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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第五話 廃墟に謳う
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エピローグ



 それから一月と少しが過ぎました。


『ギルド ROUND TABLE が 中国 の城主となりました。以後、 中国 はギルドの設定した法令に従い運営されます』


 ある日、そんなテロップが視界を埋めました。


「元々いた中国の城主を殺して奪ったとなれば、人殺しの集団と考えるべきよね」


 あれから、そういった方面では大人しくなったキョウコがそう言いました。正確にいえば、裸の付き合いをしている時だけは大人しくはないのですけれど。湯船に浸かっているとすぐ私の横に寄ってきたりします。


 さておき。


「としか考えられないように思うけれど」


 だったら、正義の集団として、粛清を。


 そんな声が方々から上がります。


 タチバナさんの御蔭もあってギルドメンバーは元の人員より多くなりました。勿論、タチバナさんだけの功績ではありません。ネージュ君や雪奈も方々を周って声を掛け仲間を増やしています。集まった人がさらに人を呼びどんどん大きくなっていっています。


 相変わらずレベルは低い方が多いですけれど、それこそが私たちのギルドなのだと思えば特に思う所もありません。その分、相変わらず武器とかは大量に集めています。


 例のあの男プレイヤーにも感謝しないといけません。フロアボスは一週間ごとに復活するようです。復活した所にスナイパー部隊を送り込んでフロアボスを遠距離から殺して設計図を何度も手に入れました。経験値は手に入りませんが、良い武器はかなり手に入っています。私もスタームルガーのスーパーブラックホークを手に入れました。ありがたい話です。


 そういうわけで、私達は低レベルではありますが、武装集団といっていえなくもありません。質の良い大量の武器によって、レべリングはそこそこ捗っています。私達以外は悪魔しか殺していませんけれど、今では最低でも15ぐらいにはなっています。


 そんな武装集団を一同に集めてキョウコが扇動します。


 広い広い畳張りの部屋に全員を正座させ、上座に私とキョウコが座ります。何だか、アレな職業の人達みたいな気分です。


「さて、皆さんご存知のように九州地方のギルドROUND TABLEが中国を落としました。それはつまり、人を殺して手に入れたと言う事に相違ありません。殺人を犯した者には我らの審判を。……当然の事ですよね?」


『是成り』


『その通り!』


『そうだそうだ!』


 なんて言葉があちらこちらから聞こえてきます。もはや最初の頃のように疑う者は1人としていません。


「あの者達と私達は違うのだと示しましょう。私達はこの罪なき世界で正義をなしましょう。貴方達の行動は誰にも咎められる事ではありません。人を殺す事は悪です。その悪を裁く事に何の憂いがありましょうか。貴方達はあの者達とは違うのです。貴方達は正義を成すために選ばれた者達です。どうか己が正義を信じて行動して下さい」


 殺さず、捕え、そして私達が殺す。


 相変わらずの免罪符です。


 ですが、ここに集まった者達はやはりその免罪符に身を委ねます。それがあるからこそ彼らは人として生きていけるのですから。彼らが悪いわけではありません。彼らには何も悪い事なんてありません。人を殺した者を裁くのは現実世界でも当然の事です。執行するものはそれを担うものが行う。これも現実世界での当然です。


 だから、彼らは疑いません。


 決して。


「まずは北陸を落とし、そこから中部、中国に向かいます」


 本来ならばNEROの所なのでしょうけれど、城主権限の一覧表を見て違和感を覚えた所為で手を出しかねています。開始一ヶ月ぐらいで億の金をどこか引っ張ってきたのでしょう。あるいはもしかするとNEROは運営側の人間なのでしょうか。そんな疑問を持った事もあります。ですが、運営側でしたら外の世界からこの世界を見ていれば良いだけのはずです。どうにも良く分からない曖昧な存在です。それに手を出すにはまだ私達は弱いでしょう。


 一応の表向きの言い訳としては、『NPCを囲っており、関東に来た者を軒並み殺しているのは確かだと思いますが、そこから外に出ている様子もありません。殺しているのもNPCです。ですから、NERO個人が大量殺人にでも出ない限りは云々』です。まぁ、欺瞞でしかありませんけれど。ギルドメンバーだって望んで死にたいわけではありませんので、そんな適当な理由で納得しています。それに、何かあった場合にはそう判断した私達を言い訳にすれば良いのですから。


