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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第三話 悪魔憐れむ男
22/116

05





 突進してくる二足歩行の爬虫類。


 恐竜のような姿。その前足……手だろうか。その攻撃を、一歩前に出て受ける。


 横殴りのその攻撃を右腕で受け止めれば、その衝撃に膝が屑折れる。


「っ……流石に」


 ダメージを喰らうようになってきていた。落ち着いて座っていれば自然回復量がダメージを上回るが、落ち着くことができないのが現状だった。


 あれから数時間。


 延々と戦い続けて今に至る。御蔭でキリエのレベルが更に2つあがり、俺のレベルを越していた……流石にあがりすぎじゃないだろうか、などと戯れた感想を思い浮かべる暇も今はない。


 最初は弱い悪魔ばかりだった。それがいつしか数が増え、強さが増し。そして今度の相手は身の丈は俺の1.5倍程だろうか。そんな恐竜だった。


「キリエ」


「承知」


 刃が零れ、切れ味の落ちた剣を叩きつけるように恐竜の腹へと叩きこむ。


『グガ……』


 そんな悲鳴とぼきり、という鈍い音と共に恐竜の腹が凹む。肋骨が折れた音だろうか。その音を聞き、キリエが剣を引き、再度腹へと叩きこむ。


 ぼきり、と再び音が鳴り、悲鳴と共に彼女を追う様に俺から離れようとする恐竜。その恐竜の腹に今度は俺がナイフを突き立てる。ぶに、という感触が腕から伝わってくる。


 全くダメージは通っていなかった。


 故に、何も気にされずそのまま離れるために、身を翻すように全身を回転させた。そして、慣性に従いそいつの長い尻尾が、ぶおんという風切り音と共に俺の側頭部へと当たった。


「ぐっ……」


 咄嗟に頭を庇った腕から伝わる痛みに、表情が歪む。


 痛い。


 痛みに心が折れそうになる。


 俺は臆病なのだ。これが1人であればもうとっくに心は折れているだろう。だが、俺は1人ではないのだ。例え半身が骨だとしても、女の子を前にすれば男は無理をしてしまうというものだ。などと戯れた感情を浮かべて無理やり気張りながら、再度襲って来た尻尾を掴む。


 既にキリエは後退している。


 そちらに行かせるものかと足を踏ん張る。だが、俺の重さなど気にならないといわんばかりにずり、ずりと俺と共にキリエの方へと向かう恐竜。


「爬虫類の癖に人間の女が好きなのか?まったく……良い趣味してるなぁ、おい。異種姦好きの変態爬虫類」


 足が止まった。


 コミュニケーションは出来ないとはいえ、言葉は通じるらしい。嬉しい誤算だった。言ってみるものである。とはいえ、安い挑発に見事に乗ってくれたものである。所詮、本能で生きる悪魔はちゅうるいか……。


 再び俺の方を向き、ぎろりとその大きな金色の瞳で睨んでくる。睨み、雄叫びをあげ、前足や尻尾を使って攻撃してくる。


 度し難い程、脳が足りない悪魔だと思う。俺たちは二人なのだ。隙を見せすぎというものである。


「主様……使います」


 そんな宣言と共に彼女の骨で出来た手の内側に青く冷たい炎が浮かびあがる。長期戦となった段階で、SP消費を抑えるために暫く使っていなかった。彼女の今のステータスからすれば、刃こぼれした剣を使うよりも、そちらの方が攻撃力は高いだろう。だから、その提案は是である。


