04
レベル14。
終わってみればレベルがあがっていた。相変わらず気の抜けたファンファーレの音にNEROが喜んでいた。これで私に一歩近づいたね、と。
しかし、一体全体どれだけ倒したのかと今更ながらに思う。レベルがあがったばかりだったのにこれである。共闘ボーナスでもあるのだろうか。ともあれ、正直、良くSPがもったなと思う。それもこれもやはりNEROが居たからこそではあるのだけれども……御蔭で大きな借りが出来たものである。
FN P 90をNEROに返し、『じゃ、少年達の事はお願いね?』『了解』と言葉を交わしてその場は別れた。どこに向かうとも言わなければ再会を約束する事もなく、ただ淡々と。とはいえ、いずれまた会う必要はある。この借りを返すために。もっとも、こんな世界ではそんな事に意味はないだろうけれども……まぁ、僕の気分の問題だ。そうでなくても、NEROのような殺人鬼と会話する時間は僕にとって楽しい時間でもある。寧ろそっちの方が上か。いつになるか分からないが、殺し殺されるためになるかもわからないが、また会うのは悪くない、そう思う。
「さて」
とはいえ、今は借りを返す前に少年達だ。承諾した手前、彼らがNPCを殺す前に追いつかないと立つ瀬もなければ命も無い。
少し早足に、時折、スカベンジャーと戯れながら廃墟の街を行く。現実では飲み屋界隈として賑わっていた場所を通り、川のほとりを歩く。来た道を戻るようにして彼らを追う。
そうして歩いていれば、夜になった。
空気が綺麗というよりも人工の光が殆どないからだろう。山の上で星を見た時のような清々しさを感じた。空には一面の星々。昼間の曇天模様が嘘のような快晴だった。この空に輝く星々だけは現実と変わらないのだな、なんてそんな思ってもいない事を考えながら、歩いて行く。ライト一つ使う必要のない明るさだった。視界はそれほどないが歩くのには苦労しない。先程NEROと二人で殺し過ぎた所為だろうか。悪魔も鳴りを潜め、辺りはしんと静まり返っていた。
ふいに、小学校の時に行われた天体観測を、妹と一緒に見た星空を思い出す。あの時もこんな風に明るかった。素直に綺麗だと、その時は思えた。けれど、残念ながら、今、この瞬間は、到底そうは思えなかった。
客観的に見て綺麗なのは事実だ。けれど、所詮、『彼』がデザインしたデジタルデータでしかない。NPCに魂がないように、この星々には過ごしてきた時間がない。輝く光は、遠く宇宙を旅してきた光ではないのだ。その事がとても不愉快だった。『彼』の写真を集めてはいたものの、それ自体は嫌いだった。その理由は未だ曖昧ではあるのだが、『彼』の写真を見て良いと思った事はない。『彼』への興味は、『彼』の行動原理に対してのものであり、産み出してきたものに対してではない。僕と『彼』の趣味は恐らく根本が違うのである。御蔭様で、この空もまた嫌いになりそうだった。人工の星を天上に貼りつけて悦に入っている『彼』と僕は違う。……改めてそんな事を思う。まぁ、傍からすれば同じ穴の何とやらだけれども。
とはいえ、こういう場を用意する事に対しては素直に敬意を表している。この夜も、である。この世界での夜は、殺人が行いやすい時間帯でしかない。そういう点では良い趣味をしている。
当然、NPCを殺すにもまた良い時間だ。
NPCは夜の方が探しやすい。というのも、現在ほとんどないといって良い人工の光を産みだしているのはそのNPCに他ならない。どのようなAIを積んでいるのかは分からないが、この世界のAIは『人間っぽい』。一見すると他のプレイヤーキャラクターと大して違いはなく、頭の上に名前が出ている事以外での識別は正直な所を言えば不可能だ。人によって作られた生命と、現実に生きている人間の差がその程度でしかない事が何とも皮肉だった。寧ろ、現実の法に則ればNPCの方が人間らしいと言っても良いだろう。そう、思う。
「コンビニ……ねぇ」
視界を占めるのは一際明るい建物。
