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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第四話 追う女王
30/116

06





 帰り際、アリスちゃんの所に寄って、話を聞き、件の御嬢様がSCYTHEであることを知った。ちなみに、WIZARDはアリスちゃんには一切興味を示さず、コンビニにすら入ってこなかった。御蔭で気軽に話が聞けたというものである。そして聞いた後、私はWIZARDを伴って城のある九州地方へと帰還した。


 結果、大いにギルドを賑わせた。勿論、悪い意味である。


 雑多なギルメン達は彼女の姿に恐れ逃げて行った。それを見たWIZARDが不愉快そうに、けれど、殺して良い?と問い掛けてきたのは意外に思えた。何も言わずにやると思っていた。そして、円卓の騎士達はといえば、唯一まともに対応できたのはやはり、と言っておこう。春だけだった。他の者達は顔を引き攣らせてギルメン達と同様に城の奥へと下がって行った。


 結果、3人になった。


 他に誰も居なくなった城の入り口。


 九州地方の城は海沿いにある建物。収容人数は200名を超えるぐらいだろう。どこかの高級ホテルなのかな?と最初に来た時に思った。現実世界でこちらに居た時には来た事も無い場所であり、感慨深さは欠片も無い。結果、面倒くさがりな私はその場所の正確な名前も知らない。ガラス張りの入口があって、大きな会議場がある都合の良い場所という認識でしかなかった。


 ざぁざぁと響く潮騒。


 照らす斜陽。


 建物のガラスがそれを反射し、酷く眩しかった。


 そんな場所に3人。


 内2人が会話とも言えぬ会話を繰り広げていた。


「やぁ、挨拶するのは初めてだね。僕は春。宜しくしてくれるかは分からないけれど、女王様の客だからね。もてなすよ」


「今にも死にそうな顔しているわねぇ」


「確かにね。殺されなくてもその内ぽっくり逝くから安心して良いよ」


「あらそ。それなら手間が省けて良いわね」


 そんな適当な戯言を繰り広げながら、春が先行し、WIZARDがそれに従う。そしてそれを私が追う。


 ひらひらと揺れるWIZARDのマント。一見して安っぽい感じだった。生地は良いのかもしれないが、それを編む糸ががたがたしており、誰かが手ずから作った様な印象を受けた。


 かつ、かつと床を鳴らしながら歩く怨敵の姿。


 身体の芯が一切ぶれないその歩き方は、生来の物なのだろうか。どこか良い所の育ちなのだろうか。そんな疑問が自然と脳裏に浮かぶ。姿勢、歩き方を矯正されるような生活でもしていなければ、こんなにも綺麗に歩く事はできないと思う。


 例えばエリナなどであれば、その歩き方は女を強調するような歩き方をしていた。セックスアピールとばかりに尻をふりふりしながら男を誘うかのような歩き方。あれは見ていて気持ち悪い。一方、確かにWIZARDもそんな肢体ではあるけれど、そんな印象は一切感じなかった。


 だから、正直に言えば、並んで歩きたくない。並んで歩くだけで自分が卑しい存在なのだと思ってしまいそうだから。


 とはいえ、ゆらり、ゆらりと動く汚い色をした髪。再三だけど、それは台無しであった。態とそんな色にしたのだろうか。キャラクリエイト時に髪だけそんな汚らしい色にしてしまったのだろうか。それとも、彼女自身が産まれついてそんな髪の色をしているのだろうか。


 勿体ない、と思う。


 けれど、良かったとも思う。


 彼がWIZARDに魅かれる事はないだろう。そう思えるから。


 彼が見てもこの髪の色は気持ち悪いと思うに違いない。だから、ある意味安心出来た。もっとも、だからと言ってWIZARDを許そうとは思わない。


 思うわけがない。


 いつか殺す。


 WIZARDとSCYTHE。


 彼をたぶらかそうとした存在は絶対に……殺さないと。


 だって、彼は嫌がっているに違いないから。


 彼だってそう言うはずだ。


 その2人を殺せば彼も褒めてくれる。絶対に。私の事を認めてくれて、褒めてくれて……そして……


「で、リンカ。WIZARDを連れて来た理由はあれかい?中国地方の城を落とすお手伝いでもしてもらうのかい。……何を報酬に提示すればWIZARD相手にそんな取引が成立するのか、興味津々だよ」


