09
それは鎧でした。
巨大な鎧でした。
藍色の鎧です。
白い壁にとても良く映える色でした。
巨大で広大な白い空間の中心にその鎧はいました。より正確に言えばそこに出現しました。
身の丈は背の高い男の人4,5人分ぐらいでしょうか。その両手にはこれまた巨大な身の丈ほどある刀。それに這う様にくっ付いているのは巨大なムカデです。そして、鎧の中からカサカサカサカサ音が響いています。その音を作り出しているのは時折腕の隙間からちらっと顔を出しているムカデなのでしょう。一体全体、鎧の中身はどんな風になっているのでしょう。絡まり、螺旋を描くようにムカデ達がわらわらといるのではないでしょうか。そんな自分の想像に吐き気が沸いてきます。正直、蟲は苦手なのです。
だから、その巨大な鎧はあまり直視したいものではありません。しかし、目を逸らしては命がいくつあっても足りません。そして、鎧の口の部分から飛んでくる炎の塊もまた、避けなければ命がいくつあっても足りません。
轟、と音を立てて私の横を通過していく炎の塊。軽自動車ぐらいあるそれは避けたからといって無傷でいられるものではありませんでした。熱風に晒された肌に僅かばかりの痛みを感じ、ちらりと視界の隅に映るHPバーを眺めました。
絶対量でいえば30ほど。最大HPが2500程度である事を思えば1%未満です。ですが、だからといって後99回耐えられるなんて馬鹿なことは思えません。回避してこの程度なのです。直撃した時には大変な事になるでしょう。
同じく火の玉に晒されているキョウコに目を向ければ、軽々とそれを避けていました。もっとも彼女の場合、私ほどHPがない所為で避けざるをえないのでしょう。素早い動きで炎の塊を避けています。
そんなキョウコの動きを見ていて今ほどAGIを低く設定していた事を恨んだことはありません。現実の私の方がまだ動けた様に思います。ネージュ君曰くの筋肉質な私の方が。
けれど、そんな後悔をしても遅いわけで、今あるステータスでどうにかするしかありません。
「何人減った?」
「5人」
鎧が登場してから十数分。15人いたNPCの内5人が既に亡くなっています。VIT型のNPCは殆ど残っていますが、それ以外の者達は既にこの広い空間のオブジェになっています。
2人だけ、あるいはギルドの面々を連れてきたらどうなっていかと思うとぞっとします。いくらVIT型ではないとはいえ、Lv20程度のNPCでこれです。ギルドメンバーなどそれこそ炎に掠っただけで塵になることでしょう。
「VIT型が残ってくれているのは嬉しいけれど、NPCだと壁にならないみたいだし……これは困ったわね。私が出るしかないか」
先程からこの鎧―――城主―――は私達を優先的に攻撃しています。そう言う風に作られているのでしょう。NPCよりプレイヤーを優先、と。
「ううん。キョウコは残っていて。私が引き寄せる」
両手でレイジングブルを握り、銃身を鎧の隙間へと向け、引き金を絞れば轟音と共に454カスール弾が飛んでいきます。マンストッピングパワーとしてはかなり優秀ですが、悪魔相手では何とも言えません。
着弾し、鎧の腕がその力に押されて動きました。
が、僅かです。
残弾はたくさんありますが、それでも足りるかは分かりません。けれど、私は1人ではないのです。
何度も、何度も反動で腕と体を持って行かれそうになりますが、それでも耐えながら鎧の隙間から顔を出しているムカデを狙います。顔面の部分を覆う何と言うのでしょう仮面で良いのでしょうか。そこにも何発か弾丸を射出します。
轟、轟と何度も何度もレイジングブルの引き金を引きます。猛る雄牛と名付けられたこの拳銃を何度も猛らせます。
そうこうしていれば、ヘイトというのが溜まってきたようで巨大な体躯をゆっくりと動かしながら―――足が遅いのが救いです―――私に近づいて来ます。
その間にキョウコは鎧の後ろへと周ります。NPC達の内、遠距離武器を持っている者達は少し離れた所からマシンガンやライフルで牽制します。ダメージソースとしては私の方が遥かに高いのですが、それでもないよりましです。実際、弱くとも何度も何度も攻撃していれば鎧が砕けるみたいですので。砕けた場所から小さなムカデが『やあ、こんにちは!』とばかりに顔を出すのが不愉快ですけれども。
そして、残りのNPC達はキョウコと共に鎧の背に周ります。特にVITが高いNPCだったと思います。
「こっちですよ、ムカデさん」
キョウコ達に目が向かないように更にヘイトを稼ぎます。
挑発にもならないその言葉に、鎧の腕が動き、ぶん、と巨大な刀が振り抜かれました。
緩やかな動きでした。歩いていても避けられるような遅さです。その刀の動きに合わせるようにして、身を下げます。
が、失敗しました。
