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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌
32/50

不幸の折り紙 1

 水曜日って憂鬱だ。

 月曜日も憂鬱だけど、学校に着いてしまえば腹をくくれる。

 でも水曜日は、やっと二日終わったのにまだ二日行かなきゃならないのか……という憂鬱がある。

 やっとの思いで学校まで来ると、遅刻ギリギリ、予鈴のチャイムが鳴り響いていた。

 バタバタと教室へ急ぐ生徒をすり抜けて下駄箱まで来ると、異変に気付いた。

 手紙が入っている……。

 いや、ファンレター的な感じではなくて、黒い折り紙に何かが包まれている。

 二年生になってからはファンレターが減ってきたなぁと思っていたのに、何だか怪しげな手紙を頂戴しているようだ。

 黒い折り紙は適当に中身が包める程度に折ってあって、中身は多分一枚か二枚、薄っぺらい感じだった。

 何で折り紙?本当に手紙なのかとも思ったけれど、とりあえず教室へ向かわなければ。

 すでにしんと静まり返っていた廊下を歩いていると、ぼくの教室から出欠を取っている声がしてあわててドアを開けた。

「遅い!」

「はい……」

 ちょっと間に合わなかったくらいで先制がぶつぶつ言っている。

 細かいなぁ……。

 出欠って、五十音順だから「わ」で始まる人のほうが有利だ。

 ぼくは「な」だからほぼ真ん中だけど、呼ばれてる瞬間にいないと「遅い」と言われるのは公平じゃない。

 しぶしぶ席に座ってバッグを開けると、さっきの黒い折り紙が無造作に入れてあった。

 そういえばこれ……怖いけど開けてみようかな……。

 一応ぺらぺらと折り曲げて、カミソリとかぶっそうな物が入っていないか確認してからそっと開いた。

 中にはこれまた折り紙が入っている。

 丁寧に半分に畳まれた赤い折り紙に「懲戦状」と書かれていて、更に薄いピンクの紙が挟まっていた。

 ちょうせんじょう?「挑戦状」じゃないのか?漢字間違ってるし、赤い折り紙も不気味なんだけど……。

 挟まれていたピンクの紙も、予想通り折り紙だけど、色的にはちょっと安心できる。

 ピンクの折り紙には、丁寧な文字で「水曜日が定休のお仕事はなんでしょうか?あなたの秘密を薔薇されたくなかったら、お昼休みに三年A組までいらっしゃい」と書いてあった。

 秘密……?三年に知り合いなんていないんだけど、これって脅しの呼び出しだよな……。

 しかも「薔薇されたくなかったら」って「バラされたくなかったらって意味だろうけど、何でここは漢字なんだ?

 やばそうな先輩に目を付けられてしまったみたいで、めんどくさいなぁというもやもやが沸いてくる。

 彼女に報告しておくべきか?でも、大した用事じゃなければ、返って余計な心配かけさせるだけだし。

 まぁいいか。

 三年A組に来いと言われても誰に呼び出されてるのか分からないし、彼女には明確なことが分かってから言おう。

 校内のこととなると「何で私に報告がないの?」と問い詰められたり疑惑を持たれてもめんどくさいから、彼女には逐一ちゃんと言うことにしている。

 それにしても「挑戦状」とか「バラされたくなかったら」とか、穏やかな話ではなさそうだ。

 男の先輩から恨まれることは予想できるけど、折り紙ってところが女の先輩っぽいし、字も丁寧だし。

 あと、冒頭の「水曜日が定休のお仕事」という謎かけみたいのも気になる。

 あぁ、考えたらめんどくさい。

 ぼくはなるべく考えないように、昼休みまでぐっすり寝てやろうと、机に伏せた。

 そうはいっても肝の小さいぼくがぐっすり眠れるわけもなくて、ただ先生の子守唄でうとうとするのをひたすら待った。

 嫌な時はあっという間に訪れるもので、昼休みを告げるチャイムに思わず眉間にシワがよる。

 ぼくは一応、携帯と黒い折り紙をポケットに入れて、何が待っているのか分からない三年の教室まで重い足を運んだ。

 階段を昇ってすぐの教室が三年A組のはず……。

 そう思ってぼくが階段を昇っていると、上からぼくの名前がちらほら聞こえてきた。

 何だよ……呼び出しって公開処刑なのか?

