015 自信満々
契約失敗の四文字を直接頭に叩き込まれた気分になっている寺田誠は素直に家へと帰宅していた。寺田の家は前代社長から引き継いでいるため無駄に豪邸なのは内緒だ。今の貧乏生活と比べると泣きたくなるぐらいの悲しさを豪邸を見る度に感じていた。この家に住むだけの相応しい実績は何も得ていない。全てが過去の遺物なのだ。父親が立派に働いてくれて財産も残してくれた。それが寺田誠の代になってからは不況ばかりで仕事などロクにきやしない。昔は大手祓魔師の会社としられていたが今では閑古鳥が鳴くばかりだ。父親の残した貯金もあっという間に減少傾向にあり、0の数が3つ減った。後1つ減るとそこらのフリーターの貯金額に負ける事になってしまう。それだけはプライド的にも許されないので今回の契約だけは何としてでも掴み取りたかった。だが、先手を打たれてしまってはどうする事も出来ない。次なる仕事の依頼を待つしか方法は無かった。寺田と雨野は無駄に施設の整った家で腹を空かせていた。仕事が入らなければ最悪雑草を食べるしか無いのだが今日は運が良かった。御馳走を食べさせてくれると秘書である雨野が言ってくれたのだ。両親共に亡くした身でありながら寺田は満足に飯を作れない。今時の若者向け小説の主人公にあるまじき設定である。普通ならば親がいないから仕方なく料理を作っている内に、いつの間にかプロ顔負けの腕になっていましたとなるのが御約束の展開だ。ほとんどがそうである。薄っぺらい醤油顔の器用貧乏主人公が大半の中で寺田誠は正反対の道を走っている。だから世の中的にも小説家になろう敵に考えても誰にも相手されないのだ。こんな子憎たらしい主人公が売れる程、今の世の中は甘くないのだという風な感じて、終始雨野菜摘が睨みつけてくる。最近彼女は寺田誠を軽蔑しているのではないかと疑って仕方が無いのだ。いつもは満面の笑みで鼻しけてくる事がほとんどだが、時より見せる汚物を見るような目が寺田誠の精神状態を深くえぐってくる。こうして軽機関銃を背負ったまま正座で料理を待っている瞬間も、内心は恐怖に怯えていた。寺田は自信満々で朝起きても一日の絶望感など感じないタイプの人間だ。朝目覚めると布団を蹴飛ばして「ワッハハハハ!」と笑いながら窓を開けて、新鮮な空気を吸うのだ。見た目とは裏腹に意外と体育会系の一面を持っている。そんな彼が唯一と言っても良い程、恐怖を感じるのは雨野菜摘その人である。彼女は先帆のように「てめえは主人公なんだから料理の一つぐらい作れや、ボケナス。いっつも私ばかりが料理作って損してるじゃねえか」という眼差しを向けてくる時がたまにある。本当にそう思っているのか定かでは無いにしても、汚物を見るような目は今に始まった事じゃない。幼少期の頃から軽蔑するような眼差しを受けていた。そうこうしている内に小学生から中学生に変わった。思春期特有の反抗心を女性に向けるのは至極当然の事だ。それでも雨野には悪い事をしたと思っている。今でも反省すべき点は多々あるが、昔はもっと女性に対する扱いが酷かった気がする。だから雨野が時より軽蔑の眼差しを向けてくるのかと寺田は考え込んでいた。料理が完成するまで暇を弄ばしているのには変わらないので、考え事をしようと決心していた。金も無いから遊び道具も無い。最近流行っている腕につける携帯電話も持っていない。最新機器を見かける度に、未だポケベルを持っている御爺さんの気分を味わってしまう。なんとも情けない話しだ。寺田は腕組みをしながら頭を抱えて、これからの事について脳内議論を交わす。
「今日に限ってじゃないが、秘書である雨野君は僕の事を軽蔑的な眼差しで見つめてくる危害が増えたような気がしてならない……ただの思い過ごしだと大変たすかるが、どうもそうとは言ってられない状況のようだ。そりゃもちろん暇じゃないさ。仕事が無くても学生には宿題があったり受験勉強があって何かと忙しい。嫌別に忙しいフリをしている訳じゃないさ。そんな悲しい事をしているつもりも無いから心配しないでいいよ。それにここは脳内なんだから思いのたけを発散する良い機会じゃないか。どんなに心の中で大声を出したとしても相手には絶対聞こえない。心の声を聞く魔法なんてどこにもありゃしないんだからさ、もしもそんな魔法が実在しても危険物扱いされて禁忌になっている筈。つまりどっちにしても雨野菜摘は僕の声を聞いていない。だから落ち着け寺田誠よ。今からでも彼女に挽回するチャンスはあると思え。そうだ、その調子でポジティブに考えるんだ。そもそも一体僕の何処が気に障るのか理解しがたい。寺田誠という人間は、才色兼備かつ全てにおいて弱点の見当たらない完璧な生命体ではないか! そうだ、そうなのだよ。完璧な生命体なんだから悩む必要もないじゃないか。よーし、そうと決まればいつものように接すればいいだけだな」
完璧な生命体とは程遠い彼が戯言をほざいているのだった。どう考えても人より見劣りしている部分が大いにも関わらず、寺田誠は謎の自信に満ち溢れている。何もこれは今に始まった事では無い。生まれた時から自信の皮を被った赤ん坊だったのだ。赤ん坊は泣くのが仕事だと言われているが、寺田は泣くどころか終始笑っていた。まだ知能に目覚めていない頃だったので素直に可愛らしかったが知識が増えていく内に、ただの憎々しいお子ちゃまになってしまった。もはや修正不可能の領域に突入した彼に会社立て直しのチャンスは訪れるのだろうか。謎は深まるばかりである。




