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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第三話 悪魔憐れむ男
21/116

04





 レンガ色の建物。


 白銀の世界に似つかわしくない赤茶色の建物。


 それが城だった。


 こういう場所はおどろおどろしさというべきものがありそうだが、特にそんな印象はない。寧ろ、白い世界の中で唯一建物に雪化粧のない姿や周囲に悪魔の陰が見えない事を思えば神聖ささえ感じる。あるいは、静謐というべきか。そんなものを確かに感じた。


 その神殿の如き建物の前に立ち並ぶ俺達。


 レべリングから二日が経過した。


 キリエのレベルの上がり方は本当に異常なほどであり、既に18。それで十分かどうかは分からない。高ければ高い程良いに越したことはないが、それでもそこまで長く時間を掛ける気はなかった。


 この熱が冷めないうちに。


 臆病者な自分が出て来て逃げ出さないうちに。


「では、行こうか皆」


「お供致します」


「えぇ。貴方が王となるために」


 さぁ、行こう。


 ずしり、と雪に足跡を付けながら城へと向かう。


 建物の入り口には豪奢な装丁をされた巨大な扉があった。それをゆっくりと開けて行く。


 あければ内側から暖気が流れて行く。寒暖の差に従い流れてくる風に後ろに立つ二人の髪が揺れた。


 警戒をしていなかったわけではない。だから、風と共に襲って来た炎塗れの車輪を、何の気になしに両手で受け止められた。


 火車と言えば良いのだろう。


 火のついた車輪。


 受け止めたものの、それでも前進してこようとするソレを、足を踏ん張って耐える。拮抗状態。それを作り出せば、一対多だ。ソレの動きを俺が止めた瞬間、後ろの二人がそれに攻撃を加える。


 動きを止められている悪魔に攻撃するのだ。全力で振り下ろしても外れるはずもない。


 一度、二度。


 壊れるまで、炎が鎮まるまで、延々と2人が攻撃を繰り返す。


「そんな全力で斬って折れないのか?」


「例えヒビが入っていたとしてもそこまで鈍ではありませんから」


 結局、リディスの新しい剣が手に入る事はなかった。ボス戦を見越して準備不足ではあったが、一応、またぞろ寒さに震えていた骸骨剣士から奪ったキリエが持つのと同じ剣を装備させていた。いつでも代わりに抜けるように、と。


「火車と呼べば良いのか?お前、この城の主のことを知らないか?」


『ガガ……グギ……』


 聞いた所でそんな重要な情報が得られるはずもない。だが、少し変な返答ではあった。言葉が聞き取れない。


「スキルレベルが足りないとかか?」


 それは分からないが、情報を聞けないならまぁ意味もない。


「リディス。キリエ」


 二人の剣が同時に振るわれ、悪魔が崩れ落ちる。からん、と軽い音を立てて車輪がレンガ色の建物の入り口に落ちる。


「経験値が一杯ですね」


「俺はなんともいえないが……」


 特に解体する部位もなく、スポーク部分を取ろうとしても手に入る様子もない。諦めてその車輪を放置しつつ、警戒心を高めながら、そのまま城の中へと向かう。


 入ったそこは広間になっていた。


 蝋燭の灯りに赤い絨毯がぼうと浮かびあがっていた。


 そして、それを認識したと同時に三方から先程と同じ車輪の悪魔が襲って来た。


「城主の所につくまでにキリエのレベルがいくつかあがりそうだなぁ」


「あり難い事です」


 くすりと笑うキリエを余所に、俺は一歩前進し、車輪の攻撃を受け止める。


 車輪の突進に体が傾いたものの、痛みはない。


 とりあえず、そいつらにサバイバルナイフの柄で攻撃を加えてヘイトを稼ぐ。もう少し力強い攻撃の方が良いのだろうけれど、今の俺に出来る事といったらそんなものだ。


 それらの攻撃が俺一人に集まったのを確認してから、10名いる仲魔が各々に攻撃を始める。


 蹂躙だった。


 壁としての俺がいて、メインの攻撃役がふたりいて、サブが8名。それだけの攻撃―――ナイフを加えたりしている―――を加えられれば3匹の悪魔などあっという間だった。ちなみにフォックスツーテールがナイフを咥えて動き周る姿は可愛らしい。


 さておき。


「問答無用だなぁ、おい」


「城を落そうと攻め込んできた者相手に問答する悪魔もいないでしょう」


 呆れた様なリディスの声に違いない、と頷く。


「ともあれ、これぐらいの悪魔ならやっていけそうだな」


「入ったばかりでその物言いとは偉くなったものですね……まぁ、猿でも散策できる場所ではありますしね……そんな程度かと。そうでもなければ来ておりませんし」


 それに対しても違いない、と頷く。


 転がった車輪を放置し、落ち着いて広間を見渡す。


 左右に扉、そして前方に階段。


 なんとも単純な構造だった。リディスに確認すればウェットモンキーが残した情報の通りだという。城主のいる場所は定かではないが、二階ではないかとのことだった。まぁ、誰がどう見ても城主は前方の階段をあがった先……暗くて良く見えないが……だろう。だったらどうするか。


