エピローグ
WIZARDを連れて風呂へと。彼女が風呂に入っている間、脱衣所で彼女の服を眺め……仮想ストレージに入れれば良いじゃないなどと言う不躾な事を思いつつ、残された服や下着―――これまた安っぽい―――を相手に格差社会の生き辛さを感じ取るという何とも切ない行為をして暫くした後、WIZARDが風呂上がりと共に、外へ出るというので見送りに玄関まで行った。
「どうせ私は寝ないし、部屋なんて良いわよ」
その日、WIZARDが最後に口にした言葉はそれだった。夜は海でレべリングでもしているとのことだった。腐った鮫が時折陸上にあがってきて猛威を振るうので、掃討してくれるならばありがたい話だったので、そう伝えれば、任せろとばかりに手をひらひらと振りながら無言でWIZARDは海へと向かった。そんな彼女の無事を祈る気は毛頭なく、寧ろ清々した気分で見送った。
そして夜天の下に1人。
陽は完全に沈み、夜も遅い。
闇の帳が下り、満天の星空が浮かぶ。
この空の下に彼がいる。
そう思えば、がんばろうと思えた。
最後に残る私と彼。
そして、彼の銃によって撃ち抜かれて、彼を見送って私は死ぬ。
私の未来はきっとそれだ。そうであって欲しいと星に願う。
怖くなんてない。
何も怖い事なんてない。
彼に殺される事はとても楽しみだった。
どんな場所で私は彼に殺されるのだろう。どんな状況で私は彼に殺されるのだろう。想像するだけで頬が熱くなる。身体が火照りを覚える。
そんな私を邪魔するように名も知らぬ男キャラが玄関まで私を呼びに来た。一瞬、そいつを睨んでしまったのは致し方ない事だろう。その場で怯える男キャラを無視してその場を離れる。
春が呼んでいる……いや、円卓会議を行うので来てほしいとのことだった。
「……面倒くさい」
私を邪魔した挙句にそんなつまらない事のために私を呼ぶとかどうかしている。そんな不満を浮かべながら、大会議場と呼ばれる場所へと向かう。
防音を施すために作られた酷く豪奢な扉を開けば中は煌々と明かりが灯っていた。
巨大な円卓。
その円周上に総勢10名のプレイヤーが立っていた。
あの子を除いた現存する円卓の騎士、その全てがそこにいた。
手持無沙汰に立ったまま、数人を除いて何とも言えない表情をしていた。その中でも一番何とも言えない表情―――不愉快さを隠す事なく口を歪めている―――をしているのは加賀ちゃんだった。
いつも通り、てかてかとラメの入った皮ジャンに、皮のズボン。所々に安全ピンやら金属系のアクセが付いているちゃらい格好をしていた。顔の方は現実の彼とは全く違うどこかで見た事のあるキャラクターの顔だった。現実の彼を知っているが故に、常々似合わないと思う。
「何考えてんだよリンカ。WIZARDなんか連れて来て」
「遠まわしに私に死んでおけば良かったって言ってる?」
良い所を邪魔された御蔭で出てきたただの嫌味である。
そしてその結果、加賀ちゃんが言葉に詰まった。効果覿面である。
追加攻撃とばかりにその場に立ち止まり、睨み合う。だが、それも暫く。ため息と共に春がパンパンと手を叩く。
「まぁまぁ、死人が出たわけでもなし。2人とも止めなよ。将来的に確実に敵になる相手だよ。今の内に人となりを知っておくのは悪い事じゃない」
そうそう。そんな感じそんな感じ、と適当に春に合わせて頷く。
「ってもよ、春……」
が、勿論、加賀ちゃんがそんな言葉で納得するはずもなく、ウダウダとまだ何か言っていた。正直、面倒くさい。態々呼んでおいてこんな話をするぐらいなら、部屋に帰らせて欲しい。早く1人になりたい。
「加賀ちゃん。加賀ちゃん。そんな事を話合うために皆集まったわけじゃないよね?ね?」
ひらひらしたゴシックロリータ調の服に身を包むその姿、その声音もまた偉く甲高いアニメ調ではあるのだが、割と真っ当な事を言ってくれたのはぷりんちゃんだった。普段はきゃぴきゃぴしたあざとい感じのキャラだけれど、こういう時は割と真っ当な発言をするのがこの子である。付き合いが長いわけではないが、彼女は態とそういうキャラを演じているだけな気がしてならない。
