016 有能な父親、無能なボク
秘書である雨野菜摘がまるで汚物を見るような目で、時より睨み付けてくるのは仕方が無いとしても寺田は空腹に我慢の限界がきていた。それもその筈である。時刻は既に19時を周っている。どこぞの体育会系部活道員が帰宅する時間帯だが、寺田は生憎部活動には入っていない。所謂帰宅部と呼ばれる特殊な分類に所属しているのは間違いない。帰宅部というのは名前の通り、家に返る事が部活内容とされている。帰り道に地雷やクレイモアが設置されている危険など皆無であり家に帰るだけの簡単な事だ。何故寺田が帰宅部なのかと言えば会社を運営している身だからだ。一応、取締役社長の偉そうな肩書きを持っている身分だ。それなりの仕事をこなさないと自分の生活すら危ぶまれる。足若丸魔法学校は政府機関に属している身内がいたとしても基本的には理事長が全権を担っている。だから公式的には私立の高校なのだ。政府の一部は足若丸魔法学校を国の一部にする法案を考え中の噂があるが、現時点では私立だ。全額とまではいかないにしても学校に通う費用はそれなりに存在している。無価値な存在だとしても払わなければ退学の可能性も示唆される。と言っても、足若丸魔法学校は成績優秀な人間には費用免除や足若丸の敷地に設置されている公共機関をタダ同然で使用可能のチケットが給付されるといった特別サービスがあるのだ。成績が優秀な人材を特別視している足若丸魔法学校では、生徒会長の座を狙った悪質な行為なども問題とされている。生徒会長は名前の通り、全生徒を束ねるリーダー的存在だ。いわばカリスマ性が最も高い生徒なのだ。待遇面においても全生徒の中で最上位である。全ての学費を免除されて、なおかつ学校内の敷地を全て立ち入り可能だ。目標を高く保つ事で知られている寺田誠も生徒会長の座を狙っている内の一人だ。生徒会長になるための条件を満たすためには高校三年生にならないといけない。今はまだ条件が揃っていないにしても、必ずや生徒会長になると決意を固めていた。せめて志だけは高く抱かないと生きていけないと考えるのが寺田誠の特徴だったりする。寺田自身は敢えて知ろうとはしてないが、勉学、体育、授業態度、奉仕面、その全てにおいて最底辺の評価を受けている。教員達は口を揃えて「このままでは落第するぞ。気を引き締めろ」と言うのだ。寺田は自信満々で自分の歩く先が世界の中心地になるのだと豪語する性格を持っている。持っているにしても結果がついてこない。勉強も下から数えた方が早く、運動神経も大した事は無い。自分に自信があるからこそ努力をする素振りも見せないし、それでは寺田誠の特に優れた部分は何だと聞かれると答えに困る。声が大きくて常に前向きな部分は評価出来るにしても、それは性格に過ぎない。自分の優れた点を上げる時、大抵の人間は技術面を評価する。面接でもそうだ。性格を二の次に考えて習得している資格や学校での評判に着目しているのだ。結局人間は最初に技術面の評価を受けて、次に性格が評価される。技術的に誇れる部分が無いと日本社会では生きていけないと教員達も言ってきた。しかしそれは間違っていると考えるのが他でも無く、寺田誠だ。他人の評価に左右される世の名の仕組みに日々疑問を抱いていた。検定だってそうだ。偉い人に評価されて検定を貰って、それを就職活動に活用する。寺田には意味が分からない話しだ。何故他人に評価された事を堂々と履歴書に書けるのか首を傾げてしまう。検定の合否を決めるのは赤の他人である。名前も知らなければ顔も知らない赤の他人に認められるなど気持ち悪いと思わないのだろうかと甚だ疑問が湧く。自分の価値を決めるのはあくまでも自分だ。他人に認められる人生など納得がいかないのも言えている。その点で言えば、学歴社会という言葉自体も意味不明になってくる。何故学歴で就職先を決められなければいけないかが、寺田には理解不能だった。某有名な国立学校を卒業して、平凡な会社に就職して何が悪いのかと世間の人には問いたい。どんな会社に就職しても自分が納得していれば何の問題も無い筈だ。それなのに「大学まで出て地方のスーパーに就職するなんて、あんたは何を考えているの!」とか「お前みたいな将来有望のエリートは官僚コースを歩むべきだ」とか「出版社の編集者になりたい? 冗談はほどほどにしろ。大学まで出てわざわざ不規則な仕事に就く意味はないだろうが。お前の学歴があれば17時帰宅で残業無し、週休二日制、長期間のリフレッシュ休暇を得られる仕事は可能だ」とか訳の分からない事を言ってくるのだ。学歴が低いのもそうだが、学歴が高い人間も自分のやりたい事を他人が取捨選択して、いつのまにか自分の人生が他人の人生になってしまうケースが存在している。だが、結局は自分の人生は自分で歩むのが一番だ。心が訴えている先に就職すれば一片の迷いも生じない。たとえ仕事先が薄給の12時間労働だとしても、自分の決めた事だから絶対に後悔しないだろうと寺田は考えていた。倒産危機に瀕していると、どうしても就職の二文字が頭をふらつくのだ。このままではいけないと思った寺田は台所で御飯を作っているであろう雨野菜摘に呼びかける。
「御飯まだー?」
「まだですよ」
そうだと言うのだ。御飯はまだだと。寺田は仕方なく腹を押さえながら広々とした部屋の中で一人寂しく御飯を待つのだった。