「さぁ、皆さん。この世界に正義を」


 キョウコがアロンダイトを胸に抱え、いかにも騎士様然といった格好をしていました。もっとも服装は相変わらずラバー製の忍者っぽいスタイルですけれども。


 その言葉に従い、ギルドメンバーが動いて行きます。


 情報収集や道具集め、金を集める者もいればレべリングをするものもいます。レべリングや情報収集には大枚をはたいて雇ったNPCを連れて行きます。金で動く便利な存在です。なるほど、両親達はそういう側に立っていたのかとやっぱり妙な親近感を得ました。


 そしてタチバナさん以外のメンバーが去りました。


「お嬢達はどうするんだ?」


 渋い声です。


「人殺し以外何ができるっていうのよ」


「そういう事を言いたいわけではない」


 肩を竦めています。全身を西洋鎧に身を包んだタンク役プレイヤーです。彼がいるのといないのでは強い敵相手には全然違ってきます。ありがたい話です。ですが、それは戦闘に関してだけです。私もいい加減分かってきました。


「私達も貴方とうわべだけの会話をする気はないわ。言いたい事があるならさっさと言え」


「俺は別にお前らが嫌いなわけじゃないけどな。年頃のお嬢に嫌われるのは何ともいえない気分になるが……まぁ良い。2つある。一つはDEMON LORDの動きが怪しい」


「北海道から出て来てるって事?」


「さてな。ここらじゃ見掛けない悪魔を見た奴がいるって話だ。気を付けておくんだな。下手な二面作戦は失敗するぞ」


「だったらそっちの方、貴方に任せるわ。免罪符付きでね。そういう事でしょう?もう一つの話」


「話が早くて助かる。いい加減、悪魔を殺してレベルをあげるのは億劫になってきたんでね。殺害許可ありがたく頂いた」


 それはある意味苦渋の判断でした。例外を作ることはあまり良い事ではありません。ただ、今、最大派閥の主である彼に離反されると困るのです。数日前にキョウコと一緒に話合い、決めました。彼にも堕ちて貰おうと。でも、きっとこの人には堕ちるという感覚はないと思いますが。


「審判代行よ。間違えないで」


「確かに。ま、お嬢達以外には口が滑らせても言わんから安心しろ」


「処刑する事を何とも思っていないんですね、タチバナさんは」


「言うねぇ、シスターイクス。何とも思ってないわけがない。喜ばしいと思っているよ」


 最低な感想でした。


「ま、でもな。お前らの方針、俺は別に嫌いじゃないし。良いと思っている。共感しているといっても良い。そのためにお前らが望んでいない殺人を犯しているのも俺は分かっている」


 キョウコと2人して驚きました。


「だがな、少なくともこの世界には人殺しを望んでいる屑が俺を合わせて4人以上いる。それだけいる。NEROやWIZARD、DEMON LORD、SCYTHE、Queen Of Death、その内の誰かなのかもしれない」


「タチバナさん、貴方は何を知っているの?まさか製作者側の人を知っていたりするの?」


「製作者である『彼』がどういった存在かを知っているだけだ。『彼』と呼ばれていると知っているというだけでしかないがな。あそこに張り付いて居た奴は全員知っている。そして、そいつらは軒並み屑だ。人の死体を見て喜ぶ最悪の人間だ。そして俺もその一人だ」


「……詳しく聞かせて貰いたいのだけれど」


「詳しく話せる事はない。殺人フォーラムに集まっていた奴の中でβテストに受かったのが4人。その内の1人が俺というだけだ。そして、そこのフォーラムにこのゲームは『彼』が製作したVRMMOだと書かれていただけだ。ただ、それだけだそれ以上の事は何も知らない」


「殺人フォーラム……なぜ、今それを」


「言ったぞ?いい加減、悪魔を殺すのも億劫になってきた、と。屑の思考に真っ当な期待なんざするなよ。BLACK LILY。ただ、俺は1人でこの世界をクリアしようとは思わんから安心しろ。全員殺して助かりましたなんて、娘にいえるわけもねぇよ。屑でも人の親なんだよ。……ま、子が親を選べないってのは同情するがね」


「その娘さんが気の毒だわ」


「違いない。とにかくだ。そいつらの相手は俺がする。そのためにレベルをあげたい。………免罪符、いいや、審判代行。確かに賜ったよ。人殺しなんざ、屑のする仕事だ。お前らは少し休むと良い。いくら屑だといっても娘と同じ年頃のお嬢ちゃんが人殺しをする光景はあまりみたくないんでな」


 30代に見えるけれど、もっと上だったのでしょうか。


「ツインタワーで殺そうとしたのに良く言うわ」


「違いない。ま、もうしねぇよ。お前らが死んだらまた話は別だけどな。それまでは大人しくしておくさ」


 そう言って嗤う姿はやっぱり最悪で最低でした。良い人なのかどうなのかと言われれば、間違いなく良い人ではないのですが、このギルドを守るためには重要な人なのだとは思います。


