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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌
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お祭りに行こう 2

 昨日、昼前まで寝ていたからだろうか、日曜日だというのに、平日よりも早く目が覚めてしまった。

 いつもならアラームを何回叩くことやら……なのに。

 いや、決定的に眠れなかったのは、隣に彼女の寝顔があるからだ。

 起こしてはいけないから、寝返りを打てないというのは言い訳で、ドキドキが止まらないのと、寝顔を見逃すのがもったいない、というのが本音なんだけど……。

 か、かわいすぎる……!

 お泊りをしたのは初めてじゃないのに、こんなにドキドキしてるのは、やっぱり昨夜の浴衣姿が目に焼き付いているからだろうか。

 時々、彼女が寝返りを打とうとする度に、ぼくの体が硬直する。

 息をひそめて、彼女を起こさないようにただひたすら気配を殺してみる。

 もぞもぞと彼女の動きが止まると、ほっと息をつける。

 お祭りの帰り道、「泊まって行けばいいじゃん」という、突然のぼくの誘いに、彼女は少し真顔で固まっていたけれど、あわてて訂正しているぼくを見かねたのか「いいわよ」と微笑んだ。

 そして部屋に入れたはいいけれど、お泊りグッズなんて当然持ってきていない。

 なんとなく買い置きしてあった歯ブラシが、ここで日の目をみるとは……。

 ぼくが策士みたいじゃないか?……まぁいいか。

 それと着替えがない。

 彼女は、ぶらさがっていたぼくの洗濯物たちの中から「これがいいわ」と長袖のTシャツを手に取り、ご機嫌な様子で浴室に消えて行った。

 脱衣所に無造作に脱ぎ捨てられていた紺色の浴衣……。

 マメな彼女が、こんな風に無造作に脱ぎ捨てるなんて、浴衣を畳むのは簡単なことじゃないんだろうな。

 抜け殻を拾い上げると、ほのかに残る彼女の香りに愛おしさを感じて、ちょっと抱きしめてみた。

 が、すぐ我に返ってぷるぷると首を横に振る。

 ぼ、ぼくは変態みたいじゃないかっ。

 浴室から聞こえるシャワーの音を聞きながら、脱衣所で彼女の香りがする……と抜け殻を抱きしめているなんて、いくら恋人でも変態だ、変態!

 そんな姿を彼女に見られないうちに、ぼくはいそいそと浴衣をハンガーにかけた。

 さっきまで彼女が纏っていた布は、抜け殻になってもぼくを魅了していた。

 口角が緩みっぱなしな自分が恥ずかしくて、またぷるぷると首を振ってみると、彼女が後ろから声をかけてきた。

「私はこっちよ?」

 びくっとして振り返ると、浴室から彼女が覗いていた。

「あ、ああああ茜っ!も、もう出たのか!」

「……タオル、頂ける?」

 抜け殻に気を取られていて、タオルを用意するのを忘れてました!なんて気付かれないようにあわててタオルを取りに行くと、浴室で彼女のくすくすという笑い声が響いている。

「ご、ごめん!タオル……」

「ふふっ、あなたといると本当に飽きないわ」

「え?」

 目を泳がせるぼくを笑いながら、彼女はまた浴室に戻って行った。

 ぼくの変態っぷりがバレたんだろうか……。

 自分の行動を思い返すと、我ながらちょっとキモいかも……笑われてたし。

 動揺を隠しきれずにわたわたしていると、しばらくして彼女は浴室から出てきた。

 長い髪をタオルで叩きながら、にっこりと微笑んでいる。

「やっぱり、あなたのTシャツは私にはちょっと大きかったわ」

「……そりゃまぁ……」

 ぼくがゆったりと着ていたTシャツなのだから、小柄な彼女にしたらぶかぶかなわけで……。

 でも、自分の服を他人が着ている妙な気分とはまた別に、普段の彼女の服装からは想像できない違和感に、また目を奪われる。

「似合うかしら?」

「……似合わない」

「あら、お世辞くらい言ってよ」

「だって、ほんとに似合わないよ?」

 彼女のむくれ顔を見ると、ようやくぼくは肩の力が抜けた。

 なんか、彼女のそんな顔が日常って感じで落ち着く。

 逆に言えば、さっきまでの浴衣姿の彼女は、まぶしすぎて非日常的だったんだ。

 って、それはちょっと言い過ぎかな?

