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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌
29/50

デートに行こう 2

 翌朝、目が覚めたのは正午を回るギリギリだった。

 学校がないのをいいことに、目覚ましをセットしていなかったからなんだけど……。

 天気予報通りに外は秋晴れといった感じで心も晴れる。

 体は重いままだけど、たまった洗濯物を早く干さなくては。

 ぼくは一旦ベッドに座り、手ぐしでなんとなく寝癖を直しながら携帯を手に取った。

 彼女からの着信履歴もメールもなかったことに少しとまどったけど、考えてみたらやっぱりぼくから連絡しないと、彼女からはリアクションしづらいよな……。

 寝起きでだるいのと、とまどいとで頭も体も動きが鈍っているけど、時間的にもさすがに起きて行動しなくては。

 携帯をベッドの枕元に戻し、重たい腰を上げて、まずは洗濯機を回し、その間に顔を洗う。

 昨日、夕食を抜いたせいもあるからか、寝起きの水が体に沁みる。

 この前買ってきた三個パックのヨーグルトがまだあったはずだから、朝食はそれでいいか。

 昼食、になるのかな?まぁ兼用ということで。

 思いついたぼくはスプーンを片手に冷蔵庫を開いたが、そこにはヨーグルトが一つもない。

 あれ?ぼく食べたっけ?

 思い返してみても、食べたような食べてないような……。

 どっちにしても今食べようと思った物がないことは確かだ。

 ちょっと悩むけど、仕方ないからコンビニまで買に行こうかな……。

 近所のコンビニまでは、がんばって歩いたら五分くらい。

 でも今のぼくにはがんばる余裕がないので、とろとろと買う物を考えながら歩いていた。

 すると、前の方から浴衣姿の女の子が歩いてきた。

 髪型で一瞬彼女かと見間違えそうになったけど、ぼくの彼女のほうが色白でもっとかわいい。

 あ、いや、もちろん贔屓目というのもあるかもしれないけど……。

 でも、彼女が浴衣を着たらこんな感じなのかなぁと思いながらながめていた。

 女の子はぼくの目的のコンビニに立ち寄るらしく、店頭で立ち止まった。

 どうやら電話がかかってきたようで、バッグから携帯を取り出して話し始めた。

 それをちょうどぼくがすれ違う時に耳にした。

「神社まで遠いし、下駄の鼻緒で足が痛いから迎えに来てー!お祭り回れないくらいやばいんだけどー!」

 今日は神社でお祭りがあるのか。

 それで浴衣、なるほど。

 確かに言われてみれば、毎年このくらいの時期になると秋祭りで浴衣の子を見かけている気がした。

 それにしても行く前から足が痛いなんて、そこまでして浴衣と下駄にこだわるのか……?

 下駄の鼻緒がだめなら、ビーチサンダルとかじゃだめなのかな?

