02
それからまた数日経った時の事です。
ギルド―――まだシステム的な意味ではできていませんでしたが、自分達の中ではギルドと称していました―――の方々がクエストを見つけたといい、初めてそれをこなした日の事です。
ギルドの人達の溜まり場として使っていたビル、その3階の一室で私はクエスト……自衛隊の駐屯地で手に入れた武器達を机の上に並べて、ギルドの人達へ分配するために残弾の数や銃の種類ごとに分けていました。
部屋の電気はなく、月明かりを頼りに作業をしていました。この世界に電気がないわけではないのですが、私にとっては月明かりでも十二分に明るいので、そのままにしていました。
そんな時です。
突然、部屋の電気が付き、一瞬目が眩みました。
眩んだ一瞬の後、記憶を頼りに机の上から拳銃を手に取って装備し、焦点の合わないままに振り向き、銃口をそちらに向ければ、
「相変わらずこんな暗い所で作業しているのね、イクス。……まぁ貴女のスキルを思えばそんなものかしら」
呆れた表情で、けれど肘を曲げて両手を晒して私の負けというポーズをしているキョウコがいました。
ちなみに彼女が言っているのは私がいつのまにか覚えていたスキルである『暗視』のことです。とっても便利なスキルです。他にも銃による攻撃力1.05倍というのもあります。そちらもどうやって覚えたかは分かりません。どちらのスキルもLvがあるようなのでいずれもっと強くなるのかなと思う所です。
さておき。
「キョウコ?何か用ですか?」
拳銃を下ろした私に安心したかのようにキョウコがほっと一息。そして滑らかに動き唇が動きだします。
「イクスに少し話があるのだけれど」
彼女の唇の横にある黒子は、女の私でも色気を感じるものでした。それは確か、現実の彼女にもあったと思います。それが彼女のチャームポイントなのでしょう。とってもセクシーです。
そんな事を私が考えているとも知らずにキョウコは半分壊れた木の椅子に座ってこう言いました。
「なんか、イクスにキョウコって言われるのもいい加減慣れたわね」
「あ、ごめんなさい……」
「いえ、そういう意味ではないわ。もう少し早く貴女の事知っておけば良かったというだけよ。彼の事は関係なしに」
「……えっと」
「でも、そうね。今からでも遅くないわね。改めて、私達、友達になりましょう」
「この世界で?」
「こんな世界だからこそよ」
言って、キョウコが小さく笑いました。
産まれて初めて友達が出来た瞬間でした。
差し出された手におずおずと手を伸ばし、その小さな柔らかい手を握りました。それがなんだか嬉しくて、しばらく彼女の手を握っていれば、彼女が何とも言えない表情になりました。それを見て、慌てて手を離しました。
「イクスって時々面白いわよね。やっぱりもっとちゃんと見ておけば良かったわ」
「そんな事はないと思いますけど」
「いいえ、面白いわ。もっと知りたいぐらいね」
そういってキョウコはぐいっと私に顔を近づけて来ました。鼻が、唇が触れてしまいそうでした。慌てて、後ろに引けば机にぶつかり、整理していた弾丸がころころと地面を転がって行きました。
「もう、逃げられないわよ」
キョウコの猫のように鋭い瞳に見つめられ、そこから逃げるように視線を逸らせば今度は艶めかしく動いて音を紡ぐ唇に視線が吸い寄せられます。男の人ならきっと逃げられず、そこに吸い込まれて彼女と口づけを交わしていたのではないでしょうか。
「キョウコ」
「何?」
「止めて下さい」
「吐息がくすぐったいわね。ま、今日はこのぐらいで止めてあげるわ」
「……友達関係解消したくなりました」
今ならきっとクーリングオフが効くと思いました。
「だったら、恋人になる?」
顎に指先をあて、可愛くそんな事を言いました。私が男の子だったら、ころっといったことでしょう。
「いい加減、冗談はやめてください。そんな話をしにきたわけではないのでしょう?」
「5割は本気だったのだけれど。ま、今後に期待ね」
「……そちらの人だったのですか?」
場違いですが、興味を浮かべたのは基本的に私が文学少女だったからだと思います。他人事だったら、そういう人の話もちょっとは聞いてみたいと思います。