 ますます足が重い……。

 こそこそと名前を呼ばれているけれど、誰一人ぼくに話しかけてくる人はいないんだけど、一体誰に話しかけたらいいんだよ……。

 嫌だなぁ……足も気も重い。

 三年A組の教室の前まで来ると、冷たい緊張感が走った。

 ぼくは少し息を整えて教室のドアを開いた。

「あの……」

 口を開いたはいいけど、誰に話しかけたらいいのか分からなくて言葉がつまったぼくに一斉に目が向いた。

「あー!来た来たぁ!」

 教室の中で話していた四人の女の先輩の一人がぼくに近寄ってきた。

 ふわふわな癖毛を下のほうで二つに結んでいてプードルみたいだな……。

「入っていいよ?」

「え?」

「どうぞどうぞー!」

 そのプードル先輩はぼくの手を取って教室に招き入れると、話していた四人の輪の中に座らせた。

 勢いで連れて来られて何が何だか分からずにきょどっているぼくに、先輩たちがあれこれと話しかけてくる。

「近くで見てもほんとにイケメンだよねー!」

「うちの学校の男子も見習ってほしいわぁー」

「ほんとほんと!へたな男どもよりもずっとかっこいいよね!何でそんなかっこいいの?」

「何でって本人に聞くー?あはははは!」

「照れ笑いとか、めっちゃ萌えるんだけどー!」

 苦笑いです。

 何だこれ?挑戦状じゃないのか?単なる先輩たちの井戸端会議に混ぜられてるだけなんだけど……。

「蒼ちゃんって呼んでもいいー?」

「それって何課違くなーい?ちゃんじゃなくてくんでしょー!ねぇ?」

「確かに!蒼くんってほうがしっくりくるー!」

「友達には何て呼ばれてるのー?やっぱ蒼くん?それとも蒼ちゃん?」

 言われてみると名前で呼ぶのって彼女くらいなんだよな。

 でも学校では「成海さん」と仰々しく呼ぶけど。

 あとの人はあだ名……「王子」だし。

「ちょっとぉ、みんなうるさいってばー!蒼くんがしゃべれなくなってるじゃーん!ねぇ?」

 ねぇって言われても……。しかもちゃっかり蒼くんて定着してるし……。


「ごめんごめん、みんな蒼くんと話したくてたまんないからさぁ。許してやってね?」

「は……はい」

「さっすが桃子!蒼くんをしゃべらせたー!でも独り占めしないでよねー!」

「しないしない!ね、蒼くん、ちょっといい?」

「え?……はい」

 最初に話しかけてきたプードル先輩に手招かれ、ぼくは教室の隅っこに連れて来られた。

 桃子と呼ばれていたプードル先輩は、にこにこしながらぼくを眺めていたが、一通り舐め回すように見ると、やっと口を開いた。

「おもしろかった?手紙」

「あれって……先輩だったんですか?」

「そ!我ながらいいセンスしてるなーって思った!果たし状っぽかったでしょ?」

 ある意味、ものすごい斬新なセンスだけど。

「果たし状……、挑戦状じゃなかったんですか?」

「あー、そうそう!挑戦状だった!あはははは!」

 な、何が言いたいのか全く読めない。

 隅っこに追いやられてるわりに声デカいし。

「あー、でね、あたし蒼くんの秘密知っちゃったわけよ!」

「秘密って……」

「聞きたい?」

 聞きたくないような聞きたいような……。

 どうせまたくだらない噂とかだったら早めに話をつけて逃げよう。

「聞きたい……です」

「うん、じゃあ取引ね?あたしは蒼くんの秘密をバラさない、バラさない代わりにあたしのお願い聞いてくれる?」

「え……お願いって言われても……。その……秘密が何なのか知りたいんですけど……」

「そうねぇ……。白井不動産って知ってる?」

 どこかで聞いたことあるような、見たことあるような名前だけど……どこだったかな?

