012 勘違いナルシスト
彼女のご機嫌を良くさせるためにも寺田は黙って彼女の言う事を聞こうとするのだが、寺田は生きてきて5分以上黙った試しが無い。講演会だろうが入学式だろうが我慢出来なくなって隣の人間に話しかけてしまうのだ。無論、それはマナー違反だと言われて教師や上の立場の人間にこっ酷く叱られてしまう。とは言っても、寺田は自分こそが最強の魔法軽機関銃使いだというプライドがある。ミニミ軽機関銃には負けじと、自分も口から弾幕を展開するんだという狙いがあったのだ。そのため寺田誠氏は自身の脚をつまんで何とか声を口に出さまいと必死の抵抗を続けていた。寺田の真意が気づかれているのかどうかは知らないが、秘書である雨野菜摘はファイルを見ながら説明を続けている。
「私達はラッキーでした。今月の仕事は二回しかありませんが、その二回とも本日期限の仕事なのです。社長は面倒な事を後回しにする性質が御座いますので敢えて言いますが、今後はやるべき事を先に終わらせてから羽目を外して下さい。さて、話しを元に戻して本日二度目のターゲットは、ウルフですね。文字通り狼型の恢飢で普段は人間社会に紛れ込んでいるとの情報があります。ウルフは鉄工所で働いている40代後半の年配だそうですが、満月の夜になると変身して狼となり、近隣住民を襲っているとデータベースに書かれています。今回はこのウルフを討伐せよとの依頼があったので、なるべく夜を避けましょう。生憎今日は満月の日なので、夜になると敵の土俵で戦う事になります」
彼女はそうだと言うのだ。なるべく夜は避けた方が良いと。確かにオオカミの変身能力が自在に使えるのであれば驚異的だが、満月限定となると話しは簡単だ。オオカミに変身する前に叩き潰せば一件落着。あっという間に事件は解決してしまうだろう。しかし、寺田には独自の流儀があった。敵と戦う時には中途半端な気持ちで挑んではいけないと。そんな事をすれば後味が悪くスッキリとしない状態になるのは誰の目から見ても明らかだ。人間が抱いている最大の罪は後悔だ。後悔の念に囚われるのは時間の無駄でしかない。そんな事で貴重な二十四時間を消費する訳にはいかないので、ついに寺田は我慢の限界となった。喋りたくてウズウズしている口を動かしながら弾幕トークを展開していく。
「お利口さんの犬みたいに黙って聞いて下さいとの命令だが、さすがにこればかりは黙って聞いていられないな。確かに君の言う通り、夜を避けて戦うのは立派な戦法だよ、オオカミに変身しなければターゲットも普通の人間だ。精々、お得意のハンマーを振り回して抵抗するぐらいだろう。しかしだね。そんな状態の恢飢を倒して心の底から達成感が得られるか自問自答したまえ。恐らく無理な筈だ。むしろ達成感よりも無抵抗の恢飢を倒してしまった事による消化不良で後悔してしまうと僕は思うよ。人間が持っている最大級の罪は、後悔する事。僕はそれを胸に秘めて今まで生きてきた。だから、これからも後悔する人生だけは歩みたくないんだよ。君の指示であろうとなかろうと、僕の内側から発生される欲求を止めるのは不可能だ」
いつだってそうだった。寺田は自分に嘘をつかず、自分の意志を信じて生きてきたのだ。その結果、人々から邪道扱いされても後悔など全く無い。むしろ自分に誇りを感じて仕方が無かった。世の中のルールに縛られて生きている人間とは違い、自分は直感的な判断を信じて生きているのだと。その自負があるから、絶対的な自信に満ち溢れているのだ。今回だってそうだ。オオカミに変身する前を狙って強襲するのは寺田の意志に反している。ミニミ軽機関銃をこよなく愛しているからこそ、卑怯な戦い方で勝利を収めたくない。あくまでも堂々と正面から敵と向き合い、互いの全力を出し切った上で勝利を掴む。それが祓魔師、寺田誠の流儀だった。寺田はいつものように笑っておらず、真剣な眼差しで雨野菜摘を見ていた。それだけ自分の意志が曲げられるのは極端に嫌っている証拠だ。すると寺田の考え方が通じたのか、彼女は察した表情になって小刻みに頷いていた。
「分かりました。社長は昔からフェアプレー精神を持って戦いに挑んでいましたね。その結果、無様な敗退を喫する場面もありましたが、社長は自分の考え方を曲げずにいました。そんな社長だからこそ、これまでの倒産危機を乗り越えられたのだと思います」
絶対の信頼を置いている雨野にここまで言われると、寺田自身も嬉しくて仕方が無い。先程の真面目な表情とはうって変わり、いつものヘラヘラとした顔になって頭をポリポリと掻きながら彼女の期待に応えようとするのだった。しかし、こういう時に限ってくだらない話しを長々としてしまうのが寺田誠の性格である。
「なーに、そんな事は当たり前じゃないか。僕の考え方は常に正しい方向に向かってると決まっているのさ。どうやら神様は僕という天才に才能を与えすぎたようだね。ルックス、知能指数、話術、エロス……全てを超越した僕に勝てぬ者などいない! というわけで、僕は真夜中になるまで待つとするよ。そのウルフとやらが満月に向かって吠える瞬間、ミニミ軽機関銃の芸術的弾幕音が、静かな夜を切り裂くからね。期待して待っているが良い。ハハハハハ!」
顔も平凡、成績は中の下、長々しい口調で愛想をつかれ、魅力の欠片も見られない眼鏡男子の高笑いは屋上全体に響き渡っていた。寺田誠自身は知らないだろうが、彼の持ち味なんて大きい声ぐらいである。ようは普通の人間なのだ。それが勘違いして自分こそが最強の弾幕使いだと言い張るのだから周りも困っているのだった。




