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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌
14/50

彼女の部屋 1

休み時間はいつも廊下で待っているのに、今日は来ない。

どうしたんだろう?

何かあったのか?


ちょっとだけ勇気を出して会いに行くけど…。

 こんな日があっただろうか……。

 珍しく茜が声をかけてこない……。

 いつもなら休み時間になるとぼくのクラスの前で立っているのに……、この前ぼくが、学校ではあまり話しかけるなと釘を刺したからか?

 だとしたらこれはいきすぎた態度だ、極端にもほどがある。

 でも、強情な彼女のことだから、すねだしたらぼくが謝るまで口を聞いてくれないからな……。

 まったく、困ったお嬢様だよ、ぼくの彼女は。

 そんなことを考えているうちに授業は終わり、ぼくは仕方なく隣の教室を覗きに行った。

 騒がしい教室の中を覗いてみたけれど、彼女の姿は見当たらない。

 あまり関わりたくはないが、仕方がないので近くにいた女の子に声をかけてみた。

「あの……風原さん、いる?」

「え?風原さん?」

「あ、そう、あの……借りてた物を返しに来ただけなんだけどさ」

 なんだか知らないけどあせるぼく、逆に怪しいだろ。

 顔は平静を装っているつもりなのだが、態度が明らかにぎこちなくなる……。

「風原さんなら保健室だけど……」

「保健室?」

「熱っぽいって朝から保健室にいるよ。熱があるなら休めばよかったのに、真面目だからねーあの子」

 確かに真面目すぎるところがあるのは同感するが……まさか朝から熱があるならもうとっくに早退しているだろう。

 それにしたって、何でぼくに一言もないんだよとつぶやきたくもなる。

「そっか、ありがとう」

 とまどいはなんとか押さえ切れたが、どうにも胸につかえたものが消化できずにいた。

 心配な気持ちはもちろんあるけれど、ぼくは朝から一言もないことに対してもわだかまりを感じていたんだ。

 心が狭いな、ぼくは。

 逆にぼくが熱を出していたら、彼女は何よりもぼくを純粋に心配してくれるだろうに……、そう思うとさらに自分が情けなくなる。

 ドアを閉めて廊下に出ようとすると、今度はさっきの女の子がぼくに声をかけてきた。

「保健室行くなら、これもお願いしていい?代わりにノート取ったから」

「……でも、もう早退してるなら保健室には用はないんだけど」

「カバンあるから、まだ早退してないと思うよ?教室に戻ってきたの見かけてないし」

「……え」

 熱があるならどうして早く帰らないんだ?

