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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌
24/50

ほしいもの

 いつもの学校の帰り道、ぼくは歩幅は取りつつもゆっくりと速度を落としていった。

 いつもならなんとなく落ち合うはずの場所を過ぎようとしていたからだ。

 いつもならこの辺りでどちらかが先に着き、どちらかが来るのを待つのだが、今日はどんなに速度を落とそうが彼女の来る気配がない。

 北風が足元をすり抜けて、街路樹もざわざわと音を立てて揺れている。

 もう少し先にあるコンビニに行って時間をつぶそうか……、ここでおとなしく待つか……。

 容赦ない北風がぼくの判断を一瞬にしてコンビニへと誘った。

 首をすくめてマフラーを口元まで巻き上げると、ショートカットの襟足も包み込まれて暖かい……。

 ゆるめていた速度を上げてコンビニへと入ると、店内のほっこりした空気に心も溶けるようだった。

 これといって用があって入ったわけではないから用を作ろうと店内をうろうろした。

 スイーツの新作を横目で見て思う。

 彼女はあまり流行りのものに興味を示さない。

 かといって疎いわけでもなく、クラスメイトから情報を得ているのかなにも知らないというわけでもない。

 新作ということは世間で流行っているものや万人受けするもののアレンジをした品なのだろう。

 けれど流行りに興味を示さないからいまいち好みが分からないところもある。

 冬になるとスイーツコーナーやお菓子コーナーにチョコレートを歌った商品がずらりと並んでいるけど、毎年同じ物を買うこともないし、共通して好みなのだろうという点も見当たらない。

