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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第六話 廃墟の国のアリス
51/116

08

8.






「折角だし、歩いて行きましょ」


 男達のアジトに行けば案の定、女の子達が捕えられていた。何人かいた見張りを縛り付けて、その子達を助けた。誰も彼もがくたびれており、生気が感じられなかった。どんな扱いを受けていたか何て考えなくても分かった。僕を見た瞬間、その子達が怯えた。そんな彼女たちの可哀そうな姿を見た雪奈は憤慨し、彼女達をギルドに迎えると言った。そして、今し方その子達をターミナルのある場所まで送って来た所だった。その子達が心配で、そのまま帰っても良かったのだが、NPCとはいえまた会うと約束したのだからと僕達はこの場に残った。そして、アリスさんに会ったら彼女達の事もあるのですぐに地元に帰ろうと考えていた。ただ、申し訳ないけれど、今の僕にとっては、アリスさんと会う事で雪奈が昔に戻ったみたいに笑えるのならば寧ろそちらの方が重要だと感じていた。彼女の心を守るためには必要なことだった。だから、隣町まで行こうとした。勿論、ターミナルで行こうとしたのだが、ターミナルを前にして雪奈がそんな事を言った。


「良いけど……結構遠いんじゃない?」


「何よネージュ。私と一緒にいたくないの?」


「いや、そういうわけじゃないんだけれど」


 その返答に雪奈が頬を膨らませた。こういう時、友人なら巧く答えるのだろうと現実の世界を思い出す。


 仲の良い友人達がいた。いつもみんなで行動していた。時折、キョウコさんや雪奈が参加する事はあったけれどそれでも彼らの方が一緒に行動していたと思う。これから先、一生、彼らとは友達なのだと思う。それぐらいに仲が良かった。


 ゲームが好きな奴もいれば、スポーツが好きな奴もいる。あるいは女の子と遊ぶのが好きな奴もいた。皆気の良い人達だった。もう会えないのだろうか?いいや、そうならないために僕達は集ったのだ。だから、諦めない。もう一度彼らと一緒に安穏と過ごしたい。その中にはキョウコさんや雪奈、イクスさんも当然入っている。


 外に出たら皆で旅行に行くのも良い。外に出る頃は桜の綺麗な季節だろうか?蝉が鳴く季節だろうか?紅葉の綺麗な頃合いだろうか?それとも深々と雪の降る季節だろうか。どんな季節でも良い。季節に応じた場所に旅行に行って、そこで皆と遊べば良いんだ。春は花見、夏は海やプールに、秋には皆で山に行くのも良い。そして冬には雪合戦とかどうだろう?帰ったら真っ先に皆の所に顔を出そう。そして、いつまで待たせるんだよ、なんて言って少し怒った顔を浮かべる彼らに、ごめんごめんと謝るんだ。そして、お互いに笑って、それから皆で遊びに行こう。


 そんな他愛の無い日常を思い浮かべる。


 無くして初めて気付くその尊さ。言葉の意味は知っていたけれど、今、まさに実感としてそれを理解した。


 怯えながら歩く事のない日々。


 戦わなければ生きていけない日々。


 そんな非日常を理解して漸く僕は現実の尊さを知った。そして現実に戻れば、今こんな体験をしている分、今までよりも優しくなれそうだった。


 世界はとっても綺麗で優しくて美しい。


 戻ったらそんな当たり前の事を誰かに伝えたい。そんな事を言うと友人達は笑うかもしれないけれど、そんな友人達にこそそれを伝えたかった。


 あぁ、そうだ。帰ったらカメラを買おう。カメラを持って綺麗な世界を撮りに行こう。愛すべき世界を小さな世界に収めて永遠にしてしまおう。一瞬の尊さを大事にしたい。


「僕、カメラマンになりたいかも」


 ふいに、そんな言葉が零れ、零れた言葉に自分ではっとした。そうだ。確かにそういう生き方も良いなと思った。成ろうと思って成れるかは分からない。けれど、成ろうと思わなければ成る事なんてできない。きっとそれはどんな職業だって同じだろう。思わなければ思いは叶わない。だから、そんな夢を叶えるように……いいや、夢は世界の皆に世界の素晴らしさを示す事だ。カメラマンになるのはその礎だ。そうだ。そうしよう。そうやって生きて行きたい、そう思った。