「とりあえず1階を荒らしてから行くとするか」


 忘れがちだが、この世界はゲームである。ダンジョンの攻略法がダンジョン内にあったりするのは常である。そんな常識がこの世界に通じるかどうかは分からないが、試す価値は十二分にある。


「押し入り強盗とは……酷い人間です。流石ですね、アキラ様」


 戯言を、と思いながら右手側の扉へと向かう。特に理由があったわけではない。無理に理由を探せば利き手が右だからそっちの方が近いように感じたからだろう。


 扉を思いっきり開け、その中に向かって何発か弾丸を撃ち、反応を待つ。


 がたがた、という音と共にいわゆる恐竜が鳴くような気味の悪い鳴き声が聞こえた。


 一歩下がり、そいつが出てきた所を皆で囲んで殺そう、そう思ったものの、暫く待ってもそいつは姿を現さなかった。


 様子見がてらに、HPの一番高い俺が部屋へと入る。広間と同じく、蝋燭の揺らめきだけがその場の照明だった。


 そこに映し出されたのは……開いている奥の扉、そして、


「……プレイヤーか」


「さて。NPCかもしれませんね」


「いや、名前が見えないからNPCではないな」


 干からびた人間が逆さに吊るされていた。


 血を抜き取るためなのかは分からないが、首から上……いや、この場合、下か。そこが切られていた。


 頭の無いミイラが吊るされていると言えば正確な表現だろうか。


 干からびている御蔭で匂いも少なければ、生の死体を見た時のような気色悪さはない。


 そのミイラは生殖器から察するに男性が2名、女性が1名だった。


「……城主に挑んだものの末路とかか?寧ろ、この地にプレイヤーがいた事の方が驚きだよ」


 ミイラの皮膚には火傷がないことを思えば、彼らが入口で殺されたわけではない事が分かる。あれを倒してこの建物を散策した結果、殺されてここに吊るされていると考えるのが妥当だった。


「干からび具合から言って、ゲーム開始してからすぐとかか?」


 この地の寒さは正直に言えば堪える。気力的な物で俺はどうにかしているが、用が無ければ長く居たいと思える場所ではない。


 一旦、この地に訪れた者もすぐにどこか別の土地に移動したに違いない。とするならば……あるいは、彼らはこの地出身なのかもしれないな、と思った。望郷の想いを持っていたとしても、帰った先で死んだら何の意味もないだろうに……


 ともあれ、今は……そんな死体よりも、である。


 奥に続く扉の先の方が問題だった。


 ちらちらと炎が揺れている事を思えば、そこで待ち伏せしているのだろう事がまるわかりだった。


「稚拙な」


 或いは怯えているのだろうか。その稚拙な隠れ方にゲーム開始直後の自分を思い出し、苦笑する。


 どちらにせよ、散策の邪魔になるならば殺せば良いというものだ。


 身構えながら、奥の扉の前へと行けば突然、熱湯が掛けられた。


『ガガガ……キキキ』


 扉の奥にいた嬉しそうに笑う爬虫類の顔面に向かって拳銃の引き金を引く。熱湯で濡れた髪を掻きあげながら、その爬虫類が割烹着姿というのが非常に不愉快で、ついつい何発か打ち込んでしまった。もっとも、俺のDEXでは豆鉄砲程度の攻撃でしかなく、その爬虫類へのダメージは少ない。


 ちなみに、熱湯を掛けられても俺へのダメージは1だった。


 4500ある俺のHPからすれば1%にも満たず、少しの火傷もなかった。まだ初対面のキリエの方がダメージは多かった。


 その事に驚く爬虫類が滑稽であった。


 一本背負いの要領で、その爬虫類の懐へと入り、ぬるっとした腕を掴み、投げる。


 どすん、という音と共に爬虫類が地面に頭から落ちた。


 悶絶。


 苦しそう蠢くその人型爬虫類の料理人に、リディスとキリエが何の感慨もなく剣を差し込んだ。


 そして、気色悪い断末魔と共に爬虫類が死んだ。


「スキルは関係なく、ここの敵は基本的に会話が成立しないと考えた方が良いのか?」


「さぁ」


 少しずれたバイザーの位置を直し、リディスが興味なさげに言う。つれない天使あくまである。


 そんな様子に肩を竦めてから部屋を散策する。部屋自体が手狭な所為で、それもすぐに終わった。調理場とそして倉庫だった。倉庫の方には巨大な冷蔵庫があったぐらいだった。その中には吊られていた者達の中身が入っていた。3人分といえる程の量ではなかった。


 それを食べたそうにしている一部の仲魔達を留めて、広間へと、そして左側への部屋へと移った。


 こちらは書架といった様子だった。建物に併設された図書館とでもいえば良いだろうか。


円形の建物の円周に本棚が並んでいた。部屋の中心には地下へと続く階段と、上階へと続く階段があった。


 静かな場所だった。


 一見して悪魔の姿はなく、本だけがそこの住人だった。そして、その本こそがそこに住んでいる悪魔だった。


 パタパタと飛ぶ本。


 自らの頁を羽のように開いては閉じながら忙しなく図書館の中を移動していた。


 特に攻撃をしてくるわけでもなく、自分自身や他の書籍についた埃をその羽のような頁で掃っているようだった。何とも気の抜ける悪魔である。


 そんな図書館掃除係な悪魔をリディスが剣で突き刺し、絶命させた。酷い天使あくまもいたものである。


 そのタイミングで、キリエのレベルがあがった。


 いくら彼女のレベルが上がり易いとはいえ、大して強いわけでもないこの城の悪魔達の経験値が多いというのは聊か疑問だった。


 外の悪魔との違いは何だろう?


