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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第一話 少女の見た世界
2/116

01





 産まれてからずっと、私の世界は暗闇でした。


 何も見る事のできない世界でした。


 そんなある日、光の存在を知りました。


 希望を抱きました。


 そして、何も知らない事は幸せな事だと知りました。


 失って初めて分かる事があるのだと、知りました。


 希望は絶望の始まりでした。


 とても汚い者達の中で私は生きていたのだと知りました。


 こんな世界、なくなってしまえば良いのに。


 こんな世界に生きる私もまた、死んでしまえば良いのに。






―――






 通称『彼』はその界隈では有名な人物だった。


 所謂グロ画像という芸術性の欠片も無い死体写真を延々とネットにアップし続けている人物。それが『彼』であった。プロフィールなどは一切不明。どこの誰がどのような目的でそんな事をしているのか、それは誰にも分からなかった。


 惨殺、殴殺、刺殺、焼死、撲殺、溺死、爆死、ありとあらゆる死体の写真をアップしている『彼』には、いつごろからか『彼』自身がそれを行っているのではないか?という噂が立ち始めた。オリジナリティといえば良いのだろうか。彼の写真は他の誰もが持っていない物だった。男、女、大人、子供の区別なく、荒廃したビルの中、アスファルトの上、森の中、山の上、映画などで誰かが見た事のあるような場所―――それでいて事件報道があったわけでもなく―――で人が殺されている姿を写した物。だからこそ、そんな噂が立ったのだ。警察をも騙す大量殺人犯。それが『彼』なのだと噂された。通報する者も現れたものの、『彼』が逮捕されたという話は聞かなかった。結局、その真偽は今となっても分からないが、噂が立った以降も僕はそんなオリジナリティ溢れる下らない死体写真を延々とアップし続ける『彼』への興味を失う事はなかった。


 結果、いつしか彼のアップした写真を集める日々を送っていた。日に日に増えるフォルダ内のファイル数。集めれば集める程その不愉快な殺し方に苛立つという自傷行為。それでもなお、そんな事に興じていたのは『彼』がどういった理由で殺したのかに興味があったからだった。写真を眺めていればそれが分かるかもしれない、そんな理由で僕は彼を追い続けていた。


 勿論、そんな自分の行為が正常な倫理感に基づけば気が狂っていると判断される事は理解している。そんな写真を見ては『芸術的ではない下らない写真だ』などと品評している自分がおかしい事は十二分に理解している。だからこそ、普段の生活ではそんな思考或いは嗜好を表に出す事はなく、胸の内に仕舞いこんでいた。当然、家族にも秘密であり、パソコンには勿論のこと、そのフォルダにも厳重にパスを掛けていた。


 だから精々、僕がやっていた事と言えば、夜な夜なネットでそんな画像を探したり、週末に図書館に行ってそんな本を探したり、某不思議展に参加するぐらいのものだ。誰かとそれを分かち合おうとは思わなかったし、同じ趣味を持った人間と会話に興じるなんてこともなかった。その御蔭で、学友や家族は僕を『普通』の人間と認識している。近所や学友達からは妹想いのお兄さんだと思われている。


 だからこそ、自分が後ろ暗い事をしているのだという自覚はある。けれど、間違いなく僕は『自』において狂っている。そんなものに芸術性を見出しているのだから。そんなものでしか芸術を理解できないのだから。止めようと思った事もある。けれど、気付けば探しているのだから始末に負えない。自慰行為を覚えたての中学生のように毎晩、毎晩そんな写真を集めては悦に入っていた。


 そうして、毎日のようにアップされる『彼』が撮影したであろう画像を見ては、彼の意図を考えていたある日、『彼』が手掛けたゲームが出るという噂を耳にした。人死にしか興味の無いその界隈がその話題で暫く盛り上がった程である。或いはそんな噂は『彼』自身が出したのかもしれない、今になってそう思う。ちなみに、『彼』を通報した者はその情報を聞き、再び警察に連絡したと聞くが以前の事もあり相手にされなかったとか。


