008 止まらない弾幕トーク
ターゲットの捕獲に失敗したものの、寺田誠はウキウキとした表情を見せながら自分の席で踏ん反り返っていた。背中には相変わらずミニミ軽機関銃が背負われていて後ろの生徒から「前が見えないぞ!」と苦情がきていた。しかし、寺田は他人の声など気にしない鋼の精神を持っている身分だ。怒り狂っている同級生など放っておいて、隣に座っている雨野菜摘と話し込んでいた。彼女とは社長と秘書の関係性以前に幼馴染の関係性もあるのだ。隣に座っているのにお互い無言という訳にはいかないが人間関係である。それに寺田誠はクラスでも有数のおしゃべりクソ野郎だ。誰かと目が合うと自身が持っている軽機関銃のように弾幕トークを展開するのだ。今回、彼の標的になったのは紛れもなく雨野菜摘だ。というか、まともに話しを聞いてくれるのは彼女ぐらいしかいない。残酷な現実である。寺田の長ったらしいお喋りに、ほとんどの人物がついていけない。今現在、彼の会社は正社員募集をしている真っ最中である。その中の募集項目には『辛抱強い人間を求む』とあるが、その背景には社長特有の長い話しを真剣に聞ける人材という壮大な意味合いが含まれていた。父親から譲り受けた時には有望な社員が大勢いたのだが、寺田誠のワンマン経営に痺れを切らしたのか、全ての社員が辞表を提出してきたのだ。今では彼等の失業金を払って組織の貯金は底を切った。とは言っても、金があろうとなかろうと寺田のハイテンションな喋り方には変わりない。これは個性なので仕方が無いのだ。寺田はいつものように溢れんばかりの笑みを浮かべながら、ジェスチャーを踏まえてマシンガントークを連発していた。これには怒り心頭だった後ろの同級生も、呆れた様子で口をポカンと開けるしまつだ。まともに聞いているのは幼馴染の雨野菜摘ぐらいである。彼女も彼女で内心はきっと「うるさいな」と思っているだろうが、寺田のトークには終わりを見いだせないのだ。
「いやー今日も最高の気分だよ。確かに早朝、依頼内容を無視した行動になったのは僕も認めるよ。認めるけど会社の仕事と学生の仕事は別の話しさ。そこはオンとオフの切り替えをしていかいと組織を運営する身としては失格だね。勿論、崇気なる天才祓魔師、寺田誠自身はオンとオフの切り替え術をマスターしているに決まっているじゃないか。そこは馬鹿にしないでくれたまえ。僕の血には偉大なる英雄、寺田大和の血が流れているのさ。僕が見た中では彼こそが史上最大級の祓魔師だったからね……まあ先代の社長である彼は僕の父親なんだけど、実の父親を馬鹿にする子供なんて何処にもいやしないさ。そうだね、中学生時代は思春期もあったし反抗心の塊みたいだったが、心の中では崇拝していたさ。ミニミ軽機関銃を背負って上級ランクの恢飢共を蜂の巣にしていく様は、まさに芸術。見ていて惚れ惚れする戦い方だったよ。僕もいつかは父親のように偉大な功績を残して、社員達に尊敬の眼差しで見られたいものだ。君もそう思うだろう? 我が親友にして、実質的ナンバー1の実力を持っている雨野菜摘君。いやー、君の戦闘能力は僕を持ってしても太刀打ち出来ないよ。素晴らしいの一言につきるね」
寺田は秘書である雨野菜摘の実力を誰よりも分かっている筈だった。自信に満ち溢れて自分こそが最強の軽機関銃使いだと自負する彼であっても、雨野菜摘には勝てないというのだ。その理由としては以前、恢飢との戦闘において負けそうになった時、颯爽とピンチを救ってくれた女の正体が雨野菜摘だったからだ。彼女自身は自分の力など大した事が無いと謙遜しているのだが、寺田は納得していない。自分が死んだ時の次期社長は彼女だけだと念押しするぐらい評価が高い。実際にこのままいけば組織の人間は寺田と雨野の二人だけになるので当たり前と言えば当たり前だが。それぐらい全幅の信頼を置いている寺田に対して、雨野は否定的な態度を示しながら問いに答えてきた。
「何を言い出すかと思えば……私を煽ててご機嫌良くしようとする作戦ですね。長年付き合っているから社長の考え方は一目瞭然です。私は社長の軽い言葉でなびくような軽い女ではありません」
ご主人様と喧嘩した犬のように首をプイッと横に向けて、彼女は不機嫌そうな態度になっていた。寺田自身は何故彼女の機嫌が悪くなったのか理解不能だった。それぐらい、寺田は空気を読めない男として周りから見られているのだ。寺田は彼女の機嫌を直そうと必死に弾幕トークを展開しようとする。しかし、その喋りが逆効果になっているとは寺田自身も気が付いていない。
「あーちょっと待ってくれ雨野君、これだけは勘違いしないで欲しい。君の実力は他の誰よりも僕が知っている筈なんだ。だって君も言った通り、寺田誠という生物学的に雄の人物と、雨野菜摘という生物学的に雌の人物は出会ってからの時間が長い。お互いの良い一面と悪い一面は家族を除けば僕達が一番知り得る情報なのさ。そりゃ僕だって雨野菜摘という人間には最大級の評価を下しているつもりだ。今さっき言った通り、君の戦闘能力には僕とミニミを持ってしても太刀打ち出来ないからね。これ以上の社内評価をどうやってしろと言うのだ。逆に教えてくれないか雨野君?」
さっきの笑顔とはうって変わって真面目な表情で語りかける寺田だったが、彼女の顔は依然として仏頂面のままだ。むしろ表情が悪化して悲しげな顔になっている感じがしないでもない。寺田は人の心を読むのが昔から苦手なので、相手の感情を理解するのは難しい。必死の思いで彼女の顔を見つめながら答えを聞き出そうとするのだが、彼女は頬杖をついたまま固い表情のままだ。
「寺田君は昔からそうだ。私の事を女として認識してくれないし外面ばかりで内面を見ようとしてくれない。組織どうこうじゃなくて、一人の人間として評価して欲しいのに」
彼女は視線を落としたままボソリと呟いていた。だが一方の寺田は背中越しに伝わるミニミ軽機関銃の重量感に酔いしれてしまい、話しを全く聞いていなかった。愛銃に夢中になっていたとは言え、彼女が何かゴニョゴニョと口にしていたのは分かっていたので、寺田は腕を組んで悩んだ様子になって問い直す。
「ああすまない。ミニミの芸術的重量感に気を取られて話しを聞いていなかったようだ。僕とした事が一生の不覚だよ……もう一度何て言ったか教えてくれないか?」
「社長の言葉に感激して元気を取り戻したと言ったのですよ」
彼女は凛とした表情になって笑顔を取り戻しながら言葉を口にし始めた。その表情を見てホッとした寺田は満足そうに頷いて、再び弾幕トークを展開していく。しかし彼女は先程の笑顔を萎ませて、視線を落としていた。
「はあ」
と切ない溜め息も溢れていた。彼女の意志が寺田に伝わるのはまだま先の話しである。