかせた。

 ぼくは何もかも、どこへ行っても、一人でどうにかしなければならないのに、いつも彼女を頼りにしていたんだと、今更思い知った。

 彼女が隣にいてくれたから、いつもどうにか過ごしてこれた。

 でも……。

 人と関わるのは、やっぱりぼくには向いていないんだ。

 ぼくは「普通」なんて分からない……。



 両親がいる家庭で育って、女の子らしい洋服を着て、理想の男の子と恋愛して、会社に勤めて、結婚して……。

 それが世間が言う「普通の幸せ」なのだとしたら、ぼくには一つも当てはまらないな。

 決して母さんを恨んでいるわけじゃない、むしろ恨むとしたら自分自身だ。

 自分の気持ちを押し殺して、「普通の女の子」として成長してこれたら、母さんもぼくを捨てなかっただろうし、孤独も人間不信も味わわなかっただろう。

 ぼくが女の子としての気持ちを保てず、自分の理性を出してしまったことで、全ての歯車が狂ってしまったんだ。

 自分が何も言わなければ……、自分がいなければ、みんな普通の幸せを持てたんじゃないのかと、もう何回も考えたけれど、じゃあどうすれば、何をすれば、ぼくは周りの人たちを傷つけずに生きていけたのだろう。

 振り回さずに生きていけたのだろう……。



 締め切ったままのカーテンの隙間から、明るい光が差し込んでいる。

 今は朝なのだろうか、それとも夕方なのだろうか。

 ぼんやり起きていたり、いつの間にか眠っていたり、昼夜がごちゃごちゃになっているから分からなくなっていた。

 ずっと寝転がったままでお腹も空かないから、たまに起き上がっては乾いた喉を潤すために水を飲み、気が向いたらシャワーを浴び、髪も乾かさずにまたベッドに戻る。

 濡れた枕は、干からびたぼくの心とは正反対だった。



 眠っているのか起きているのか、ぼんやりしていると、数日ぶりにインターホンが鳴った。

 彼女だろうか、お隣さんだろうか……。いずれにしても会いたくないし話したくもない。

 ぼくが少しでも雑音から逃避しようと布団を被ると、ガチャリと鍵の音がして、そしてドアがゆっくりと開く音がした。



「成海さん、管理人ですが……。いらっしゃいます?お邪魔しますよ?」


「……。」


「あぁ、良かった。いらしてたんですね。すみませんが、ちょっとよろしいですか?」



 管理人さんは、布団から覗くぼくの姿を確認してほっとしたのか、玄関で大きくため息をついた。

 電気を付けていないことに少しとまどっているようにも見えたが、生存確認にでも来たのか……。



「成海さんと連絡が取れないから、様子を見に行ってほしいと頼まれたんですよ。学校の先生からも、一週間無断欠席が続いてるから心配してると急かされたそうで……。こちらからも成海さんにお電話したんですが、繋がらなかったので……。」


「……。」


「いやぁ、具合悪いのかなと思ってはいたんですがね、その……事故とか自殺なんてあったらいけないなぁと思って……。物騒な世の中ですからねぇ、何があるか分からないですし、学生さんで一人暮らしだから余計にみなさん心配なさいますよ。私もですがね。」


「……すいません。」



 ぼくは重たい体を起こして、ベッドに腰掛けた。

 人様に見せれるような恰好ではなかったけれど、申し訳なさそうにしている管理人さんに、ぼくも申し訳ない気持ちになって頭を下げた。

 濡れたまま寝転がってぼさぼさになっていた髪を、手ぐしで押さえたが、髪も気持ちも思い通りにならない。

 みっともないな……。



「私もね、立場上心配してたんですけど、とにかく連絡がつかないから、もし部屋にいたら、本人から学校の先生に電話するようにと、黒崎さんに伝言されましてね。」


「黒崎さん……。」


「はい。もし成海さんに何かあった場合は、黒崎さんのほうに連絡するようにと。でも本人が連絡出きるなら、必ず自分で学校へ連絡するようにと言われてますが……。大丈夫ですか?私のほうから黒崎さんにご連絡しましょうか?」


「……。」



 高校に通わせてもらっている分際で、一週間も無断欠席……。

 いくらサボり癖のあるぼくだとはいえ、さすがに電話も繋がらないとなれば、そりゃあ先生も心配になるし、様子を観に行ってほしいと管理人さんに連絡も行くよな。

 また他人に迷惑をかけてしまった……。



「成海さんが学校に連絡するようであれば、学校から黒崎さんに連絡をもらう形になってるそうですよ?ご心配なら本人から黒崎さんへ電話させましょうかと言ったんですがね、学校側から連絡が来ればそれでいいとおっしゃられてました。でも……体調悪いなら、私から黒崎さんに連絡しますけど……。」


「……いえ、大丈夫です。自分で学校に電話しますんで……。ご迷惑おかけしてすいません……。」


「まぁ……それならいいんですけどね。私は後見人さんとの間についてとやかく言えませんが、あまりがんばりすぎずに、周りの大人に頼ることも大事だと思いますよ?成海さんはまだ未成年なんですから……。」