 そんなに高熱なのか、と保健室に急いだ。

「失礼します」

 ノックして保健室に入ると、机に向かっていた先生がイスをくるりと回して振り返った。

「あら、成海さん。顔色が悪いわねぇ、どうしたの?」

「あ、いえ、ぼくは大丈夫です。ちょっと急いでいたもので……」

「そう、じゃあケガ?」

「いえ、……風原さんが保健室にいると聞いたもので、……ちょっと用事がありまして……」

「そうだったのね、ちょっと熱が高いから早退しなさいって言ってるんだけど、もう少し休んでから帰るってきかないのよ」

 先生はあきれた顔をして、首をかしげた。

 2つあるベッドのほうへ目を向けると、片方のベッドはカーテンで仕切られている。

「急ぎ、なの?眠っているかもしれないけれど」

「あぁ……なら出直してきます。もし早退するようならぼくに声かけてくれるように伝えてください。その……渡したいものがあると……」

「はい、分かったわ。お昼は食べられないでしょうから、それまでには早退させるわ」

「では、お願いします」

 先生に軽く会釈をし、保健室を出た。

 帰れないほどつらいのか……、そう考えるとため息が出た。

 昼休みには早退させると言っていたな……。

 ぼくは保健室の並びにある職員室へと足を運んだ。

 ひとりで帰すわけにはいかない。

 彼女を自宅まで送ってやろう。

「失礼します」

 職員室にはつかの間の休みをとっている先生が何人かいた。

 ぼくは真っ先に担任のところへ行き、早退したいと申し出た。

「お前はー、またサボるつもりなんじゃないのかー?」

「え、いや、違いますよ。ちょっと……その……家庭の事情です」

 先生は疑いの目でじろりと見ている。

 無理もない、サボりの常習犯なぼくが、下手な演技で取って付けた嘘を言っているのだから。

 おまけにぼくの家庭の事情を、先生はあらかた知っているのだから。

「保護者の方からは何も連絡はないが?」

「……えっと、今朝先生に言おうとしたのですが、忘れてまして……早退しますと」

 先生はしばらくぼくをじぃっと見ていたが、だめだとは言えないのを飲み込んで口を開いた。

「そうか、分かった。今後は早めに連絡するようにな」

「はい、すみません。失礼します」

 職員室をそそくさと出ようとするぼくの後ろでため息をついたのが聞こえた。

「まったく……」

 仕方ない、疑われてあきれられても、嘘をついているのは事実だし。

 ふだんのぼくの信頼が薄いのもまた自業自得だしな。

 次の授業が始まる前に、と急いで茜のクラスへ戻った。

 さっきの女の子を呼び出してもらい、茜が早退するからカバンを届けに行く、と、また嘘。

 でも今度は疑われることなくカバンを手渡してもらえた。

 嘘つくことに慣れるって怖いなぁ。

 後ろめたさを感じながら、今度は自分のカバンを取りに行き、始業のチャイムが鳴る中の廊下を急いだ。

 授業が始まったせいか、保健室の前はさっきより静かに感じたが、軽く咳払いをし、ノックをした。

「どうぞ」

「失礼します」

 また来たの?という顔をされたが、彼女の荷物を届けにきたと事情を伝えると、カーテンで仕切られているベッドを覗き込んでなにやら話している。

「担任の先生には私から伝えておくから、気を付けて帰りなさいね」

「はい、ありがとうございました」

 気だるそうな小さな声がすると、かーての中から彼女が出てきた。

「あか……風原さん、カバン……」

 ぼくが差し出すと、先生から聞いていなかったのか、驚いた表情でこちらを見た。

「失礼しました」

 ぼくが保健室を出ると、続けて彼女も出てきた。

「茜、大丈夫か?」

「……なんで……いるの?」

 彼女は熱でしんどいのか、とろりとした目をしていた。

 不謹慎だが、そんな顔もまたかわいい……。

「なんでじゃないだろ。まったく……、ほら、帰るぞ」

「……授業は?」

「ぼくも早退したよ、送って行くから、な?」

 まだ状況を把握できない顔をしていたが、彼女の腕をつかんで学校を後にした。

 彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩き始めたぼくは、いつもなら学校出たからいいでしょ?と手を繋ごうと言うおねだりに、周りの視線を警戒して拒むが、今日だけは特別だよとこちらから手を繋いだ。

 てっきり喜んでくれると思っていたが、それはぼくのもくろみとはうらはらに、むしろ驚いた表情のまま変わらなかった。

 目線すらこちらを見ているが、魂が抜けたようにぼぅっとしている……。

「茜?」

「……」

 いつもなら冷たい手も、だいぶ熱が高いのか、彼女の手はとても熱かった。

 学校ではあまり話さない分、帰り道はその日の出来事やらをたくさん話してくれるのに、今日はゆっくりと静かに足を進めている。

 そのギャップに、彼女の体調の悪さを感じ取れた。

「一端、少し休むか?」

「……うん」

 小さくうなずく彼女を駅のベンチに座らせて、売店でスポーツドリンクを買ってきた。

 ほら、と彼女の頬に冷えたペットボトルを当てると、そっと手に取り、少しだけ笑顔を見せた。

「ありがとう」

「やっと笑ったな。冷たくて気持ちいいだろ?」

「えぇ」

 昼間はこんなにも空いているのかと思うくらい空席の目立つ電車に乗り込み、ふたり並んで座ると、彼女はぼくの肩にもたれてきた。

「蒼ぃ……」

「うん?」

 涼しげに毒舌を吐く声も、今は小さくか細い。

 ひとりでつらくて心細かったのか、言葉に出さなくても甘えたいという気持ちが伝わってくる。

 弱っている彼女もこんなにかわいいなら、週に何日かはこんな感じでもいい……と、なんてまた不謹慎な願望を描いてしまった……。

 口が裂けても言えないが……。

 電車は彼女の最寄り駅に着き、ぼくらはまた、ゆっくりと歩き出した。

「茜が食べれそうなもの、何か買ってくるよ。先に帰ってる?」

「ううん、待ってる……」

「じゃあ早く買ってくるから、ちょっと待っててな」

 不安そうな彼女を置いて、コンビニでインスタントのおかゆとサラダ、スポーツドリンク2本とアイスクリームも買った。

 熱がある時には冷たくてカロリーも取れるアイスクリームがいいって聞いたことがある。

 店の自動ドアが開くと、うつむいている彼女に声をかけた。

「おまたせ。大丈夫か?」

 一瞬びくっとしたように見えたけど、ぼくが戻ってきたことに安心したのか、首を横に振ってにこっと笑っていた。

 心なしかさっきより足取りが軽くなった気がするが、相変わらず無口なのが気になる。

 彼女の自宅は目の前まできていた。

「じゃあ、おとなしく寝てるんだぞ?これ、アイス入ってるから、早めに冷凍庫に入れ……」

「看病……してくれないの?」

 そのか細い声と潤んだ目にドキッとしたが、考えてみたら家族がいるのにぼくが看病しに入るのはおかしくないか?

「いや、ぼくは帰るよ」

「……どうして?」

「どうしてって……、まずいだろ」

「どうして?」

「だから……」

「女の子が私の部屋に来るのがどうしてまずいの?」

 冷静に考えてみればそうだ。

 恋人の家に上がり込むなんて気まずいと思っていたが、はたから見たらただの女友達だ……。

 でも、後ろめたいし、あんまり気が進まない。

 なんとなく気まずい……。

 家の前まで送ったことは何度かあるけど、彼女の家には上がったことがないから緊張するし……。

「どうぞ?」

 そんなこんな考えているうちに、彼女は玄関を開け、ぼくを中へと呼んでいた。

「……おじゃまします……」


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