 やっぱり女の子らしさをアピールするなら形から入らなきゃいけないんだな。

「えー!チャリで迎えに来てくれるくらいいいじゃーん!じゃあもう行かない!」

 がんばって着付けして、がんばって痛い下駄で歩いてきたのに、お相手が迎えにきてくれないから行かないなんてもったいないなぁ。

 でも、この子なりにがんばったのにそれを考慮してくれなかったことと、足が痛いこととでイライラしてしまったんだろうな。

 お相手も気付いてあげないと、ご立腹を直してもらうのは大変だぞ……。

 て、他他人事なのに、どうも彼女とぼくに重ねてしまう。

 余計なことを考えてしまったけれど、立ち聞きするわけでもなく店内に入り、今日の食料を手に取った。

 三個パックだとまた勘違いしてしまうかもしれないから、今度は四個パックのヨーグルトを一つ、それと夕食用にミートソースのスパゲッティを一つ、レジへ持って行く。

 温めますか?と聞かれて、とっさに「はい」と答えてしまったけれど、食べるのは夜なのに、無意味に温めてもらってしまった。

「てゆーかシカトしないでよねー!こっちは待ってるのにさー!マジで行かないとかありえなくねー?」

 さっきの浴衣の子は、まだ外で電話しているらしい。

 行かないと言っておきながら「待ってるんだけど」って、やっぱり彼女を連想させるな。

 デートなんてみんなそんなものなのかな……。

 ご立腹じゃ浴衣姿が台無しなのに……と、また余計なお節介を考えてしまった。

 ぼくはその場から逃げるように家へと戻った。

 家に着くまでの五分くらいの間に、もう一人浴衣姿の女の子を見かけた。

 友達同士で浴衣でお祭りに行くのか……恋人と行く時に着るものだと思っていたけど、二人とも楽しそうに見える。

 お祭り、人混みがすごいんだろうな……。

 うっかりしていたけど、洗濯機を回して出てきたんだった!ぼくはあわてて部屋の鍵を開ける。

 あまり放置していたら、せっかく洗ったのにカビ臭くなってしまう。

 恐る恐る中を開けてみると、ふんわりと柔軟剤のいい香りがしたので安心して干し始めた。

 途中、ヨーグルトを冷蔵庫に入れていなかったことを思い出し、自分の用量の悪さにうんざりする。

 秋晴れの空は薄い雲がかかっているけど、窓を開けておくには気持ちいいくらいの風があった。

 たまっていた洗濯も終わったし、一息ついて朝昼兼用のヨーグルトを一つ食べながら携帯を手に取る。

 だけど、彼女からの連絡はない。

 ちょっと考えたあげく、何気ないことから切り込みを入れていこうかなとメールを打ってみた。

『おはよう。今日はお昼前に起きたよ。茜は?』

 ぼくが送信すると、待ってましたとばかりにすぐに返信があった。

『じゃあ、おそようね。私はいつも通りに起きていたわ』

 遅いおはようだからおそようか……。

 シャレのつもりなのか、嫌味なのか分からないけれど、とりあえずすぐに返信が来たからご機嫌斜めではないようだ。

『何してた?』

『あなたからの連絡を待っていたわ』

 そ、それは何をしていたかの回答になっているのか?

 これも嫌味なんだろうかとぼくのマイナス思考が働いてしまう。

『そっか、ごめん。今、洗濯が終わってヨーグルト食べてる』

『それはお疲れ様。ヨーグルトはおやつ?まさか朝ご飯ということではないわよね?』

 ぎくっ!

『そうだけど、夕飯にパスタを買ったから、ちゃんと食べるよ』

『またコンビニ?せっかくの土曜日なのだから、少しはお料理してまともにつくらなければだめよ』

『はい。ごめんなさい』

 他愛もないやり取りだけど、いつもの彼女らしい。

 次に返信が来たら何て返そう……。

 風に揺らぐ洗濯物たちが窓の外でからかっているように見える。

 ぼくはそれをじっと見ながら、彼女のことを考えていた。

 窓の外からは気持ちのいい風と、カランコロンという下駄の音がする。

 お祭りか……人混みを想像してうんざりするけれど、彼女も恋人と行ってみたいと思うのだろうか。

『近くの神社でお祭りがあるみたいなんだけど、茜はお祭り行ったことある?』

『それくらいあるわよ。子供の頃も家族で行ったし、おばあさまにも連れて行ってもらっていたわ。蒼は行ったことがないの?』

『うん、ない。お祭りで浴衣着たこともあるの?』

『毎年、浴衣で行っていたわ。でも写真は撮っていないから見せられないけれど』

 やっぱり女の子は浴衣を着せてもらうのが楽しいのか……。

『茜の浴衣、見たい』

『家にあるけれど、見に来る?』

 そ、そうじゃなくて……。

『茜の浴衣姿が見たいから、お祭り行こうよ』

『別に浴衣姿が見たいなら、わざわざ神社に行く必要もないわよ。お祭りって人混みなのだし』

 人混みが嫌だというぼくのわがままに気を配ってくれているのか、これも嫌味なのか、嫌味なのかと勘ぐってばかりのぼくってものすごく性格ゆがんでるかも……。

『浴衣姿の茜と、お祭りに行きたい』

 ぼくなりの精一杯のラブコールなんだけど……、送信し終わってからものすごく恥ずかしくなってしまった。

 それまでスムーズに返信と送信を繰り返していたのに、急に彼女からの返信が来なくなった。

 ぽんぽんと返信が来ていたから時間が長く感じているだけなのかもしれないけれど、昨日ぼくから誘って断ったのに、いきなり『お祭り行きたい』なんて虫が良すぎると怒ってしまったのだろうか。


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