「俺ごとやれ」


「承知」


 言葉と共に彼女の腕の中の炎がさらに大きくなる。


 ゆらゆらと揺れながら、炎が揺らめき、それと共に冷気が周囲に流れて行く。寒気を感じたのか、爬虫類が身震いする。


「大人しく冬眠すると良いさ」


「主様、永眠の間違いです」


 瞬間、俺と爬虫類が炎に包まれる。


 PTだからといって味方の攻撃を喰らわないわけではない。その証拠のじわ、じわとHPバーが削れていくのが見える。


 出会ったばかりの頃は全くといって良い程HPを削れなかった彼女の炎も今は中々のものである。レベルももう俺を越したわけだから当然なのかもしれないが……。


 じわ、じわと体を、服を凍らせていく冷たい炎。


 同時に爬虫類の皮膚を凍らせていく。かち、かちと爬虫類の全身に霜が降りて行く。


「逃がすかよ」


 当然、逃げようとする爬虫類の手を掴まえて押し留める。冷たくなって弱って来た爬虫類の動きを止める分には俺でもできるというものだ。


「良い夢を」


 そんな言葉と共に青い炎を纏ったキリエの剣が爬虫類の腹を叩き割った。


 そして、断末魔と共に爬虫類が死んだ。


「まだ続くかね……」


 言いながら、冷たい爬虫類の体にナイフを刺し---死体になると刺さるらしい―――、解体してその肉を喰らう。美味くもない生肉を咀嚼しながら、HPバーを見つめる。


 じわじわと時間を掛けて減っていたHPバーが回復し、痛みが消えていく。


 仮想ストレージ内に手持ちの回復薬はある。だが、いつまで続くか分からないこのクエストを考えれば節約に越したことはない。殺しては解体し、喰らっては次の悪魔を。その繰り返し。


「……いつになったら終わるのやら」


「……さて」


 体力的な疲れはHPが回復すればなくなる。だが、気疲れはする。終わりが見えない戦い程、精神的に辛いものもない。悪魔であるキリエもまたどこか疲れた様子を見せ始め、出会った時のような気だるげな表情を見せていた。


 そんな俺達に気を使うわけでもなし。


『ALERT ALERT』


 視界に真っ赤な文字が現れた。


『 クエストボス 出現』


 ようやく、終わりか。


『城主 デュラハン 出現』


 一瞬、何のことか分からなかった。城主の取り決めたクエストの最後に城主自らが登場するなど……いや、それ以前に、こちらは2人だけなのだ。


「……城攻略は人間だけってか!そんなにプレイヤーを殺したいのかよっ」


 悪態をついていれば、黒い煙が立ち上り、それと共に巨大な馬と、それに乗る顔の無い騎士が現れた。


「だから首を切ったってか?」


 数時間前に見た顔の無い死体を思い出す。城主がこれだから頭を持つ生物は不愉快だったので首を切ったとでもいわんばかりだ。


「先程の絵画の女ですね、きっと」


 再び炎を腕に纏いながら、キリエが、そんな事を言った。


 女性らしいラインを施された黒い甲冑。やたらごつい感じのガントレット、下半身を、足首まで覆うのはやはり同色の裾の広がったスカートのようなもの。そして、その手には幅広い剣と……そして、頭と鼻、耳元を覆う兜を付けた瞼を縫われた男の顔があった。


「絵画の二人に何があったかは知らんけど……」


 仲魔達と共に闘う予定だったが、これを倒さなければ出られないなら、どうにかするしかない。


 いつもと同じく俺が一歩前へと出る。


 それと同時に、蹄を鳴らし、大きな嘶きをあげる。


 ぞくり、と身が震えた。


 突進。


 それを咄嗟に転がって避ける。


 そこら中に転がった悪魔達の肉片が顔に掛り、吐き気を催すような匂いも相まって胃の中の物を戻しそうになる。


「……物は試しただが、デュラハン。お前には仲魔になるという選択肢はあるのか?」


「―――」


 無言だった。まぁ、当然である。


 さておき。


 拳銃を取り出し、再び蹄を鳴らしている馬に目がけて、引き金を引く。


 轟という音と共に射出された弾丸が馬に当たった。が、豆鉄砲如きでダメージになるはずもなく。からん、と軽い音を立てて弾丸が地面に落ちた。


「馬上から見下ろすのが騎士の習わしか?」


「―――」


 そもそも言葉が通じているかが謎だった。先程の爬虫類と違い頭がないのだから。手に持った男の頭はデュラハンの頭ではないし、そもそもその首は躯だ。


「キリエ。一辺倒だが……俺が前へ出るから、アレを馬から引き摺り下ろすぞ」


「承知」


 リディスがここにいれば飛んであの甲冑を蹴落として貰う事もできたかもしれない。が、ない物ねだりはしても仕方がない。


 故に、あるもので戦うとしよう。


 それに、先程の突進で分かった事もある。


「あの女よりは怖くは……ない」


 一瞬感じた震えはもうない。


 一撃で命を飛ばされそうな怖さは感じない。だったら、行けるだろう。


 リディスが、俺が肉壁になっていれば大丈夫と言っていたのも分かると言うものである。まぁ、リディスがこれと対峙した事があるわけでもないのだけれど……


 所謂ゲーム的な理由で城主はそこまでハイレベルというわけではないのだろう。


 これが真っ当なゲームであれば、難易度はそれこそかなり高くてもおかしくない。しかし、そうだとすると城というシステム自体が無用の長物にしかならない。誰も自らの命を掛けてまで攻めようとは思わないだろう。


