彼女の部屋 5
すべてが合致したわけではないけれど、彼女が話してくれたことが事実で、この家と彼女の過去は把握できた。
今だからいえることだけど、どうみても男性の部屋としか思えなかったことも、冷蔵庫の中が空なのも、先走って聞かなくてよかったと思う。
彼女の過去、現在の置かれている状況を知らないまま、なんでどうしてと聞きたてるのは軽率だったから、これでよかったんだと言い聞かせた。
この家にくるまで、彼女の部屋に入るまで、ずっとぼくの前でだけの彼女しか見れていなかったけれど、ようやくぼくの知らない彼女の一面にたどり着いたこと、正直に言えば事実であってほしくない現実だが、彼女の深い闇の部分を見せてくれたことが、これからのぼくらの絆を強くしていくんだろう。
ぼくの腕の中で小さく震えていた体は落ち着きを取り戻し、静かに呼吸を整えていった。
「茜、ゆっくりでいいよ……。時間はたっぷりあるんだから、ぼくはいなくならないから、ゆっくりでいいよ」
「……もう大丈夫よ、ありがとう」
「こうしていると茜って小さいんだな……。ぎゅってしたら折れちゃいそうだよ」
「もっとぎゅっとしてもいいのよ?」
「折れちゃうよ?ほんとに」
「ふふっ、思ってもいないでしょ?私が折れるなんて」
「そんなことないよ。実際にこんなに細いんだし……」
「体の話ではなくて、私があなたに折れないということよ?あなたは私を鋼の心臓だと思っているんではなくて?」
「そっそんなこと言ってないだろっ!確かに茜は強い女の子だと思っていたけどさ……、今は体の話をしてるだろ!」
「そんなにあせらなくてもいいじゃない。いいのよ、あなたがどう思っていたかなんて、態度で分かるもの。……こんな風にね」
「あ……、またそうやって試すようなことするなよ」
「試していないのに、あなたが勝手にひっかかるのよ?」
「ひっかかるって……、罠を張らなければひっかかったりしないんだってば」
「そうそう、私の体が本当に折れそうか、試してみる?」
「試さないよ、ぼくにはそんな力もないし、第一骨折したら大変だろ」
「じゃあ、折れないかどうか、ちゃんとシャワールームで見てくれる?」
「……そ、れは……」
「心の準備がまだ、なんて言うわけはないわよね?」
「やっぱり準備はいるって!それに……」
「それに……?」
彼女の抱えていたバスグッズの中には、見たことがあるようなないような下着が二枚……。
ぼくの視線に気づいたのか、彼女はその下着を一枚ひらひらさせて微笑んだ。
「楽しみだわ。あなたがこんな下着をつけてくれるなんて……、ふふっ」
「だからー、ぼくは絶対そんな下着なんて……」
「とても楽しみだわ。あなたはいつも私を楽しませてくれるから大好きよ」
「楽しませてるつもりじゃないんだけど……。勝手にぼくで遊ぶなよなっ」
「……」
「……なんだよ」
「かぶるほうがいいの?」
「……なに言ってんだよ、もうっ」
彼女は蝶々とたわむれるようにひらひらとしたそれと踊りだした。
心から楽しみにしてるのは分かったよ、もう……。
でも、ぼくをからかって笑っている時の彼女は本当に楽しそうで、嬉しいような、微妙なような……。
笑顔ならなんでもいい、のかなぁ?
とりあえず今は笑わせておこうかな、と肩を落とした。
だからって、だからってヒモパンはちょっとっ!
なぜそんなものをぼくに用意するんだよー!
「じゃあ先に入ってるわねー」
「あの……、ぼくがどうしても嫌だと言ったら?」
「そんなことは言わないわよ?」
「え?」
「だって、私のお願いを断ったりしないでしょ?」
「……す、するよ!むしろしたいよ?」
「……」
「……いいの?」
「こっちのほうがいいのかしら?」
だめだこりゃ。
完全に断らせない方向になってるし……。
「今ならどちらでも好きなほうを選ばせてあげてもいいわよ?」
「そんなセクシー下着、絶対どっちもやだからなー!」
「……じゃあやっぱりかぶりたいのね?」
「ま、まだそれをいうか?……その前に聞きたいんだが、そっちの……紫のほうは見たことないぞ?そんなセクシーなの持ってたのか?」
「えぇ、あなたにつけてもらおうと思って買ったのよ?」
「いやいや、ぼくがヒモパンなんかはくわけないだろ?なんの罰ゲームだよっ」
「罰ゲーム?おもしろいこというわね。どうみてもごほうびじゃない?」
「ごほうび?」
「私が買ってきた下着をはけるなんて、看病のごほうびだと気付かないの?」
神様、これはごほうびなんでしょうか……。
看病のごほうびは、その笑顔だけで充分だよと心の中でつぶやいた。
やっと元気に笑ってくれている、ただそれだけでいい。
ぼくといる瞬間だけが幸せなのだとしたら、ぼくが彼女の側にいれば、彼女はずっと幸せでいられるのだろうか……。
そう思うと、いじらしくも、愛おしくもなり、ちょっとくすぐったいけれど、とても胸が熱くなった。