 ぼくの家の近くにある、駅前の不動産屋だったかな。

「多分、知ってますけど……」

「そう!近所だもんね?知ってるよね!」

 近所?ってことは、ぼくの家を知ってるのか?

 何か嫌な予感がする……。

「でね、あたしはその白井不動産の娘なわけよ」

「……はい」

 ぼくの表情が変わらないのがもどかしくなったのか、先輩は急に声を潜めて言った。

「内心、焦ってるんじゃない?何で家を知ってるのか、家を知ってると知られたくないことがあるんだよなーとかさぁ……」

 一瞬にして血の気が引いた。

 ぼくの家を知ってるってことは、彼女が出入りしていることも知っているということなのか、と。

「あるでしょ?バラされたくないこと……」

「……」

「だから、黙っててあげる代わりに、あたしのお願い聞いてほしいなーって言ってるの。だめぇ?」

 本当に先輩の握っている秘密とやらが彼女絡みなら、バラされないためには取引に応じなければならない。

 でもその秘密とやらがでっち上げなら、お願いとやらも聞く必要はない。

 どうしよう……。

「だめならいいよ?蒼くんの大事な人が傷つくかもしれないけど……できればあたしはそんなことしたくないけどね?」

「大事な人……?」

「あれれ?あたし見ちゃったんだよねー……。二年の風原茜さん、だっけ?あー、誤解しないでね?うちもあの辺だからたまたま見かけちゃっただけで、蒼くんがまさかうちの管理してるアパートに住んでるなんて知らなかったんだよ?別に家調べてストーキングしてたわけじゃないからね?」

「何が……言いたいんですか?」

「怖い顔しないのー!バラさないって言ってんじゃーん!隠してるんでしょ?それって自分のため?それともあの子のため?」

 手に汗握るとはまさにこのことなのか。

 ぼくのことはともかく、彼女のことをとやかく言われると手に力が入る。

「……お願いって何ですか?」

「お!取引に応じてくれるつもりになった?」

「ものによります……」

「応じたほうがお互いのためじゃない?あたしも別に、蒼くんの困るようなことしたくないしさぁ」

 充分困ってます!

 人の弱み握っておいて、黙っている代わりにと交換条件出してきてるって、立派に困らせてますけど!

「聞くだけ聞いておきます。先輩のお願いってやつ……」

「怖い怖い!そんな顔しなくても変なこと言わないから大丈夫だよー!」

「……」

「そうそう!あたし、白井桃子ってゆーの。白い桃だからはくとうってあだ名ついてるけど、桃子って呼んでね!」

「じゃあ、桃子先輩で……」

「やーん!呼び捨てにしてもらおうと思ってたけど、桃子先輩なんてっ!鼻血出そうー!」

 急に叫び出したと思ったら自分で気が付いたのか、先輩はあわてて人差し指を立てた。

 しーっ!ってしてるけど、騒いだのはぼくじゃないのに……。

「も、もう一回言ってっ!」

「……桃子先輩」

「ちょちょちょちょちょっ!これは予想以上の破壊力だー!やばいぞっ、落ち着けあたし!」

 全く落ち着く様子はないが……。

 お願いってこんなことだったのか……、冷や冷やして損した。

「でね!この桃子先輩を助けると思ってお願い聞いてほしいの!」

「……まだあるんですか?」

「あ、うんうん、もちろん桃子って呼んでもらいたいのは前提なんだけどね?彼氏のふりしてくんないかなー?」

「か、彼氏……」

「そう!あのねー、こないだ町コンで知り合った大学生の人がイケメンだったから、今度デートしてくださいねー!ってつい言っちゃったんだけどさぁ……。こいつがちょっとキモくてね?うちが不動産屋だって話を町コンでしてたのを覚えてて、うちの店まで来たのよ!白井さんって不動産屋はここしかないでしょ?とか言われてー!ちょーキモくない?探し当てるとかキモいよねー!」