「はい……。」


「じゃあ私は失礼しますね。何かあったらこちらにも連絡してください。」


「はい。ありがとうございました……。」



 ぼくが会釈をすると、管理人さんも軽く会釈をして出て行った。

 孤独死でもしてるんじゃないかと様子を見に来てくれたのか。

 いくら管理人さんという立場とはいえ、もし本当にぼくが死んでいたら第一発見者として迷惑かけるんだろうな。

 生きてても死んでても迷惑、か。



 久しぶりに人と話した緊張が解けて、ぼくはまたベッドにばたりと突っ伏した。

 やっぱり少しでも食べていないからかな……体も頭も働かない。

 出たくないけど、何か食べ物を買ってこなきゃな……。

 その前に学校に電話しないと、か。

 電源を切ったままの携帯は、枕元に置いてある意味がない。

 いつもならすぐ取れるようにと定位置にしていたが、癖で置いていても鳴らない物を近くに置いていても何の意味もなかったな。

 一週間ぶりに電源を入れるのは怖かった。

 時間が経つほど、空白の日にちが戻らないことを実感してしまうから……。



 明かりを付けていない部屋は、携帯のパネルすら眩しく感じる。

 虚ろな目に入ったのは、大量の不在着信と数件のメールだった。

 この中に、きっと彼女からのメールもあったに違いないが、何て書いてあるのか怖くて開けなかった。

 大量の不在着信は、学校から毎日数件入っていた。

 何て言おう……。具合悪くて電源切ってました?

 まぁ、いいか……。



 担任の先生に電話口を変わってもらうと、何度も「心配したんだよ」と怒っていた。

 本当にそうだったのだろうか。

 ぼくがいなくても気付かなかったんじゃないかと疑ってしまう。

 ただ、親権者の代わりの後見人に報告する手前、連絡がついて安心したというだけなんじゃないのかな。

 どっちでもいいけど、呼び出しで個人面談になってしまったのがめんどくさい……。

 上っ面の心配と、どうでもいい小語とを言われるだけだろうに。

 でも、行かなければまた周りに迷惑がかかることは確かだと、ぼくは重い腰を上げた。

 ついでに、帰りに何か食べ物を買って来よう。

 ……逆かな?買うついでに面談行くか。



 面談を終えて外へ出たのは、夕陽が落ちそうな頃だった。

 まだ日向は眩しいくらいだけど、たまに吹く風が心地いい。

 運動部の声すら聞こえていたけれど、残っている生徒はほぼいなくて少し安心した。

 人目も話し声も触れたくなくて、身を縮ませながら校門をくぐると、一仕事終えたような疲れが沸いてくる。

 小さくため息をついて、少し呼吸を整えてから帰路を辿った。

 すれ違う人たちと目を合わさないように俯きつつも、いつものコンビニに知っている顔がいないか確認しながら入った。

 誰もいないことに安心しているはずなのに、どこか焦っている自分もいて、悩む間もなくいつものサンドイッチと肉まんを買って公園のベンチで一息ついた。

 こんな調子じゃ、コミュ症がどんどん悪化していくな……。

 分かってはいるけれど、どうしていつも上手くいかないんだろう。

 遠くに聞こえる会話さえ、ぼくにないものをみんなは持っているんだと羨ましく思える。



 ずっと部屋にこもって窓も開けずにいたから、公園の風がとてもおいしくて心地よかった。

 日が暮れないうちに帰りたいけど、せっかくだから暖かいうちに食べようかと、ビニール袋から肉まんを取り出した。

 久しぶりの食べ物が肉まんとは、自分で言うのもおかしいけれど、ぼくらしい。

 肉を食べろと言われれば肉まんを、野菜を食べろと言われればサンドイッチを買うぼくを、 彼女は「屁理屈にもならない」と呆れてたっけな……。



 陽が傾くに連れて、園内の人たちの声が遠ざかって行く。

 風に揺れる木々の音が際立ってきて、心も徐々に落ち着いてきた。

 雑踏よりも、自然の音を聞いているほうが落ち着くぼくは、どこか田舎に引っ越すほうがいいのかな。

 でも、そうするには学校も部屋も……卒業して自立しないと引っ越しは無理か。

 新しく部屋を借りるとなると、また手続きがめんどくさいのかな。

 もう黒崎さんにはお世話になれないし……。



「ここ、座っていいですか?」


「あ……は、はい。」



 考え事してて気配に気付かなかったぼくは、とっさに「はい」と答えてしまったけど、隣にはもうすでに人が座っていた。

 答えを聞かずに座っていたことにも気付かなかったなんて、どれだけぼぅっとしてたんだ、ぼくは。

 気配を感じなかったくせに、隣に人がいるだけで視線を感じるような気がする。

 居たたまれなくなったぼくは、食べかけの肉まんとビニール袋を持って立ち上がった。



「行っちゃうの?蒼さん。」


「……え?」



 腕を掴まれて振り返ると、そこにはさわやかイケメンスマイルの男の子がこちらを向いている。

 心臓がどくんと跳ねた。

 緑の香りがする風が、二人の間をすり抜けて行く。



「こんちは。気付かなかったでしょ?俺がいたこと。」


「全然……。」


「無視されてんのかと思いましたよ。でも、隣に座っていいって言ったくせに、もう行っちゃうんですか?」


「いや、そうじゃなくて……。」



 この鼓動は、不意打ちで話しかけられたからだけじゃない。

 その笑顔に、彼女の面影が重なったからだ。

 無邪気に微笑んでいると、余計に思い出して胸が締め付けられる。

 重なる笑顔はぼくの恋人で、ぼくに微笑みかけているのは彼女の弟……。


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