「リンカちゃんに処刑のお願いと、中国地方の城攻めについて、でしょ?早く終わらせよう?」
きゃぴきゃぴ。たゆんたゆん。
そんな擬音が聞こえて来そうなぷりんちゃんの行動に、毒気を抜かれたのか加賀ちゃんが長いため息と共に姿勢を崩し、
「わーったよ……ちっ」
舌打ちと共に備え付けの椅子に乱雑に座る。
円卓に用意された椅子は12個+1個。
漸く収まったなと思い、その1個の方に向かい、座る。
入口から真正面に位置するその椅子はひと目で高級と分かる椅子だった。王様が座る様な偉く背凭れの高い椅子といえば分かり易いだろう。
ここが私の席。
円卓より上座にある支配者の席。
その席にて、この場をさっさと終わらせようと嘘を吐く。
「WIZARDに関しては春の言う通りよ。対応は私と春が行うわ。色々文句も言いたいでしょうけど、あれは災害のようなものよ。甘んじて頂戴」
これで終わり。
この席に座り、女王としてそう発言した。だから、それで終わり。それ以上は私への反乱である。ただ、言わないまでも納得できない者達はいる。埋まった10席の内半数からは不満そうな表情が見えた。
「不満があるなら、自分達でどうにかしてみなさい。ただし、私には迷惑を掛けないように」
そこまで言っても、それでもなお不満そうなのが数人。
ある意味で巧くこの世界に順応出来ている自分達には何でも出来ると思っているのだろうか。ゲームの世界だからってなんでもかんでも巧く行くわけがないだろうに。ここは、今の私達にとっては現実なのだから。現実はいつだって無情なのだ。そんなに何でもかんでも巧く行くようなら、私は最初から彼の存在を知っていただろうし、WIZARDもすんなり殺せたに違いない。
「そっちの話は、あとの説明は僕が引き継ぐよ。時間も勿体ない。この場に呼んだのはヴィクトリアも言ったように別件だ」
ヴィクトリア=ぷりん……いつ聞いても変な名前である。彼女がギルマスになったらヴィクトリアぷりん王朝だろうか。
などと馬鹿な事を考えながら、口を開く。
「グリード。状況説明。エリナの部隊とか派閥に関してはどうしたの?」
「あん?……あぁ。春に言われた通りやっておいたよ。エリナの派閥の内、中国地方の城主の知り合い関連は軒並み捕えたよ。ま、零れている奴はいるかもしんねぇけど」
シャツにジーンズという非常にラフな格好のナチュラルボーンイケメンであるグリードが適当な感じでそう言う。いわゆる普通の格好良いお兄ちゃんというのがグリードである。多少乱雑な所もギルドの女の子達に言わせれば悪そうで格好良い、らしい。この場にいる人でいえば、シホがグリードにご執心である。ちなみに加賀ちゃんは付け焼刃な乱雑さであり、グリードには敵わない。加賀ちゃんは大学デビューという奴である。元々はゲームが大好きな根暗で陰湿なルサンチマン少年だった。エリナと同じタイプと言えば分かり易いだろうか。ちなみに何でそんな人物と知り合いだったかといえば、大した理由ではない。弟の同級生だっただけだ。弟もゲーム大好きっ子だったのだ。
このゲームを、この世界を私に紹介してくれたのも弟である。遠く離れた姉とコミュニケーションを取るために是非!というのはありがたい話だと思いつつも、どうせ自分の応募分が外れた時の保険だろうと確信していた。とりあえず、βテストへの応募だけはしたのだが、暫くの間その存在を忘れていたのはその所為だった。弟の当選報告時にようやくそう言えばそんな事あったなぁと思い出して取り繕うように確認すれば当選していたのだった。姉弟揃って当選なんて凄い偶然だなぁ、などと思ったのを覚えている。エリナが参加すると聞いたのはその後で、さらに凄い偶然だと思った。
……あるいは、ゲームマスターが取捨選択したのかもしれないけれど……姉弟や友人による殺し合いが見たいとか。
家族、兄弟、恋人同士、友人同士。
意外とこの世界にはそういうグループが多い。このギルドにも結構そういう人達がいる。今朝方私に逆らっていた奴とか、ゆかりちゃんハルアキ夫妻とか、私とか。その他諸々。
βテストに落選した人達は、他者との交流が少ない人なのではないだろうか。いつだか円卓でそんな話をした覚えがある。
