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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌
15/50

彼女の部屋 2

彼女の部屋はふたりっきりの甘いひととき…、なんかじゃなかった。

気まずくて、不思議で、あんなこんなで…。

看病しに来たんだけど…?

 気まずいっ。

 非常に気まずいっ!

 いくら女友達に見えるとはいえ、彼女の体調不良を口実に、どさくさに紛れて恋人の家に上がり込むなんてっ。

 ものすごく気まずい……。

「これ、ありがとう。冷凍庫に入れてくるわ」

「あ、うん」

 ひたすら玄関でたじろぐぼくに、彼女はちっとも気付いていない様子なんだが。

「上がって?」

「う、うん。おじゃまします……」

 後込みしているぼくをよそに、彼女は階段を登り、上から呼んでいる。

「こっちよ」

「いや、あの……ご家族に挨拶しないとさ……」

「大丈夫よ、今は留守だから」

 ほっとしたような、留守の間に上がり込んでると思うと余計に気まずいような……。

 階段を上るといくつものドアが並んでいて、その廊下の一番奥に彼女の部屋はあった。

「広いんだな……、外からはこんなに広いとは分からなかったよ」

「無駄に部屋が多いだけよ。使っている部屋は一握りだもの」

「それにしても豪邸だろ……」

 心なしか彼女はあまりいい顔をしていなかった。

 何か気に触ったかな……。

「どうぞ」

「あ、うん」

 そこは想像していたよりも殺風景な部屋だった、

 きちんと並んだ本棚があったりとか、やたら豪華なクローゼットとかを想像していたが、さっぱりとした風景に、少し驚いた。

「どうしたの?」

「いや、意外だなと思って……」

「もっと乙女チックな部屋だと思っていたのね」

「……うん、お姫様みたいなさ」

「そんなんじゃないわよ」

 体調が悪いからなのか、気のせいか、家へ入ってからは彼女の態度が冷たいような感じがする。

 疲れてるのか?