 さておき。


 話題になっていた所為で調べるまでもなく、そのゲームが何かというのは分かった。


 廃墟となった日本列島を舞台にしたオープンワールド系のMMORPG。最近の言葉で表現するならば、VRMMO。今や巷にありふれたゲームの一つだった。モチーフも使い古されており、真新しさは感じられなかった。他のゲームに比べて優れている点は、触覚や味覚、臭覚まで完全再現したと謳っていた事ぐらいだろう。正直に言えばその時は眉唾だった。ともあれ、そんな真新しくもない使い古された悪魔と闘うなどというネットゲームを『彼』が手掛けたというのだ。それだけで界隈の人達も僕も興味を抱いた。そんな場を用意した『彼』が何をしようとしているのか、そこに興味を持った結果、僕―――登録名『Czシズ』はそのβテストに応募したのだった。


 界隈の者達もまた、同様に応募し、幾人かを除いてその殆どが外れていた。口惜しそうに当選者を罵倒する姿は見ていて酷く滑稽であった。もっとも僕も当選した内の1人であったからこそ、そう思えたのだろうけれど。


 そして、βテストが開始した当日の事である。


 学校から帰り、妹と共に夕食を取った後、専用筐体にゲーム本体をインストールし、キャラメイク―――面倒だったのでほぼ現実のまま―――を経て、プレイを開始した。


 そして、開始数分後、ログアウトが出来ない事を知った。


 開始直後の広場、TVや何かで見た事のある建物が軒並み壊れた世界。寂寥感を覚えるぐらいに何もかもが崩れ落ちた世界を目にしている僕達の中の一人がそんな事を言った。テスターが各々に苦笑交じりに「これが噂のデスゲーム?」「じゃあ、もう学校行かなくていいじゃん!」「俺、PKになるわ」などと和気藹々、笑いながら時を過ごしていた。誰もが、それが何を意味するかを理解していなかったのだ。


 ログアウト出来るようになるまで遊び回っていよう、そんな軽い気持ちで皆が行動を開始した。友人同士で一緒にテストに参加した者達、恋人同士、あるいは夫婦や家族で始めた者達もいたのだろう。連れ立って笑いあいながら、凄いね、凄いねと言い合いながら荒廃した世界を歩いて行く。そんな中、僕は呆としていた。より正確に言えば瓦礫の山の上に座り、初期装備や大したことの書いていないヘルプ事項などを確かめながら呆と過ごしていた。


 肉厚のサバイバルナイフ、銘も良く分からないオートマチック式の拳銃と予備の弾倉に9mmパラベラム弾が12発と、そして手榴弾が2つ。後は野暮ったいベストにジーンズ。鉄板の入ったエンジニアリングブーツ。それが初期装備だった。可もなく不可もなくと言った所で何の感慨も浮かばなかった。全員がそんな恰好をしていた事を思えば、個体差はなく、男女差も精々色ぐらいのもので大差はないようだった。


 そして、開始から30分を越え、仲良く歩いて行った者達が戻ってきた頃には彼らの笑い声が苦笑に変わっていた。


 そして、それは当然のように怒りに変わっていった。


 そんな彼らの声を、言い合いを、罵り合いを瓦礫の山の上で聞いた。


 曰く、『街から出られない』。


 荒廃した都市群、その中心地から徒歩で1km圏内だろうか。そこから出る事ができない、そんな話だった。


 精々、1km圏内を散歩するぐらいしかできず、肝心の悪魔と闘う事もできず、そしてログアウトが出来ない。まさに時間の浪費だった。ただただ皆の時間が浪費されていった。次第、運営への不満が募り、誰もがその場にへたり込み、愚だ愚だと不満を言い始めた。


 僕はそれをやはり瓦礫の山に座ったまま眺めていた。きっと『彼』の意図だろう、そう考えながら。


 そして、更に数時間が経過した頃。


 漸く、『彼』が姿を現した。


 運営開始から、ログアウトボタンや都市部から出られないという不具合が発覚、それの対応までにそれぐらいの時間が掛ったのだろうか?と誰しもが思った事だろう。


 現れた彼に向って誰かが不満を告げていた。ローブ姿というこれもまたありきたりな格好をした『彼』を嘲笑する者もいた。そんな彼らを一切合財無視して彼が口を開いた。


『人間は無為に無意味にただ死ぬ。例え遺伝子を残そうとも、地球の終焉と共に人の生きた証は消え失せる。君達がここで死のうと未来どこで死のうと大差はない。


 それでもなお、生きたいと願うならば、この世界で生き残りたまえ。


 ルールは2つ。


 1.生き残った一人だけが現実へと帰還できる。


 2.自殺禁止。


 以上だ。自分以外の全てを殺せ。あぁ、勿論、悪魔に殺されても死に至る。推奨はしないが、どうしても自殺したければ悪魔に喰われると良い。時間を掛けて咀嚼しながら食べてくれる。我が身を喰われる感触、それを味わってでもゲームを終えたいなら、それぐらいのルール破りは許可しよう。さて、都市部を隔てるガードは今この瞬間をもって解除した。現在6800名。最後の1人となった時、また会おう。それでは物語ゲームスタートまりだ』


