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011  実質的ボス


 寺田は背中に背負っているミニミ軽機関銃の重量感に芸術的センスを感じながら、仕事について秘書と話しをしていた。どうやら今日の依頼は一つに止まらず、もう一件あるらしい。寺田はそれを聞いて名誉挽回とばかりに激しい興奮を感じるのだった。先程は無様にもミッション失敗に終わり、社長としての仕事を何一つ果たせなかった。これ以上の醜態を晒すと組織全体の雰囲気が悪くなってしまう恐れもあった。故に寺田は意気揚々とした様子で張り切っていたのだ。いつもハイテンションでお喋りをしている寺田なので、いつもと同じだと言えば同じかもしれないが。とにかく彼はリベンジに燃えていたのだ。次こそしくじらないためにも秘書の話しに耳を澄まし、依頼内容を一から十まで脳裏に叩き込む必要があった。故に寺田は雨野の口元に近づいて聞き漏らさない気満々である。口元で近づいていると、彼女の吐息が耳を刺激して何やら心地よい気分になっているのだが、それは秘密である。


「社長、少々接近し過ぎだと思うのですが」


 案の定、雨野は目を細めて汚物を見るような目で此方を見ていた。しかし、この鋭い目つきですら全身をゾクゾクとさせて寺田の身に革命レヴォリューションが起きていたのだ。彼女に接近しているだけで、ランチタイム特有の優雅な音楽が脳裏に鳴り響いている。彼女の怒っている様すら、今の寺田にはカンフル剤になったいたのだ。ようするに寺田は次のミッションに絶対的自信があるという事だ。いつもと違う感覚に胸を躍らせているのも、名誉挽回のチャンスがあるからだ。それこそ彼女の前で手柄を取らないと秘書が辞表を提出する最悪の結末が待っている事も考えられる。ここは穏便に事を済ませようと考えた寺田は、両手を上げて降伏のポーズをしながら弾幕トークを展開するのだった。


「おーけい、おーけい。雨野君の言っている言葉は概ね理解出来るよ。僕と君が接近し過ぎているというのだろう。確かにそうだね、人間は無意識の内に自分のテリトリーを造っている。そのテリトリーを浸食されるのは良い気分がしないって訳だ……君の考えている事なんて全てお見通しだよ。いつも絶妙な距離感を抱いて僕達は仕事をしているからね。そう、仕事だからこそ接近されるのは嫌いなんだ。こうして眼鏡を外して本来の僕でいたら、近づくのも許してくれるかな?」


 寺田は眼鏡を外してケースにしまった。そして困惑した表情を見せている雨野菜摘に向かって再度接近したのだ。これには彼女も面喰った様子である。目をパチパチと開けながら呆然としている。寺田は一種の手応えを感じていたのだ。自分ぐらいの魅力的な男性が眼鏡を外して近づいてきたら、どんな女もイチコロ。その自負があったからこそ行動に移せた。寺田は「ムフフ」と笑いながら自信満々な様子で彼女の口元に耳をくっつけた。その瞬間だった。雨野は右手に持っているファイルを上空に掲げたと思うと、そのまま寺田の頭上に落下させたのだ。寺田はたちまち、本日二度目となる衝撃を喰らって頭を抱えながら身悶えする。芋虫のように蹲ってゴロゴロと回転しながら、「オーノー!」と喚き散らす。横目でチラリと彼女を見ると、穏やかな表情でニコリと笑っているではないか。ああいう時は本気で怒っているのを長年の付き合いで知っていた。


「今後、不純な行動は遠慮して頂けますか。集中力が散って仕事になりませんので」


 秘書の仕事をしている時、雨野菜摘はプロフェッショナルに撤している。日常生活の雨野は「良く噛んで御飯を食べなさい!」というぐらいの熱血女子なのだが、いざ仕事になると人が変わったかのように冷静な口調になるのだ。これはきっとオンとオフを分けて使っているのだろう。最近の彼女はオンの姿ばかりなので寺田も間違った対応をしてしまったのだ。寺田自身はオンとオフの概念など存在しない。朝起きた時からハイテンションになって「ガハハ!」と笑い、布団を蹴飛ばしてカーテンを開けて深呼吸をする男なのだ。そんな男が、女の考えている事が分からないのも当然である。寺田は頭を抱えながら起き上がって、彼女に向かって詫びの言葉を入れるしかなかった。


「ああすまない。どうやら君を誤解していたようだ。君みたいに優秀で仕事を優先的に考える人に、僕のテクニックが通用する筈も無かったね。いやー失敬失敬。僕とした事が判断ミスをしてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。人は僕の事を反省もロクにしないクソ野郎だと判断しているらしいけど、この通り全身全霊をかけて反省中だ。十年以上も交友関係を続けている君ならば分かってくれるよね?」

「そうですね社長。私も十分理解致しましたので……さっさと行儀の良い犬みたいに座って、お口にチャックして下さい。これ以上無駄口を叩きますと、私の頭から鬼の角が生えてしまいますよ」


 言葉の中では、いつもの彼女が見え隠れをしていた。寺田自身も実質的ナンバーワンである雨野菜摘の指示には逆らえないのだ。寺田は恐怖に顔をひきつらせながら正座をして彼女の言葉に耳を傾けようとするのだった。



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