殺し合いを推奨する世界を作った者が、ただの無差別殺人に興味はあるだろうか。ない事はないだろう。けれど、世の中に発生する殺人事件の大半は怨恨だ。人と人の精神活動によって相手を傷付けずにはいられなくなり、殺すのである。だから、それを見るために、そんな人間関係を持った人達を選択したのではないか。
住所や、名前、職業―――といっても所謂会社員とか大学生とかそんな程度の選択肢―――でふるい分けたのだと、私は思う。
閑話休題。
グリードはそう言った人がいない方の人間だった。彼の家族や恋人或いはそれに類する者はこの世界にはいない。春を弟のように扱ってはいるけれど兄弟というわけではない。あるいは私達が知らないだけでいたりするのだろうか?どうでも良いや。
「結局、何人いたの?2,30ぐらいいたの?」
「そんなにいねぇよ。6人だよ。元なんとかってVRMMOの廃人ギルド出身だってさ……嫌だねぇ、廃人様はほんと何しでかすか分からんし」
「グリード、言いすぎだよ」
春に窘められ、悪い悪いと手をひらひら気障ったらしく謝った。
グリード自身、元々ゲームをしない人らしい。だから、昔から言われているそんなレッテル張りをしたくなるのだろう。そして、そんなグリードの態度に廃人側の人間である所の加賀ちゃんやルチレ君、ベルンハルトがそんなのと一緒にするなと言わんばかりの表情を浮かべていた。
普段は個別に行動している所為で見えてこないが、こうやって集まるとあんまり仲が良いとはいえないなぁ、と他人事のように思った。
「で、処刑はやっぱり私なの?別に良いけど。PTはグリードの?」
今までは面倒くさいが故に嫌がっていたが、WIZARDを殺すためのレベル上げにはちょうど良い。
そんな私の態度が意外だったのか、グリードが少しばかり呆とする。似合わない。
「いや。公平ってことでルチレのとこ」
グリードの対面にいる黒い服に身を包むオッドアイの美少年然---吸血鬼でもイメージしているのだろうか―――とした作られたキャラクター、ルチレーテッド=クオーツに向かって指をさした。指差された方はといえば、つい今しがたの発言の事もあり、不愉快そうに目を細める。
ちなみにである。この子、中身は女の子である。本人は男だと言い張っているが、ちょっとした動きがまったくもって女の子としか言いようがないので、女性陣からはばればれである。男性陣からは全然気付かれていないけれど。
「俺がPT作るから、リンカ宜しく」
「はいはい」
態とらしく『俺』と言っているのもまた苦笑物である。
ともあれ、そんな感じで私のキルカウントが6増える事となった。まぁ、いつもの事である。了解了解。もう終わって良いよね、じゃさようなら~と席から腰をあげようとしたところで、
「あのさ……こう言う事さ。もう止めない?リンカだけ汚れ役にするなんて……エリナの事だって……殺さなくても良かったんじゃないの?みんな……おかしいよ。昨日まで一緒にいた仲間のエリナが死んでもこんな風に普通だなんて……」
トネちゃんが空気を読まず、そんな発言をした。
リアル知り合い最後の1人。高校時代の親友―――エリナとも友人だった―――である。ギルドROUND TABLEの良心その3である。他の良心1と2はゆかりちゃんとハルアキであるが、2人は大人なので、その辺り何とか割り切った結果、そういう事を口にすることはない。最初は勿論反対していた。が、望んで殺す者が何人もいると知り、諦めと共に割り切った。地獄に行くんだろうなぁとゆかりちゃんが呟いていたのが妙に記憶に残っている。
「トネちゃん。何度目よ。そろそろ割り切ったら?」
昔の親友に向かって他人が聞いても辛辣な言葉を口にする。正直、こうやってトネちゃんが騒ぐたびに言い聞かせるのは面倒くさい事限りない。
「……でも。でも……いつか私達をこの世界から救ってくれる人が現れるかもしれないし」
私は何でも出来る!そういうキャラもいる。そして、こういうキャラもいる。私はなんて不幸なんだろう、と。世界が悪い。その通りだ。ゲームマスターが悪い。その通りだ。けれど、
