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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌
28/50

デートに行こう 1

「茜、明日動物園行かない?」

「えっ?」

 数日、秋雨が続いていた金曜日の帰り道。

 駅で傘を畳みながら彼女に問いかけると、とても不思議そうな顔で返してきた。

「どうして?」

「どうしてって……いや、たまにはどこか行きたいかなーって思ってさ……。嫌なら無理しなくていいよ……」

「どこか行きたいと思っていたのは事実だけれど……どうして動物園?」

「あぁ、別に動物園じゃなくてもいいんだけどさ。水族館とかのほうがいい?」

 彼女は不思議そうな顔のまま固まっていたけれど、急に眉間にシワを寄せてぼくの顔を覗き込んできた。

「水族館?」

「……なんだよ。じゃあ他に行きたいとこあるならリクエスト聞くけど?」

「……」

「なに?」

「何か企んでいるの?」

「はぁ?何でそうなるんだよ。しばらくどこにも行ってないし、明日は久しぶりに雨上がるらしいから聞いてみただけなのにさ」

「そう……」

 全然信じてない返事だなぁ……。

 どうやったらそんな疑惑が出てくるのか知らないけど、ぼくの主張も聞かずに怪しげに見つめている。

 まったく……かわいくないな。

「いいよ。じゃあ明日はなしだ」

「……」

「この雨続きで洗濯物もたまってるし、明日は家で過ごすことにするよ」

 ぼくの誘いの何が腑に落ちないのか分かんないけど、何を企んでいるのかなんて疑問を抱かれてもおもしろくない。

 ぼくは彼女から視線を逸らし、バッグと傘を持ち直して改札へと歩き出した。

「蒼?」

 彼女の引き止める声がしたけれど、ちょっとむくれてるぼくは振り返ることはしなかった。

 聞こえなかったと思ったのか、聞こえないふりしているのが分かったのか、彼女はすたすたと追いついてきて、ぼくの左側に並んだ。

「蒼?」

「なに?」

「行くわ。明日、どこでもいい」

「無理しなくていいよ。別にちょっと聞いてみただけだし……」

「嬉しかったからびっくりしただけなのよ。人混みが嫌いなあなたが動物園や水族館に行こうなんて言うから、何か下心があるのかと思って……」

「おい、下心って何だよ。裏がないと誘っちゃいけないのか?」

「そうじゃないわよ。あなたから誘ってくれることなんて珍しいし、それに……」

 彼女はふと歩幅を狭めた。

 ぼくもそれにつられてゆっくりと歩く。

「それに……何?」

「子供が行きそうなところへ誘うなんて、あなたらしくないじゃない?」

「子供……っぽかったかな?デートってどこに誘ったらいいのか分かんなかっただけだよ。前にテーマパークに行きたいって言ってたし、あの時は楽しそうだったから、デートってそんな感じなのかなと思ったんだけど……」

「子供っぽいとは言わないけれど、あなたは子供連れが多いところは好きじゃないでしょう?」

「そうだけどさ……」

 母子家庭で育ったぼくは、母さんが仕事で忙しかったからどこかへ連れて行ってもらったことがほとんどない。

 だからというわけじゃないけど、家族連れが楽しそうにしているのを見ると、なんだか変な気持ちになる。

 自分が体験したことがないから、家族で出かけるのがそんなに嬉しいものなのかと思ってしまうし、母親に手を引かれてきゃっきゃしている子供を見るのがつらいのかもしれない。

「動物園も水族館も、小学校の時に遠足で行ったことはあるけど、やっぱり子供っぽいし明日はやめよう」

「……」

 彼女は黙ってぼくを見つめていた。

 こんなことなら最初から誘わなきゃよかった。

 気まずい空気に耐えられず、「じゃあ」と言ってぼくは電車に乗った。

 彼女は二度目は引き止めず、きっとぼくの背中をじっと見ていたに違いない。

 電車の中で濡れた傘を見下すと、ここ数日ずっと持ち歩いていたから、明日は持ち歩かなくていいんだと少し気が軽くなる。

 でも、どこか連れて行ってあげたいのにそれができない自分が情けなくて、この傘のようにぼくの気持ちもじっとりと誌めっている。

 どこに誘ったらいいのか分からない上、やっと思いついても誘ったら下心があるんじゃないかと疑われ、誤解は解けても結局ぼくが行くのが嫌なんじゃないかと言われ……。

 確かに家族連れが多いとこに苦手意識はあるけど、そもそも人混みが苦手だって時点でデートスポットなんて限られてくる。

 ぼくが変わらない限り、彼女をデートで楽しませることはできないのだろうか。

 何でみんなデートって同じところへ行くんだよ……。

 集中しないで分散してくれれば行きやすいのになぁ。

 それはぼくのわがままなだけなんだけど……。

 電車に乗っている間、彼女からのメールはなかった。

 いつもなら「後で電話する」とか「寄り道しちゃだめよ」とか、何かしら一行書いてくるんだけど。

 誘っておきながら行かないって言ったこと、怒ってるのかな……。

 家に着くと、じっとりとした空気がぼくを待っていた。

 まだ小雨が降っているから窓も開けられないし、エアコンの除湿を付けるほど暑いというわけでもないからひたすらこの湿気に耐えるしかない。

 天気予報では、夜中には上がって朝から晴れるって言ってたから、洗濯物をまとめておいてさっさと寝ようかな……。

 こんな日は夕食なんかどうでもいいし、シャワーだけ浴びて横になった。

 携帯の着信ランプが点いていないってことに、彼女からの連絡がなかったんだと肩を落とす。

 じとじとして気持ち悪いけど、明日になったら気持ちも晴れるといいな……、そう願ってぼくは眠りについた。


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