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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第三話 悪魔憐れむ男
19/116

02





 ターミナルを抜けたそこは白銀の世界だった。


 しんしんと振り続ける雪に地面や建物が白く染められていた。その割に雪はそれほど積っていない。精々で膝より下。歩くのには苦労するだろうが、歩けなくはない。そんな程度だった。


 降って消えて、降って消えてを繰り返しているのだろうか。そんなどうでも良い事を思う。サーバーのリソースを心配する程、今の俺は気が滅入っているのだろうか。


 呆とした頭でさらにそんなどうでも良い事を思い浮かべる。


 そうでもしていなければ、自分を保てなかった。


 けれど、そんな俺を叱責するように痛みが響く。


「……っ」


 ウンディーネの御蔭で足の方は止血はされていたが、切り落とされ、回復途中の足や未だ血がにじむ背にその寒さは酷く辛い物だった。痺れるような鈍痛は、我が身の罪を裁く何かのようだった。


 その裁きに、自然と先程の光景が脳裡に浮かぶ。


 切り裂かれて行く仲魔達。


 俺なんかを助けようとする仲魔達。


 再び歯が鳴り、口元から血が流れる。その血が、はらり、はらりと顔に降りかかる雪を赤く染めて行く。


「…………」


 遠く、降る雪によって遮られる視界。天然の白いキャンバスを見つめながら、強く手を握る。


 レベル製のVRMMOだ。レベル差のある者を相手取れば仲魔を失う事は分かっていた。そもそも城主を倒すために、その犠牲を俺は受け入れていたはずだ。


 想像力。その欠如。


 実際に仲魔が殺されなければ理解できなかった。スキルを手に入れ、そして強い仲魔と共に歩んできた。運営から仰々しい二つ名を得た。他の誰でもない俺がそんな幸運に恵まれた。だから、俺はきっとどこか自分を物語の主人公のように思っていたのだろう。自分ならば仲魔を失わずに城主を倒せる、そんな夢物語を描いていたのだろう。


「……っ」


 さらに強く握った手の平から、血がぽつぽつと地面に向かって落ちて行く---事はない。自殺禁止、自らを罰する事すら俺にはできない。そして、そんな風に自分に罰を与え、その罪から逃れようとする自分に更に苛立ちを覚えた。


「寒くありませんか?」


 隣に立ち、俺を支えてくれる彼女の姿。


 2人だけだった最初に戻ったように思えた。他に誰も居なかったあの時に。そういえば、あの時も彼女がこうして俺を支えてくれたな……ふいにリディスと出会った時の事を思い出す。あの時も今も彼女は―――言葉尻は酷いけれど―――優しかった。今も続くその優しさに、その暖かさに一瞬、気が緩みそうになる。


「大丈夫だ」


 そう言って、緩みかける気を引き締める。


 こんな寒さなど、ウンディーネの体の冷たさに比べれば何の事もない。それに……今はこうしてリディスが腕を、体を支えてくれている。その暖かさがあれば、こんな寒さなど、耐えられないわけがない。