 『彼』はそんな言葉を告げて姿を消した。


 そして、それを聞いていた善良なる観衆テスターは、『彼』に怒りを告げる間もなく、その多くが次の瞬間、手榴弾によって物言わぬ肉片へと成り下がった。


 後にWIZARDと呼ばれるようになった女が、初期配布装備の中にあった手榴弾2つをその場に放ったのである。


 運営の対応に、『彼』の言葉に憤りを感じたキャラクター達、状況が掴めず右往左往していたキャラクター達。そんな彼らにも同じく装備されていた手榴弾、それが連鎖的に誘爆し、次の瞬間、轟音と共に大量の肉片が作り出された。


 漂う血の匂いと焼かれた肉の匂い。


 臭覚を完全再現したと謳っていたこのゲーム。それを楽しみにしていた者達にとっては最悪の形で裏切られた瞬間だった。


 爆心地から少し離れていた場所にいた御蔭で、助かった者達の中、その臭気に、脳が認識した情報に従い、嘔吐する者達がいた。より正確にいえば吐く動作をしていた。嘔吐の苦しみはあれど、吐き出されるものは何もない。排泄行為はこの世界に実装されていない。他方、死んだ者達の中に友人なり恋人達がいた者たちは、悲しみに暮れる余裕もなく、ただただ呆然としていた。あるいは『彼』の言葉が嘘で、単にゲーム内で死んだだけなのだと、そうやって現実から逃げようとしていたのかもしれない。


 そんな彼らに現実を知らしめたのは、案の定と言っても良いだろう。この血と肉で出来た園を作り出した張本人であった。


 爆心地。


 その中心で銀髪の女―――WIZARDは嗤っていた。自殺禁止ルールにのっとり、攻撃者である彼女が誘爆によって傷付く事はなかった。あっという間に百人単位の命がこの世界から消え、彼女の経験値となった。彼女のレベルアップを伝えるファンファーレの音が酷く滑稽で、あまりにも非現実的だった。


 だが、そのファンファーレに合わせて踊るように血の海を行き、生き残っていた痛みにもがき苦しむ人間キャラクターを楽しそうに踏みつけながら歩く様は間違いなく現実で、涙を流す事もできずに言葉通り死ぬほど苦しんでいるキャラクター達の姿に、『現実ではない』『そんな事はない』、そう思っていた者達も理解した。


 ただのゲームであれば、痛覚など実装する必要はない。寧ろ邪魔でしかない。だが、死に損なっている彼らを見る限りは間違いなくこの世界には『痛み』がある。だったら、死ぬ時には当然、現実と同じ痛みを感じる。ならば、現実ではなくとも『死』を体験する事に違いはない。怪我をすれば相応の痛みを覚え、それ以上の痛みがあれば死ぬ、それは現実と同じだ。


 『現実このせかい』を強制的に知らされた瞬間だった。


 そして同時に、いつか誰かが助けてくれるという甘い期待はないのだ、と。そう皆が理解した瞬間でもあった。


 望んで殺す者がいる。


 故に、殺さなければ殺される。


 獣の本能であろう。離れた場所にいた者達が一斉にWIZARDに襲いかかった。あれを生かしていてはならない、と。初期装備の拳銃とナイフ、手榴弾を手にたった一人の女を殺すために2、30人のキャラクターが一斉に彼女に向かった。


 結果、彼女の手に産み出された真新しい手榴弾によって爆破され、彼らは彼女のさらなる強化レベルアップに寄与しただけだった。彼らの無意味な勇気を称えるように響くファンファーレの音が酷く滑稽だった。


 後に皆が知る。『最初に爆弾を使ってプレイヤーキャラクター150人を殺した』が故にこの世界は彼女に爆弾生成能力ユニークスキルを与えたのだと。


 最終的に参加者6800名、その内300余名が初日に命を落とした。


 皆が現実を知ったその日。


 その日から、一ヶ月ほど過ぎた後の事である。


 僕は1人の少女と出会った。






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