「私の事撮ってくれるの?」


 雪奈が隣から声を掛けて来る。


「えっ!?」


「えっ!?て何よ。えっ!?って。私これでもアイドル候補生なのよ?私の私生活写真なんてそのうちとーってもお高くなるのよ?プレミアものなんだからね?」


 僕の反応に大変、不満気だった。腰に手をあててむすーっとした表情を浮かべていた。


「あ、いや。そういう写真じゃなくてさ……風景を撮りたいなって」


「ふーん?女の子のいる風景?」


「違うって」


 僕は彼とは違う、と現実の友人を思い浮かべる。実家が金持ちで頭が良くて格好良いという神様が何分を与えたのか分からないぐらいの人だった。趣味、女の子とデートというのはちょっとどうかと思う。気の良い奴だというのは確かなのだけれども……。


 彼は今でも女の子達と一緒に遊び回っているのだろうか?どうだろう?それとも根は優しい奴だから僕達の事を心配してくれているかもしれない。それだったら嬉しいけれど申し訳なくもあった。


 そんな風に彼の事を考えていればふいに雪奈が思い出したかのように僕に言った。


「そういえば、クラスに―――っていたじゃない?」


「え……えっと?」


 ふいに名前を言われた所為で聞き逃してしまった。きっとそうなのだ。僕は今考え事をしていたから彼女の言った事を聞き逃した―――だけだと思った。


「---よ。―――」


「あ……あぁ、ゲーム好きの」


 一瞬、誰の事か分からなかった。


「そうそう。あいつあいつ」


 続けて話す雪奈の声を聞き流しながら、僕は愕然としているのを顔に出さないように必死に取り繕っていた。


 友人の名前が分からなかった。


 一瞬、本当に誰の事を言っているのか分からなかった。


 ぞっとする。


 つい先程思い浮かべていた彼の名前は……と考えて更にぞっとした。少しの時間で出てきたもののやはりラグがあった。


 身体に怖気に似た寒気が走った。


 このままずっとこの世界にいたら僕は皆の事を忘れてしまうのではないだろうか。再度、脳裏に友人たちの顔と名前を思い浮かべる。思い出せば思い出そうとする程に寒気が走る。浮かべたそれは映りの悪いモノクロ写真のようだった。そこに映る友人達の笑顔が酷くぼやけている。


 背筋に嫌な汗が伝ったような気がした。


 まだ、大丈夫。


 まだ、大丈夫だ。


 そうやって自分に言い聞かせる。けれど、ゲーム開始から数ヶ月。それでぼやけるなんてどうかしている。いいや、『数ヶ月』なんて曖昧な表現しかできない時点で本当にどうかしている。


 雪奈と同じく、イクスさんやキョウコさんと同じく、僕もまた……この世界に染まり始めている。世界がとても綺麗なものだと理解したのと同時に、僕は世界に染まってきているのだと理解してしまった。いいや、染まり始めるなんて自分への言い訳だ。自分が現実の世界を『失った物』と思っているという事は……染まりきったのと同じだ。


 いつか現実の事を思い出せない日が来るのだろうか。


 そんなわけがない。そんなわけがないと言い聞かせている自分がとっても滑稽だった。そんな滑稽な自分を、でも、笑えない。


 笑う気力すら沸かない。


 そうだ。城に帰ったら紙に書こう。


 忘れないように全部紙に書こう。毎日文字に記していくのだ。現実の世界で起きていた事全て、他愛もない事も他愛のある事も。友人達との想い出を、家族との想い出を。


 僕は、ううん。僕達は絶対に元の世界に帰るのだ。帰ってまた皆と一緒の時間を過ごすのだ。馬鹿みたいに騒いで、馬鹿みたいに遊んで、いやいやながらに試験勉強をする、そんな当たり前でつまらない、とても掛け替えの無い世界に戻るのだ。


 だから、それまで忘れないように記録に残しておこう。そして忘れないように毎日それを読み返そう。


 書けば安心できる。この緊張する日々に少しの安らぎをくれるんじゃないだろうか?