「アキラ様。申し訳ございませんでした」


「いや、良い。助かった……なぁ、リディス。いつも通りの喋り方で頼むよ」


 俯き加減に声を掛けて来るリディスに無理やり笑みを浮かべながらそう応える。


「酷い主もいたものですね」


「ほんとにな」


 俺が助かったのは事実だ。死にたくなかったのは事実だ。


 そして、俺が愚かだったのも事実だ。その結果、仲間達が殺されたのも事実だ。


 だから、


「早々に仲魔を増やして城を落とす……」


 そして悪魔の王となろう。ウンディーネが見たかったといった悪魔の王に必ずなってやる。もはや彼女に見せる事は叶わないけれど……それでも、悪魔の王になろう。


 生きるために。


 あの女を殺すために。


 失った仲間達のために。


 無限の悪魔でこの地を埋め尽そう。


 そして、列島全てを仲魔達と共に蹂躙しよう。


「それが弔いになるかは……分からないけれど」


 きっと、ならない。けれど、彼女達が仕えていた俺は強かったのだと示そう。仲魔となった事が間違いではなかったと思ってもらえるように。


 仮想ストレージから回復薬を取り出し、それを口にし、背の傷を、足を治す。


 自分を責めるのは後でも出来る。今は動くとしよう。


 リディスと2人連れ立って雪の都を行く。ざり、ざりと雪にその足跡を付けながら。一歩一歩、進んで行く。


「リディス。城というのはどこに?」


 歩きながら、リディスに問い掛ける。


「旧本庁舎?でしたか。そこにあるとか」


「どこだそれ。というか城なのかそれ」


 名前だけは聞いた事があった。だが、ここに住んでいたわけでもないわけで、それがどこにあるのかと問われれば俺には分からなかった。


「さぁ。猿の情報ではそこまで遠くはなかったと思いますが……私に分かるわけもありません。道すがら聞いて回れば良いのでは?そのためのスキルでしょう?」


「違いない」


 悪魔を勧誘するためには会話ができないと話にならない。そして、何も悪魔といっても定型な会話を繰り返すだけではない。それなりに会話ができ、情報を得る事も出来る。


 そういう意味でもこのスキルは便利なスキルである。プレイヤーキャラ同士のコミュニケーションは先程のアレ程度にしかできない事を思えば、これは相当なアドヴァンテージである。NPCからしか情報を得る事のできない他のプレイヤーに比べるまでもない。


「とりあえず、悪魔を探すか」


「えぇ。それと、剣の代わりを」


 その言葉にリディスを見れば、剣を抜き、片手に持ってこちらに剣先を向けていた。危ない、と思いながら彼女が指差す場所を良く見て見れば、ヒビが入っていた。


 SCYTHEの攻撃を受けた時か。一体どれ程の攻撃力だったというのだろうか。彼女の装備に傷を入れるなど先日の推定レベル35のプレイヤーと同等かそれ以上だ。SCYTHEのステ振りがSTRとAGI特化だからだろう…………そんなステ振りなんて狂気の沙汰だ。


「知っていて私を後退させたわけではない、と。少しは見直したと思ったら、全くのボンクラですね」


「……先見の明があったという事で納得しておけ」


「世迷言を」


 リディスを防衛に回し、俺達がターミナルに向かう。そういう選択肢もあったのかもしれない。もっとも、その場合、リディスが死ぬ可能性が高かったという事でもあった。どちらか一方しか選べないのならば、俺は間違いなくリディスを取っただろう。他の仲魔を見殺しにしてでも俺はその選択肢を選んだに違いない。きっとどちらの選択肢を選んでも後悔はするだろう。先程のように。けれど……どちらの後悔が大きいかと言えばリディスを失う方だ。それだけは間違いなかった。


 吐き気がした。


 つい先程仲魔を失って悔やんでいても、そんな風に考えられる自分に嫌気がさす。仲魔を失った悲しみや怒りよりもリディスが生きていた嬉さの方が強いのか?そんな自責が俺を苛む。


「というか、仲魔の装備も変更できるのな」


 そんな自責から逃れるように、リディスの剣を指でつつく。


「今更気付いたのですか、全くもってボンクラですね、アキラ様は」


 その指をぺしっと剣先で弾きながら、呆れた表情で告げるリディス。馬鹿にしたと言い換えても良い。そんな彼女の態度に少し落ち着きを取り戻す。


 ともあれ、確かにプレイヤーの武器は壊れる事があるのだ。悪魔だからといって壊れないわけもないか。しかしあれだ。仲魔の装備を交換できるという事はである。マシンガンやライフルなどを装備させる事もできるわけか……。何とも、何とも素敵な悪魔の集団が出来そうではないか。


「リディス。仲魔達を集めて、悪魔達の武装集団を作るぞ!」


 それならば、プレイヤーを圧倒する事ができる。十で敵わなければ百を用意すれば良い。百で敵わなければ千を、万を用意すれば良い。例えWIZARDやNEROだとてそれだけの集団に襲われればひとたまりもないだろう。例え1匹が1しかダメージを与えられなくとも、いいや……拳銃、ライフル、マシンガン、剣、鎌、槍、ありとあらゆる武器を持った悪魔の集団であれば1以上のダメージを与える事も可能だ。それを持ってすれば、例えHPが万単位であったとしても殺し尽す事は出来るだろう。蹂躙する事は出来るだろう。


