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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第七話 春の終わり
54/116

01:プロローグ

1.






 体が熱い。


 喉が焼けるように熱い。


 緊張が原因だろうか。きっとそうなのだろう。眼下に並ぶ異形達。仲魔達の姿を眺めながら今まさに発しようとする言葉の重さに自分は耐えきれるのか?きっと臆病者の俺には耐えられないだろう。けれど、それでも尚、俺はその言葉を発す。死んでいった仲魔達の事を想い、これから死んでいく仲魔達の事を思いながら。


「告げる」


 城を背に、仲魔達を前に、俺の声が、緊張に震えた声が伝播していく。


 情けなさすら感じるその音に、しかし、ざわついていた仲魔達がなきごえを潜め、そして期待に溢れた表情を浮かべながら俺を見上げた。


 気の良い奴らだ。姿形だけを見れば奇怪な形状の者も大量にいるが、人間なんかとは違って素直な奴らだ。そんな彼らを愛しいと思う。人間なんかより、彼らの方がどれほど人間らしいだろう。


 仲魔の一人一人に目を向ける。皆が皆、力強い瞳をしていた。これから俺が口にする言葉への期待と、自分達ならやれる、大丈夫だ、任せておけという強い意志。


 ぶるりと体が震える。


 武者震いだった。


 そんな彼らの期待に応えるように、口角をあげる。


 巧く笑えただろうか。


 そんな心配と共に口を開く。


「ここからだ。ここから始めよう。この大地をお前達の同胞で埋め尽くそう。人間という人間を蹂躙し、お前達の世界を作り上げよう。プレイヤー、NPCの区別なく皆殺しにしてやろう。そして、お前達の楽園を、悪魔達の王国をこの地に作り上げよう。さぁ、ここからだ。ここがスタートだ。列島を埋め尽くせ!」


 雄叫びのような仲魔達の声が、あちらこちらからと響いてくる。


 その熱に侵されるように心が逸る。


 これからだ。


 ここからだ。


 雪の降る大地を埋め尽す千の仲魔達。


 仲魔達で作られたレギオン。


 北海道全域に出現する悪魔のレベルをあげ、仲魔を使い捨て、新たな仲魔を加え、スキルレベルをあげる。時折北海道に訪れるプレイヤーを殺し、レベルをあげ自分達の強さを認識する。狂ったように同じ事を繰り返した。その過程、悪魔を従えるスキルを持つ悪魔を仲魔にできた。御蔭で俺の仲魔枠の殆どはそのスキルを持つ仲魔で埋まっている。現在のスキルレベルでは仲魔にできるのが30体。その内実に28がそのスキルの持ち主だった。特にレベルの高い仲魔を幹部とし、その配下に同じ様にそのスキルを持つ者達を部隊長として配置し、さらにスキル無しの実働部隊を置いた。ネズミ算方式といえば分かりが良いだろう。彼らと出会わなければここまで仲魔を増やす事はできなかったに違いない。


 何匹もの仲魔を使い捨て、組み換え、レベルの高い者達だけで枠を埋めて行く。幾度となくそれを繰り返して漸くこれだけの仲魔が集まった。


 仲魔達で作り出された一軍レギオン


 仲間の数は十分。彼らの装備も十分。資金も良好。


 なれば、もうやることは一つだ。


 行こう。


 千の仲魔を連れて本土へと戻ろう。


 今こそ。


「俺はこの世界の王となる」


 悪魔達の王に。


 悪魔達が統べるせかいの王に。


 そして帰ろう。


 こんな狂った世界から現実へと帰ろう。


 幹部達に引き連れられるように、仲魔達が四方へと散って行く。空を行く者達、陸を行く者達。あるいは海上を行く者達。朗報を期待しながらそれを見送る。


 そして、彼らの姿が見えなくなった頃、この場に残った者達に目を向ける。


 残ったのは城の防衛のための一軍と、そして俺直属の仲魔が3名のみ。その内の一人へと声を掛ける。


「デュラハン、準備は?」


「既に…………ところで主様。名前間違えていますわ。いい加減間違えないでくださいまし」


 問い掛けに帰って来たのはそんな空気を読まない台詞だった。御蔭で少し気が抜けてしまった。


「あぁ、すまない。ニア」


 軽く謝りながら彼女の姿に目を向ける。


 妖精女王、ティター二ア……いや、女王となる前に首を狩り取られデュラハンとなった彼女の事だ。妖精姫プリンセンスティターニアとでも呼ぶべきだろう。


 城を落としてから暫く経って彼女は本当の姿とやらで現れた。特にイベントがあったわけでもなく、気付いたら城に現れた。俺のレベルなのか時間経過なのかは分からないが、兎に角気付いたら城にいた。あの調子なら何かクエストでもこなさないと仲魔にならないような感じだったけれどそれも無かった……。


