落っこちそうな雲の下 2
いつもいつも勝手に決めるなら、いちいちぼくに聞くなよな……。
そうは思いつつも、すでに店先へと向かう彼女の後を歩いていた。
ガラス張りの店内は、混雑しているのが丸わかりだったけど、お構いなしとばかりに店内を覗きこんでいた。
「本当に入るの?満席かもよ?」
「……入りたくないんでしょ?」
「あー、もうっなんでそういうこと言うかな……」
せっかく付き合ってあげようと思っていた矢先のダメ押しに、思わず天をあおいだ。
どんより雲は、ぼくと一緒だ。
灰色に曇りがかっている。
そんなぼくをじっと見つめる彼女に視線をやると、物言いたげにしていた。
「……なんだよ」
「……」
「入りたいんだろ?」
聞くまでもなく、こくりと笑顔でうなづいた。
やれやれと店のドアを開け、彼女を中へと先に通した。
「今日は紳士ね」
「……いつも、だろ」
「ふふっ、そうしておくわ」
念願の喫茶店に入れてご機嫌な彼女と、いまいち気分がのらないぼく。
入ってしまったからには仕方がないと腹をくくり、店員に案内されるがまま席へとたどり着いた。
座れたのが軌跡に近いほどの混雑ぶりに、人混みが苦手なぼくはより気分がよくない。
でも、座れた軌跡を嬉しそうに噛みしめながらメニューを見ている彼女の前ではそんなことは当然言えない。
「ホットのほうがいいわよね。体も温まるし」
「……あぁ、うん」
「あなたは猫舌だからアイスがいい?」
「……さすがに今日はホットでいいよ」
「そう?じゃあ……」
再びメニューをながめるその目は、まるで子供がおもちゃを選んでいるかのようにきらきらしている。
気分がのらないことに申し訳ない感情にすらなった。
「私はこのケーキセットにしようかしら。コーヒーも選べるし」
「……うん」
「蒼は?なにがいい?」
「ぼくは……、うーん……」
喫茶店なんてまったく入らないから、メニューに並んでいる名前すらよく分からない。
「じゃあ私が選んでおくわ」
というより、すでに選んでいたかのように店員さんに声をかけ、注文をしだした。
まぁ、彼女のペースなのはいつものことだけど……。
慣れた口調で注文を終えると、こちらを向いて頬杖をついた。
「ねぇ」
「……なに?」
「そんなにいやだった?」
「……んー」
「ねぇ」
「……なんだよ」
「たまになんだから楽しそうな顔してよ」
そう言われても……、そうしたいのはやまやまなんだけど。
「蒼はチョコレートケーキとチーズケーキだったら、どっちが好き?」
「うーん……、あんまりこってりしてないほう」
「漠然とした回答ね」
「甘いものは好きだけど、甘いのとこってりしてるのは違うだろ?」
「チョコレートケーキとチーズケーキで悩むのは女の子の定番よ?」
「……それをぼくに言う?」
「あら?ここにいるお客さんには仲良しな女子ふたりに見えているんじゃなくて?」
「……それをぼくに言う?」
「ふふっ、違ったわね。どう見てもラブラブカップルよね」
「……どうなんでしょうね」
「ねぇ」
「だから、なに?」
「女の子口調でしゃべってみて?」
「はぁ?」
「いいじゃない、たまには」
「ここで?」
「えぇ」
その目は獲物を見つけたネコだ。
らんらんと輝かせてぼくの動きを待っている。
「やだよ」
「どうして?」
「どうしてって……。それをぼくに言う?」
「あら、三回目ね」
「茜が言わせてんだろ?なんだよさっきから……」
これじゃあ楽しそうに取り繕うどころか、逆なでされてるようなものなんだけど。
気持ちを立て直そうと目をそらしても、人・人・人、で視線を置くところがない。
気持ちも目線もやり場のないまま、ぼくは下を向くしかなかった。
北風が冷たい外なんかより、春のように暖かい店内なのに、どうしても心が温かくならない……。
「蒼?」
「……」
ぼくがちらりと目だけ向かせると、にこにこと楽しそうにしている。
こんなぼくを見て楽しいのかと性根を疑ったけど、たぶん、ぼくを不愉快にさせたくてしてるんじゃなくて、その先に楽しいことがあるのかな、とも思った。