 気付けば私の執務室に辿りつき、春がWIZARDにソファに座るように言って、次いで紡いだ言葉がそれだった。


「プレイヤーキャラの情報」


 憮然とした口調になってしまったのは彼の事を考えている最中に邪魔をされたからに違いなかった。


「知っている人?」


「知らない人」


「…………ふぅん?」


 ダウト。もしかすると、そんないつもの言葉が飛び出すと思ったが、空気を読んでくれたようだった。今、私がそのことをWIZARDに知られるわけにはいかない。


「ま、良いか。情報収集担当は僕だ。そのキャラの名前聞いても良いかな?WIZARD」


「ん?シズって名前ね。死体みたいな人間だから見ればすぐわかるわよ」


 ソファに深く座り、背凭れに体重を掛けながらぼんやりとWIZARDがそう言う。


 WIZARが彼をそんな風に称するたびに、苛立ちが沸いてくる。彼を死体なんかと一緒にするなと。


 小さく、歯がぎりっと鳴った。


 ……けれど、今は耐えるしかない。


「嘘を言っているわけじゃないみたいだね……死体みたいな、か。ま、調べてみるよ。ただ、もう少しぐらいは情報が欲しい所だけど……。最後に見たのはどこだ、とか」


「2週間前まではサンシャインでシズと2人でレべリングしていたのよねぇ……で、ある日いきなりいなくなったわ。痕跡は一切なしね」


 言って、頬を膨らませた。


「サンシャインって事は東京か……NEROのお膝元で良くやるね」


 それに関しては確かに、と私も思った。まぁ、彼をそんな場所に連れて行くなんて何て奴なんだとも思ったけど。


「まぁ、協定結んでいるしね、一応は。あそこのNPCは私を襲わないように設定されているから別に大したことじゃないわよ」


 今更だが、WIZARDと普通にコミュニケーションを取れている事が何とも不思議だった。初日のアレを思えば、城に来たと同時に全員爆弾で殺している可能性もなくはなかった。態々殺して良い?なんて聞かれると思わなかったのはそれが理由だ。こうやって普通に話している姿を見ると、本当に普通というか……多少不遜な感じの喋りではあるけれど、うるさ型のギルドメンバーに比べれば何の事も無い。


 逆に、こうやって普通にコミュニケーションを取れる人間が、どうして初日に、いきなりあんな惨劇を産み出したのだろうかと疑問に思ってしまう程だった。一見、真っ当な人間に見える存在がそれをやったからこそ、尚更に恐怖なのかもしれないけれど……。どうにもあの時の彼女と今の彼女が結び付かなかった。


「協定か……なるほどね。WIZARDをしてもNEROを殺しきれないって事だね」


 WIZARDについて考えている私を余所に、春が面白い事を聞いたとばかりに頬を緩めていた。そして、皮肉交じりにそんな風に言われたWIZARDは……しかし、それでもあまり気にしていないようだった。


「そういう事。今なら勝てるかもしれないけどねぇ……ただ、NPCが邪魔過ぎるわ」


「なるほどね。それも良い情報だ。感謝するよ。……そういえば、NEROと言えばだけど、知っていたら教えてほしい」


「何よ?」


「彼が最初に制定した法令。NPCが何とかって奴。あれ、億単位の金がないと制定できないんだけど、何か知らないかい?」


「お金持ちって事じゃないの?シズ曰くマシンガンも良い奴持っているとか言ってたし。一山当てたとかじゃないの?……そういう事なら今度金の無心にでも行こうかしら」


「プライドは無いのかい?」


「プライドだけで生きていけるなら、楽な事はないわねぇ……ま、今はあの餓鬼より、シズの方よ。シズがいれば遠距離から射殺も可能だし、一石二鳥よ」


「遠距離から……ライフルとかかい?」


「XMなんとかっていうペイロードがどうとか。あの人でなしがそんな蘊蓄語っていたはずよ。詳しく覚えてないけど」


「割と簡単に教えてくれるね。良いのかい?」


「何が?」


「仲間の装備を勝手に、赤の他人に伝える事」


「仲間?笑える冗談ね」


 ケタケタとWIZARDが笑う。


「見ていて面白い奴ってだけよ」


「ダウト」


 普段私にやるように、春がWIZARDを指差した。


「仲間じゃないっていうのは真実っぽいけど、その後は嘘だね」


「リンカぁ?こいつ面倒な奴ねぇ。貴女もそう思うでしょう?」


 肩を竦めながら言うWIZARDについつい何もかも忘れて頷きそうになった私を許してほしい。その私の態度に今度は春が肩を竦めて苦笑した。


「で、ついでだから聞かせてほしいんだけど、そのシズっていう人。今、レベルは?」


「2週間前で35ぐらいだったかな?流石にそれ以上はあがってないと思うわよ」


「リンカと同じか……その割にランカーではない……どれだけ悪魔を殺したんだい?いや、むしろどれだけ殺せばそのレベルに至れるんだい?後学のために教えてくれないかな」


「さぁ?二人で仲良く四六時中、爆弾投げたり、弾丸射出したりしていただけだしね。相当数としか言えないわねぇ……なんなら教える?その場所。サンシャインの……」


「結構。NEROのお膝元で騒ぐ気は僕らにはないからね。しかし、なるほど。そのシズというキャラクターは君と同じく生成能力スキル持ちか」


「良い勘してるわね。情報収集頼んでおいて何だけど、気を付ける事ね。あっという間に蜂の巣にされるわよ。自分が殺すと汚い死体になるからって好んで人殺しはしないみたいだけどね。……ほんと、馬鹿で狂った発想よね」