 けれど、この世界はとても残酷で、その安らぎを得るためには、安らぎの無い時間を過ごさないと許さない。そんな世界だった。


 目的の場所まであと1kmぐらいだろう。元より背の低い建物しかなかったのだろう。遠くまで見渡せる場所。アリスさんのコンビニの姿が微かに見えるような、そんな見覚えのある光景が視界に入って来た頃だった。


「お二方、戦闘準備を」


 先頭を歩いていたチェシャが神妙な声をあげる。


「っ……って何もいないじゃない?」


 咄嗟に僕も雪奈も拳銃を装備する。けれど、辺りを見ても誰もいない。人の気配はしない。相変わらずの荒廃した都市。人影なく、遠く空にはスカベンジャーが飛んでいるだけ。そろそろ夕日が落ちて世界が夜に変わるだろうけれど、ただそれだけだった。


 けれど。


 防御に特化した高レベル傭兵NPCがそう言うのだ。間違いではない。そんな無意味な動作をするようにNPCは作られてはいないはずだ。


 チェシャが背中に背負っていた身の丈程ある盾を前面に構え、僕達を背に庇うようにした。


 瞬間、チェシャの盾から金属音と巨大な火花が散る。ずり、とチェシャの足が地面を削りながら後退し、それに僕達はびくりと震えながらも前方を、弾丸が飛んできた方向に目を向ける。


「……あれは」


「あいつら!……ほら、ネージュ。やっぱりあいつら殺しておけば良かったじゃない」


「……」


 答えられなかった。


「一匹見たら何十匹って奴よね」


 前方、或いは左右。下卑た笑みを浮かべた男女がいた。総勢10数名。先日見たリーダー格の男の姿だけは見当たらなかったが、その代わりに高そうな装備に身を包んだ男女が増えていた。


「アジトの方にはいなかったという事?」


「なんか雰囲気自体が違うよね……」


 チェシャの陰に隠れて様子を伺う。先日私達を襲った人達は前面に、後ろに身なりの良い装備を着ている人達。そういう陣形なのだろうか。身なりの良い人達がさっさと行け!とばかりに、サブマシンガンの銃口で僕達を指し示していた。それに従うように彼らが動きだす。


 一日二日でレベルがどうなるわけじゃない。


 故に僕達の行動は先日と変わらない。チェシャを前面において僕達2人で遊撃。問題はそれを終えた後だ。未だ動かず緊張感もなく談笑している人達が僕には怖かった。


 どこの誰だろうか。


 間違いなく彼らとは違う人達だ。僕達が勧誘に失敗した彼らを仲間として取り入れたのだ。どうやって?少し疑問に思った。


 けれど、その疑問も長くは続かない。


「ネージュ、殺しはしないけど、手足の一本は仕方ないわよね?」


「今回は……捕えるのは難しい……よね」


「了解。チェシャ。聞いていたわよね。軒並み、ぶった切りなさい」


「承知」


 傷付けたくはない。けれど、傷付けずにはいられない。そんな世界が嫌いだった。けれど、それでもこれが今の僕達の現実だった。


 手に刀や剣、或いは鎖ガマや拳銃を持って男女が近づいてくる。先日会った時とは装備が一新していた。寧ろ、だからこそ、一度敗れた僕達相手に挑もうと思ったのだろう。


「お前らの所為でリーダーは死んだ。けどな。……感謝してるぜ!最高のギルドに出会わせてくれたんだからなっ」


 その証拠とばかりに雄叫びのように声をあげる。


 皆が皆、奇声をあげながら襲ってくる。正面から、右から左から。


 レベルとかそんな数値に関係なく、恐怖に尻ごみしそうになる。だが、そんな彼らの直接攻撃は全てチェシャが防いでくれる。正面から剣を持った男が迫って来て、それを横に薙ぐ。が、がきんと音を立ててチェシャの盾がそれを阻む。その接触音に安心を覚え恐怖を打ち消し、雪奈が左、僕が右に向かって拳銃を構え、迫りくる男女に向かって引き金を引いた。


 ぱん、という軽い音が二つ響き、


「っ!やろうっ」


 弾丸が太ももに当った男が痛みに顔を歪める。だが、彼らもそれで止まる事はない。痛みに耐えながらそのまま僕に向かってくるその男に、誘う様に数歩後退。


 逃げるような僕の動きが気に喰わなかったのだろう。男は刀をやたら滅多ら振り回しながら僕を追う。チェシャから離れるのは得策ではない。けれど、彼らのようなレベル帯なら僕でも何とかなる。チェシャの防御内から離れ―――僕と同じ様に雪奈も離れて女達の攻撃を避けていた―――、僕は持ち前の素早さでそれを避け、タイミングを見計らって蹴りを入れ、チェシャの下へとそいつを蹴飛ばす。


