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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第三話 悪魔憐れむ男
18/116

01





 俺達が動くと中々壮観である。


 8匹の悪魔を連れて、歩いているのだからちょっと小規模なモンスターハウスが移動しているようなものだ。もっとも、守られるように中心に位置している俺だけはほんと何とも言えない程みすぼらしいものである。


 俺を守るように隣を歩くリディス。2匹のビュレットは警戒も兼ねてふわふわくるくると俺達の周囲を飛んでいる。犬のように四足で歩くアンダードッグ……ちなみに、彼が仲魔になるとは思わなかった。さらにちなみに負け犬の名が与えられている所為か、かなりネガティブ発言が多い。そのアンダードッグを尻尾ではたきながら移動しているのが、ラミアだった。人間の女の上半身に下半身が大蛇。大人っぽいクールな見た目そのままにサディスティックな奴である。デフォルトだと上半身裸なので今は服を着せてある。もっとも、服を着せた御蔭で、何やらファッションに目覚めたらしく、時折服が代わっているのが面白い。あれかコンビニで買って来たのか。とりあえず、ボンテージ衣装でも手に入ったら是非着させてやりたい。きっと似合うだろうから。そしてお腹が空いたのか腹をさすりながら歩くグレムリンが2体。そして……


「ディーネ」


「はい?」


「冷たい」


「あら、それはご免遊ばせ」


 水の精霊、ウンディーネ。


 俺の仲魔の中ではリディスの次にレベルの高い仲魔である。ウェットモンキーと同じ様な水の体を持った悪魔である。ウェットモンキーと比べると移動速度はかなり遅いものの、それ以外はウェットモンキーとは比較にならない。彼女のレベルは22、得意技はヒールといってしまえば良いのだろうか。彼女の体を構成する水を飲むとHPが回復するのである。なお、性格は一見貴族風なエロテロリストである。『吸われてますわっ!今、わたし、主様に吸われていますわ!』とかエロい言い草もあったものである。


 ちなみに吸い過ぎると彼女は体を構成できなくなるので小さくなるし、水を掛けると大きくなる。色んな層に大うけしそうな生態の悪魔である。まぁ、俺にはそんな趣味はないので、出来れば大人の姿のままでいて欲しい。


 閑話休題。


 そんな彼女に手を掴まれていると非常に冷たいのである。


 氷水に手を突っ込んでいるかのような気分である。出来れば回復の時以外には触りたくないのだけれど、どうも彼女はスキンシップが好きみたいである。


 そんな仲魔達と割れたアスファルトの上を歩き、倒れている建物を避け、特に急ぐでもなくのんびりとターミナルへと向かう。途中出てきた悪魔と交渉したり、戦闘したりしながら延々と。


 そして、案の定と言うべきだろうか。


 崩れ落ちた駅舎―――その地下にターミナルがある―――が見えてきた頃である。


 地下に降りる階段付近にプレイヤーがいるという報告が飛びまわっていたビュレット達から入った。ターミナルから出て階段を昇って来たプレイヤーが、空を飛んでいるビュレット達の視界に入ったようだった。


 ターミナルでも使わなければ徒歩という無謀な移動手段しかないが故に、どこか別の都市に行こうとすれば当然、プレイヤーはターミナルを使う。俺もこの地に来た時にはターミナルを利用した。寧ろ使わないプレイヤーがいるのだろうか……。とはいえ、便利なだけではない。この便利さは危険の裏返しでもあり、プレイヤーが集まると言う事は当然、殺し合いが起きやすい場所でもある。そういう事を考えて使わないというプレイヤーはいるかもしれないな、と考えながらビュレット達の追加報告を耳に入れる。


 男女のカップルである、と。


 ぼろぼろの服を着て疲れ切った様子である、とも。


 誰かに襲われ、逃げるようにこの地に来たのだろう。どこから逃げてきたのかは分からないが、必死に2人で逃げてきたのだろう。死が2人を分かつその瞬間まで2人で一緒に居ようという事だろうか。幸せな事だ。とても幸せな事だ。そして、出来れば彼らにはその場をどいて欲しい。WIZARDやNEROでもあるまいし、俺は望んで誰かを殺したくはない。


 ……けれど、それでも殺さなければ逃れられないのがこの世界だ。


「リディス」


 抑揚なく極力感情を表に出さず、呼びかければ彼女もまた無言で応える。


 一瞬、ばさ、という翼の音が鳴り、彼女が地面から浮き上がる。そして、ばさり、ばさりと大きな白い翼をはためかせながら、戦女神が天へと昇る。


 そして、両刃の剣を携えて階段前にいた彼らに向かい、急降下。


 結果を見るまでもない。


 俺達がその場に着いた頃にはスカベンジャーが彼らの死体を食べつくしている事だろう。こんな地方都市にぼろぼろの服を着て逃げてきたプレイヤーのレベルが高いわけがない。リディスの一閃で二人仲良くあの世へと旅立っているだろう。そして、事実、視界に浮かぶ経験値バーが1/4ほど増えた。