 そんな悪魔達の武装集団を指揮すれば、この世界で生き残る事なんて簡単に違いない。


 悪魔の王となり、そして武装集団を作る。そんな目標を掲げる。


「そのためにはまず……仲魔を集めないとな。ちょっとそこを行く雪女さん!」


「どこのナンパですか、このゴミ」


 極寒の地として作り上げられたこの地。そこに住まう存在はやはり冷たい感じの悪魔だった。白い羽織を着たいわゆる雪女然とした悪魔が1人、道路を横断していた。


 どこに行くでもなく、ふらふらと風に流される様なそんな無気力さで歩いていた。一見すると無気力感に苛まれたプレイヤーのようにも見えた。そんな悪魔が悪魔だと分かったのは、風に流れるような長い髪が紫色という珍しい色だったからではなく、その羽織から覗く右手が骨だったからである。


「悪魔の言葉を理解する人間もいるのね…………その人間と天使が私に何用?」


 会話なしに襲ってくる事もなく、見た目そのままに無気力でだるそうに雪女が言葉を発した。用がなければ立ち去ってとばかりに骨で出来た手をしっしっと振っていた。


「君に仲魔に成って欲しくてね」


「そう。だったら、私を倒すのね……私を倒す事ができれば、この身、捧げても良いわ。どうせ、生贄に捧げられるだけの運命ですもの。でも、そうね。その場合、貴方が襲われる事になるわよ?」


 ため息を吐く元気もないのだろう。どうでも良いとばかり疲れた表情を見せながらそんな風に言う。


 とまぁ、こんな風に割と悪魔は喋ってくれるのである。そして、悪魔によってはイベントが始まるのである。そして、本当にたまたまだったが、この雪女さんはイベント持ちの悪魔だったようだった。


 生贄に捧げられるという運命に怯え、疲れて、無気力となったのではないだろうか。そんな想像を浮かべる。


「捧げられる先が何かは知らないが、一緒に倒せば良いさ」


「そんな簡単にいくと思うの?……この地の王を貴方は殺せるというのかしら?」


 その言葉に、よしっ、と思ったのは仕方ない事だろう。


「もとよりそのつもりでこの地に来たんでね……けど、ちょっと訳ありで仲魔が減って勧誘中」


「愚かな人の子。本気で城主を殺せると思っているのかしら……だったら、まず、その力を見せて頂戴」


 瞬間、気だるげな表情のまま、彼女の骨で出来た右手からゆらゆらと揺らめく炎が産まれた。青い炎だった。青白い炎だった。熱量が高いのかと思えば、そこに投身自殺した雪は溶ける事なく彼女の骨の隙間を通過して地面へと。不思議な光景だった。その光景に、冷たい炎。そんな馬鹿っぽい言葉が脳裏に浮かぶ。


「力はないな。だが、HPだけは自信がある」


 先程、鎌で足を切られたばかりの人間のいう台詞ではない。だが、その炎からは脅威が感じられない。SCYTHE程の狂気は感じられない。


 故に。


 ずし、と沈む雪の上を歩み、その炎ごと、彼女の骨で出来た手を掴む。


 瞬間、HPバーが減り、そのまま減り続けて行くのが視界に映る。だが、減り具合といえば、微々たるものだ。小一時間程経てば手の平に火傷が産まれるだろう。そんな目の錯覚と思えるほどに小さな減り具合だった。


「殿方に手を握られるのは初めてですね。積極的な御方。……ですが、ちょっと気が早いですよ、人間」


 そう言って彼女の表情に少しばかりの生気が産まれ、同時にその紅色の唇がにやりと歪んだ。けれど、雪のように白い肌にその紅はとても良く映える、そんな場違いな事を考えられるぐらいに彼我の差は大きい。別段、彼女の事を甘く見ているわけではない。普通の悪魔なら、そんなものなのだ。VIT極振りな俺のHPを削り切る事なんて都市部に住まう悪魔に出来るはずもない。


 勿論、そんな事を彼女が理解できるわけもなく、次第、次第にと握り締めた骨の手の内、その炎が大きくなった。吹雪の様な炎だった。この地にいて尚寒いと感じられる程に。けれど、それでも……ウンディーネ程ではなかった。


「……では、これは?」


 そんな風に何の気もなしに耐えている俺に向かって、これは耐えられますか?そんな挑発的な視線を俺に向ける。


 瞬間、炎は更に大きくなり、俺達2人を包む。表情に浮かんでいた気だるさは、炎の広がりと共に消えて行った。消えて、晴れた彼女の瞳はとても力強く、さながら猫のように鋭かった。