刀の範囲からは逃れられましたが、しかし、刀にまとわりついているムカデが、そのカサカサと動く足を伸ばして私を攻撃しました。
気付いた瞬間、足のバネを使ってその場を離れようとしましたが、一手遅く、私の眼前を、頬を撫でるように足が触れました。
「っ!」
僅かな接触でした。ですが、ぱしん、と弾かれるように私の体は回転しながら、地面を転がりました。とはいえ、意識が飛んだわけでもありません。転がっている間に冷静さを取り戻し、その勢いのままに体を起して刀に絡まっているムカデに向かってレイジングブルの引き金を引きました。
……かちゃ、という気の抜けた音が鳴っただけでした。
弾切れです。
冷静になってつもりでも、慌てていたのでしょう。マガジン内の残弾数を把握していないなど馬鹿としか言いようがありませんでした。
急いで仮想ストレージを探ろうと眼前に浮かぶウィンドウを探っていた所に、再び刀が。
一瞬、思考が停止してしまいました。
「イクス危ない!」
その言葉にはっとし、慌ててその場をコロコロと転がり、難を逃れます。それと同時に、
「NPC達、さっさとイクスの所にいきなさい!」
「キョウコ!何言っているの!というか何で声上げているの!馬鹿なの!」
慌てていた所為で、普段使わない口調が出てしまいました。
ですが、その通りなのです。
折角、鎧の意識を私に移したのにキョウコは何を考えているのでしょうか。今、この瞬間こそがチャンスなのに。
「そう思うならさっさと立ち上がりなさい!」
ですが、もはやチャンスは消えました。
キョウコの声に鎧が反応して、方向を転換します。それを止めようと再度レイジングブルを構えますが、未だ残弾0。何をしているの私!と叱責しながら、慌てて仮想ストレージから弾丸を取り出しますが、遅かったです。
ぶん、と刀が振られる音が響きました。
「私はイクスみたいに遅くはないのよ」
そんな憎まれ口を叩きながら、キョウコが刀やムカデの攻撃を避けます。
そして、あろうことか、刀を振ったがために地上近くまで降りて来た腕に、鎧の巨大な腕に飛び乗り、そのままその上を走り始めました。
「何してるのキョウコ!」
「---っ!」
私の罵声に返答する余裕も無い、とシルバーソードを投げ捨て、アロンダイトを両手で持ち上げ、鎧の隙間に振り下ろしました。
ぐぎゃ、という隙間から鳴る悲鳴と共に青い血が噴出し、本日何度目でしょうか、キョウコを青く染め上げました。ですが、鎧だってそんな馬鹿ではありません。腕に乗るキョウコを振り払おうと腕を振り回そうとしました。
が、キョウコはその場から軽々と飛び跳ね、空中で背面から一回転、地上へと降り立ちました。格好も相まって忍者のようでした。
そして、すぐさまNPC全員に近接攻撃の合図を出し、鎧に背を向けて、私の方へと走ってきました。
そして、ふぅと吐息一つ。
「実は体操部」
「体操部ってすごいね」
「嘘よ」
だと思いました。
「キョウコって実はすごい人?」
「違うわよ。ただのスキルよ。跳躍とかいう奴。アジトの屋上から落ちたりしていたら覚えたわ。自殺禁止ルール様々よ」
何を馬鹿な事をやっているのでしょう。この女は。
「鈍重な奴だし、これ意外と使えそうよ。イクス。援護射撃宜しく」
「危ないよ」
「地獄よりましよ、きっと」
確かに、そう思いました。
「さっさと倒してイクスに夕食作って貰わないとね」
先程の庭園の一周走?に負けたのは私でした。
「勝ち逃げは許さないよ?」
「逃げそうなら追って来なさい。ま、そんな事よりも、こいつが先よね……」
その通りです。
改めて落ち着いて弾丸を1つ1つレイジングブルに装填していきます。
そして、さらに拳銃を一つ仮想ストレージから取り出します。
両手に拳銃を構え、右手、左手。その衝撃に耐えながら鎧に向かって攻撃を始めます。弾丸が切れたものはそのまま足元に落とし、仮想ストレージから即座に別の拳銃を取り出し、さらに引き金を引きます。
その繰り返し。
マシンガンのように、ハンドガンを撃ちまくります。いいえ、ハンドガンだけではありません。マシンガンもあればライフルもあります。それも片手で無理やり持って相手に向かって攻撃します。
ストレージ内の武器が尽きるまで。
鎧が死に絶えるまで。
NPCが鎧を押さえている間に、殺してあげます。
「いくつ持っているのよ」
「結構集めていたし、100はあると思う」
苦笑されました。
ギルドで余った武器は全て私が管理しているので銃の類は腐る程あります。
「それは重畳。じゃ、正義を成しましょうか。私達の歪な正義を。殺すことでしか表せない不器用な私達の正義を……謳いましょう」
「はい。謳いましょう」
謳いながら、歌いながら、生きていこう。
キョウコと一緒に、必死に生きていこう。