 気を使わせるくらいなら、やっぱり来ないほうがよかったかも……。

「ごめんね、ソファーにでも座ってて?」

「うん、ありがとう」

 ソファーといってもふかふかのふりふりではなく、まるで男もののような皮でできた黒いソファー……。

 意外にもほどがある。

 もしかしてこれって……。

「部屋着、取ってくるわ」

「あぁ、うん」

 彼女は隣の部屋に行き、淡いオレンジの上下で揃った部屋着に着替えていた。

 部屋着まで意外なものだったらどうしようと一瞬想像してしまったが、彼女にとても似合っているもので、なんとなくほっとした。

「蒼……」

「うん?」

「たくさん優しくしてくれて、ありがとう」

「ははっ、まるでぼくが普段は優しくないみたいだな」

「そういう意味ではないわ。早退までしてくれて……、迷惑かけてしまったから」

「迷惑なんて思ってないよ。おとなしく横になりなよ」

「……そうね」

 ベッドに入ったのを見届けて、ぼくもようやく一息ついた。

「茜、何か食べれる?」

「ううん、まだいいわ。それより、蒼のお昼ご飯は?」

「あー、忘れてたよ。まぁぼくは健康だから、少しくらい食べなくても大丈夫だよ」

「そんなことばかり言って……、不健康な人こそそういう風に言うのよね」

「……うるさい。病人はおとなしくしてろよ」

 そういうと彼女はおとなしく布団をかぶり、こちらを見ていた。

「さっきはしおらしかったけど、その調子だとだいぶ戻ったみたいだな」

「蒼の精気を吸ったからよ」

「……吸われてたんだ、知らなかったな」

「冗談よ」

「分かってるって」

「でもね……」

 彼女は布団の中から白い手を伸ばし、ぼくのほうへ差し出した。

 まるで幽霊がおいでおいでをしているようで、ちょっと不気味だったが……。

「うん?」

「来て……」

「ぼくに風邪を移すつもりだな?」

「……」

 ぼくのほうへ伸びていた手は、しゅんとなって布団の中へ戻っていった。

「冗談だよ。茜が治るなら代わってあげるよ」

 ぼくはそう言ってソファーから立ち上がり、彼女が横たわるベッドの下へ座って手を握りしめた。

 白い手は相変わらず熱をもち、力なくぼくの手を握り帰している……。

 やっぱりまだ熱が高いんだな。

「ここにいるから……少し眠りなよ」

「蒼がいたら興奮して眠れないわ」

「熱があるんだから寝ろ」

「蒼にお熱なのよ」

「……帰るぞ?」

「……だ・め」

「……まったく、おとなしくしてろよ」

「……」

 しんと静まりかえった部屋は、この殺風景な空間をいっそう不思議な空気にさせる。

 誰が見てもお嬢様にしかみえない茜が、どうみてもこんな部屋に住んでるとは思えない……。

 カーテンもベッドも、女子高生が好んで使ってるような色ではないし……。

 ただひとつ、彼女らしい物といえば、ぼくとの写真が飾ってあるだけ……。

「ねぇ……」

「なんだよ、まだ起きてんのか?」

「私ね、本当は昨日の夜から微熱があったの。でもね、蒼に会いたくて学校行ったの」

「おとなしく休まないと、何日も合えなくなるじゃないか」

「だって、会いたかったんですもの」


「そのわりには休み時間に来なかったから心配したんだぞ」

「ふふっ、学校では話しかけるなと言ったのは蒼なのに、やっぱり私を待っててくれたんじゃない」

「……そりゃあいつも顔出してくる茜が一度も姿を見せなかったんだから、心配くらいするよ。体調不良だとか聞いてれば心配しなかったけどさ、ぼくに何も言わなかったし」

「心配、してくれなかったの?」

「違うよ。保健室にいるだとか、休みだとか知ってたら余計な心配しなかったってことだよ。体調悪いってぼくに言ったら早退しろって言われると思ったから黙ってたんだろ?」

「そうね、それもあるけど……、一緒に帰りたかったから保健室で休ませてもらっていたの。そしたらあなたが早退してきたから驚いたのよ」

「そうでもしないと帰らないくせに……」

「あら、でもとても嬉しかったのよ?学校出てすぐに手を繋いでくれたし。いつもならふりほどくじゃない」

「……ぼくだって心配くらいするよ。途中で倒れたりしたら……とか考えたら……」

 彼女はベッドから身を乗り出し、下に座っているぼくを覗き込んだ。

「ありがとう、大好きよ、蒼……」

 力なく握りしめていたその手は、ぼくの頬をなぞり、彼女は唇を重ねてきた。

 熱くほてった手も唇も、まるでぼくのほてりをも吸い取るかのように……。

 いつもより熱をもつ体が、ぼくの気持ちも熱くさせる。

 本当はしんどいであろう彼女の体も心も、情熱的にぼくをむさぼり求めてくる……、それは興奮を押さえきれないほどぼくの理性を狂わせる……。

 好きという短い言葉なのに、彼女の吐息からもれるそれは、お互いの気持ちがひとつである印のようだった。

 よりいっそう激しく求めてくる彼女の体を抱き、絡み合うと、愛撫からもれるぼくを呼ぶ声にハッと我に返った。

「ごめん……だめだよ、いい子で寝てなきゃ……」

「いい子じゃなくていいわ……来てよ、蒼……」

「悪かったよ、こんなことするつもりじゃなかったのに……」

「ねぇ、蒼……」

 彼女の腕をゆっくりとほどき、ベッドの横に片手をついた。

 目を潤ませながらぼくを見つめているが、ぼくはそれに耐えきれずに顔をそらした。

「今日はいい子にしなさい」

「あなたが何よりのお薬なのに……いじわる」

「……はいはい」

 人の気も知らないで……、いじわるはないだろ?誘いに乗って途中で理性を無理矢理戻したぼくの身にもなれよな……と言いたいとこだけど……。

 はぁ……。

 張りつめていた気持ちはぷつりと切れ、ベッドを背もたれにすとんと座り込んだ。

「アイスでも持ってくるから食べて落ち着け」

「……逃げるのね?」

「え、いや、冷蔵庫から取ってくるよ」

 彼女に布団をかけ、ぽんっとおでこに手を置いた。

 部屋を後にした途端、やれやれとため息をつき、階段を降りて冷蔵庫を探した。

 本当にやたらと広い豪邸だな。

 それに掃除もきちんといきとどいている。

 まるでホームパーティーでもできそうなリビング、ぴかぴかに光っているキッチンに大きな冷蔵庫が待ちかまえている。

 おねだりのすぎる彼女の鎮静剤にはアイスが大活躍だろうな。

 熱で食欲がない時に、と思って買っておいたが、ここで役に立つとは、我ながらグッドジョブ。

 おじゃましている家で勝手に冷凍庫を拝借するのは気が引けるけど、今は仕方ないから、と申し訳なくアイスクリームを探した。

 冷凍庫には、さっき買ったばかりのアイスがそのまま入っていたが、驚くほど他に何もない……。

 他人の食生活を覗き見しているようで心苦しかったが、あまりにがらんとしていて衝撃的だった。

 なんだろう……。

 さっきから違和感ばかりが脳裏をよぎる。

 いや、人の家を観察するのはよくない。

 さっさとこれを届けに戻ろう。

 元来たリビングを横切り、階段に足をかけようとしたが、ぼくはひとつの額縁に目が止まった。

 その額縁には幼い子供がふたり写っている写真が飾られている。

 茜……なのかな?