「少しの間ギルドは俺に任せて御友達と一緒にどこか旅行にでもいってこいよ。こんな世界でも見るものぐらいはあるだろ」


「そこまで貴方に信用はないのだけれど。あの掲示板の話をされて、そこに参加していた人の言葉なんて信用できると思うの?」


「あ?……ん?……いや、ま、それも違いないな。だったら、NPCに依頼でもしておけ。俺が余計な事をしたら、殺せって。ギルドメンバーにはNPCの暴走だって伝えておけば良いだろう」


「……仕方ないわね。それで納得してあげる」


「何よりだ。じゃあな、お嬢達」


 そう言って、タチバナさんが去って行った。


 そして2人。


 私達2人だけ。


「キョウコ。タチバナさんも言っていた事だし、どこか行く?」


「どこによ」


「どこが良いだろう。ネージュ君と雪奈にも聞いてみる?」


「そうね。ギルド対ギルドなんて殺し合いの前にリフレッシュも兼ねて、久しぶりにネージュや雪奈と一緒に話しをするのも良いわね……」


 同級生で話をしましょう。


 賛同してくれたキョウコの言葉に嬉しくなった所為で聞き忘れてしまった。


 『フォーラム』と言ったタチバナさんに『あの掲示板』と言ったのは何故だろうって。キョウコがそれを知っているかのようなそんな印象を受ける言葉を紡いだのは何故だろうって。


 そして。


 そして……。


「イクスさん……キョウコさん」


 呆然とした表情でネージュ君がその部屋に入って来た所為で尚更忘れてしまいました。


 ぎょっとしてキョウコと一緒に目を向ければ、ネージュ君が両手で大きな物を持って呆然としていました。ネージュ君には北陸の方にギルドメンバーを勧誘するために行ってもらっていました。Lv30のNPCも一緒について行っていたので安心していました。


 ですが。


 叶わなくなりました。


 同級生で話をしようというそんな些細な願いが叶わなくなりました。


「雪奈が……殺された」


 崩れ落ちるネージュ君の腕の中。がんばって運んできたのでしょう。スカベンジャーにあちらこちらを啄ばまれた雪奈の死体がありました。腕、足、腹……怪我には人一倍気をつけていたアイドル候補生がみるも無残でした。


 その死因は誰が見ても分かります。顔が、弾丸によって抉られていました。銃殺です。綺麗で可愛らしい顔に穴が開いていました。


「---さん」


 泣きそうな声、いいえ、涙を流せずとも分かります。ネージュ君は泣きながら私の本当の名前を呼びました。


 だから、そう。私は、


「大丈夫。―――君は私が守るよ。だから安心して……絶対、最後まで守って見せるから」


 そう言いました。


 そう言って彼を抱きしめました。


 でも。


 雪奈さんが死んだ。


 その言葉を聞いた時。


 あろうことか私は、私は私は私は……


 一瞬、喜んでしまいました。


 雪奈が死んだと聞いて、私は一瞬喜んでしまいました。


 これで、彼の隣には誰も居なくなったのだなんて、そんな最低な思いが一瞬私を埋め尽しました。最悪です。最低です。タチバナさんより屑です。どれだけ自分を罵倒したって過去の罪は消えません。たとえ一瞬だったとしても、そんな思いを浮かべてしまう事は最低で最悪です。例え、ネージュ君の事があった所為で雪奈とは殆ど他人のような関係であったにしても……他人が死んだにしてもそう思ってしまうのは最低です。最悪です。


 そんな想いを抱いてしまった自分を助けて欲しいと浅ましい事を考えながら、キョウコに目を向ければ……


 キョウコは……キョウコも私と同じだったのでしょうか。


 雪奈さんの死体を見て、小さく嗤っていました。


 艶やかなその紅色の唇が、その口角が少し上がっていました。


 彼の隣に誰もいなくなった事に喜びを感じていたのでしょうか。先日の話からすれば違う様にも思います。分かりません。何も分かりません。自分の事だって分からないのに人の事なんて分かるわけもありません。彼女が何を思って嗤っていたのかなんて分かるはずもありません。ヒントはくれました。けれど、それでも馬鹿な私には分かりません。


 でも、そんな私でも一つだけ分かる事がありました。


 とても素敵な物を見たと言わんばかりのその笑みは、狂気に満ちたようなその笑みは……


 もう私には見る事のできない、月のように綺麗でした。




 夜天に浮かぶ三日月のようでした。







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