 彼女の姿を一言で表すならば青白い幽霊だった。背に大きな妖精の羽を携えふわふわと浮かぶ姿は確かに世間が思い浮かべるティターニア像に合致しているが、どこからどうみても侍というか、武将というか……そんな出で立ちだった。少し軽装な甲冑に具足、そして袴。兜はなく、変わりと言っては何だが眼帯をつけていた。目は相変わらず見えない……わけではなく、目が無いので眼帯をつけているらしい。目が無くても見えるというのは心底不思議だったが、悪魔ですから、と彼女自身に言われて納得した。これで更に薙刀でも持っていれば巴御前の幽霊と言われた方が納得できる。まぁ、現在彼女が装備している刀でも十分そうとしか見えないが……。ちなみになぜそんな和装なのかと問えば、デュラハン時代の鎧は奪われたから、とかだった。大した理由じゃないのだなと笑ったのを覚えている。なお、下手人はすぐそこにいたが知らんぷりをしていた。


 そんな風に変わった彼女とは違い、彼女の旦那は相変わらず首だった。つまり、片手に目を紐で縫われた顔を持ち、もう片方の手に刀を持つ和装の幽霊が彼女、ティター二アである。


 再三だが、まったくティター二アっぽくはない。日本由来の怨霊の類としか思えない。髪の色---赤毛―――が精々洋風なぐらいだ。


 そんな彼女のレベルは40。現在存在する仲魔の内では2番目にレベルが高い。元々は城主であった事を考えると当然なのかもしれないが、それにしても高いと思う。


 そして彼女こそが、俺が最初に仲魔にした悪魔を従える事の出来るスキルを持った者だった。元姫様としての気質がそうさせるのだろう。彼女が戦闘中傍にいるだけで悪魔の側から彼女に付き従おうとしてくる。俺の直属の仲魔達もその殆どが彼女の御蔭で仲魔になった者達だった。俺より彼女の方に従っているのではないだろうか?と思わなくもない。ともあれ、今の彼女の立場は仲魔達の統括役といった所。実働の長はまた別にいるが、仲魔の管理権限は彼女にあるといっても過言ではない。


「頼んだぞ、ニア」


「お任せあれ、主様」


 言って彼女が恭しく頭を垂れる。


 そんな彼女の主である俺といえば、現在レベル36である。彼女達に比べればまだ低いがプレイヤーとしては高い方だろう。これは都市の悪魔のレベルをあげた結果であり、そこに訪れた人間プレイヤーを殺した結果でもあった。自分で殺した数、仲魔達が殺した人間プレイヤーの数。そのトータルはでかでかとランキングに記載されているので分かるが、自分自身で殺した数はもう覚えていなかった。人間は慣れる生物だけれど、こんな事にも慣れるのだなと思った。そして慣れてしまえば人間プレイヤーを殺す事に何の忌避感もなくなっていた。悪魔を憐れむ者はいずれ悪魔になる。その言葉は真実なのだろう、そう思う。


「ニア。準備が整っているのでしたら、そろそろ参りましょう」


 ニアが頭を上げたと同時に声が掛った。


 鈴が鳴ったような玲瓏とした声だった。夏の夜に月明かりの下、日本庭園を眺めながら聞けばさぞ風流だろう。もっとも、声の主の属性は夏ではなく冬に違いないが。


 声の主の正体は、振り返るまでも無く、ニアの上司であり、レギオンの長であり、仲魔の中で1番レベルの高い彼女---キリエだ。


 現在のレベルは41。出会った時からレベルの上がりが早い奴だったけれど、相変わらず早かった。ほぼ同じぐらい悪魔や人間プレイヤーを殺しているのにこの差である。経験値上昇スキルでも持っているのかと疑いたくなる。


 そして、こちらも相変わらずといって良いだろう。キリエはニアがデュラハン時代に装備していた巨大な剣や甲冑を装備している。今のところ一番質が良いのがそれだった。以前との違いといえば、甲冑の右腕の部分だけは取り外されており、彼女の骨が露出している事ぐらいだ。聞けばいつでも青い炎が出せるようにとのことだった。戦闘を有利に運ぶための判断だろうが、軽くホラーである。


「えぇ。キリエ様。参りましょう。急いて参りましょう。ほら、主様も行きましょう」


「あ、あぁ」


 先頭にキリエ、その後をふわふわと宙を舞いながら進むニア。


 それに続こうとする俺の足を止めたのは、


「アキラ様……いってらっしゃいませ」


 リディスの声だった。


 とても儚く、小さな声だった。


 バイザーを付けた愛しい天使。いつまでも一緒にいたいと願った彼女の声。それが今ではまるで衰えたかのように弱々しかった。かつての彼女の毒舌など見る影もない。


 彼女の様子を見るに俺に対して声を掛けるのも迷っていた様子だった。


「ついて来ても良いんだぞ?」


 俺は彼女にも一緒に来て欲しいと思っている。これから行う侵略を俺の隣で見ていて欲しい。そう願っている。


 けれど、彼女は前線へ出る事を自ら辞退した。


「いえ……もう私ではお邪魔にしかなりませんから……」


 頭を垂れるように俯き加減にそう告げる。


 そんな彼女の姿を見ると、胸が苦しい。その原因は俺にある事が分かっているから尚更だった。


 今の仲魔達の平均レベルが30中盤である事を思えば確かにリディスのレベルは相対的に低い。それでも彼女のレベルは27だ。彼女以上のレベルの人間プレイヤーはそうはいない。人間プレイヤー相手ならば彼女だって十二分に活躍できる。事実、今から向かうのは人間プレイヤーのいる場所だ。彼女が役に立たないわけがない。