 無邪気でかわいい記念写真みたいだ。

 このころから純粋だったんだろうな、おねだりするところもきっと変わってないんだろう。

 そんなことを考えながら、彼女の部屋のドアを開いた。

「茜、持ってきたよ」

 さっきまでベッドにいたはずの彼女がいない。

 殺風景な部屋には隠れるところなんてないし……、トイレだろうか。

 ぼくはテーブルにアイスを置き、冷たくなった手をこすりながらソファーにもたれた。

 ふつうなら、どんなもの読んでるのかなぁと本棚を見たり、デスクに飾られている雑貨なんかを見ながら主の帰りを待つんだろうけれど、そんなものはなにひとつない。

 本当にここが彼女の部屋なんだろうか……。

 その疑問を説くのはただひとつ、ぼくとの思い出の写真だけ。

 なんとなく懐かしさを感じながら写真をながめていると、急に人の気配がして後ろを振り向こうとした途端、彼女はぼくの背中に抱きついてきた。

「おいっ、びっくりさせるなよ……」

「ふふっ、あせった顔もかわいいわよ?」

「……ったく、だいぶ元気になったみたいだけど、今日は絶対おとなしくしてもらうからな」

「あら、じゃあ力づくであれされちゃうのかしら?」

「……あれってなんだよ」

「壁ドン?おとなしくしろよって無理矢理キスされちゃうとか?」

「……」

「まぁ、図星だったのね?蒼ったら、強引なんだからぁ」

「……ぼくがそんなことするわけないだろ。熱で思考回路がおかしくなってるみたいだな」

「ふふっ、こうして蒼に触れていると、熱なんてなくなるもの」

「はいはい、おとなしくしてください、お嬢様」

 ぼくは彼女の腕をほどき、そのままソファーに座らせた。

 隣に座ろうとしたぼくに、首をかしげてなにやら見ている。

「なに?」

「どうして隣に座るの?」

「え?どうしてって……だめなの?」

「だめよ」

「……じゃあどうしろと?」

 彼女はにっこり微笑んで、ひざをぽんぽんと叩いている。

 なんか……ペットを見ているかのような顔なんだけど……。

「ひ・ざ・ま・く・ら」

「はぁっ?なんでぼくが……」

「病人さんには膝枕してあげるものでしょ?」

「それを言うなら、ぼくが茜に膝枕してあげる側だろ」

「病人さんのお願いは聞いてあげるものよ?」

 意味分からないんですけど……。

 隣に座ったら、絶対に強引に膝枕してあげる攻撃にあいそうなので、仕方なくソファーの下に座った。

「はい、病人さん。アイス食べたら横になれよ?」

「ありがとう」

 差し出したアイスをなぜか受け取らない彼女は、小鳥のように口をあけて待っている……。

 熱がある時くらい甘やかしてやるか、と仕方なくアイスを口元まで運んだ。

「そうじゃないでしょ?」

「え?あーん、だろ?違うの?」

「く・ち・う・つ・し、でしょ?」

 いや、でしょ?じゃないだろ。

 さっきから甘やかそうとする度に上手をいくおねだりっぷりなのだが……。

 もはやここはひとつ、鬼になるしかない。

「勝手にしろ……、帰る」

「……え?」

「それだけ元気があればぼくがいなくても大丈夫だろ。スポーツドリンクもサラダもあるし、インスタントのおかゆも買ったから、あとはおとなしくしてれば明日には治るよ」

「……怒ってるの?」

「怒ってないよ」

 とは言ったものの、きっとぼくの眉間にはしわがよっているだろう。

 そんな顔は見せたくないし、ぼくはさっさとカバンを持って帰る支度をした。

「蒼……」

「ちゃんと寝るんだぞ、じゃあな」

 ドアを締めて出て行くぼくの背中を、絶対に呼び止めるだろうと思っていたが、そんな気配も感じさせずに彼女は固まっていた。

 予想は大幅に外れて本音は心配になったけど……、いや、でも、ここで引き返したら、また彼女を甘やかすことになる。

 ぼくがいなければ無茶せずにおとなしく寝るだろう。

 ちゃんと食べて、ちゃんと寝てくれることを願いながら、彼女の家を後にした。


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