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002  静かな怒り


 目標に向かって前進を続けるのは大事だと寺田は確信を得ていた。こうして社長室に座ってパソコンを開いているのも無駄な時間では無い。例えエロ動画のサイトにアクセスしていても男子は健全なる態度を取らなければいけない。露出した美女に鼻孔を膨らませて鼻息を荒くさせ、目の前で繰り広げられる淫乱行為に眼光を飛ばす。これは決して悪い事では無かった。男子にとっては当たり前の特権だ。これから先は誰も邪魔してはいけない時間だ。寺田はキーボードから右手を放すと、下半身しもはんしんに向かって手を伸ばそうとした。その瞬間だった。頭上にハンマーと思しき物体が降り注いで寺田の頭がガツンと強打された。あまりの衝撃的激痛に血が出たのではないかと、頭を押さえて寺田は転がり回る。昔から石頭だと周りの人間に言われてきたが、さすがにハンマーで殴られると痛いに決まっている。寺田じゃなければ即死も考えられたぐらいの強烈な痛みだ。その痛みと格闘しながらも何とか立ち上がって見せた。これぐらいの根性が無いと組織のトップには立てないのだ。しかし眩暈は収まらない。ただでさえパソコンのやり過ぎで視力低下が進んでいるというのに。殴られた衝撃で眼鏡も吹き飛んでしまったので、寺田は眼鏡を拾い直して、いつもの位置に装着した。「やっぱりこうでなくちゃ」と安堵したのも束の間、焦点の定まった眼前から女性の暴れた声が聞こえた。彼女は明らかに激怒していて、その整った眉毛を歪ませて此方を指差している。相変わらずの横暴っぷりには目も当てられない。彼女はこの会社の秘書として雇っているのだが、社長に対するパワハラが問題になっていた。さっきのようにパソコンでエロ動画を堪能しているだけでハンマーで叩かれるのだ。このような暴力社員は速攻解雇すべきだと意見が飛んできそうだが、生憎この会社には彼女以外の社員はいない。寺田のクレイジーとも言える行動に皆が我慢出来なくなって、ほとんどのメンバーが辞表を提出したのだ。今となっては幼馴染の彼女が唯一の社員だ。毎日のように寺田の行動を批判してくるのだ。さっきの用量で。彼女は実に可愛らしい顔立ちをしていて黙っていれば聡明な美少女になりえるのだが、どうにも彼女は乱暴的だ。それだけに寺田は彼女に対して三大欲求の一つである性欲を全く抱かない。性欲だけらなら世界クラスの彼が全く反応しないのは、彼女にとって栄誉なのか不名誉なのか、それは定かでは無いが、とにかく彼女は怒っているのに変わりない。ここは穏便に済まそうと寺田は両手を上げて降伏のポーズになった。


「崇拝なる我が秘書よ……ちょっと待ってくれないか。僕にだって至福の一時を味わう権利はある筈だ。誰にも男の欲望を止める事は出来ない。それは君も同じだよ。だからそんな物騒な武器をしまって、一緒に動画を観ようじゃないか」


 寺田は円満解決のためにも、彼女と一緒に動画を見て親睦を深めようとした。ノートパソコンを反対に動かしてモニターを彼女に向けたのだ。そう、画面の中では淫乱行為が行われているノートパソコンをだ。寺田は言い考えだと思ったのだが、どうやら彼女にとっては違うらしい。彼女はハンマーを再び振り下ろしたと思うとノートパソコンの画面を叩き割った。その衝撃たるや寺田のあらゆる神経を停止させる破壊力があった。従業員が二人しか存在しない組織なのだ。当然、零細企業である。毎日が火の車だと言うのにノートパソコンを破壊されてしまっては落ち込まない筈も無かった。寺田は咄嗟に某有名美術作品、ムンクの叫びと同じポージングをして叫び狂う。そして目の前では秘書が悪魔の微笑みを見せていた。


「社長はまだ15歳でしょう。その年齢でアダルトサイトを閲覧されるのは相応しくないと存じ上げますが」


 こういう時に限って普段は使わない敬語で喋ってくるのだ。これには寺田もカンカンになって言いたい事を口に出そうとした。しかし、彼女にノートパソコンを破壊されたショックで用事を思い出していた。そう、一週間ぶりに仕事が舞い込んでいた。寺田が運営している組織では恢飢と呼ばれる魔法生物の退治を行っていた。依頼人から料金を受け取って恢飢を討伐する。実にシンプルだが、依頼料を格安にしているので利益なんてほとんど無い。高校生が社長の組織なんて信用度が底を切っているの当たり前だ。最初から他の企業と価格競争しないとやってられないのだった。そんな訳で寺田は気を取り直してフラフラする頭を支えながら仕事に取り掛かろうとした。


「た、確かに君の言う通りかもしれないな。組織のトップが仕事をサボってアダルト動画に徹しているのは社員の見本とも言い難い。ここは皆にお手本を示して我が組織の運営理論を説き伏せるのが妥当のようだ。さて、そうと決まれば愛銃が出番を待っているから僕は失礼するよ」


「あら社長。社員は私以外におりません。もしも貴方が、組織の運営理論を戦いで示して下さるのであれば私には戦いを見届ける義務があります」


 ようするに社長の仕事っぷりを一緒に観たいだけのようだ。会社を無人にするのは得策では無いと思っていたが、彼女はああ見えて強情だ。やると決めれば何が何でもやり通そうとする強い意志を持っているので、ああなれば社長権限を持ってさえも太刀打ち出来ない。故に寺田は覚悟を決めた様子で、相棒のM249を手に取ってから彼女に話しかけていた。


「ああそうか……君がそこまで言うなら仕方が無いな。特別に同行を許そう。くれぐれも僕の射線上に飛び出さないようにね。トリガーを引いたら最後、僕は弾が底を尽きるまで撃ち続ける性質たちだからさ。ハハハハハ……」


 寺田が軽機関銃を愛好する理由がそこにあった。軽機関銃は他の銃よりも弾倉が多く入っている。他よりも多く撃ち続けられるから信用が増す。多く弾が撃てるのはすなわち、大勢の敵を短時間に処理出来る。まあそれは上手く事が運べばの話しだが、これだけは確実だ。軽機関銃にはロマンがあると。それを伝えるようにして彼女に語りかけたのが、彼女は以前として無愛想のままだった。笑みを浮かべていても心が笑っていないのは手に取るように分かる。彼女が暴力的に笑っている時は機嫌が悪い時だと、長年の関係性が物語っていた


「はい。存じております」


 予想通り、彼女の微笑みはとても冷酷に見えた。



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