落っこちそうな雲の下 3
ワイワイガヤガヤと騒がしい店内、楽しそうな笑い声、嬉しそうな彼女……。
自分だけが場違いなのを感じると、余計に帰りたくなってくる。
「ねぇ、あっちの人が食べてるミルフィーユ、とてもおいしそうじゃない?私もあれにすればよかったわ」
「……うん」
「ミルフィーユ、嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「ショートケーキのほうが好き?」
はっきりいってなんのケーキが好きだとかおいしいだとか、今はそんなこと考えられない。
でも、周りの人たちから聞こえてくるのはそんな話題ばかり……。
彼女もそんな風に過ごしたいのか……。
ぼくは彼女といる時はいつもデートのつもりだったから、こういう女の子同士でキャッキャするようなところでそれをご所望されても……、それなら友達と来れば?と言いたくなる。
「甘いケーキにはコーヒーがいいけれど、蒼はコーヒーが飲めないから、ケーキの時はなにを飲むか困らない?」
「……お茶、緑茶だよ」
「紅茶じゃなくて?」
「緑茶、じゃだめ?」
「ふふっ、あなたらしいわね。ふだんはお水しか飲まないから、ケーキの時もお水だと答えるのかと思ったけれど」
ぼくの答えが意外だったようだけど、なぜか満足げに笑っている。
分からない、まったく分からない、なにが正解なのか。
「じゃあ、レアチーズとベイクドチーズなら、どっちが好き?」
「……だから、こってりしてないほう」
「じゃあ、レア?」
「そうなのかな」
「私はどちらかといえばベイクドが好きよ。それも濃厚なのが好き」
彼女が自分の好みを切り出すのはとても珍しいことだな。
好みどころか、自分のことは言い出さないほうが多いのに。
そんなにこの場に溶け込みたいのか……。
「チーズケーキって、ふつうにチーズかじるのとどう違うの?ベイクドにするんならチーズを焼けばいい話だろ?」
「本気で言ってるなら笑ってあげてもいいわよ?」
「本気っていうか……、若干本気」
「ふふっ、それなら、チョコレートケーキもそうなのね?」
「チョコレートはまた別だろ?たとえばさ、ちくわってそのまま食べるだろ?」
「……ちくわ?」
「うん、でさ、焼きちくわってあるけどさ、あれってもともと焼き目がついてるちくわをさらに焼くんだろ?だからチョコレートも……」
「……」
だ、黙らせてしまった……。
うぅっ、せっかく話に乗れたと思ったのに。
でも、唖然とした表情なんてあんまり見たことがなかったから、ちょっとおかしくなって、思わず吹き出してしまった。
「ははっ、分かりにくかったかな?ちくわの例え」
「え……えぇ、全然分からない上に、まさか例題にちくわをもってくるとは思わなかったわ」
「そうだな、喫茶店でちくわの話はやめるか、ははっ」
まさかのちくわで和むとは思わなかったけど、少しだけぼくの心は温かくなってきたから、まぁよしということにする。
くだらない話をして和んでいると、ぼくらのテーブルに店員がやってきた。
「あ、あのぅ……」
「はい?」
よく見ると店員ではなく、ただの女子高生だった。
しかも同じ高校の……!
「成海先輩ですよ……ね?」
この状況で違いますといえる人間はいないと思う。
むしろそんな人間になりたいけど……、彼女まで答えを待つかのようにじっと見ている。
「そうだけど……」
「よかった!これ、あたしの友達からです!その……自分で行けって言ったんですけど、恥ずかしいからあたしに行けって言ってきて……」
「……え?」
その子の右手の指す先にはあわあわしている友達らしき女の子、左手にはミルフィーユの乗ったお皿……。
「……えっと」
「食べてください!って言ってます、友達が……。あ、でも、ここのミルフィーユ、パリッパリですんごくおいしいんで!」
「……」
差し出されたお皿をじっと見つめるぼくをじっと見つめる彼女……。
これは、妬いているのか?
断れということ?
もう一度友達らしき女の子のほうをちらりと見ると、紙ナフキンで顔を隠している。
というか、紙ナフキンのほうが小さくて隠れきれてないけど。
なにげにたまにチラ見してるし……。
と、向こうに気を取られているぼくに、彼女が思いっ切りすね蹴りしてきた。