 それにゲームを作る側……クリエイターからすれば、城というシステムを使って何かをして欲しいわけだ。例えばNEROが関東に敷いた法令。NPCによるプレイヤー殺害を許可。そんな不愉快な法令をクリエイターは求めているのだ。


 それに、城主になる事でメリットがあるのならば、奪い合う事もあるだろう。可能な限りそれは早い方が良い。クリエイターは膠着を求めているわけではない。6800名という人間が死んでしまう事を望んでいるのだ。


「それに……」


 そもそもハイレベル仕様であれば、NEROが早々に落とせたわけもない。まぁ、今の俺のレベルよりは相当に高かっただろうけれど……


「さて、騎士様。自分の頭を探しているのならば……俺を殺して、掻っ切ってみな」


 そんな俺の挑発に乗ってくれたのか、あるいは単に業を煮やしただけなのか、騎士が腕をふりあげ、その幅広の大きな剣を天に向かって掲げ、それに合わせるように馬が突進してくる。


 すれ違い様に振られた剣。その剣を、腕で受け止め……ようとして、俺の腕が飛んだ。


「あが……」


 ぷしゃ、と間欠泉のように血が周囲に散った。


「主様!」


 痛い。


 痛い。


 痛い。


 痛い。


 痛い。


 どくどくと血管を通って血が流れて行く。止まらない。血の流れと共にHPバーが減って行く。痛みに呆とする頭を振り払う様にデュラハンへと体を向ける。


 すれ違い、そのまま後方へ走って行ってくれたのは僥倖だった。


 そのままその場に留まって貰っては危なかった。


 相対し、残った腕で仮想ストレージから回復薬を取り出し、口に含む。薬の苦みと共に痛みがゆっくりと消えて行く。切られた部分もじわり、じわりと回復していく。


「……こんなのと同じのをどうやってNEROは殺したんだよ」


 悪態にもならないぼやきを浮かべる。


 何が強いわけがない、だ。


 そんなわけがなかった。


 城の奪い合いがどうこう以前に、クリエイターが望んでいるのはプレイヤーの死だ。要因は何でも良いのだ。城が使われようが、使われまいが何でも良いのだ。


「でも……正面から受けなきゃ良いだけだ」


 アレの一撃によるダメージはHPの2割程度。だったら後5回は耐えられるのだ。それまでに殺し切れるとは思わないが、回復しながらならばもっと耐えられる。


 今まで散々殺した悪魔達の死体はまだ残っている。それを喰らえばもっともっと戦える。


 それに、俺だから良かった。


 キリエが攻撃を受けなくて良かった。


「ご大層な格好して、腕一本程度とはね……あんまり弱いとこっちが萎える」


 ただのやせ我慢だ。


「キリエ。馬を先にやるぞ」


 馬がいるからこそダメージが高い。そう思う。あれが騎士の攻撃だけであればもっとダメージは少なかっただろう。そんな期待を浮かべながら、馬へと近づいて行く。


 このゲームには良い攻撃方法がある。


 自分の攻撃は自分では喰らわない。


 故に。


 自爆攻撃は可能なのだ。


 使っていなかった手榴弾。初期装備分と俺を襲って来た5人の人間から巻きあげた計12個の手榴弾。DEXの低さを思えばそこまでダメージは喰らわないかもしれない。だが、ここで使わずにいつ使うというのか。


「……そっちから来ないなら、こっちから行くぞ?」


 今のデュラハンの攻撃でもう一つ分かった事がある。


「お前、目が見えないな」


 そう。手に持った顔の瞳は閉ざされている。馬の目だけがデュラハンの視界なのだ。そうでもなければ態々防御している場所を狙って攻撃する事もない。


「キリエ。炎を俺に」


「主様1人を行かせるわけには参りません。私にとっても奴は―――殺すべき敵です」


 生贄。


 デュラハンの生贄とは、彼女の顔を切り取って己の頭とするとかそんな所だろう。切ってすげ代えた頭が腐敗するたびに生贄を所望していたのだろう。真実は分からないが、きっとそんな事ではないだろうか。


