009 嫌われる男の特徴
寺田誠の弾幕トークは幼馴染の雨野菜摘だけに収まらず、左隣に座っている仏頂面の男にも飛び火していた。彼はこの学校でも有名人物で教師にたてついたり、友達をサンドバック呼ばわりして平然と殴り倒す輩だ。彼の事を他の生徒達は足若丸魔法学校のイカれた双璧と呼んでいた。双璧という事は聖人以外にもう一人クレイジーな人間がいるのを現しているのだが、その人物が自分というのを寺田誠は理解していなかった。故に寺田は同情した口調で左隣の人物に話しかけているのだ。無論、いつもの弾幕トークを展開しながら。左隣の男は自身の目立つリーゼントを搔き毟って寺田の言葉に憤りを隠せない様子だ。しかし寺田誠は空気の読めない人間なので話しかけている人間の感情など読み取れる筈も無い。口調を落とすどころかヒートアップしているではないか。
「何か知らないけど、僕の右隣に座っている幼馴染が不機嫌でね。変わりに君が僕のお話しを聞いてくれないだろうか……いや実ね、昔から君の事に目をつけていたんだよ。君は気づいていないかもしれないけど、中学時代はクラスメートだったんだよ。僕はその時、思春期特有の病気を発生させていた最中だったな。インターネットをしていれば僕の言っている意味もお分かり頂けるだろう? そうだよ中学二年生に大流行する万病を患ってしまっていたのさ。その時から君の行動力は僕が一番理解しているつもりだよ。不良番長の右腕として隣町の不良グループに戦争をしかけ、15人を相手にして勝利したそうじゃないか。その腕っぷしと主人を守り通そうとする忠誠心を昔の僕は完全に把握していなかったが、今となっては理解が追いついたようだ。実はここだけの話しなんだけど、僕は足若丸魔法学校のエリート学生としての顔だけじゃなくて、代表取締役の顔も持っているのさ。僕の会社は一時的に倒産の危機に瀕していてね、優秀な社員を雇って再建しようと目論んでる最中だったりしなかったり……まあ取り敢えず、これが僕の名刺だよ。友情の印として受け取って欲しい」
寺田はクネクネと体を動かしながら胡散臭い詐欺師のような喋り方で名刺を渡していた。代表取締役の肩書は伊達じゃないらしく、最敬礼を忘れずに。だがチラチラと顔を上向かせて対象のご機嫌を伺っているのは寺田誠の個性だ。彼の身体から滲み出ている独創的発想力が形となって表れている瞬間だった。そうしてスカウト目標の顔をチラチラ見ていると、明らかに好意的な表情で差し出した名刺を受取ってくれた。これには寺田も満足してネクタイをちょいと摘まみ、誇らしく咳払いをしていた。
「へえ。おたく会社運営をしているのか。どうりで口が上手いと思ったぜ」
話しを聞きながら口角を上にしているスカウト対象の男だ。自分の会話テクニックが褒められるのは生まれて始めてである。寺田はすっかりウキウキした様子で喉奥から言葉の弾丸を飛ばしていた。
「ハハハ。代表取締役の座に就いていると褒められるのは当たり前だけど、君みたいに有能な人間に褒められると嬉しくなってしまうようだ。僕は今、鼻孔を極限にまで膨らませて息をハアハアと荒くしながら最高に興奮している。この気持ちを君にも分かって貰えると光栄だよ」
スッカリ気を良くした寺田は、彼に握手を求めて手を差し出した。彼も満足そうな表情を浮かべて握手に応えようと手を伸ばしてきた。と思ったその瞬間、彼は急に物騒な顔を浮かべて別人の如く態度を豹変した。眉と眉の間に溝を浮かべて、赤鬼も裸足で逃げ出すぐらいの強面顔でビリビリと名刺を破り始めたのだ。親の仇とばかりに激しく名刺を破り捨てるので、寺田は訳が分からなくなり軽度のパニックを引き起こしていた。顔に汗を浮かべて口をポカンを開けているのだ。その反対に例の男は破り捨てた名刺をこれでもかと踏みつけて唾を撒き散らしながら暴力的な発言を繰り出している。
「うるせえな、いい加減にしろよ! てめえは自分の言いたい事を分かってて発言しているのか? 言いたい事を的確に述べた上で5秒以内に説明しろ。じゃないと俺の右腕が火を吹いちまうぜ」
彼は急に怒り狂って唾を撒き散らしてきたのだ。要件をまとめて喋ろなどと言われたのは生まれた初めてなので、寺田は歯切れの悪いロボットのような口調でキョロキョロと当たりを見回しながら言葉を出していく。傍から見れば二人のクレイジー野郎が言い争いをしているだけだが、寺田にとっては真剣そのものである。いつも寺田は真剣に話しているのに、何故か今みたいに激昂されて仕舞いには嫌われ「ハイ、さようなら」だ。一方の寺田は、取引相手を怒らせた痛恨のミスに我を忘れてギクシャクした口調になってしまう。
「待ってくれ! どうか穏便に話しを聞いてくれないか。僕は君を怒らせようとは微塵も思っていない。君は周りの人間から不当な評価を受けて、イカれたサイコ野郎だと言われているそうじゃないか。ぼ、ぼ、ぼ、僕の下で働けば正当な評価を君に与え……」
必死に説明を試みたがダメだった。哀れにも寺田誠の頭上に鉄拳が降り注ぎ、全身の骨が悲鳴を上げていた。ある日帰りが遅くなって父親に喰らった拳骨の次に痛い拳骨なのだ。頭上にお星さまが見えるぐらいの強烈な振動に、寺田はフラフラと千鳥足になりながら自分の席に着席していた。彼の頭上にはお星さまもそうだが、熱湯風呂の如く湯気が吹き荒れていた。
「時間切れだ、クソ野郎。俺の評価は周りのクラスメートでも無ければ、教師でも無く、ましてやお前が決める分けでも無い。俺の評価はダチ公が決めるんだよ」
彼はそう言うと、憤慨した様子で着席した。寺田は一言も二言も余計な事を喋るだけに正社員雇用の話しは失敗に終わってしまう。クラクラする頭を押さえながら、今度は右隣に座っている雨野菜摘に失敗の原因を探ろうと言葉を飛ばす。
「僕の交渉術が失敗に終わるなんて有り得ない。一体何処でミスを犯したというのだ。唯一無二に信頼する部下、雨野菜摘君は今回のケースをどう思っている?」
「そうですね。今回は色々なパターンを考えられます。部屋の温度状態、外の気温、天候、その他色々を重ね合わせて単刀直入に説明致しますと……社長、貴方はウザいです」
雨野は満面の笑みを浮かべながら言うのだった。