 恐怖に怯える暇もなく、リディスの剣が二人を貫き、死へと導いてくれた事だろう。死が2人を分かつ事すら気付かず、天使に見守られて死ねたのだ。それは、こんな世界では幸せな部類の死だと、そう思う。


 そして、仲魔達と共にリディスの下に辿りつけば、予想通りスカベンジャーがプレイヤーの肉を啄ばんでいた。


「得るものはないか」


「こんなみすぼらしい格好の者達から追いはぎをしたとあっては私の名に傷が付きます」


「大事にしてくれているようで何より」


 この世界の悪魔に個体名はない。


 彼女の分類上の名前は『天使騎士エンジェルナイト』というまんまな名前である。仲魔になった時に俺が彼女に名前を付けた。それ以降仲魔になった他の奴らとは違うと、特別扱いしているわけである。御蔭で、ウンディーネやラミアなどからは若干不満が出ているが、まぁ、彼女は命の恩人でもあるので、許してほしい所である。


「主様。もう1人……来ます!」


 突然慌てるように発せられた言葉はウンディーネから。


 その声と共に、1人の少女が……大きな鎌を持った少女が階段を昇ってきた。


「っ!」


 身の丈よりも大きな鎌を手にした少女だった。薄汚れてぼろぼろになった眼帯から覗く瞳は血のように赤く、狂気に染まっているように感じた。そしてそれと同じ色。真っ赤に染まったその黒い服はゴシックロリータという奴だっただろうか。


 いや、そんな悠長に考えている暇などない。


 ひと目見て理解した。


「逃げる……という選択肢はなさそうだなぁ!」


 一種の諦めと共に、仮想ストレージからハンドガンを取り出し、少女に向けて撃つ。それと同時に仲魔達が散開し、思い思いに少女へと攻撃をしかけていく。最初に行ったのは当然の如く、リディスだった。


 一回転しそうな程の勢いで、剣を振れば、がきんという耳に触る金属音と共に火花が散った。


「空飛ぶ肉塊……気持ち悪い」


 そんな呟きからは余裕が感じられた。


 リディスの剣の攻撃を相殺するのは巨大な鎌。華奢な体躯という見掛けなど何の役にも立たない。この世界はレベル製VRMMOなのだ。ステータスこそが真実の姿。そしてこの少女―――SCYTHEはSTRが極端に高いステ振りのようだった。


「リディス、引け!他の奴らも引いてろ!俺が前に出るっ」


 SCYTHEと拮抗するリディスに当たらないように拳銃の引き金を引き、牽制すれば、咄嗟にSCYTHEが後退する。その動きからはAGIの高さも伺えた。そして、だからこそ……怖くとも、前に出ねばならない。


「一番HPが多いのは俺だしな……」


 格好付けているわけではない。これが戦略上有効なだけだ。臆病者の俺になんてことをさせるのだ。恐ろしさに震える体を気力でどうにか押さえながら、SCYTHEと相対する。


「逃がしてくれると嬉しいんだが?」


「化物が人の言葉をしゃべるな」


 会話の『か』の字も成り立たない会話が終わった。そして、同時に掬いあげられるように、俺の首を狙うかのように鎌が振られる。それを両手で庇う。


 ぐさり、という鈍い感触と共にHPバーが減って行く。だが、1割にも満たない。伊達や酔狂でVITだけをあげてきたわけではない。


 そんな俺の行動に、或いは攻撃が大して効かなかった事のどちらにかは分からないが、SCYTHEが一瞬、年相応の驚きの表情を見せた。


 けれど、それも一瞬。


 鎌を持ったまま後退し、俺との距離を取る。


 それを捕まえようと俺が追う。


 何度かそれを繰り返せば、当然……


「お前ら、今の内にターミナルに!」


 地下への入り口―――ターミナルの入り口から離れられるというものだ。


「アキラ様!今、助け」


「いらん!さっさと行け!」


 リディスの言葉を遮り、怒鳴るように叫ぶ。


 VIT偏重。そんな俺のHPを、それでも尚、一撃で1割近く削り取ったのだ。


 他の仲魔達の防御力では鎌の一閃でなくとも、彼女が拳を握って殴っただけでも致命傷になりかねない。ビュレットやアンダードッグなんてそれこそ死ぬ可能性が高い。そんな危険をこんな所で侵すわけにはいかない。使い潰せとリディスは言っていた。だが、こんな狂った少女を相手に潰されるわけにもいかない。