「寝言は寝て言って頂戴」
既にゲーム開始から3カ月以上経っている。それでもまだ白馬の王子様を待っているなんて夢を見過ぎだ。人の細胞は3カ月で全て入れ換わる。もう、私達はあの頃とは違う人間なのだ。……そう思えたらきっとトネちゃんも楽だろうに。
「なんでそんな事言うの……エリナの事だって。あんなに仲良かったのに」
「殺されそうになったから殺しただけ。正当防衛よ」
「そういう事じゃ!……もう、いや……リンカはそんな事絶対言わない人だったのに……どうして」
頭を抱えて、トネちゃんが泣き出し始めた。
そんなもの言う機会がなかったのだから当然だ。
なんて、心の中で思う。
振りかかる火の粉を払う事に何の憂いを持つと言うのだろう。他のランカー達のように望んで殺すつもりはなかったけれど、これからは望んで私は殺すだろう。WIZARDに追いつくために。彼と2人、最後の時を過ごすために。
私の未来にとって邪魔ならば、ここにいる全員を殺す事も私は構わないと思っている。今はまだギルドがあった方が都合は良いから何もしていないだけだ。
彼がいないと思っていた時だって現実へ戻る事……彼のいる世界に行くための事以外無為で無意味だと感じていた。だから、今、この世界に彼がいると知った私にとっては、彼以外、その全ては瑣末な事だ。
私にとって、彼はそれだけ大事な人なのだ。
「まぁまぁ、リンカちゃんもトネちゃんも落ち着いて。二人とも今日はもう休みなよ。春君。今日はもう議題は無いんだよね?」
タイトスカートとスーツに身を包む中身男性な空気の読める女キャラゆかりちゃんが、そう言って解散させる。
その意見には賛成である。
「仕方ない。攻城戦の事に関してはまた明日にしようか。準備を急ぐ必要はあったけれど、WIZARDが参加してくれるなら少しは余裕もあるだろうしね」
蒸し返すような事を言いやがったのは春である。
が、結局、そんな感じで解散と相成った。
はずだったのだけれど……
「リンカ。僕のダウトカウントをどれだけ増やせば気が済むんだい?」
他の面子が全員で払った後、そんな風に耳打ちされては足を止まるしかない。
「何?」
「3度目を口にする気はないんだけれど……」
「じゃあ、口にしない方が良いわね。今日は私、気分が良いのよ。WIZARDとかいう糞女に遭ったのは最悪だけれど……それでも気分が良いのよ。見逃すから口にしないで。勢い余るわよ?」
「……なるほどね。まぁ、僕は気にしないと言っておくよ。他の子らは……違うだろうけれどね。そこは気にしておいた方が良いよ?特に、トネリ子嬢と加賀君。君の現実での知り合いにはね。……現実の君を知っているからこそ尚更にギャップを覚える。それが大事に至らない事を祈るよ……きっと、その時には僕はいないだろうしね」
「あっそ。じゃ、私は寝るわ」
「いやいや、ルチレ君が外で今か今かとリンカを待っているよ」
「あぁ……面倒な事が残っていたわね」
「ほら、またダウトカウントを増やす」
「……レベル上げって楽しいわよね。これで良いんでしょ?」
「つまんないゲームとか言っていたくせ」
「何言ってるのよ春。このゲームは最高よ?」
だって彼がいる。
この世界には彼がいる。
彼を探すゲームなんて、最高に楽しいゲームじゃない。
彼を探して。
彼を追って。
彼を見つけて。
そして……彼を眺めるの。
ずっと。
ずっと。
彼を眺め続けるの。
現実と同じように。
現実の私と同じように。
ずっとずっとこの世界で彼を追い続けるの。
ほんと、楽しいゲーム。
終わらなければ良いのに。
この世界なら、誰にも否定される事はないし。誰に捕まるわけでもないし。誰も止める事もないし。誰にも邪魔されない。
でも、終わるのだろう。
楽しい時はいずれ終わるのだ。
だから、最後の二人になったら……その時は彼に会いに行こう。
そして、言うんだ。
私、ずっと、貴方の事を近くで見ていました、って。
『お前のやっている事はただのストーカー行為だ。すぐに止めるんだ』
ふいに、そんな幽霊の声が聞こえた気がした。
了




