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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第一話 少女の見た世界
6/116

05




 アリスに貰った情報を整理しながら少年達を探していれば、少女を置いて来た場所で漸く発見した。


「回復が遅い……というわけでもないのかな」


 星の輝きと1人の少年の持ったライトに照らされた少女は、僕が放置していった時と同じく僕が巻いた包帯―――彼女の血に染まった血染めの眼帯―――姿で仰向けに倒れたまま、一切の抵抗なく、少年達に初期装備を……服を脱がされそうになっている所だった。襲われていると言った方が正しいか。


 少年達の下卑た笑い声と、対照的に小さくうぅと呻く少女の声が聞こえてくる。だが、少女の反応といえば、それだけだった。抵抗らしき抵抗を示す事なく、さながら人形のようにされるがままに服に手を掛けられていた。


「抵抗しないとかつまんねー。NPCの方が面白かったっての」


「いいじゃん楽で。どうせやる事かわんねーんだし」


「んだよ。マグロ相手にしてもつまんねーよ」


「にやにやして言ってんじゃねぇよ」


「あ、わかる?」


 3人の内2人が彼女の服を脱がしながらそんな事を口にしていた。残る1人は照明係。彼女の腕を足で踏みつけながら、2人の作業を支援するようにライトで少女の姿を照らしていた。時折その照明がずれるのは、片足を彼女の腕に置いているから、などではない。その少年もまた興奮しているからだろう。


 そんな光景を遠目に見ながら、少しずつ音を立てずに近づいて行く。


 その合間にも少年達の作業が進む。上着を脱がされ、次いで野暮ったいジーンズを脱がされ下着姿へと。女性らしさを感じない起伏のない躰のように見えた。しかし、それが少年達には嬉しいのか、楽しいのか、猛るように声を掛け合っていた。


 それでも尚、少女は何も言わない。何もしない。


 違和感を覚える。


 僕を襲って来た時の彼女と全くもって違う。意識が無いのならば分かる。HPが回復していないのならば分かる。少年達に襲われ怪我をしているのならば分かる。しかし、そうではない。ライトに照らされた肌は傷一つ無く、うめき声から意識がある事も分かる。彼女が、ゲーム的な意味で正常ではない理由を探す方が難しい。


 殺す意志を持って襲って来た少女の姿。その記憶と照合をするまでもなく、あの時見た少女とは全く一致しなかった。別人のようにさえ思えるほどだった。それぐらい、彼女は大人しかった。


 恐怖に怯えて?いいや、そんな馬鹿な事があるものか。


「ごかいちょ~!しっかりこの辺も作り込まれてるのがすげぇよなぁ」


「ほんとほんと」


 いつの間にか下着を脱がし、楽しそうに彼女の足を開いて笑い合っている少年達と対象的に僕は酷く不愉快だった。これから行われる事に対してではない。彼女が彼らを殺そうとしない事に酷く腹が立っていた。抵抗する事もなく、ただただ状況が推移して行くのを待ち望んでいるかのように。最終的に殺される事を是とするかのように。


 ぎり、と歯が鳴った。


 あんなにも綺麗に人を切る事の出来る少女が、こんな性も無い少年達に犯され、殺されてしまうのは許し難い。


 憎悪すら覚える。


 だから、遠慮なしに。


「眼帯プレイとか趣味じゃないんで、こっちも外そうぜ」


「なんだよ、それがいいんじゃねぇの?ドSの癖に」


 本当の意味で遠慮なく、攻撃力の弱いソレではなく、先程コンビニで買ったばかりの弾丸をマガジンに装填し、スライドを引き、彼らの付けた照明を頼りに照準を合わせ、引き金を絞った。


 どすん、と闇世に轟音が産まれ、眼前にマズルフラッシュが煌めいた。


 そして次の瞬間、彼女の眼帯に手を掛けていた少年の額にそれがめり込み、首ががくんと後ろに、そして倒れた。そして、それに引き摺られるようにして、彼女の眼帯が外れる。


「だ、誰だ!ちくしょうっ!どっからだよ!卑怯だぞ姿を隠しやがって」


 騒いだのはもう一人の男だった。体育会系のリーダー格の男。その男は咄嗟に足元に置いていた鎌を手に、立ち上がって周囲を見渡す。


 そんな風に猛る少年の横で、倒れた少年が、額を押さえながら身体を起こすのが見えた。ヘッドショットだからと言って、当然、即死を期待してはいない。だが、十分にダメージは通っている。NEROが言った事は事実だった。僕と同レベル帯。だったら、彼らに見つけられる前に再度遠慮なく引き金を絞ろうとした僕の耳に、沈黙を守っていた少女の声が響き渡った。