「この殺人鬼め……そんなに殺したければ他にいけよ」


「煩い……肉が喋るな」


 ぎり、と歯を鳴らして彼女が再度鎌を振るう。咄嗟に後ろに下がり、距離を取れば、直前までいた場所を、すん、という空気を切るような音と共に鎌が通過した。


 それは激昂した人間から繰り出されるとは全く思えない、それこそ、流れるようなものだった。


 生粋の殺人鬼。


 そう感じた。


 そして、同時に冷や汗が流れ出す。あれの攻撃を喰らいたくはないと本能で思ってしまう。例えHPが満タンだったとしても絶対に喰らいたくない。


 狂ったような、いいや、事実狂った赤い瞳を輝かせ、SCYTHEが再び鎌を振る。


「あがっ……」


 AGIの低い俺が、そんな攻撃を何度も避けられるわけがなかった。すん、という音と共に振り抜かれた鎌が視界の外から、俺の背に突き刺さる。そしてそのまま上半身を切り落とそうとSCYTHEが更に足を踏み込み、両の手に力を入れる。


「アキラ様っ!」


「下がれと言ったっ!」


 次々とターミナルのある地下へと入って行く仲魔達の最後尾にいたリディスが俺の状況に気付き、戻ってこようとする。が、それを拒否する。絶対に来るな、と視線で伝える。それがバイザー越しの彼女の目に伝わったかは分からない。だが、後ろ髪引かれながらも彼女は先に地下へと向かってくれた。


 気持ちはありがたい。だが、俺1人ならばどうにか逃げる手立ても考えられるが、2人であれば戦うしかなくなる。こんな馬鹿みたいな相手と闘いたくなんて、ない。


「気持ち悪い……肉塊同士のおままごとなんて……私に見せるな」


 吐き捨てるように告げるSCYTHEに、


「1人じゃないってのは良いもんだぜ?」


 そんな強がりを言い様、体の力を抜く。瞬間、鎌からかかっていた力に体が前に倒れ、ようとしてそのままぐるりと前転し、立ち上がり様、SCYTHEの横を抜ける。


「じゃ、またその内……次は」


「……」


 などとそんな簡単に逃げられるわけもなかった。そのままSCYTHEがその場で勢いよくぐるりと回転すると同時に鎌が俺の足を襲う。すぱんっ、という軽妙な音が鳴ったようにさえ思えるほど綺麗に、呆気なく、俺の片足が身体から離れて行った。


 激しい痛みと共に、自然、体が地面に崩れ落ちる。


「ぁ……ちくしょう」


 片足で逃げられるわけがない。


 彼女もそれが分かっているのだろう。ゆっくりと、俺に近づき、俺の目の前に立ち。大きく鎌を振り上げ振り---下ろそうとした。


『マスター!』


 蟲の羽ばたきのような小さな音と共に目の前を小さな人型が飛んでいく。ビュレットが、SCYTHEの顔に……張りつこうとして、次の瞬間、握りつぶされた。


「あ……」


 鎌から離された片手、小さな手の中でビュレットが握りつぶされていた。


 間違いなく、死んでいた。死んで、潰された小さな体から流れ出た血によってその手を染めていた。


「おい……てめぇ」


「……汚い」


 投げられたビュレットの潰れた体が、はらり、はらりと風に流されながら落ちて行く。そして、そんな光景を見ている間に、『よくも!』ともう1匹のビュレットが飛んでいき、そして、また握りつぶされた。


「あ……あぁ」


 言葉に成らない。


 いずれ失うかもしれない。だが、それは今ではないと思っていた。


「次から次へと……」


 苛立ちと共にSCYTHEが鎌を下ろし、横に構える。そして一閃。


 次いで、グレムリン達が、アンダードッグが……ラミアが。


「なんで……戻って来たんだよっ」


「失いたくないからです」


 リディスが言った。


「その通りですよ。主様」


 そして、ウンディーネがその体の一部を崩し、俺の足から流れ続ける血を止め、


「短い付き合いでしたが、ここで、さようならです。貴方が王となる姿、見てみたかった。……残念です。無念で化けて出られたらまた、宜しくお願いしますね。…………リディス。後は任せましたよ」


 そういって、笑い、丁度、ラミアの体を……彼女がお気に入りだと言っていた服ごと解体し終わったSCYTHEへと向かう。


「えぇ。いずれ涅槃で」


「貴女、自分の宗教忘れているのでなくて?」


 そんな言葉を発したウンディーネに向かって曖昧な、看取るような笑みを浮かべ、リディスは転がったままの俺の体を抱えて、死んだ仲間達の下へと降りて行くスカベンジャーを避けながら、地下へと続く階段に向かって飛んでいく。


 呆気ない幕切れだった。


 何が王だ。


 何が悪魔の王だ。


 仲魔1人守る事ができず、何が……DEMON LORDだ。


 不甲斐ない自分に、それを行った下手人への怒りに、ぎりっと歯が鳴る。


「SCYTHE、お前は絶対に俺が―――俺たちが殺してやる」


 流れる事の無い涙の代わりに、体から流れ出た血が地上へと落ちて行った。






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