 ぞくり、とした。


「ちなみに、私でも少しはダメージ通るわよ。1とか2程度だけどね。……それでも彼の弾丸生成能力と組み合わせると中々厄介よ?全く、ほんと気違いなステ振りなんだから。ま、だからこそ大好きなんだけどねぇ」


 ぞくり、とした。


 WIZARDの大好き発言に関しては反吐がでそうになったが、20近いレベル差を持ってしてもダメージを通すというそのステータスに。


「もしかして、DEX極振りかい?」


「そそ。頭おかしいでしょ?」


「確かに……ね」


 誰も彼もが生きたいと願う。VIT偏重ならばまだ分かる。攻撃を喰らえば死ぬ世界で、攻撃力のみに特化するなど普通の発想ではない。勿論、春は別だ。元より死に体なのだからAGI特化として他者のために行動するというのは分からないでもない。けれど、そんな事情のない人間が、ただただDEXだけを上げる事が出来る……そんな彼を思い、陶然とする。


 私には絶対出来ない事をやってのける彼が愛おしい。


 私が死ぬ時があれば、彼のそのライフルでこの身を貫いて欲しいと願いさえするほどに。


「とりあえず、今のところは以上かな。しいていえば、彼がやりそうな行動とかを聞きたい所だけれど……それが分かれば自分で探すか」


「まぁね。最初の街から地元へ行くって時に徒歩で行く様な馬鹿だし、何しでかすかは分からないのよねぇ…………あぁでも何とかって拳銃は好きみたいだったのよね。名前と関係ない……えっと、あぁ。あれあれ」


 えーっと、えーっとと思い悩むWIZARDは存外可愛らしい感じではあった。不愉快だったけれど。


「れいじ……ぶる?」


「レイジングブル?」


「あぁ、そうそれそれ。人の物をかっさらう酷い奴が持っているやつ……あれ?もしかして、それ奪いに東北に戻ったの?」


「ふむ。だったら、まずはそっちの方に派遣してみようか?」


「ん。お願いするわ。感謝するわよ。私1人だと思い出せなかっただろうし。御礼は、城1つで良いのよね?」


「なんだかレートがおかしいなぁ」


 くすり、と春が笑う。


 苦笑する事は良くあるけれど、春がこうやって普通に笑うのは珍しい。そんなに面白い事だろうか。


「あまりにもこっちが得し過ぎだよ。なんだったら、この後処刑するプレイヤーの首でもいるかい?」


「いらないわよ、そんなもの」


「ふむ。ダウトではない、と。……初日のイメージが強いからかな。そういう物を欲しがるかと思っていたけれど……そういうわけでもないわけか」


「リンカぁ?こいつ面倒くさいんだけど。殺して良い?」


 ソファに両手を広く伸ばしたまま、首だけ動かして私に言ってくる。なんだろう。お母さん、ビール!とでも言うかのような仕草が、いつか見た父親の姿のようで何とも変な気分に陥った。気の抜けるというか……これが本当にあのWIZARDなのだろうか。


「駄目よ。うちの大事なサブギルドマスターだから」


 肩を竦め、WIZARDが呆と天井を仰ぎ見た。その様子に今度は春が肩を竦めて、


「それもダウトじゃない、と。……怖い怖い」


 WIZARDの言葉に対して、そう呟いていた。


 という事は、春を殺しても良いか?と問いかけた言葉は虚勢ではなく、全くの本心から出た言葉という事である。


 あまりにも殺人と日常の境目が近過ぎる。或いは薄いとか交差していると言った方が妥当だろうか。そんな精神構造にどうやったらなれるのだろうか。少し、興味が沸いた。それが彼女を殺す時に役に立つような、そんな気がしたから……


「んー。じゃあ、報酬というわけでもないんだけれど、女の子なんだし、お風呂でもどうだい?リンカが大枚叩いて作った豪勢な風呂だ。お気に召すと思うよ」


「あら、それは良いわね。汗は掻かないっていっても、やっぱり風呂には入りたいわよねぇ……良いもの作るじゃない。リンカを殺さなくて良かったわ」


「……それはどうも」


 憮然とした声になったのも致し方ない。


 ちなみに、その発言に対してもダウトという春の声は聞かれなかった。






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