 口に出したら絶対おしおきを食らう羽目になるから、言えるわけないけど……。

「ゆったりなのはいいけれど、袖が長すぎて手が出ないわ」

「まくればいいじゃないか。こうやってさ……」

 ぷらぷらしていた袖を数回折ってあげると、彼女の細い指先が現れた。

「こうしてみると、茜って思ったより小さいんだな」

「抱き心地で分からないの?」

「……そうじゃなくて、ぼくの服がこんなにだぼだぼなわけないと思ってたからさ」

「あなたの腕に収まりやすいでしょ?」

 彼女はそう言って、ぼくの背中に腕を回した。

「か、髪乾かせよ……」

「私の浴衣を拾って興奮してたでしょう?」

 ぎくっ!

「し、してない!しわになるといけないからハンガーにかけようとして……」

「して?」

 彼女は「素直に白状しなさい」と言いたげな目でぼくを見つめる。

 バレてたのか?罠を仕掛けて試してたのか?鎌をかけてるのか?

 いつもの勘ぐりがぼくをパニくらせる。

「観念なさいよ。別に咎めてるわけじゃないのだから」

「い、いや……だって……」

 言っていいのだろうか?言うべきなのだろうか?

 鎌をかけられてるだけだとしても、ぼくの様子でだいたい分かってるんだろうけど……。

「かわいかったなって思ってただけだよ。匂い嗅いだりしてないからな!」

「ふふっ、そう……。私の匂いがしたから興奮しちゃったのね?」

「だっ、だから!そんなんじゃなくて……」

「隠さなくたっていいじゃない。私は今、あなたの匂いに包まれてドキドキしているんだもの。同じことでしょ?」

「……え?」

 彼女はぼくから離れると、自分の髪と貸したTシャツを鼻に当てて息を吸い込んだ。

「あなたのシャンプーの香り、お洗濯物の柔軟剤の香り、私の好きなあなたの香りよ?ドキドキしないはずがないじゃない」

「……そうハッキリ言われると恥ずかしいじゃないか」

「どうして?好きな人の香りなんだもの。香りって愛おしいものだと思うわ。そう思わない?」

 Tシャツの袖を鼻に当てながら、彼女はにっこり微笑んだ。

「ま……まぁそうだけど……」

「ふふっ、認めたわね?」

「え?」

 くるりとぼくに背中を向けると、彼女はベッドにばたりと伏せた。

「ここもあなたの香り……」

「お、おいこら!変なことしてないで髪乾かして来い!ベッドが濡れるじゃないか!」

「変なこと?」

 彼女はベッドに伏せたまま、顔だけこちらに向けて不思議そうに問いかけてきた。

「もう……乾かしてやるから、こっち来いよ」

「変なこと?濡れる?ベッドが?」

「そうだよ……ほら、早く!」

 ドライヤーをとりに行こうとするぼくの腕をつかみ、更に彼女は続けた。

「ベッドで変なこと?濡れる?ということ?」

 不思議そうな顔の彼女の問いかけにきょとんとしたぼくだったが、口を緩ませた彼女の表情で察して一気に顔が赤くなった。

「は、はぁ?何言ってんだよ!まったくもう……」

「ふふっ、冗談よ」

 つかんでいたぼくの腕を放すと、彼女はまたベッドに顔をうずめた。

 何考えてるんだか……。

 ぼくはドライヤーを取りに行き、生乾きの彼女の髪をくしゃくしゃと乾かした。

 シャンプーのいい匂い……。

 でも、これって彼女にとってはぼくの匂いなのか。

 彼女から香る匂いは、いくらぼくのシャンプーだとはいえ、愛おしい。

「いい気持ち……。このまま眠りたいわ……」

「寝るならちゃんと横になって布団かけて寝ろよ。そのままじゃ湯冷めするぞ!」

「大丈夫よ。あなたがシャワーから出てくるまで眠らないわ」

「眠いなら寝てなよ。別に待ってなくていいから」

「だって、ベッドで変なこと、してくれるんでしょ?」

「……」

 またそうやってからかう!