 新作新作とどんどんおいしそうな物が発売されていくのに、ぼくはどれを買ったらいいのか分からずに、横目でなぞるように見るだけ……。

 チョコレートコーナーにしてある棚を過ぎ、ふと足元を見ると駄菓子コーナーがちょこんとある。

 小学校に通っている6年間、母さんが仕事を終えて帰ってくるまで空腹をお菓子でごまかしてたっけ。

 駄菓子は子供にとって算数を特異にさせるアイテムのひとつだと思う。

 握っているお小遣いでどれを組み合わせてどんだけぎりぎりまで使うか計算して、特に食べたいものじゃなくても満額まで使おうと必死で暗算する。

 端数を出したくなくていらない物まで買うけれど、いらないならお釣りとして取っておけばいいのに、使い切らないともったいないような錯覚がしたんだ。

 きっと駄菓子屋さんで下を向いてる子はみんな計算中なんだろうな。

 高校生にもなって駄菓子コーナーを見下ろしているのはちょっと恥ずかしい気もしたけど、他に特に用もないぼくはしゃがみこんで懐かしさと目新しさを楽しんでいた。

 駄菓子も昔より種類も増えていて、新しい味なんかも増えている。

 今の子の好みに合ったものが作られて新商品として並んでいるのか。

 別においしそうとか好みなわけじゃないけど、昔食べていたものの新しい味が気になっていくつかレジへ持って行った。

 レジの横にあるホットドリンクの数種類の中から、普段は飲まないコーンポタージュを選び会計を済ませていると、あまりの安さにちょっと驚く。

 いくつか買ったとはいえ、ひとつ百円もしないものを数だけそろえているのだから安くて当然なのだけど、子供の頃と変わった金銭感覚を実感した。

 ひとつひとつがいくらだったのか計算してみたかったわけじゃないけど、なんとなく気になってビニールから取り出してながめてみる。

 この数十円のものをひとつひとつ計算して、これで百円、それと……とぽいぽいかごに入れてたっけな。

 コンビニですっかり暖まった体は、北風一吹きでぶるっとなった。

 軽いものでいっぱいになったビニール袋を飛ばされないように腕に通し、コーンポタージュの缶を握って暖を取った。

 棒状のスナック菓子の新作は、昔と違って今は甘い味もあるらしい。

 ぼくが食べていたのは香料のキツいしょっぱい味か、子供にはちょっとピリ辛な味だけだった。

 手に取ってみたのはメープル味……、いかにも女の子が好きそうな味だよな。

 そもそもメープル味ってだけでおしゃれな気がする。

 懐かしい食感だけど新しい味……なんか変な感じがする。

 変な感じだなんて思いつつもぼくはさくさくとそれを楽しんでいた。

「いないと思ったらこんなところにいたのね」

 視野の中にはいたんであろうけど、駄菓子の味に集中していて気付かなかった。

 悪いことをしているわけではないのにぎくっとしてしまったぼくを彼女がくすくす笑う。

「おやつを盗み食いしているみたいね。なにをそんなに驚いているの?」

「びっくりしたじゃないか……。近くにいたなら声かけてくれよ」

「あら、結構見ていたのだけれど、あなたがとても楽しそうだったから声をかけそびれていただけよ?」

「楽しそうって……ぼくそんなににやにやしてたか?」

「そうね……にやにやというよりわくわくしていたように見えたわ。目がきらきらしていたもの」

「こ、子供じゃないんだからそんな風に言うなよ」

「まさに子供みたいな目だったけれど?鬼のいぬ間になんとか……かしら?」

「そ、そんなこと思ってないって。寒かったし、ちょっと時間つぶしてたらなんとなく買ってただけだよ」

「そう?とてもあわててたから見られたらいけないことをしてたんじゃなくて?」

「いやいや、高校生にもなって駄菓子を食べてたのを見られてたのが恥ずかしかっただけだよ」

「本当に?」

「……うん」

 彼女はにこにことビニール袋の中身を取り出して数を数え始めた。

 買った物のセンスなのか数なのか、なにやら言いたげにしている。

「なんだよ……」

「お菓子選びがとても楽しかったのね」

「え?いや、懐かしかったし、新しい味がどんなのかなーって思ってただけだけど……」

「ふふっ、いつものあなたなら、必ず私の分も買ってくれてるのに今日は全部ひとつずつじゃない。あなたが買い物に夢中になってた証拠だわ」

「茜が遅かったし寒かったから……、別に本当に欲しくて買ったわけじゃないよ」

「そんなにむくれなくてもいいじゃない。私はただ、あなたの行動がいつもと違うことがおもしろかっただけなのよ?」

「いつもと違う?挙動不審ってこと?」

 彼女はビニール袋をぼくに返し、その手で手を繋いできた。

 彼女の手は握り返せないほど雪のように冷たくて、寒い中を歩いてきたんだと物語っていた。

「こんなに冷たくなって……遅くまでなにしてたんだよ」

「職員室に用事があって寄ってきただけよ。遅くなってごめんなさい」

「それならいいんだけどさ、あまりにも手が冷たいからどこか行ってたのかと思ったよ」

「あなたに温めてもらおうと思って冷たくしてきたのよ」

「ははっ、なんだそれ」

 ぼくはすっかり冷えた手で彼女の手を握り直し、駅へと向かった。

 片手にあったコーンポタージュの缶も冷えきっていて、持っていると余計に冷たく感じる。

 風が吹く度に首をすくめ、かじかむ手が離れないようにぼくのほうへ引き寄せた。

 ぼくは駅の手前にある自動販売機の横にゴミ箱を見つけ、缶を捨てようと立ち寄った。

「ちょっと待っててな、これ捨てるから」

「……くしゅん」

「大丈夫か?なにか温かいの飲む?」

「もうすぐ駅だからいらないわ。でもマフラーがあったら少しは暖かくなるのだけれど……」

「素直に貸してって言えよ……、ほら」

 ぼくは自分のマフラーをほどき、彼女の口元まで隠れるように首に巻いてみた。

 思ったより似合っていて思わず顔がほころんだ。

「似合うな。茜がしてるとこいつがかわいくみえるよ」

「そう?あなたのマフラーは私にもらってほしいって言ってるのね」

「……今日だけだぞ?茜は髪が長いんだからぼくより寒くないんじゃないか?」

「あなたの香りとぬくもりが私を包んでくれてるわ。ふふっ」

 聞いてない……、けど嬉しそうだから仕方ないな。

 こんな寒い日はコートも手袋もマフラーも必需品だ。

 駅には急ぎ足の人たちが吸い込まれるように流れている。

 ぼくがかじかむ手でごそごそと定期入れを取り出していると、彼女は自分のバッグから紙袋を取り出してぼくに差し出した。

「これ、持って帰って?」

「え?なにこれ」

「じゃあね、また明日」

 聞いてない……、ていうより聞いてたくせに流した?

