脱走術の使い方 4
茜はぼくのほうを向いているんだ、
逃げない、逃げない!
せっかく学校サボっちゃったんだから、ふたりで、ね?
「たまには蒼からキスして」
「えっ?」
突然の言葉に一瞬たじろいだが、彼女の目は真剣そのものだ。
「ねぇ」
「え、あ、……びっくりしただけだよ。急にそんなこと言うから……」
「ねぇ」
「分かった、分かったけど落ち着け、ま……まだ昼間だぞ?世間はまだ授業中だっ、いつもならまだ学校な時間だぞ……?」
あせるぼくを少しながめ、それからくすくすと笑った。
「蒼ったら……、何をそんなにあわてているの?」
「いや、だって……」
「私はキスしてって言っただけよ?それなのに蒼ったら……そんなにしたいなら、いいわよ?」
真っ赤なのか真っ青なのか分からない。
ぼくは何を想像してあわててたのか……。
落ち着け、なのはぼくのほうだな……はぁ。
「……そんなに笑うなよ……」
「だって、蒼ったら真剣に……ふふっ、私としたくてしたくて、頭がいっぱいだったのよね?……ふふっ」
「ち、違うよっ、ぼくはそんなこと……」
「したく、ないの?」
「だから、そうじゃなくて……。もうっ、結局いつもそうやって茜がおねだりするんじゃないか」
張りつめていた緊張感が一気にぷつりと切れて、ぼくはイスにずるずると崩れた。
まったく、その真剣な目に惑わされたよ……。
「あら、せっかくふたりきりなのだから、私はいいのに?お昼といっても、もう学校は早退しているのだし、あなたは無断欠席なのだし」
「……それ、関係ないだろ」
「どうせふたりきりなんだから、どんなことをしても何も気にすることはないと言っているのよ?」
「え、えぇ?ほ、本気っ?」
さんざん笑って、笑い疲れたのだろうか、彼女はにこにこしたままため息をついた。
「まったく、あなたっていつもそうやってじらすんだから……、手のかかる子ね……」
そう言って唇を重ねてきた。
結局ぼくにリクエストしておきながら、リクエストに応える間もくれないじゃないか。
別にじらしているつもりもないし、逃げてるつもりなんかじゃない。
ふたりきりのこの時間を大切に味わいたかっただけなんだよ。
ゆっくりとね。
「せかすなよ……、ぼくは逃げないからさ?」
時が止まればいいのに、夢中になるほど早く過ぎていく。
それでも、ふたりきりの時は時間など忘れさせてくれるよ、君となら。