「元より失われる運命であった命です。一矢報いる機会を与えられ、1人では全然上がらなかったレベルもあげて頂いた。ここで返さずしていつ返すと言うのです」


「こいつを倒してから、気長に返してくれ」


 長い付き合いになる。


 だから、いつだって良い。


 いや、そもそも返す必要など無い。


 俺がキリエを仲魔にしてレベルをあげさせたのは、これを殺して悪魔の王になるためにやった事なのだから。


「では、改めてこれを打倒した後に誓いましょう。貴方の行く道に付き従うと」


 心強い話だ。


「そして、認めさせましょう。主様の隣に立つのは私である、と」


 けれど、続いた言葉は少し引っ掛かるものだった。


「キリエ?」


「さぁ、主様。早く、倒して王となりましょう」


 気にはなった。だが、今は考えているわけにもいかない。


 考えることは後でやろう。


 今は……仕留めよう。


「好いた男の首を持って彷徨う悪魔を殺して成仏させてやるのも王の務めだ」


「お優しい御方」


 くすり、と笑みを浮かべるキリエを伴って走る。


 向かえばあちらからも向かってくる。だが、そんな一直線な動きに何度も当たってたまるものか。


 ぐるり、と横に流れるように転がり、すれ違い様にその横腹目がけて手榴弾を一つ投げつける。


 轟。


 馬にぶつかったと同時に手榴弾が爆発し、その腹を抉る。


『ヒヒヒン!?』


 よた、と馬が横に倒れそうになった。そして踏ん張り、何とか体勢を立て直そうとした所に手榴弾をさらに6つ投げれば、大爆発を巻き起こし、馬がさらに傾く。


 その状態で追加……する事なく、今度はキリエが馬の足元に向かってアンダースローの要領で青い炎を投げ飛ばした。


 ぴしっ、という音が鳴った。


 馬の足が凍り、自身の重みも相まって、その足がぱりん、と軽い音を立てて折れた。


 どさ、がしゃん。


 そんな間抜けな音を立ててデュラハンが落馬する。


「あぁ……馬はAGI特化で、デュラハンはSTR特化か……キリエ。馬の方を先に」


 あまりにも巧く行き過ぎて少し呆然としてしまった。


「承知」


 横倒れになり、そこから復帰しようとしては何度も倒れる馬に追い打ちを掛ける。キリエが何だか楽しそうに、青い炎を作っては馬に投げていた。


 そして、俺は倒れたデュラハンに向かって手榴弾を投げようとして……手を止めた。


「……彼氏の顔を探してるのか?」


 落ちたはずみで手に持っていた顔を落としたらしい。落とした彼氏の首を、顔の無い甲冑が探し回っていた。幅広の凄そうな剣すら放置して、俺やキリエの事など、馬の事など忘れて手探りで顔を探していた。