 そう考えて、ふと思いついたのはプレイヤーを喰らったかどうかではなかろうかという事。


 外を歩く悪魔達がプレイヤーを殺しているかは分からない。数多く殺している所為で個体ごとの経験値を推察した事もない。けれど、この城の中だけであれば、存在している悪魔その全てがプレイヤーを食しているのは想像がつく。冷蔵庫にあった三人分には足りない内臓の行き先を考えれば尚更に。


 仲魔にプレイヤーを喰わせて、それを殺す。


 そんな発想が浮かんだのは図書館を抜けてちょうど広間の階段をあがっていた時だった。


 それこそ悪魔染みた発想だった。


 頭を振り、脳裏からそんな物騒な考えを消す。


「絵画ねぇ?」


 階段を昇った所で、誰に言うでもなく、誤魔化すように口にする。


 蝋燭の光に照らされて何とも神秘的な印象を感じる代物だった。


 それは、巨大なキャンバスに描かれた少女と少年の姿。年の頃は俺とあまりかわらないだろう。少年が少女の手をとり、その手の甲に口づけをしている場面を切り取ったものである。少女の方がお姫様然とした豪奢なドレスを身に付けている事を思えば、お姫様に対する騎士の誓いという感じだろうか。


 場違いだな、と思う。


 悪魔の住まうこの建物の中に人間の少年少女の絵画がある事が、何とも違和感を覚える。


 絵画に興味が無い俺でも良い絵だとは思う。が、延々とそれを見ていても仕方ない。


 絵画を正面に左右に更に階段がある。


 どちらから向かうか、と考えて先程とは逆に左側の階段を昇る。


 昇れば奥へと続く通路があった。右側の階段を昇っても同じだろう。


「ウェットモンキーからの情報は?」


「あの馬鹿猿からの情報はここまでです。どこかの扉を開けて出てきた悪魔に殺されたのでは?」


 何とも返答に困る情報だった。


 少しの嘆息と共に通路を進んで行く。


 リディスが言う様に扉がいくつもあった。両サイドに所狭しと扉があった。部屋の数はざっと視界に入るだけで6つはあった。


「まぁ、探索はゲームの醍醐味だよな」


 その扉を一つずつ開けて、中を確認しながら、先へと進もうと、そう思った。


 だが……そんなに簡単に行くわけもなかった。


 ここはゲームなのだから。扉を開けた瞬間に罠が発動する事もあるだろう。


 扉を開き、部屋に足を踏み入れた時である。


 突然、ぐらり、と視界が歪み、次の瞬間、俺は……先頭を歩いていた俺とキリエは別の場所へと転送された。


「眩しい……」


 暗がりからいきなり明るい場所に連れてこられれば、眩しいと感じるものだ。


 そこは、四方を壁に囲まれた広い空間だった。そう、広いと分かるほど明るい場所だった。


 人工の光に詰め尽された白い空間。


 その中心に、俺とキリエがぽつんと居る。


「主様……はぐれたようですね」


 きょろきょろと周囲の状況を確認しながら、キリエがそう言った。


「2人限定の罠とかか?」


 考えても分からない。


 分かる事といえば、この場には出口がない、という事ぐらいだ。


 周囲を見渡しても扉一つなく、天井を見ても穴が開いているわけでもない。まぁ、天井に穴が開いていた所で翼の無い俺達にはどうしようもないのだが。


「どうしたものか……っと……アナウンス?」


 突然、視界にアナウンスが流れた。


『城主強制クエスト 闘技場 を受諾しました。参加条件 人間』


『クエスト報酬 元の空間への帰還』


 と。


 城主になるとそういう事もできるのか、という納得と共に、あの死体達もこれに引っ掛かったのだな、と思った。


「キリエは人間扱いなのな」


「半分は人間ですからね」


 あるいは、NPCであっても参加は出来たのかもしれない。


 そんな事を考えていれば、クエストが本格的に開始したのだろう。


 壁から雪兎がぬるりと現れた。


「徐々に強くなっていくのかね。ま、キリエのレベルあげと思ってがんばるとしよう……こんな所で躓いているわけにはいかんしな」


「私の事を役に立つと仰ってくれた主様の期待に応えるためにも、頑張ると致しましょう」


 片手に剣を持ち、キリエが小さく笑みを浮かべ、紫色の長い髪を揺らしながら雪兎の下へと駆けて行った。


「ちょっと待ってろよ、リディス。すぐ戻るからな」






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