 言おうとしたけれど、これ以上言っても堂々巡りだろうと思うと顔の火照りも引いていく。

 で、でも、シャワーから出てきて求められたらどうしよう……という緊張はあった。

 そう考えて、ドキドキしながらもシャワーを浴びて出てくると、さっきと同じく、座ったままベッドに顔をうずめていた。

「茜?」

 問いかけても返事はない。

 ぼくが覗き込むと、彼女は気持ちよさそうに目を閉じていた。

「茜?寝るならちゃんと横になりなよ」

「……」

 本当に眠っているのか、すぅすぅと寝息が聞こえる。

 かわいいけど、気持ちよさそうだけど、ちゃんと寝かせなきゃ。

 ぼくは名残惜しさを感じながらも、彼女の脇を抱えてベッドに引き上げようとした。

 お、重い……。

 いくら小柄だとはいえ、スポーツなんてやっていないぼくからすれば、眠っている彼女は電子レンジよりもずっと重い。

 例えがおかしいけれど、部屋にある物で比較すると電子レンジ……。

 非力でも彼女をちょっと浮かせるくらいはできたが、問題はこの次、ベッドまで引きずり上げなければ……。

「うぅ……重っ……」

「……」

 格闘しているうちに、彼女はうっすらと目を開けた。

「茜?だめだろ、ちゃんと横になりなよ」

「……」

「こらっ」

「……重いって言ったでしょう……私のこと」

「え、あぁいや……。だ、だからベッドで寝なってば」

「重いって言ったでしょう?」

 彼女は寝ぼけているどころか、目を細めてじぃっとこちらを睨んでいた。

「お、起きてたのか?」

「重いって言ったでしょう?」

 うぅ……しつこい!

 根に持つくらいなら、ぼくが動かそうとしている時点で気が付いてくれよぅ。

「重いっていうか……ぼくが持ち上げられるわけないだろ?起きてたなら……」

「重いって言ったじゃない」

「し、しつこいなー。重いって言ったよ!気に障ったなら謝るけどさ、湯冷めしないように寝かせようとしたぼくの気にもなれよな……」

「そんなことでは私をお姫様抱っこできないわよ?」

「しないよ」

「仕方ないわね……」

 しつこいのと的外れな言葉に呆れたぼくが口を尖らせていると、彼女はようやくベッドに上がって座った。

「髪乾かしてくるから、今度こそ布団入ってなよ?」

「どうしようかしら?」

「……もう重いって言われたくないなら、おとなしくしてくれよ」

 湯冷めしないように心配して寝かせようとしていたのに、いたずらっ子みたいな顔で笑ってるし……。

 ついさっきまではかわいかったのになぁとため息をつくぼくの腕を彼女がつかんだ。

「ねぇ?」

「……何?」

 彼女はつかんでいたぼくの腕をぐぃっと引きよせると、体勢を崩したぼくの肩をベッドに押し付けてきた。

「わっ!ちょ……茜!」

「あなたは軽いのね。簡単にベッドに転がるんだもの」

「も、もともとの状態が違うんだから軽いとかじゃないだろ?それより手ぇ放せって……」

 押さえつけていた肩を放すどころか、抵抗しようとするぼくの顔を覗き込んでにっこり笑った。

「蒼、髪が濡れているわよ?」

「だから乾かしてくるって言ってるのに、茜がこんなことするから……」

「こんなことって、ベッドを濡らしてしまうってこと?」

 相変わらずにっこりと微笑んでいる彼女にはお手上げだ……。

 おそらく、ぼくは引きつった苦笑いを浮かべていただろう。


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