 本来の体格差であればそんな事できるはずもない。この世界がゲームだからこそ、成り立つ物理法則だ。


 地面を削りながら、地面に削られながらチェシャの下に滑って行った男に気付いたチェシャが盾で別の人間の攻撃を耐えながら、槍を片手に、倒れる男の足に突き刺し、次の瞬間、掬うように槍を持ちあげ、その足を切り飛ばした。


 瞬間、真っ赤な血を撒き散らしながら男の足が宙を舞う。


「あぁ…俺の、俺の足がぁっ!?」


 痛みに地面をのたうちまわる男の姿に一瞬目を向け---良かった生きている―――、そして今度は別の人間……拳銃を持って少し離れている男に目を向ける。


 引き攣った表情をしていた。


 足を切り飛ばすという行為。この世界ではそれでも回復するけれど、その視覚効果は普通の人にとって当たり前に恐ろしい事だった。そして、残念ながら何度もイクスさん達の処刑を見て来てプレイヤーの死体を見るのに慣れてしまった僕は、彼らと違ってそれに意識を持って行かれることはない。彼らのそんな隙を見逃すことはしない。


 悪魔との戦いで分かっている。意識を逸らした方が負けだと言う事を。一瞬たりとも気を抜いた方が負けだということを。


 その男に向かって走りながら、仮想ストレージから槍を取り出し、両手に構え、それに走っていた速度を合わせて男の腹に向かって振り抜き、殴りつける。


 くぐもった男の声と共に男もまた、飛んでいき、周囲の瓦礫に背を打ち、四肢から力が抜けたのが見えた。意識を失ったようだった。


 そして、今度は……と雪奈の方を見れば、先日と同じ様に襲って来た女の子達を足蹴にしていた。倒れた女の子達の腹を思いっきり足で踏みつけていた。踏みつけ、そして……刀を取り出し、その太もも辺りを横に切り裂き、歩けないようにしていた。全く躊躇の無いその行動に少し体が震える。


「ネージュ、終わった?」


「あ、うん」


 チェシャの方もどうやら終わったようだった。正直に言えば、彼のレベルであれば防御する必要なく、攻撃してきていた男の攻撃を鎧でそのまま受けながら攻撃に転じても勝てるのだ。実際、そうしたらしい。


「残ったのは……あそこのレベルが高そうな人達だけか」


「うん……強そうだよね。僕達で勝てるかな?」


「大丈夫よ。こっちには心強い傭兵がいるんだから」


 イクスさんのようなランカーでもない限り、Lv30台のNPCに勝てるようなプレイヤーがいるようには思えない。ただ、キョウコさんのようにカウントが隠されているような人がいれば話は別だ。だから、用心するのは忘れない。


 呻く男女を余所に武器を素早く拳銃に変更する。そうしている間にも控えていた彼らが動き始める。統制の取れた動きだった。距離にして30m。短いような近い様な距離だった。


 その距離から、牽制としてライフルを持った男がチェシャを狙う。武器自体の攻撃力だろう。盾に傷は入らなかったが、チェシャが最初の時と同じく後ずさった。一発、二発、三発と盾にライフル弾をぶつけながら他の男達が、女達が迫って来る。全員拳銃を手にしていた。銘は分からないが映画などで良く見る類の拳銃だった。こういう事ならイクスさんに拳銃の事をもっと詳しく聞いておけば良かった。銘が分かればダメージの推定もできるだろうか。


 その拳銃から、パンと軽い音と共に弾丸が射出される。


 十人弱から同時に。


 銃弾の雨。


 何度も、何度も。弾倉が無くなれば弾倉を取り換え、雨を途切れさせない。やはり、慣れていると感じた。彼らは多対多の人殺しに慣れているのだ。


 そして、その所為でチェシャの陰から出る事は出来なかった。


 出来ないならば、そこから攻撃する事を考えるのが当然であり、僕は仮想ストレージからサブマシンガンを手に取る。残弾数が心もとないけれど、そんな事を言っている場合じゃない。


 チェシャの陰から腕だけを出し、狙う事なく引き金を引き、横に薙ぐ。


 誰か1人にでも当たれば御の字だったが、しかし、その甲斐も無く、寧ろ僕の腕に痛みが走った。


「っ!」


 弾丸が手首を掠り、僕の手首から血が流れ始めた。危うくサブマシンガンを落とす所だった。痛みに耐えながら、急いでHPバーを確認したけれど1%にも満たないダメージだ。掠る程度でそれだったら直接当たってもそこまでのダメージにはならないだろう。そう考えて、だったら、と今度は体全体をチェシャから出して、目測で狙いを定めサブマシンガンの引き金を引く。