「馬鹿馬鹿しい様子だけど……憐れだな」


 これが城主の姿か。


 憐れにも程があった。


 恐れなど一切合財失せてしまった。


 キリエによって延々と攻撃されている馬を避けて、悪魔達の死体の中に転がっていた男の顔を手に取る。


『デュラハンズソウル を手に入れました』


「……アイテムなのな」


 仮想ストレージへとそれを移し、説明欄に目を向ければ『デュラハンからのヘイト上昇』だった。迷惑なアイテムだった。いや、ある意味都合は良いか。


 ならば、もうひと押しとばかりにデュラハンへと声を掛ける。


「そんなに大事なものなら宝物庫にでも置いていろ。お前のソウル、俺が貰ったよ」


 その言葉に、デュラハンが動きを止める。


『―――――――――か』


 何かが聞こえた気がした。


 そして、その『何か』と共に突如デュラハンの体から現れた闇色の煙が周囲に広がって行く。


「……人の物を取ってはいけませんってか?」


「主様!何を阿呆な事を!」


 離れた場所から仲魔に罵倒される主がいた。俺だった。


「デュラハン。返してほしけりゃ、取り返してみるんだな」


 これでアイテムの効果と相まってヘイト稼ぎは十分だろう。


 馬もようやくキリエの攻撃で絶命したようだし、後は……そんな事を考えている間に、広がった闇が急速にデュラハンの頭に集中し……闇色の頭を作り上げ、


「――――――返せ」


 煙のようにもやもやとした頭から、顔から、女の声が響いた。


『 悪魔勧誘能力 がレベルアップしました』


 突然、そんなテロップが視界に沸いて出た。


 声が聞こえるようになったのはそれか。


「あの人を――――返せ」


「返しても良いが、その前に城を受け渡してもらう!」


「返せ!」


 がしゃ、がしゃとデュラハンの鎧が音を鳴らしながら立ち上がり、剣を拾い、両手でそれを持ち、俺に向かって攻撃を仕掛けて来る。


 その攻撃を両の腕をクロスさせて受ける。


 腕の中ごろまで刃が入る。


 同時に痛みが伝わって来る。だが、これぐらいならば耐えられる。痛みにも、HP的にも。


 馬がいなくなった事でデュラハンの攻撃力が落ちたようだった。だが、その分……攻撃が一直線ではなくなった。


 剣を引き、次いで横、縦、突き。緩急も交えての連続攻撃。


 その攻撃を、体を張って受け止めながら、HPバーを確認する。じわ、じわと減って行く。これなら一撃が重かった先程の方がましだった。


 だが、近接攻撃というのならば、である。


 攻撃の合間を見て、手榴弾を使用する。


 どん、という音と共に爆破した手榴弾の破片がデュラハンを襲う。ぐらり、と揺れる鎧。やはり、HP自体はそこまでないようだった。まとめて100発ぐらい爆破させればそれだけで勝てるようにも思えた。もっとも、ない物ねだりだが。


「キリエ!炎で攻撃を!」


 と、キリエに声を掛ければ、苦い顔をしたキリエの姿が見えた。


 それで理解した。


 馬を1人で相手にしていた所為でSPが枯渇したのだ。デュラハンや馬へのダメージソースになるのが彼女の特殊攻撃しかなかった所為でそれに頼ってしまっていた。その結果がこれだ。とはいえ、全く考えなしにヘイトを稼いだわけでもない。


「回復しながらで良い剣で攻撃してくれ!」


 だが、全く行き当たりばったりな戦闘なのは確かだった。リディスがいなければ俺なんて所詮こんなものだ。参謀がいなければ指揮官なんてこんなものだ。


 ともあれ、このまま攻撃を喰らい続けていれば回復アイテムや肉が無くなってしまう。それだけは避けなければならない。


 だが……行き詰ったわけではない。


 再三だが、無意味にヘイトを稼いだわけではない。


 折角手に入れたアイテムを使わなければ嘘だろう。


「ここは君の彼氏に頼るとしよう」


「あの人を返せ」


 猛る闇色の霧で出来た顔。


 そして横殴りに俺に向かって一撃を加えようとして、手を止めた。


「懸命な判断だ」


 腹の横に、剣の軌道の先に彼氏の顔を置いた所為だった。


 なんとも悪人気分である。


 そうやって何度か彼女の攻撃を止めていれば、やはり憐れに思ってくる。


「君が大人しくこの城を明け渡してくれれば、彼氏は返そう。どうだ?あっちの仲魔には俺が言って聞かせてやる」


 そんな俺の言葉にキリエが呆気に取られた顔をしていた。


「……」


 そして、ようやくデュラハンが動きを止めた。


「この場は彼氏との想い出の場か?だったら好きに使えば良い。俺が欲しいのは立場であって、この場ではない。それとも何か?そんなに城主としての立場が大事なのか?君のナイトよりも」


「……あの人を返して」


 闇色がゆっくりと溶けて行く。


 そして、その内側から、絵画で見た少女の姿が……。綺麗で、愛らしい顔が出てきた。


「本当に返してくれるの?……いいえ、人間なんて信じない」


 僅かに覗いた人懐っこい印象は、直後、怒りへと変わった。歯を食いしばり、俺を睨んでいた。


 彼女と彼の間に一体何があったのだろうか。きっと人間ノンプレイヤーキャラから酷い事をされたという設定なのだろうな……。


「人間を信じる必要など無いよ。それに俺は……悪魔の王(DEMON LORD)だ。まだ城ももたない駆け出しの王だがな」


 そんな風に憤る彼女に向かって冷静に、そう告げる。


「DEMON LORD……」


「そうだ。悪魔の王が真っ当な人間であるはずがない。だから信じても良いだろう?……何なら先に彼氏を返してやっても良い」


「……彼を返して」


 交渉成立、とばかりに彼氏を投げ渡す。


「……あぁ。愛しの君。私の騎士。私だけの騎士」


 男の顔を胸の内に抱きしめ、涙を流すその姿は、絵画に映っていたお姫様そのものだった。


 彼氏の頭を手に入れたからといって、攻撃してくるような様子もなかった。人間を信じられないと言った彼女だ。交渉が成立した以上、それを違うはずもない。悪魔だって感情を持っているのだから……当然だった。


