表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌
18/50

彼女の部屋 5

 すべてが合致したわけではないけれど、彼女が話してくれたことが事実で、この家と彼女の過去は把握できた。

 今だからいえることだけど、どうみても男性の部屋としか思えなかったことも、冷蔵庫の中が空なのも、先走って聞かなくてよかったと思う。

 彼女の過去、現在の置かれている状況を知らないまま、なんでどうしてと聞きたてるのは軽率だったから、これでよかったんだと言い聞かせた。

 この家にくるまで、彼女の部屋に入るまで、ずっとぼくの前でだけの彼女しか見れていなかったけれど、ようやくぼくの知らない彼女の一面にたどり着いたこと、正直に言えば事実であってほしくない現実だが、彼女の深い闇の部分を見せてくれたことが、これからのぼくらの絆を強くしていくんだろう。

 ぼくの腕の中で小さく震えていた体は落ち着きを取り戻し、静かに呼吸を整えていった。


「茜、ゆっくりでいいよ……。時間はたっぷりあるんだから、ぼくはいなくならないから、ゆっくりでいいよ」

「……もう大丈夫よ、ありがとう」

「こうしていると茜って小さいんだな……。ぎゅってしたら折れちゃいそうだよ」

「もっとぎゅっとしてもいいのよ?」

「折れちゃうよ?ほんとに」

「ふふっ、思ってもいないでしょ?私が折れるなんて」

「そんなことないよ。実際にこんなに細いんだし……」

「体の話ではなくて、私があなたに折れないということよ?あなたは私を鋼の心臓だと思っているんではなくて?」

「そっそんなこと言ってないだろっ!確かに茜は強い女の子だと思っていたけどさ……、今は体の話をしてるだろ!」

「そんなにあせらなくてもいいじゃない。いいのよ、あなたがどう思っていたかなんて、態度で分かるもの。……こんな風にね」

「あ……、またそうやって試すようなことするなよ」

「試していないのに、あなたが勝手にひっかかるのよ?」

「ひっかかるって……、罠を張らなければひっかかったりしないんだってば」

「そうそう、私の体が本当に折れそうか、試してみる?」

「試さないよ、ぼくにはそんな力もないし、第一骨折したら大変だろ」

「じゃあ、折れないかどうか、ちゃんとシャワールームで見てくれる?」

「……そ、れは……」

「心の準備がまだ、なんて言うわけはないわよね?」

「やっぱり準備はいるって!それに……」

「それに……?」

 彼女の抱えていたバスグッズの中には、見たことがあるようなないような下着が二枚……。

 ぼくの視線に気づいたのか、彼女はその下着を一枚ひらひらさせて微笑んだ。

「楽しみだわ。あなたがこんな下着をつけてくれるなんて……、ふふっ」

「だからー、ぼくは絶対そんな下着なんて……」

「とても楽しみだわ。あなたはいつも私を楽しませてくれるから大好きよ」

「楽しませてるつもりじゃないんだけど……。勝手にぼくで遊ぶなよなっ」

「……」

「……なんだよ」

「かぶるほうがいいの?」

「……なに言ってんだよ、もうっ」

 彼女は蝶々とたわむれるようにひらひらとしたそれと踊りだした。

 心から楽しみにしてるのは分かったよ、もう……。

 でも、ぼくをからかって笑っている時の彼女は本当に楽しそうで、嬉しいような、微妙なような……。

 笑顔ならなんでもいい、のかなぁ?

 とりあえず今は笑わせておこうかな、と肩を落とした。

 だからって、だからってヒモパンはちょっとっ!

 なぜそんなものをぼくに用意するんだよー!

「じゃあ先に入ってるわねー」

「あの……、ぼくがどうしても嫌だと言ったら?」

「そんなことは言わないわよ?」

「え?」

「だって、私のお願いを断ったりしないでしょ?」

「……す、するよ!むしろしたいよ?」

「……」

「……いいの?」

「こっちのほうがいいのかしら?」

 だめだこりゃ。

 完全に断らせない方向になってるし……。

「今ならどちらでも好きなほうを選ばせてあげてもいいわよ?」

「そんなセクシー下着、絶対どっちもやだからなー!」

「……じゃあやっぱりかぶりたいのね?」

「ま、まだそれをいうか?……その前に聞きたいんだが、そっちの……紫のほうは見たことないぞ?そんなセクシーなの持ってたのか?」

「えぇ、あなたにつけてもらおうと思って買ったのよ?」

「いやいや、ぼくがヒモパンなんかはくわけないだろ?なんの罰ゲームだよっ」

「罰ゲーム?おもしろいこというわね。どうみてもごほうびじゃない?」

「ごほうび?」

「私が買ってきた下着をはけるなんて、看病のごほうびだと気付かないの?」

 神様、これはごほうびなんでしょうか……。

 看病のごほうびは、その笑顔だけで充分だよと心の中でつぶやいた。

 やっと元気に笑ってくれている、ただそれだけでいい。

 ぼくといる瞬間だけが幸せなのだとしたら、ぼくが彼女の側にいれば、彼女はずっと幸せでいられるのだろうか……。

 そう思うと、いじらしくも、愛おしくもなり、ちょっとくすぐったいけれど、とても胸が熱くなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