 秒間何発の弾丸が出ているのかなんて僕は知らないけれど、少なくとも彼らの攻撃速度よりも早いと思う。数で勝るサブマシンガンの弾丸が彼らの足元に向かう。地面を抉り、砂煙を作り上げ、彼らの足元に迫って行く。


 しかし、それを冷静に、慣れたように彼らは後退する。


 けれど、僕達も1人ではない。雪奈もまたサブマシンガンを手にチェシャの陰から現れ、彼らが後退した場所に向かって弾丸を射出する。


 パラパラと鳴る音と共にいくつかの痛みに耐える声が響いた。


「お二方、前へ出ます」


 チェシャの声に無言で頷き、少し後退する。


「ネージュ、ライフル使い狙って」


 同じく後退した雪奈がそう言ってぽいっとサブマシンガンを投げて来る。


「分かった」


 それを受け取り、両手にサブマシンガンを構えて言われるようにライフル使いに銃口を向ける。


 30m程離れている所為で、正直、この距離では当てる自信もなく、僕は素早さを利用して土煙に隠れながら彼らの後ろへとまわる。


 最も彼らとてそんな事は想定済みだったのだろう。


 走っていた僕の足元に向かって弾丸が撃ち込まれ、動きが止まった。


「ノンノン。そんなんじゃ、うちのギルドはやれないって」


 弾丸の雨を作っていた内の一人だった。格好良い感じの……どこかで見た事のあるゲームのキャラのような顔が指を目の前で揺らしながら、ちっちっちと口を鳴らす。気障だった。


「やる気なんてないよ。僕達は別に争いたいわけじゃない。……僕達は人を殺さないで良い世界を作ろうとしているんだから。君達の事だって僕は殺したくない」


「はぁ?何いってんのお前?頭おかしいんじゃねぇの?寝言は死んでから言えよ。今すぐあの世に送ってやるからよ」


 蟲を見るような目だった。


 理解できない存在を目の前にしたと言わんばかりの表情だった。そしてその表情が怒りに歪み、銃口を僕に向けて来る。


 彼がもしキョウコさんのようだったら、なんて……そんな疑念を抱いたが、次の瞬間、その疑念は晴れた。


 轟と土煙をあげながらチェシャが機敏な動きで走って来て、片手で槍を振り回す。その攻撃に、僕に注視していた所為で避けそこなった男の腹が切り裂かれ、血が周囲に散った。


「ぐっ……て、めぇ!」


 痛みと怒りに男が無意味に拳銃を乱射する。僕と男の合間に入り、チェシャが盾を構えそれを防ぐ。


 これがキョウコさんぐらいのレベルであれば、諸共に殺しに来るだろう。だから、この男のレベルは精々……僕ぐらいだと想像できた。


「雪奈は?」


「ご無事です」


 雪奈が男女2人組に襲われているのが見えたが、その動きを見るに余裕はありそうだった。


「チェシャ、ライフルの人お願い。後は僕ががんばる」


「ご無理をなさらず」


「うん」


 サブマシンガンを片付け、僕も槍を装備する。AGIが高いステータスだけれど、片手でも槍を扱えるぐらいにはSTRもある。VITだけは心もとないけれど、無理をしなければ十分だ。


 チェシャの陰から出て、未だ怒り心頭でチェシャに攻撃をしかけている男に向かって走り、横薙ぎに槍を振るい、その足に傷を入れる。ずぷり、という柔らかい感触と骨につかえた感触が僕の手に伝わって来る。けれど、これならば、と力を入れれば、男が地面に転がった。


「てめぇ、ゆるさねぇぞ。ぜってーゆるさねぇ。俺に傷をつけやがって!」


「回復アイテムが使えないようにしてあげようか?」


「っ」


 手が無ければ画面を操作できない。故にアイテムは使えない。がなり立てる男の腕に槍を突き刺し、腕の機能を奪う。そして動けなくするためにもう片方の足にも傷を入れる。これで自然回復するか或いは誰かにアイテムを使ってもらうまで戦闘不能だ。


