落っこちそうな雲の下 1
「ねぇ、何がほしい?」
学校の帰り道、公園の前を通りかかった時、突然彼女は切り出した。
「何かって……。缶コーヒーは飲めないし、おしるこもいらないよ。っていうか、寒いから早く帰ろうよ」
「飲み物の話じゃないわよ」
「じゃあ肉まんの話?……根にもってるなぁ……、早く忘れろよぉ」
ぼくがむくれて言うと、彼女は何かを思い出しているかのように、少し歩幅を狭めた。
「そういえば、初めて会ったのはこの公園で、私に缶コーヒーを渡そうとしていたのよね……。取り巻きの女の子からカツアゲしたものを……」
「ひ、人をヤンキーみたいにいうなよっ!ああいうのはカツアゲじゃなくて、貢物っていうんだってば!」
「その貢物を、ナンパしようとした私に差し出して……」
「なんだよ今更っ!何年前の話だと思ってるんだよー」
「……ずいぶん変わったわよね、あの時のあなたは女とみれば見境なしに手を出して、次から次へとまぁ……」
「て、手は出してないじゃないか!あんまり過剰に話しお盛るなよ」
「変わってくれたからいいけれど、あの時、私に缶コーヒーを渡そうとしなければ、あなたはいつまでも変わらないままだったでしょうね」「……何が言いたい?ぼくはコーヒーを飲めないって言ってるのに、寒いからって先輩がくれたんだよ?ぼくが飲めないことを知らないくせに好きだとかなんとか言うからさ、あの時そこにいた茜にあげようとしただけじゃないか。好みも知らないで近寄ってくる女の子にうんざりしてただけだよ」
立ち止まった彼女は明らかに疑いの目をしている。
というよりも、わざとしている……。
「なんだよー!何むくれてるんだよ」
「むくれてるのはあなたのほうじゃない?」
確かにぼくは、急に昔の話を蒸し返されてむくれていたけれど、その話を思い出してむくれているのは彼女も同じだ。
その疑いの目から視線をそらし、過去の自分の反省点というか、つっこまれっぱなしな点を思い出し、次に何を言われるのかとため息をついた。
「……帰ろう。寒い」
「話はちゃんと終わってないのよ?」
「もぅ、何が言いたいんだよ!反省してるじゃないかー。あれ以来茜以外の女の子とはデートしてないし、手も出してない、おかげでぼくは話すのが苦手になったくらいなんだぞ?それでも不満があるなら言っていいよ、なに?」「……なにを熱くなっているのか分からないけれど、私は缶コーヒーの話をしたかったんじゃないわ。過去の話を蒸し返したのはあなたのほうでしょ?」
「じゃあぼくが悪いんだな?分かったよ」
まったく、なにを言いたいのか分からないけれど、ぼくにとってバツが悪い話をして、からかうわけでもなく、攻めるわけでもなく、何プレイなのか知らないけど、こういう時はぼくが折れればすべて終わる。
感情を出してもいい方向にいかないのだから、押し殺せばあとは勝手に時間が解決してくれる。
ぼくは冷たくなった手をこすりながら彼女をちらりと横目で見たけれど、相変わらずの表情にいきどおりを感じて、先に歩き出した。
「帰らないなら先に行くよ」
返事はなかったけれど、しばらく歩いていると、後ろから彼女の足音が聞こえた。
ぼくはあえて振り向くことはせずに、彼女から話しかけてくるまで先を歩いた。
駅が近づいてくるごとに、本当になにが言いたかったのか、どうして話しかけてこないのか、気にはなったけれど、自分から振り向くことができずに、駅まで着いてしまった。
「……じゃあ、また明日」
「……帰ってしまうのね?」
「だって、話すことないんだろ?寒いんだよ、本当に」今にも雲ごと落ちてきそうなどんよりした空。
寒がりなのは彼女も一緒なのに、これだけ話を延ばすのは何か裏があるのだろうけど、彼女の表情からはなにひとつ読み取れない。
そんな自分にがっかりと肩を落とし、またため息が出た。
「たまにはお茶でもして帰りましょうか」
「お茶?」
「一度入ってみたいお店があるのよ。クラスの女の子たちが話していて……」
「ふーん……」
「つれない返事ね。たまにはいいじゃない。温まって帰りましょうよ」
ぼくは少し考えた。
一緒に帰ってはいるものの、学校では付き合っていることはおろか、仲がいいことすら伏せている、……つもりなのだが。
帰り道だって、学校から離れたところから一緒に帰るという徹底的な防先を貼っているのに、喫茶店でふたりでいるところを見られたら、余計な噂が付きまとうに違いない。
「行くならここじゃなくて、茜の家の近くの喫茶店にしようよ。ここじゃ学校の人に見つかるかもしれないしさ……」
「ここがいいと言ってるのだけど?」
たぶんそういいながらも彼女の頭の中はもう入店決定なんだろう。