「あ……あぁ……ああああっ!」


 絶叫。


 闇夜に響き渡る甲高い声。


 今の今まで一切抵抗を見せなかった少女が、突然暴れ出し、彼女の腕を押さえつけていた少年の足が振り払われ、照明がからん、と地に落ちる。同時に少年が倒れた。


「うるせぇ!大人しくしてろよっ」


 リーダー格の男が咄嗟に彼女の上に覆いかぶさり、組み伏せる。瞬間、その男から逃れるように、少女が肩を、頭を動かした。


 漸く抵抗の意志を露わにした彼女に安堵し、そしてその男の行動に苦笑する。度し難い程馬鹿な行動だった。狙ってくれと言っているようなものだった。


「彼女の目にはどう世界が映っているのか、やはり気になる」


 呟き、彼女を組み伏せている男の背を狙う。油断し過ぎだ少年。


 どすん、と轟音とマズルフラッシュを煌めかせて再びCz75から弾丸が射出されて少年の背中を穿つ。瞬間、力の均衡がくずれ、少女が男の下から這い出た。同時に僕はその場から移動する。移動しながらも彼女の動向に目を向けていれば、逃げる事なくその場に蹲り、両手で目を押さえた。


 見たくない、と。


 この世界を見たくない、と。


 だが、そんな状況が続くはずもない。照明を扱っていた少年が、持っていたサブマシンガンで少女を殴りとばす。


「かはっ!」


 無防備な横面へ放たれたそれは、彼女の小さな体をとばし、瓦礫の山の斜面へと。がらり、と瓦礫が崩れ落ち、彼女の皮膚を傷付ける。


「いてぇ……くそっ。美人局って奴かよ!むかつく。絶対殺してやる。ほら、お前らさっさと探しに行けよ」


 撃たれた背を気にしながら、リーダー格の男が偉そうにそう口にした。全く頓珍漢な台詞だった。


「うるせぇ、言われなくてもやるっての。ちゃんと見てろよ?」


 サブマシンガンで彼女を叩いた男がこれもまた偉そうにリーダーに声を掛け、動き出す。


「えらそうにリーダー気取ってんじゃねぇよ。分かってるっての……イテぇ……なぶり殺しにしてやるよ。女の方もゆるさねぇ三日三晩犯してやる」


 言い様、回復薬を使ったのだろう。頭蓋を撃たれた少年がようやっと額から手を離し、立ち上がって同じくサブマシンガンを持って先を行く少年を追う。


 何とも馬鹿馬鹿しい勘違いをしながら少年達が、先程僕が銃を放った方へと向かう。直情的で思慮が浅い。同じ場所から2発放たれたからまだその場にいるとでも思うのだろうか。所詮、NPCばかりを殺している奴らだった……こんな稚拙な行動ばかりしているようではやはり期待できない。彼女に加担して正解だった。


 殴り飛ばされた彼女は、瓦礫の山の麓で裸のまま仰向けになって倒れていた。そこに向かって移動しながら、彼女の様子に目を向ける。


 死んでいるわけでもない。目を見開き、天上に輝く星々を見つめながら、何を思っているのか、何も思っていないのか。身動き一つなく、その場で倒れたままだった。


 鎌を持った男が彼女へと向かい、それとは反対側から僕が瓦礫の山に、彼女に近づいた、その瞬間だった。


「あは……汚い。こんな汚い世界、私に見せるなっ!」


 天に唾を吐いた。


「醜い。汚い。気持ち悪い。吐き気がする。壊さないと。全部殺してしまわないと。こんな世界。こんな汚い世界なんて……どれもこれも悪魔の中身みたいな世界なんて消えてなくなれば良い」


 言って、跳ねるように彼女が立ち上がった。


 そこに居たのは、昼間の彼女だった。


 狂気に満ちた表情、狂気に満ちたインサニティアイズ。星に照らされる彼女の裸身が、酷く綺麗だと思った。


「あぁ……それだよ、それ」


 自然、そう呟いていた。


 背筋に走る寒気が心地良い。


「な、なんだてめぇ、いきなり」


「汚物が喋るな。化物が喋るな……あぁ、そうだ。これが化物だ。昼間のあの人には失礼な事した。あの人こそが……本物の人間なのかな?聞いていたのと一致するし」


 自分の手の平をまじまじと見つめながら、そんな事を少女が言う。


 言葉の意味が理解できなかった。


 だから、問う。


「君には何が見えているんだい?」


 瓦礫の頂上に立ち、彼女と、そして鎌を持った人間を見下ろしながら、そう問うた。


「あぁ、昼間の。お兄さん、あるいはお姉さんかな?貴方が人間なんだね。やっぱり、貴方みたいなのが人間なんだね。2本足で立って、2本の手があって、身体はそんな感じで、そんな風に目が2つ付いていて、鼻や口がそういう風についている。それが人間なんだよね。……ちょっと気が狂っていて判断がつかなかったんだ。こんな肉塊と一緒にしてごめん。……ねぇ、お姉さん。終わったらちょっと時間貰えない?」