駅舎から少し離れた元30階建てのビルの1階にそれはあった。5階以上が綺麗さっぱりなくなっていた。壁には大きな亀裂が入っており、いつ壊れるともしれないものだった。そんな倒壊寸前の建物の土台部分。1階から煌々と暗闇を照らす人工の光。いわゆるコンビニらしい大きな窓ガラス。その奥に見える何本もの蛍光灯が光を放っていた。
そのコンビニの入り口。そこにスカベンジャーが数匹居た。もっとも、死体に群がっているわけではなく、餌に寄って来ているだけであり、その下手人がNPCだった。
しゃがんでスカベンジャーを相手に残飯を分け与えていた。そのNPC---少女は何がそんなに楽しいのか頬に手をあてニコニコと餌を啄ばむスカベンジャー達を眺めていた。
その頭の上にある名前表示を見れば、その少女は『ALICE』というようだった。舞台設定的には日本列島なのにその名前は正直どうなのだろう。不思議の国なのは確かかもしれないが……。
そんな名前の彼女は、荒廃した都市のコンビニに制服があるのかは知らないが、一見して店員であると分かる様なエプロンを着けていた。
「あ、お客様ですか?」
しげしげと彼女を見ていたからだろう。少女が僕に気付いて声を掛けて来る。それと同時にスカベンジャー達が驚いて飛び立っていった。そんな彼らの姿に、しまったとばかりに頭をぽりぽりと掻いて困った風な表情を見せる。なんとも『人間っぽい』仕草だった。
「邪魔をしたね」
「いえいえ。スカちゃん達には後で謝りますからお気になさらずで!」
一転、にこやかに笑みを浮かべる少女。コロコロと良く表情の変わる子だ。その変わり様に、妹の姿を思い出す。剣道部所属という事で普段は姿勢も正しく、きりっとした表情をしている格好良い―――後輩の女の子に良くもてるらしい―――女子高生だが、愛猫のアインや僕と遊ぶ時はえらく感情豊かに表情を変えている子である。そのことを指摘して怒られた記憶がふいによみがえって来た。『だからシズ兄ちゃんは駄目なんだよ!』とか……酷い妹である。
そんな事を考えている間に、彼女が満面の笑みを浮かべ、僕をドアへと誘おうと手の平をエレベータガールのように空に向けて肘を曲げていた。前職はエレベータガールという設定なのだろう。きっと。
「うちには食糧、弾丸、お薬、その他にもお洋服もありますよ!」
なるほど、便利な店だった。
「弾丸があると言う事は、武器みたいなものはあるのかい?」
そういうのを売っているのは見た事がなかった。そう思って試しに聞いてみれば、
「この世界には店売りの武器はありません。悪魔のドロップや落ちているのを拾うか或いは自作して下さい」
一転、説明口調となる少女に、なるほどやはりNPCだな、と感じた。
「自作出来るのか……でも、拳銃を自作というのはね」
「各種作成キットはこちらでも販売しております。消耗品ですのでその都度ご購入頂ければと思います。これを用いると銃をお作りいただけます。ただし、設計図やそこに書かれた素材がないと作成できません。なお、設計図や素材、高性能な作成キットは悪魔のドロップアイテムとなっております」
「なるほど、ね」
そんな事も知らずに一カ月を過ごしてきた自分の馬鹿さ加減に辟易しながら彼女に誘われるように店の中へと。
明かりのついた店内、その明るさを助長するかのように軽快なテーマソングが流れていた。妙に耳に残るテーマソングを聞きながら陳列された商品に目を通す。そんな僕にちょこちょこと後ろから付いてくるアリスなるNPCは、それこそスカベンジャーのような愛らしさがあった。ただ、僕が何を探しているのか気になるのか肩越しに覗きこんでいるのは流石に……
「鬱陶しいんだが」
「鬱陶しい!?」
オーバーリアクションで驚くNPCであった。
「か、買い取りもできますよ?」
がーんと引き攣った笑みを見せながらそんなお門違いな文言を吐いて僕の気を惹こうとしていた。意味不明だった。しかしなるほど、買い取りも……。と思って仮想ストレージを眺めるものの悪魔の肉と大量の弾丸と、あとはヤクザ屋のアジトで拾った装備ぐらいのものだ。
「素材アイテムなら基本的には売却が可能です。勿論、悪魔の肉も売却が可能です。武器の類に関しては売却可能ですが、再度のご購入はできません」