 けれど、彼女はそれを是としない。


 リディスがそういう事を言い始めたのは今回が初めてではなかった。


 確かに城を手に入れた日、彼女は自分の事を指して役に立たなくなるとは言ったけれど、それでもその時は俺の言葉に頷いてくれた。自分の事を邪魔者とまで言う事はなかった。彼女が最初に自分の事を『邪魔者』であると明確に口にしたのは、俺が彼女のレベルを超えた時だった。漸くリディスと並んだ事に喜んでいた俺に彼女は改めて言った。


 悪魔は使い捨てるものである、と。


 自分はもはや邪魔者である、と。


 だから、相対的にレベルの低くなった自分を捨てて欲しい、そう彼女は言った。俺がこの世界をクリアするために自分を礎にして先に行って欲しいと何度もそんな事を言った。けれど、俺は以前誓ったように彼女を使い捨てる気はなかった。彼女がそう言おうと、どう言おうと俺は彼女を捨てる気はない。彼女自身がその身を呪った所で彼女が俺の傍を離れる事を認めたりはしない。


 けれど、だからこそ、彼女は苦しんでいるのだ。俺が彼女を捨ててしまえば彼女は楽になれるだろう。その背に生えた翼で自由に飛んで行けるだろう。彼女のためを思えば切り捨てる事こそが唯一の選択肢なのだろう。でも、そんなのは嫌だった。それはきっと俺の我儘でしかない。けれど……それでも尚、俺は彼女に傍に居て欲しいと、そう願う。


 たとえ仲魔達の管理を担っているティターニアが邪魔だと言おうと、レギオンの長であるキリエが蟲を見るように彼女を見ていたとしても、俺はリディスだけは直属の仲魔から外さなかった。リディスを切り捨てればそれで100、200の仲魔が増えるとしても、それだけは認めなかった。俺と彼女のレベル差が開けば開くほど、他の仲魔達はリディスを邪魔者扱いし、彼女は鬱屈とした思いを抱いて行く。もはや俺には仲魔達も彼女も止める事はできない。


 例えば俺がこの世界ゲームのクリアを諦めれば話は別だろう。どこか山奥の静かなロッジで彼女と2人過ごす事を認められるのならば話は別だ。レベルを上げる事もなく、ただただ日々を過ごす。俺がそういう日常を求めたならば、彼女はそんな鬱屈とした思いを抱く事はなかっただろう。2人で川に行って魚を捕まえ、それをロッジで2人並んで調理して食事をして2人で眠りにつく。そんな日常を求めたのならば……。そんな日常では悪魔として役に立たないと嘆くかもしれないが、それでも、今みたいな思いを抱く事はなかっただろう。


 けれど、それはあり得ない未来だった。


 俺はこのゲームをクリアして、現実へと還る。


 今まで俺の所為で死んでいった仲魔達のためにも俺は止まるわけにはいかない。俺自身、止まる気もない。そして彼女もまた俺が止まる事を望まない。


 だから、結局、平行線。


 俺と彼女は平行線を辿り続ける。


 いつかその平行線が交わったら、そんな夢を抱く。


 決して叶わない夢は悪夢と呼ぶべきなのだろう。けれど、悪魔の王が見る夢は、総じて悪夢だろう。洒落が効いていて良いじゃないか。


「リディス。必ず帰って来る。だから、帰りを待っていろ。俺の城……いや、俺の家、お前に任せたぞ」


 城の防衛を担った仲魔の統括役として。彼女よりレベルの高い者達で構成されるその一軍。それを統括する事は彼女を更に傷付ける行為なのだろうけれど……


「言われずとも。私にはそれぐらいしかできませんから」


「卑屈だな」


「分を弁えていると言って欲しいですね。私なんかでは安心できないかもしれませんが……この場は守ってみせます」


 変わらず俯き加減のその言葉。弱々しく、たどたどしい声だった。


 でも、十分だ。今はそれで十分だ。


 言外に彼女は俺の帰りを待っていてくれると言っているのだから。俺が大事にしている家を守ってくれると言っているのだから。


 例え平行線だとしても……心が暖かくなる。


 絶対に生きて帰ってこようと思える。


「あぁ、頼んだぞ」


 そう言って、リディスに背を向け、俺は……俺達は城を後にした。






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