 次いで、別の相手に相対する。


 ごつい体をした人だった。ぱっと見ると僕の2倍ぐらい背が高いのではないだろうかなんて思ってしまうほどに大きな体躯だった。


「これでは我らが親衛隊になるのもまだまだ先だな……」


 仲間の状況に気にした風も無く、かと言って冷静だったわけではなく、どちらかといえば苛立っているようだった。不甲斐ない、と。


「親衛隊……」


「いや、貴君に言っても栓ない事だった。忘れてくれ。そして、そのまま彼岸へと向かってくれ」


 銃がおもちゃに見えるぐらいに大きな手だった。だがそれをそのまま使わず、その手を軽く動かした次の瞬間には西洋剣を装備していた。銀色に輝く長さ130cmぐらいの剣だった。キョウコさんのアロンダイト程ではないだろうけれど、見た感じ強そうだと思った。


 そして事実。


 強かった。


 レベルは大差ないのかもしれない。けれど、彼は純粋に巧かった。


 僕がどれだけ槍を振るおうとあしらうように剣を振り、その軌跡を変えられる。右へ左へと。そして一撃。


「ぁぐっ」


 避けそこなった僕の腹に剣が突き刺さる。


 その痛みに耐えかねて自然、肺の中の空気が漏れ出る。


「素人の動きなど見れば分かる。もっとも、レベルは大差ないようだな。少年、そこで伸びている馬鹿どもより役に立ちそうだ。どうだ?うちのギルドは寛容だ。うちに来ないか?自由に過ごせるぞ?殺すのも自由ならば犯すのもまた自由。獣として生きる事ができる。俺のような人間にはとてもありがたい場所だ」


「断るよっ!僕達は絶対に人殺しはしないっ。人を殺す人も許さないっ。僕達は人間なんだよっ」


「つまらん場所だな、お前のいる場所は」


 その言葉に頭に血が上った。僕を否定するのは良い。けれど、イクスさんやキョウコさんがあんなに苦労して維持している組織を悪くいうのは許せなかった。


 睨みつける僕に、男が剣を構え、振り下ろす。


 それを避けようとステップを切ろうとして、足がもつれた。


 頭に血が昇った所為で意識を逸らしてしまったが故に。先程打倒した彼と同じように戦闘中に目の前の敵から意識を逸らしてしまったが故に。


 あっと思う間もなく、地面と体が接触し、その衝撃に呼吸が一瞬止まった。


「呆気ない幕引きだ。続きはそこのNPC相手に楽しむとしよう」


 チェシャはライフル使いと戦っていた。ライフル使いもまた巧い人間だったのだろう。手古摺っていた。結果……僕は……


 剣を持ち上げるのを見た。


 剣が振り下ろされるのを見た。


 動けと体に命令をする。


 こんな攻撃避けてこいつを倒すんだ。倒して帰るんだ。


 こんな場所で僕は死ぬわけにはいかない。少しでもダメージを減らそうとあがくが、体は言う事を聞いてくれなかった。ダメージはそこまであるわけじゃない。傷がそこまであるわけじゃない。


 僕は死に対する恐怖に怯え……動けなかったのだ。


 迫る死に怯えたのだ。


 横に倒れた僕の首に向かって剣が落ちて来る。


 あぁ。


 あぁ。


 これが、これが僕の……


 芽生え始めた夢は花咲く事なくここで潰えてしまうのか。


 そんな事……認めたくないけれど、それでも体が動かない。どうしてだろう。どうしてなんだろう。こんな時に、こんな時に……動かなくていつ動くんだ。


 でも。


 そんな希望は叶わない。


 物語の主人公のように土壇場になって力が沸くなんてそんな事、ゲームの世界であるわけがない。0と1だけの世界に奇跡なんて起こりえない。アルゴリズムに従って形成されるこんな世界で奇跡なんて起きるはずがない。何かが起きるならば、それは人の意志でしかない。それは奇跡なんかじゃない。


 その時だった。


 彼の剣が首皮一枚に達した時、世界に轟音が産まれた。雷のようだと感じた。


「ネージュ!」


 雪奈の叫ぶ声が聞こえる。


「ネージュに何してるのよ!許さない。絶対にお前は許さないんだからっ」


 甲高い声で彼女が叫ぶ。僕を想って叫んでいた。叫びながら……あれはライフルだろうか。彼女の背丈程ある巨大なライフルの引き金を何度も、何度も引いていた。


 その度に、轟音と共に僕に剣を振り下ろそうとしていた男の頭が揺れる。揺れ、削れていく。雪奈の方を見ようと体を動かす男。見た瞬間、その顔面に拳銃などとは比較にならない巨大な弾丸が埋めこまれ、男の体が揺れる。