「主様」


 寄って来たキリエが、不満そうな表情を浮かべていた。


「キリエは生贄にはならなかった。それで納得してくれないか?」


「納得しかねます。が……彼我の戦力差を思えば、それが妥協点ですか」


「俺とキリエだけだと攻めきれないしな」


「我が身を不甲斐なく思いますが……それもこれも主様に拾って頂いたが故ですから、これで納得して、恩を返すとしましょう」


 そんな風に話をしていれば、デュラハンが俺達の何の気なしな会話に、少し驚いたような表情を見せていた。暫くそんな表情を見せていたかと思えば、少し寂しそうな笑みを浮かべて、恭しく頭を下げた。


貴方あくまのおう貴女あくまの関係、しかと見させて頂きました。貴方のような方が王であれば私達もあのような事には……いえ、何でもありません。…………我が城―――ご自由にお使いください」


「……結局脅迫しただけの相手にそこまで畏まる必要はない。だが、君が、いや、君達が過ごしやすい場所を作る事だけは約束しよう」


「期待させていただきます。ですが……今暫くは私と彼はこの場を去りましょう。いずれ、本当の姿でお会いしましょう、我がマイロード


 言って、彼女の顔が、体が、男の首がその場から掻き消えた。


 そして、ドロップアイテムだとでも言うのだろうか。その場に鎧と剣がからんと音を立てて転がった。


「……本当の姿?」


 なんだそれ、と思う間もなく瞬間、『クエスト 達成』というテロップと、『城主となりました。開発、発展、法令設定が行えます。』


 そんなアナウンスが流れた。


 状況確認をするのも忘れてそのアナウンスに従い、法令設定の項目とやらに目を向ければターミナルの利用禁止という項目があった。他にも城主となった事をアナウンスできるなどなど。


 ならば……最初にやる事は、決まっている。


 それらの設定を行い、OKボタンをタップすれば、次の瞬間。


『ギルド LAST JUDGEMENT が 東北 の城主となりました。以後、 東北 はギルドの設定した法令に従い運営されます』


『東北 制定法令: NERO、WIZARD、DEMON LORD、SCYTHE、は東北ターミナル利用不可』


『ギルド ROUND TABLE が 九州 の城主となりました。以後、 九州 はギルドの設定した法令に従い運営されます』


『九州 制定法令: NERO、WIZARD、DEMON LORD、SCYTHE、SISTERは九州ターミナル利用不可』


『 アキラ が 北海道 の城主となりました。以後、 北海道 は城主の設定した法令に従い運営されます』


『北海道 制定法令: NERO、WIZARD、SCYTHE、SISTERは北海道ターミナル利用不可』


「……おい」


 予想以上のアナウンスが流れてきた所為で、焦った。


 全く同一のタイミングで、二つのギルドが城を落として同じ様な設定をしたのか。奇遇にも程があった。しかし、あれだ。ギルド単位ということは人数を集めて城主を殺したのだろうな……そう思った。


 そんな事を考えていれば、視界の隅、キリエが服を脱いでいた。右半身丸見えであった。そして、その代わりにデュラハンの鎧を装備しようとしていた。


「……キリエ?」


「しぶしぶ納得するのですから、これぐらいの役得は頂かないと」


「さっき恩を返すため、とか言ってなかったか?……まぁ良いけど。……折角だし、剣はリディスに」


「いいえ、私が貰います。私が持っていた方が良いでしょう。どうせ、その内そうなります」


 ……どういう意味だろうか。


「認めさせると言いました。最後の時、主様の隣に立っているのは私である、と」


「キリエ……」


「主様があの天使アレを大事になさっているのは分かっておりますし、今は私もアレには届きません。ですが、悪魔は使い潰せば良いのでしょう?アレもそう言っていました。だったら、使い潰しましょう。私のようにレベルがあがるわけではないのですから」


 ぞっとした。


 ぞっとした所為で、『関東 制定法令(再通達): WIZARDは関東ターミナル利用不可』


などという嫌がらせの様なアナウンスが流れた事には気付かなかった。


「……私の命を助けた責任。とってくださいませ、主様」






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