 そんな彼女からは、とても気が強そうな印象を受けた。それがあんなにも無気力になっていたのは運命というものの所為なのだろう。少しばかり、その運命を打ち破る手伝いをしたいと、そう思った。


「そっちの表情の方が良いな」


 その勝気で強気な表情はとても彼女に似合っていた。


「アキラ様!」


「……大丈夫だ」


 声を荒げるリディスにそう伝える。PT故に俺のHPバーが見えているのだろう。先程よりも少しばかり早くなったHPバーの減り。だが、これでもその程度だ。これでは俺を殺せない。


「どうすれば君に、君を倒した事を認めさせられる?」


「……なるほど。私の負けですね」


 そんな俺の言葉に、彼女の口からそんな諦めと共にため息が流れ出た。そして、同時に青い炎も消えた。


「全力を見せて、それでも尚、傷がつくこともなく。……時間を掛ければ少しは通じるかもしれませんが……貴方が攻撃しない事を頼りに戦闘するというのは流石に私の誇りが傷付きます」


 再び気だるそうな表情に戻った彼女のどこに誇りがあるのだろうか。などと失礼な事を考えながら、


「ま、攻撃力は無いんだがな」


 と。


「そのためのそこの天使でしょう?」


「ま、そうだな」


「では、約束通り……いえ、その前に一つお聞きかせ下さい」


「仲魔になってくれるなら何でも聞いてくれ」


「私は役に立つのでしょうか?」


「……分からん」


「正直な方」


 くすり、と羽織で口元を押さえて笑みを浮かべる。


「では、主様。私が死に至るまでご一緒させて頂きましょう。私の名はキリエ。種族は魔人」


 気だるげに、しかし恭しく頭を垂れるキリエと名乗った雪女。


「名前があるのか?……それに魔人?雪女とかではなしに?」


 あれか。レア悪魔か。


 イベント持ちでさらにレアとは……運が良いと素直にそう思った。


「魔人はそれぞれに名を持っています。私は人と雪女あくまの間に産まれた娘です。もっとも女としての機能は期待しないよう願います。私の半身は……骨ですから」


 言って、キリエが羽織を少し肌蹴ける。


 そこから覗く姿。


 右半身が全て骨だった。下半身から上半身、その全てが骨で出来ていた。彼女の右半身で肉がついているのは首から上だけ。ちなみに、左半身と右半身の境目からは彼女の中身が丸見えだった。どくどくと動いているのが見える。かなりグロかった。


「防御力は低そうだな」


 意識を逸らすようにどうでも良い事を言う。


「見ての通りです。ですが、魔人の特性があります故に……もっとも、それも私1人であれば殆ど意味の無い特性ですけれど……」


「特性……リディス、知っているか?」


 直接本人に聞けば良いというのにリディスに声を掛けてしまったのは視線を逸らす意味もあった。医者でもなしに蠢く内臓を直視し続けるのは流石に辛い。


 そんな俺の行動にキリエが羽織を元に戻しながら、苦笑していた。そのうち慣れるから許してほしいと思う。


「いえ。流石に。まさかこの子が魔人だとは思いませんでした。私もどちらかといえば稀有な存在ですが、魔人程ではありません。時期限定、期間限定。プレイヤーの言葉でいえば、魔人はそういう類の存在です。ある時間に、ある場所に1/256の確率で登場するというのが魔人の習わしだとどこかに書いてありました」


「……それ、どこかで聞いた事あるなぁ」


 なんとか転生の攻略本とかだろう。間違いなく。


「まぁ……で、特性ってのは何だ?」


「レベルがあがります……」


 その言葉に、一瞬、リディスの翼が揺らめいた。その気持ちはとても良く分かった。俺も正直、かなり驚いた。絶句したといっても良い。


「……まぢか」


「えぇ。もっとも、プレイヤーと共にいなければ大してあがるものではありません……実際、私のレベルは低いですしね。主様に傷一つ付けられない程に」


「……前言撤回しとく。お前は必ず役に立つ」


「そうですか、それは---良かったです。末永く宜しくお願いしますね。主様」


 そう言って、くすりと笑うキリエ。いつしか彼女の気だるげな表情は消え失せ、意志の強そうな瞳を見せていた。


 何はともあれ、良い奴が仲魔になった。


 つい先程、失った者達の事を忘れたわけではない。だが、それでも幸先が良いとそう思った。


 だから、気付かなかった。


 キリエを見るリディスの表情が、羨ましそうだった事に。






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