「死ね。死んでしまえ。お前みたいな奴らがいるからっ!お前みたいな奴らがいるからネージュの願いは叶わないんだよっ」


 弾倉にあった全ての弾丸を放ち、ライフルを捨てて今度は新しいマシンガンを仮想ストレージから取り出し、またも男の顔面に目がけて引き金を引く。


 パラパラパラと大きな音を立てて、顔が、彼の顔が……彼岸花のように花開き、真っ赤に染まった。


 そして、どすんという音と共に男が地面へ倒れ伏した。


 倒れ伏したと同時に……雪奈の殺人を祝福するかのようにファンファーレが鳴る。


 そんな無情なファンファーレと共に、気付けば彼らは逃げて行こうとしていた。今死んだ彼がここのリーダーだったのかもしれない。倒れた仲間を連れて1人、1人とまた逃げて行った。いつまた殺されるかもしれないと恐怖に怯えて逃げて行った。


 あぁ……。


 哀しかった。


 ただ、悲しかった。


 僕がもっと注意していれば彼女にこんな事をさせる必要なんてなかったのに。僕が、彼女を人殺しにしてしまった。


「ネージュ……」


 からん、とマシンガンを地面に落として、呆とした表情で雪奈が近づいてくる。


「やっちゃった……ごめんね、ネージュ」


 あはは、と軽い笑いを浮かべながら雪奈が哀しそうに目線を下げる。


「僕が……僕が……」


「違うよ、ネージュ。遅かれ早かれだよ。いずれこうなると思っていたよ。それがネージュを助ける時で良かった。少しは罪悪感も減るよ」


 言葉とは裏腹に今にも泣き出しそうな表情だった。


 それは彼女の優しさだった。僕を心配させないように用意した台詞ことばだった。


「あのさ、ネージュ。蟲の良い話だけどさ……」


 倒れたままの僕に彼女がしがみついてくる。しがみつき、僕の胸の内で顔を隠して、泣いた。流すものはなくとも……彼女は泣いていた。


 彼女を守れなかった。


 僕は彼女の心を守る事ができなかった。守るんだなんて息巻いていたのにこのザマだ。


 こんな身近にいる彼女でさえ守る事ができなかった。


 そんな自分への憤りを感じながら、彼女の背を撫でる。周囲の警戒に周ったのかチェシャの姿はなかった。ここには2人だけ。雪奈のすすり泣く声だけが延々と響き渡る。涙が流れる事が良い事だとは思わない。けれど、涙というものが存在しないこの世界は残酷だと感じた。心の整理をするためには涙も必要だと……そう思った。


 夜が訪れる。


 人造の夕陽が地に沈み、世界が闇に落ちて行く。そんな時だった。雪奈が僕の胸元から顔をあげ、


「ネージュ……今だけで良いの。あの女の事忘れて私に……」


 そう言った。


 そして瞳を閉じ、上目遣いになり、僕の背にまわした腕に力を入れる。心が弱って縋りたくなっているのだろう。そんな冷静な思考が出来ていれば良かったのかもしれない。けれど、その時僕の脳裏に浮かんだのは、イクスさんの哀しそうな笑顔だった。


 浮かんだ瞬間、体が勝手に雪奈の体を押し返していた。


「ネ……ジュ?……なんで?……なんでよ」


 目を開け、戸惑う雪奈に、僕は何も言えなかった。人を殺してしまって悲しんでいる彼女を前に、僕は自分の感情を優先した。優先してしまった。


 そして、それが本心であるのだと、自分にも……雪奈にも理解されてしまった。


「なん……私、だって……それなのに」


 僕を包んでいた暖かい彼女の腕が離れて行く。離れ、そのまま後ずさり、雪奈は……絶望に染まったような表情をして走って行った。


 なんで私は、なんで私が、なんで、なんで……答えの無い疑問を発しながら雪奈が走ってどこかに……


「何してるんだよ、僕っ」


 そんな叱咤も既に遅い。


 後の祭りにも程があった。


 例えどんな状況であったとしても彼女の手を離してはいけなかったのに。なぜ、僕は自分の感情を優先したのだ。度し難い程の馬鹿こどもだった。


 立ち上がり、駆けて行く彼女を僕は追った。


 




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