 自然、口元に笑みが浮かびあがった。彼女が見ていた光景、その一端を知ったような気がした。少女には僕が『人間』だと分からなかったのだ。いや、そもそも『人間』を理解できていなかったのだ。


「こっちこそ、聞きたい事は山ほどあるんでね。喜んで。あと、僕はお兄さんの方だ……『男』だよ」


「そっか、お兄さんみたいなのが『男』か。またまたごめんね。じゃ、この汚物を殺した後で」


「てめぇら!生きて帰れると思ってんのかよ!」


 そんな少年の言葉に苦笑する。一体全体、どこに帰るというのだ。


「化物が……人間の言葉を喋るな!」


 昼間と同じ言葉が少年に向かって投げられた。次の瞬間、小さな少女が地面を駆けて行く。


 早い。


 AGI+STRの二極。VITを一切上げる事なく、ただ殺すためだけに特化した気の狂ったステ振り。少年達には決してできる事のないそのパラメータ設定。そしてそれが故に、少年は彼女を見失った。


「援護ぐらいはしておこうかね……さっさと話をしたい。いや……さっさと彼女が殺す姿が見たい」


 瓦礫の山の上からCz75の引き金を絞る。身動きが取れないように、少年の周りを穿つ。一発、二発。その音に背に刻まれた痛みを思い出したのだろう、うろたえる少年が酷く滑稽だった。


 そして、そちらに注視してしまえば、当然、隙が産まれる。


「良い物持っているね、化物の癖に。いや、化物だからかな?ねぇ、それ……頂戴」


 言い様、少年の足に少女が蹴りを入れ、痛みに緩んだ手から、鎌を奪い取る。


 奪い取った瞬間、すん、とサイスが弧を描く。


 まるで、天上に輝く、三日月を描くように。軽々と、少女はそれを振るった。さながら、産まれた時からそれを扱っていたかのような気軽さで。


 その動きがとても綺麗で、つい見惚れてしまった。


 そして、その動きが作り出したものを見て、滾った。


「見事だ」


 その一撃で少年の膝から下が立ち切れた。


 どすんという鈍い音と共に少年の膝から上が地面に落ち、少年が苦悶を浮かべどたばたと醜く、それこそ蟲のように地上を転がる。


「お兄さん、折角だからパーティ申請お願い」


「経験値泥棒になるな」


「昼間の借りを返すよ」


 脱退を忘れていたなめなし君、もといNEROのPTから脱退し、新たにPTを作り彼女にパーティ申請を送る。『 GOTHIC がパーティに参加しました』。そんなテロップが視界に映ったと同時に、彼女の身の丈ほどある鎌が再び弧を描き、少年の……先程から呻き続けている少年の首を拾い上げるように、刈り取った。


 まさに、死神の如く。


 ごろり、と苦悶を浮かべたままの少年の顔が地に落ちた。


「一気に70%とは……相手のレベルもあったのかな」


「共闘ボーナスって奴じゃないの?……さ、あと二人いたよね。一緒に、殺そう?」


 小さな少女が可愛らしくそう、告げた。


「君が殺した方が綺麗なんだがね……」


「何それ。貴方……えっと、シズは頭おかしいんじゃない?」


「君の目程じゃないよ、GOTHIC」


「同じぐらいだと思うけれど……」


 他愛のない言葉を繰り返しながら、離れて行った少年達を追った。


 追って、追い詰めれば、『NPCを、プレイヤーを犯したからって、殺したからって何が悪いんだよ!所詮ゲームだろ!』そんな台詞と共に僕達を襲って来た。もっとも、それもすぐに終わった。有限な彼らの弾丸が切れたのだ。そして、助けてくれと泣きわめく少年達の口に銃口を差し込み、死ぬまで引き金を絞り続けた。


 何とも汚らしい最後だった。


 初めて自分で作ったソレを見ながら、思う。


 やっぱり、こんな死体を作り出す僕なんかより、彼女が殺した方が良かった、と。






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