 ぼくも先輩に家当てられて困ってますけど……。

「でねでね、彼氏いるんでって帰ってもらおうとしたんだけどさ、最近ここをうろうろしてるけど、桃子ちゃんが男と歩いてるなんてみたことないし、町コンで彼氏募集中だって言ってたじゃんってしつこいのー!ね、もう分かるでしょ?」

「ぼくが彼氏のふりをして、お引き取り頂こうと?」

「そう!そうなのよ!さすが王子様は依頼が多くてお察しがいい!」


「いや、そんな依頼は受けたことないですけど……。先輩が先に言ったじゃないですか」

「先輩じゃないでしょ!」

「あ……桃子先輩が、です」

 め、めんどくさー!

 彼女とはまた違うめんどくささが……あ、いやいや、彼女がめんどくさいやつだなんて思ってない!

「でも、別にぼくじゃなくても……クラスメイトとかに頼めばいいじゃないですか」

「だめだめ!さっきもみんなが言ってたけど、そこらの男子なんかより蒼くんのほうがめっちゃイケてるから!ブサメン連れて歩いたところで、イケメン大学生に勝てないでしょ!」

 ぶ、ブサメンってひどい言葉を作るやつがいるんだな……。

 男子よりイケメンと言われるぼくも微妙な気持ちなんだけど。

「それにさぁ……」

 先輩はぼくの顔をまじまじと見て、それからふにゃっと笑った。

「風原さんと歩いてる時の蒼くん、すんごい紳士だったし、風原さんの……あの幸せそうな顔見たらさぁ……もう!妬いちゃうじゃーん!いーないーなー!風原さんずるーいー!あたしもあんな彼氏ほしー!って思ったのー!」

 幸せそうな顔?彼女が?

 想像すると照れる……。

「そんじょそこらの男よりイケてて、尚且つ紳士!誰もが欲しがる理想の彼氏像なんだよ!それを幸せそうに独り占めしてる風原さん……くぅー!羨ましすぎるー!」

「わ、分かりましたから大きい声出さないでくださいよっ!」

「あっ!ごめん、つい興奮してしまったよ……。あーあーぁ、いーなー風原さん……」

 本題がずれてる気がするけど。

 幸せそうな彼女かぁ……。

 そんな幸せそうな彼女が怒るだろうな……この案件を引き受けたら。

 つまり先輩とデートしろってことだろ?

 でも、断れば彼女とのことをバラされるし……前にも後ろにも鬼が見えるよ。

「先輩、ちょっと時間もらえませんか?」

「先輩じゃないでしょ!あの男に、年下彼氏に負けたー!って思わせるんだから、ちゃんと呼んでっ!」

「あー……桃子先輩……」

「やぁーん!やっぱいい響きーぃ!いーねいーね、年下彼氏さいこー!」

 うぅっ、めんどくさー。

「それで、時間もらえませんか?……桃子先輩」

「その苦笑いもいい!もう萌え死ぬー!」

「……あの」

「あ、うん!分かった、じゃあこれあたしの携帯番号書いといたから、あとで連絡ちょうだい?」

 先輩は例によって、折り紙に書いた携帯番号を渡してきた。

 何で折り紙なんだろうかと尋ねたかったけど、めんどくさいから聞くのはやめといた。

 ぼくは先輩たちに惜しまれつつ三年の教室を出ると、心からため息を吐いた。

 彼女を守るために彼女の地雷を踏まなければならない、これは正義か悪なのか?

 正当防衛と思って……くれないだろうな。

 彼女のことだから相談しても「あら、そう。行ってらっしゃいよ。あなたが行きたいのなら」とか言って、ぼくに最終判断を任せておいて、どっちみち怒らせる結果になるんだよな。

 行きよりも足が重い……。

 俯いて階段を降りていると、下からぼくを呼ぶ声がした。

 愛おしいけど……今は一番聞きたくなかった彼女の声。


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