落っこちそうな雲の下 4
「いってぇ……」
思わず声に出してしまったが、絶対わざとだろ?と言いたげな目で彼女をにらむと、にっこりして言った。
「あら、成海さんたらお腹でも痛いの?それならケーキはやめたほうが……」
そ、そういう荒業を一瞬で思いつく頭脳がうらやましい……ていうかやられたほうはたまったもんじゃないけど……。
ケーキの差し入れに嫉妬している彼女が、断れないであろうぼくの代わりに言い訳を作ってくれたんだから、ここはぼくがちゃんときっちり断らなければ……。
「あの、気持ちは嬉しいんだけどさ……、えっとぉ……」
「せっかくのお貢物なんだから、ありがたく頂いたら?」
え?断れって意味じゃないのか?
お腹痛いならやめれば?の次が、せっかくだから頂いたら?なのか?
どっちだ?妬いてるんだよな?これは嫉妬して試されてるんだよな?
たじろぐぼくをにっこり笑顔で見つめているけど、ぼくには悪女の微笑みにしか見えなくなってきた。
しかも、貢物って、お貢物って……。
「先輩、お腹痛いんですか?」
「あ……いやぁその……そういうわけじゃないんだけど……」
「じゃあもらってください!」
ミルフィーユが崩れてしまいそうな勢いで更を置いていき、女の子は席へ走って戻っていった。
とりあえず更を見て、彼女を見て……、まだにっこりしている。
そのまま目線を外し、ケーキをくれた女の子に一応会釈。
ケーキをくれたのに、ぼくの会釈だけで嬉しそうにキャッキャしている。
本当なら、ケーキをもらったぼくのほうが嬉しそうにすべきなんだよな……。
「お待たせいたしました」
振り返るとやっとこちらのテーブルに飲み物が届いた。
彼女はホットコーヒー、ぼくのほうはなにやら甘そうな香りのするホットドリンク。
それと……、ベイクドチーズケーキがひとつ。
なぜひとつ?と彼女を見上げると、にっこりだけど目が笑っていなかった。
「あの……、茜?」
「なあに?」
「ケーキさぁ……」
「私のよ?あなたはケーキ食べないと思って注文していないの。でもいただけてよかったじゃない、ミルフィーユ」
「……これ、食べたほうが……、いいの?かな?」
「あら?どうして?頂いたお貢物を食べないおつもり?」
「お貢物じゃなくて……、差し入れだってば」
貢物って失礼な言い方するけど、これってぼくが受け取ったことに対してのお怒り発言なんだろうか。
さっきの帰り道でも昔の話で貢物と冗談ぽく言ってたけど、これは彼女のお怒りに触れているのか?
バレンタインにチョコをいくつかもらった時も、彼女はどうしてくれないのかと尋ねたら、他の子からもらったからあげない、というおしおきだった……。
ということは、このケーキも同じように、頂いてしまったらおしおきが待っている……?
「どうしたの?温かいうちに飲みましょうよ」
「あ、あぁ……、ぼくは……その、猫舌だからさ」
「そうだったわね。じゃあフーフーしてあげましょうか?」
「えっ?」
「熱くて飲めないのでしょ?私がフーフーしてあげるって言ってるのよ?」
「いやいや、それは……」
彼女の手にカップが渡る前に、とあわててカップを手に取ったが、勢いあまって指に暑いものがかかってしまった。
「あ……っちぃ」
「あらあら、大丈夫?なめてあげましょうか?」
「は?」
「もったいないじゃない。ほら……」
彼女はぼくの手を取り本当になめようとしたので、あわてて手を引っ込めると、ぼくのあせりようがおもしろいのかくすくすと笑っている。
「……からかうなよ、こんなとこで……ちょっとは考えろよな。こんなに人がいる前で」
「あら、いけなかったかしら?あなたはこねこちゃんとデートした帰りにいつも人前でおでこに……」
「だからー……いつの話だよ、……今日はそんなことばかり言うから帰りたかったのにさ……」
「怒ったの?」
「怒ってないよ」
「怒ってるじゃない」
「違うって……」
返す言葉がすべて無効になるのなら、言わなくても同じことだから、怒るまでもない。
人前で、混雑している店内で、後輩のいる前で……、これこそおしおきだ、羞恥プレイだ。
これ以上ここにいると、彼女のエスカレートについていけなくなると思い、ぼくは無言で席を立った。
「……帰ってしまうの?」
「違う」
「どこへいくの?」
「……すぐ戻るから、先に食べてなよ」
もやもやとした気持ちをリセットしようと一旦店から出た。
暖かかった店内で火照った体を北風が冷ましてくれたら、ぼくもきっと頭が冷えるのにな。