 彼女はすでに改札をくぐり、さっさとホームへの階段を昇って行った。

 その後ろ姿はいつもとなにかが違う。

 でもその違いに気付いた時はもう彼女の姿は人混みに消えていた。

 ぼくのマフラーを巻いたままだったからなんとなくいつもと違うように見えたんだろう。

 寒がっていたから仕方ない、メールして明日忘れずに持って来てよと打っておくことにした。

 電車の中は人の体温もあってかふんわりと暖かくて、縮めていた背中の力が抜ける。

 まだかじかんでいる手をこすりあわせ、うまく文字が打てないであろう携帯を取り出すと、彼女からすでにメールがきていた。

 その内容はぼくが打とうとしていた内容とは全く逆で、思わず読み返したが内容は変わらない……。

『私にぴったりなマフラーをくれてありがとう。大事にするわ』

 ハートマーク付きだけど、これはまたいつものきつい冗談なのかな。

 ツッコミを入れようにも言葉が思いつかないし、かじかんだ指もいうことを聞かない。

 やっとの思いで打った一言、『いやいや、あげてないからー!明日ちゃんと持ってこいよ?』

 その答えはすぐに返ってくるが、また余計な謎の文『分かったわ。明日もしていくわね』

 ハートマークがさらに謎を深めるんだけど……。

 なかなか似合うものがなくて、やっと自分に似合うマフラーを買ったのにもらわれてしまっては困る。

 いくら彼女に似合ったからといえど、ぼくに似合うものは少ないんだから貴重なアイテムは譲れない。

 でも、本当にかわいかったなぁ……。

 彼女の長い髪がふんわりとマフラーに巻かれて、心なしかマフラーは最初から彼女に合わせて選んだかにすら思えたほどだった。

『似合うけど、かわいいけど、返せよ?』

『ふふっ、帰りたくないって言ってるわよ?』

『はいはい、明日も寒いと思うから、ちゃんと暖かくしてくるんだぞ』

 こういう時の彼女にツッコミを入れても、天然ボケじゃない彼女には通用しないから無駄なのだ。

 だいたいこのパターンはぼくの『はいはい』で終わりを迎える。

 メールのやりとりをしているうちに車内の暖かさで指の動きがよくなってきたが、その頃には最寄りの駅に着いて、なごりおしくも暖かい車内から北風の吹くホームへと追い出されていた。

 コンビニといい、電車といい、暖かいところから北風の強い外へ出されると余計に寒く感じる。

 それと、首元がやけに寒く感じるのは気にしすぎかな、と思うことにした。

 こんな日の夕飯は熱々のうどんと決まっている。

 冷凍食品の鍋焼きうどんを買って、コンロに乗っけるだけの簡単で調理もいらないお手軽な夕飯にほくほくしていた。

 部屋に帰ると冷えた空気を一気に暖めようと、エアコンを一番強くして、吹き出し口から出る生暖かい風で体を暖めつつ部屋着に着替えた。

 出しっぱなしの鍋焼きうどんと駄菓子を思い出してバッグのほうを見ると、バッグが異様な形をしているのに気付き、ごそごそと中身を取り出した。

 そこには彼女から手渡された紙袋が入っている。

 なにを渡されたのか謎だったので少し考えたが、無造作にいきなり差し出された物の中身を当てられるのは難しい。

 持って帰ってって言ってたけど、見覚えのない紙袋、なにか貸してたっけといろいろ考えつつも恐る恐る中を開いた。

 その中身を見て、ぼくは彼女に電話せずにはいられなかった。

「茜、これって……」

「そっちのほうがあなたに似合うと思って……、気に入ってくれたかしら?」

「もしかして、これ買ってたから遅かったのか?」

「でもその間、あなたは駄菓子に相手してもらえて楽しそうだったからよかったわ。無造作に駄菓子を買ってお金の価値観が変わったことを実感してたんじゃなくて?」

「そう……そうなんだよ。安いからって無造作に買ってしまったけど、昔も今もそんなに欲しくない物を買っていたんだよ。本当に欲しかったのはこういう物なんだって今気付いた……ありがとう茜……」

「いいのよ。あなたが喜んでくれている顔が見れなくて残念だけれど、駄菓子に夢中になってるあなたもかわいかったから思い出しておくわ」

 そんなんじゃなくて、今ぼくは本当に嬉しい顔をしていると思う。

 欲しくない物をなんとなく選んでたくさん買うよりも、たったひとつの心のこもった物を選んでくれたことがすごく嬉しかった。

「そういうわけで、あなたのマフラーは私が頂くわね」

「うん、あげるよ。ぼくには茜がくれたマフラーがあるから」


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