014 悔しい思い
寺田誠の自由奔放ぷりは今に始まったばかりでは無い。幼少期の頃から雨野菜摘を困らせる言動には周りの人間もあきれ果てていた。寺田誠の幼少期の夢は世界征服であり、それを実現させた暁にはユーラシア大陸を雨野にプレゼントするという謎の約束をしていた。無論、そんな夢物語が叶う筈も無く時間だけが過ぎて行った。小学生時代から軽機関銃への目覚めが徐々に表面化していき、黙って親父のミニミ軽機関銃を借りて学校に登校する様が見られた。小学生がランドセルの変わりに軽機関銃を背負って登校するのだから、当然保護者が呼ばれて教員達から大目玉を喰らう事例が多々見受けられた。当時からミニミ軽機関銃への愛は誰よりもあった。父親に怒られると分かっていてもミニミ軽機関銃を背負って学校に登校したい欲は止まらなかった。その欲は高校生になっても続いていて今現在学校が終わって放課後になった際も軽機関銃を背負って家に帰っているのだ。厳密に言えば家では無く、仕事を遂行するために目的の場所に向かっているのだが周りの人間から見ればどっちでもいい。軽機関銃を背負っていようが他人に過ぎないのだから家に帰宅している途中だろうが仕事に向かっている途中だろうが関係ない。重要なのはそこに存在している否かだ。所詮他人など存在感でしか判断不可能。そこに存在しているかどうかが他人の価値観をそのまま表すのだと判断して良いだろう。その点、寺田誠の存在感は人一倍群を抜いている。ちっさい高校生が舞台俳優なみの肺活量で大声を出しながら軽機関銃を背負って道路を横断しているのだ。一目みれば脳裏に強く焼き付いて一週間は忘れらない存在だ。赤の他人を一週間も忘れらないなどよっぽどの事である。そのよっぽどの事を無意識の内にやっているのだから寺田誠を普通の高校生と表現するのはナンセンスだ。同じクラスの玖雅聖人と同等の扱いを受けるのは不思議では無いのだ。玖雅聖人と寺田誠は足若丸魔法学校のイカれた双極と呼ばれているも、そういう理由があった。結局全ての物事には理由が詰まっているのだ。目の前で残虐な姿に変わり果てたウルフのように……。寺田誠と雨野菜摘が目的地に辿り着いた時には既にウルフは絶命していた。専門的知識は無いので見たまんまを表現するしか無いのだが、ウルフの額には二つの穴が開いていた。どうやら何者かに二発の弾丸を受けて即死してしまったらしい。恐らくは寺田と同じく、恢飢を倒して収入を得ている祓魔師の仕業だろう。ようするに先を越されたのだ。寺田は心底悔しそうな表情を浮かべながらハンカチを噛みしめてヒステリック男子高校生に姿を変えていた。最近の男子高校生は女の子みたいな真似を平然とするので、昔ながらの大和魂に溢れる男子高校生は絶滅減少にあった。寺田は女子みたいにオシャレが大好きで家具屋にいるだけで3時間は潰せるのだ。無論、お金は持ってないので見るだけだ。そんな寺田誠にも武士としての心は勿論存在していて、その行き場の無い悔しさをハンカチで噛みしめているという訳である。既に101回目の倒産危機の目に遭っているかもしれないが、ハンカチを買う金は辛うじて預金通帳に入っていた。金が無いのを自分の自信を失う切っ掛けにする人間は大勢いる。他の人よりも金を持っていない自分は生きている価値が無いんじゃないかと絶望の縁に佇ませる人も中にはいるだろう。だが、寺田誠は金があるかどうかで自信の決定権を覆らせる男じゃなかった。元々自信の塊じゃないかと錯覚するぐらい、彼には淀みない人生が待っているのだろう。その先に待っているのは今のような貧乏生活か、それとも富豪生活なのかは分からない。それでも寺田誠の物語は始まったばかりだ。そんな訳で、自由奔放な社長を雨野菜摘は暖かい目で見守る事しか出来なかった。
「あばばばばっ……! こ、こ、こんな事は断じてあってはならない! 標的を先に取られるなど屈辱以外の何者でもないじゃないか。僕が屈辱に弱いのは誰もが知っている紛れもない事実の筈だ。という事はこれは恐らく僕の会社を倒産させまいと企む同業者の仕業である可能性が高い。そうだ、きっとそうに違いない。なんせ、僕の予想ってのは百発百中の命中率を誇るから根拠のない事実ではないんだなこれが。だから百パーセント大船に乗ったつもりで信じてくれて結構だよ雨野君! 君はきっと僕がこれだけ熱心に物事を伝えるのはいつもだと思っているかもしれないけど、実はそうじゃないんだよねえ。温厚な僕でも怒る時だってあるんだから!」
白目を剥いて憎たらしくハンカチを噛むのは相応の理由があるのだと寺田は語っていた。常に温厚な寺田も仕事を取られるのは我慢できないようだ。ハンカチは寺田の唾液でべちゃべちゃになって汚らしい様を見せている。このハンカチが実は後の展開に繋がる訳でも無いので期待する必要は全く無いが、それにしても汚すぎである。唾液まみれだからという意味は含まれず、むしろハンカチ自身が古いように思える。親父から軽機関銃を譲り受けるぐらいだから物を大事にする心はあるようだ。とは言っても、物事には限度があるのを忘れてはいけない。人間には清潔感も大事なのでハンカチを変える金があるならば素直に買った方が得策だ。毎日ぐーたらに過ごして清潔感の欠片も見当たらない寺田誠にはほどほど愛想がつきると思われがちだが実はそうじゃない。もしもそうならばとっくに寺田誠は天涯孤独だ。そうじゃないのは雨野菜摘という保護者がいるからだ。同じ年の幼馴染が保護者など聞いた事が無いが、寺田には他に頼れる人など皆無である。雨野菜摘は溜め息を吐きながら諦めた様子で言うのだった。
「社長。今晩は御馳走に致しますので、そのヒステリックな行動を止めてください。見ているだけでもハンカチが可哀想です」
雨野の言葉を聞いた寺田は耳をピクリと反応させていた。どんな人間も御馳走という言葉には弱いのだ。寺田は満面の笑みを浮かべながらご機嫌を取り戻すのだった。