そして再びNPC然とした説明口調でそう言う。
「なるほど。いらない装備と食べる分の肉以外は売却するとしよう。お願い出来るかい?」
瞬間、少女の笑顔と共に視界に取引用ダイアログが浮かぶ。次いで仮想ストレージのダイアログを開き、直接その取引用ダイアログへと刀やブラックジャックなどの使わない武器、悪魔の肉をドラッグアンドドロップ。特に悪魔の肉はNEROとの共闘の所為でかなり溜まっていた所為で延々とドラッグアンドドロップをする必要があり、意外に面倒だった。何度も何度も繰り返し、ようやっと作業を終えて承認ボタンを押す。傍から見れば間抜けな動作だった。
「取引完了です。ありがとうございました」
姿勢を正し、その場で頭を下げるNPC。そして口角をあげ満面の笑みを浮かべる。それが何とも人間らしい仕草だった。これを殺す事はすなわちプレイヤーキャラを殺す事と大差はないだろう。良く出来た人形を殺すのとはわけが違う。そう思えるほどに。
動物と人間の違いなんてコミュニケーションを取れるかどうかの差でしかない。特にこの世界ではプレイヤーキャラもNPCも悪魔もその全てに経験値が設定されているのだから、殺して経験値を稼ぐという点においてどれも大差がない。コミュニケーションが取れるか取れないか、ただそれだけの違いだ。しいていえばスカベンジャーのようなノンアクティブな悪魔であれば彼女や僕がやっていたようにコミュニケーションらしきものは取れる。故に、やはりどれも大差がない。『プレイヤーやNPCは駄目で、人型の悪魔だったら殺しても平気なの?』そんな命題の答えを求める気はないが、NPCを殺す事の是非など気持ちや心という曖昧な問題でしかない。プレイヤーを殺す事の是非と同じく。
そして、その曖昧な問題故に僕がNPCを殺す事はない。
「所詮、魂のないデジタルデータだ」
「はい?」
「いや、何でもない。それよりも回復薬と先程言っていた作成キット、それをお願いしたい。さっきの金で間に合うか?」
「はい。十分です!」
何が作れるか分からないし、設計図というものも持っていない。だが、持って置いて損になるものでもないだろう。そんな判断で商品を購入する。
「ところで、この世界には職業などはあるのか?」
陳列棚から僕に言われた通りに回復薬や作成キットなるものを選んでいる少女に、買う時はえらくアナログなのだな、と思いながら問いかける。
「ジョブ……ですか?店員さんみたいな、ですか?残念ながらアルバイトは募集してないのですけれども……」
はてな?と首をくいっと曲げて顎に指を当てていた。あざとい。
「いや、余計な事を聞いた。技能があるものだから職業もあるのかと思ってね」
そんな風に言い訳染みた事を言うのは馬鹿な事を聞いた所為だった。
「技能は基本的にプレイヤーの行動によって得られるものです。打撃武器を使っている方にはそれ相応の。射撃系武器を使っている方にはそれ相応の」
「それはどうも。良い情報を聞いたよ。覚えるコツとかは……」
「初心者向けの技能に関しましては、専用のNPCにお声をおかけ下さい。基本的に転送ターミナル付近におられます」
「転送ターミナル?そんなのがあったのか」
「県庁所在地間を結ぶものです。お客様もご利用になられたのでは?」
「いや、初耳だね」
「それは失礼いたしました。便利な機能ですので是非、ご利用下さい」
なるほど。地方都市に何人もいるはずだ。少年達の事が終わったら色々周ってみるのも良い。もっとも、当然それ相応の危険ははらんでいるだろうけれども……そんなものがあるのなら、多くの人が使っているだろうから。
「なお、転送直後の数秒間は攻撃を受けない事になっておりますのでご安心してお使いください」
「なるほどね」
だからといって安心しきれるかといえばそうではないが……ともあれ、良い事を聞いた。
そうやって暫くアリスに色々と聞き、商品を受け取ってからコンビニを後にする。
「ご利用ありがとうございました。またのおこしをお待ちしております」
そんな再会の言葉を聞きながら。