「秘密よ。知りたかったら私と恋人になることね。0から10まで教えてあげるわ」
「お断りします」
「あらそ。残念。今ならサービスで毎晩添い寝してあげるのに。狭いベッドで2人きりよ?」
「そんなサービスいりません。キョウコと2人で添い寝とか私にとっては拷問です」
「あら、酷い事言うわね。あんまりそんな事ばっかり言うと私、泣くわよ?」
「泣けるものならどうぞ」
「無理ね」
「でしょうね。実装されていませんし」
戯言でした。お互い、戯言だと分かっている会話でした。そんな他愛のない、何気ない会話がちょっと楽しかったです。
そして、本題ね、と改めて椅子に座ったキョウコが言いました。
「ギルドマスター、やっぱり貴方がやってくれないかしら。貴方の方が相応しいと私は思う。彼には荷が勝ち過ぎる。あぁ、別に彼の事を思って言っているわけじゃないわよ。私はその辺り、ドライだし。こういう時には彼は役に立たない。前向きなのは良いけれどね」
「私にも荷が勝ち過ぎると思いますけど」
私が人の上に立てるような人間だと思っているのでしょうか。疑問でした。
「集めた責任というものがあるのよね」
唐突に話しが変わった様に思いましたが、そうではありませんでした。
「私達4人の内、貴女が一番冷静で、それでいて強いわ。それは誰もが認める事よ。こんな世界だし、人が集えば結局、おかしな事が起こる。彼には荷が勝ち過ぎる。私には人を率いる事ができるような力がない。あの子はもう危ないし……結局、貴女しかいないわ。勿論、私も手伝うわよ」
「もっと年上の方の方が良いのではないでしょうか」
「ノーよ……ハァ。まぁ、そうよね。友達に隠し事はいけないわよね。私は、あの人達を信じてなんかいないわ」
「……どうして?」
「子供の言葉なんかでついて来たからよ。彼や貴女の力を頼っているだけ。スケープゴートが欲しいだけなのよ。自分は殺したくない。けれど、死にたくも無い。だから強い者の庇護下にいよう。何かが起これば責任は彼や貴女に。そう考えているだけ。そんな人が出てきた時に、いいえ、そういう人が出て来る前に、貴女の力を見せつけて黙らせて欲しいのよ。絶対的な存在として、逆らう事のできない偶像として」
「力を見せるって……それって」
それはつまり、
「それにね。……彼が言った殺さないという言葉は綺麗な言葉よ。綺麗事よ。でも、その言葉にのっかかる人が絶対に現れる。正義の為の殺人は許される、そういう風になって行く。これは絶対。……だからこそ貴女という抑止力が必要なの」
「キョウコは私に殺せって言うんだね」
そういう事なのだと思いました。
「取り繕っても仕方ないわね。そうよ。その通り。けれど……その罪は私も背負うわ。1人だけなら辛いかもしれないけれど、私も背負うから……一緒に堕ちましょう」
それは地獄への誘いでした。
「ネージュ君はそれで幸せでいられるかな」
「私達は嫌われるでしょうけれどね」
「……私の事はどうでも良いの」
「それは私も同じよ」
どちらからともなく、笑みが零れました。
「近い内に必ず殺人を犯す人が現れるわ。だから……覚悟しておいて頂戴。私はもう覚悟したわ」
「強いね……キョウコは」
「弱いわよ。だから……貴女の手でも握っていないと震えて仕方ないわ」
「ん……それで収まるなら」
「ありがと」
言って、キョウコが私の手を握ってきました。しばらく、横並びで私達は手を握り合っていました。
これから私達は彼に嫌われる事をします。
きっと彼が知れば反対する事でしょう。でも、私は彼が綺麗なままでいてくれるならそれで良いと思ったのです。彼が、雪奈と一緒に幸せな時を過ごしてくれるならそれで良いと思ったのです。キョウコもきっとそうなのでしょう。
だから、ある意味これは傷の舐め合いだったのかもしれません。
でも、1人じゃなくて良かったと思いました。
私だけじゃなくて良かったと思いました。
少し、救われた気がします。
クーリングオフしなくて良かったと思いました。
こんなただ一緒に堕ちて行くだけの関係を友達というのかは分かりませんでしたけれど……




