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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌
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バレンタインの憂鬱


バレンタイン当日の朝、校舎の隅で男子生徒からチョコレートを受け取る彼女の姿を見かけてしまった。

放課後、目撃したことを何気なく彼女に伝えると、彼女はなぜか楽しそうに笑った。


「妬いた?」


その言葉に思わず眉間にしわを寄せて、ぼくはゆっくりと左を向いた。彼女はまるで、いたずらを成功させた子供のように満足げな顔でこちらを見ている。


「ぼくをからかう時は何より楽しそうな顔をするんだな」


「怒ったの?」


見透かしているくせに、わざとこういう質問か。


「いいや……」


とは言いつつも、ぼくの眉間のしわは寄ったまま治まらない。手の平で簡単に転がされてることを分かっていながらその手中にハマってしまっている自分にため息が出る。


 視線を逸らそうとするぼくの瞳を追いかけるように覗きこんで「すねてるのね?かわいい」と、またくすくすと笑う。


「からかうなよ。怒るぞ」


「ほら、怒ってる」


 ぼくはがくりと首を下げ、それから目を閉じて大きく息を吸いながら天をあおいだ。


 ゆっくり目を開けると、太陽は少しずつ雲の陰に隠れた。ぼくの感情と同じだ。本当は彼女といるだけで日溜まりのような気持ちのはずなのに、まるでぼくを曇らせるかのように、気まぐれな風で彼女はぼくの太陽を陰らせて遊んでいる。


 こんな時、いつもぼくはどうやって濁してきたんだっけな。彼女の目を見ると、怒る気がなくなってしまうが、かといってぼくのこのやるせなさを殺すのは簡単じゃない。


「蒼?」


 黙って雲を見上げているぼくの心中をよそに、まだ顔のほころびが溶けていない声が近づいてくる。


「何だよ」


 本当は感情が出そうな声を一度飲み込んでから聞き返した。


「ふふっ」


 まだ笑っているのかと感情が高ぶりそうになったが、ぼくの肩にそっともたれてきた彼女の髪が甘いシャンプーの香りに包まれていて、ぼくの五感をくすぐった。彼女のにおいがする。朝、目覚めた枕にふんわりと香っているこのにおい。卑怯だな。穏やかな気持ちになっちゃうじゃないか。


「何を考えてるか当ててもいい?」


「毎回当たると思うなよ」


「そうね……、私にどうお仕置きしようか選んでいる、といったところかしら?」


「選ぶほどレパートリーはないよ。茜じゃあるまいし」


「何よ、それ」


 彼女はむくれるどころか、認めてるかのように笑っている。


「校内の憧れの先輩、成海蒼をお仕置きしちゃうのは私だけってことね?」


「校内の憧れかどうかは別として、大方は真実だな」


「嬉しい?」


「嬉しいって、何がだよ」


「お仕置きされるのが、私だけでってこと」


「言ってる意味が分かんないぞ。誰だってお仕置きは好きじゃないだろ」


「今年のバレンタイン、私以外の子からずいぶん受け取ってたそうじゃない?」


「同級生はともかく、後輩からは断れないだろ。それに私以外って言うけど、茜はぼくにはくれてないし、今更何だよ」


「だって、あなたはたくさんもらっているのだから、私からはいらないのではなくて?」


「それは……別だろ……」


 ちょっと考えたが、これも彼女の罠だったのか。ぼくに言いにくいことを言わせて楽しむ、彼女の技にはまってしまったようだ。


「妬いてたのか?」


 ぼくは反撃とばかりに嫉妬を認めさせようと、彼女の顔を覗き込んだ。


「私がチョコをあげなかったのは、あなたが私以外の女の子からもらったお仕おき」


「はぁ?」


 嫉妬を認めさせるどころか、ぼくがまさかの自爆? チョコをくれない彼女にふてくされていたバレンタインだったが、それがまさかプチお仕置きだったとは……。我ながら哀れだな。


 目を丸くしたぼくを見て、今度は何か企んでいそうな微笑みを浮かべた。


「蒼を見ていると本当に楽しいわ。表情がころころ変わるんだもの」


 そう言い終える前に、ぼくの耳元で深く囁いた。


「ベッドの上でのあなたは、あんなに情熱的なのにね」


 囁かれた耳が、いや、左半身全体に鳥肌が立ったのと同時に、一気に顔が熱くなった。


「お、おいっ!」


「ふふっ。また変わった。でも、本当のことよ?」


 今日もまた、彼女のペースに持っていかれてばかりだ。お返しに、彼女がかわいいのはベッドの上だけだと教えてやろうかとすら思った。


「今日の私はかわいげがないって思ってるでしょ?」


「そ……んなことはないけど……」


 心眼か? いや、自覚だろうか。むしろ自覚があってわざと意地悪を装っているのかと思うと、本当に敵に回したくない女だと背筋が凍るよ……。


「かわいいよ。茜はいつも」


 白旗を上げて降参するしか、彼女の暴走を止められない気がした。彼女はじっとぼくを見つめたまま少し黙っていたが、にっこりと微笑んで口を開いた。


「ありがとう。私も蒼が好きよ」


 ぼくはそこまで言ってないぞと突っ込むのをやめたのは、今日一番の笑顔に満足してしまったからだ。


 太陽はゆっくりと、ぼくらを日溜まりに迎えてくれていた。


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