プロローグ
「レベル35……?」
耳に付けた通信機から伝わる言葉に、一瞬、椅子から体が浮き上がる。こんな世界で常識が通用するかは分からないが、常識から外れた値だと、そう思った。
「引け」
通信機越しに聞こえて来る彼女の声を聞きながら、背凭れに体重を掛ける。
通信機を外し、嫌な緊張を覚えた体を弛緩させ、目を閉じる。
そして、一息。
耳に残った彼女の言葉を脳裏で反芻する。何度考えてもありえないレベルだと思った。これがNEROやWIZARD、SISTERなどのランカーであればまだ理解はできた。
ランカーでない者がそんなレベルになるはずがない。この世界の経験値設定はプレイヤーの方が悪魔に比べて格段に多い。にも拘わらず、ランカーでもない男キャラで、拳銃を使うプレイヤーがそのレベルに達しているとは到底思えなかった。何かの間違いではないのだろうか。
「SCYTHEというのがそれか?」
最近ランカーとして名前の登場した人物。そいつだろうか。
いや、それも違うか。俺の二つ名を思えば、運営はそのキャラクターの特性によってその名を付けている事が分かる。SCYTHEという名前ならば、死神のような格好でもしているか、恐らくは鎌を武器にしているのだろう。
「……早く帰ってこい」
今はここにいない彼女に向かって呟きながら、閉じていた目を開き、次いで自分がランカーに成った時の事を思い出すように窓の外を見つめる。
天に浮かんだ人造の月明かりがとても綺麗だった。眩く輝く人造の月。この馬鹿馬鹿しい世界のクリエイターが作り出した紛い物だとしても、綺麗だと、そう思う。
あの日もこんな月の綺麗な日だった。
DEMON LORD。
それがあの日、俺に与えられた名前だった。
過大評価だと、そう思う。一般的な家庭に産まれ、特に有名でもない普通の小学校、中学校を卒業し、高校に入って3年。その3年で何を成したわけでもなく、適当に過ごし、そろそろ受験勉強に勤しもうとした時に、気分転換のつもりでゲームに手を出した馬鹿な高校生。そんな日本全国に数多存在する高校生の内の1人。そんな俺を悪魔の王と称すのは仰々しいにも程がある。
思考がぶれる。
男キャラの事を考えていたのに何時の間にか自分の事を思い返していた。
臆病者の本性が出てきたのだろう。それはある種の逃げだった。自分よりも遥かに強い存在に恐怖し怯えるのは生物として当然であり、自他共に認める臆病者な俺にとっても当然、そんな存在は避けたい存在である。しかし、逆に、だからこそ考えるべきなのだ。
再三のため息と共に思考を元に戻す。
その男キャラは誰だ。
ゲーム開始から延々と悪魔を狩り続けても絶対にそのレベルには達しない。それぐらいにこのゲームの悪魔の経験値は低く設定されているし、必要経験値の増え方は異常だ。PT単位で戦えば共闘ボーナスが得られる事は事実である。だが、それでも1人辺り10%増とかその程度だ。四六時中モンスターハウスで過ごせば可能かもしれないが、それこそ命がいくつあっても足りない。ある程度以上のレベルをあげようとすれば、プレイヤーを殺す方が遥かに効率的だ。時間を……それこそ何カ月も掛ければ悪魔だけを倒していてもレベル35まで到達するだろうが……今現在、ゲーム開始から何カ月も経ってはいない。
『マスター』
ではどうやって?再度その事を考えようとした時だった。打ちっぱなしのコンクリートに囲まれたこの部屋の中を舞う様に飛んでいる2匹のビュレット。その内の1匹が声を掛けてきた。
「何だ?」
『リディスはまだ帰ってこないの?』
「そこそこ離れた所まで行って貰っているからな。遊び相手が欲しければ、もう少し待っていろ」
『は~い』
気の抜けた言葉とは対照的にびしっと擬音が聞こえて来そうな程勢い良く敬礼して、ビュレット達が窓を開け、部屋の外へと飛んでいく。
閉めていけよ。
窓から入って来る肌寒い風に当てられ身が震える。窓を割らなくなったのは良いが、今度は閉める事を覚えさせねば。
そんな戯れた事を考えながら、椅子から立ち上がり、窓を閉め、再び椅子に座って一息。ため息の数だけ幸福が逃げて行くのなら、今日は大層幸福が逃げている事だろう。ステータスとしてLUKがなくて良かったと思った。
俺の幸福を奪った仲魔達の姿を……二人で飛び回って遊んでいる姿を見ていれば、自然思考はそちらに移る。
「悪魔勧誘能力」
悪魔と会話し、仲魔に勧誘でき、悪魔を使役する事の出来る能力。
それが俺に与えられたスキルだった。
仲魔にした悪魔はPTとして登録でき共闘できるようになる。戦闘に参加させれば、共闘ボーナス付きで俺に経験値が入る便利な能力。加えて、仲魔がプレイヤーを殺せばそのカウントは俺に入る。
このスキルが無ければ俺は今頃、カウントされる側になっていた。
どうやってそんな便利なスキルを手に入れたかと言えば、俺が臆病だった。端的に言えばそんな所だ。それ以上は我ながら恥ずかしい想い出ゆえにあまり思い出したいものではない。
ともあれ、どんな理由にせよ、そんなスキルを手に入れられた事はこの世界を生き抜く上でかなりの幸運だったといえる。その反動としてため息と共に幸福が逃げて行くのも致し方ないと思えるぐらいに。
「……臆病なのも悪くない」
俺は自他共に認める程の臆病者である。
WIZARDによる初日の惨劇を見た俺は、震えあがり、腰を抜かした。排泄物が実装されていればそこら中に汚物を撒き散らした事だろう。もっとも、腰を抜かした所為でWIZARDの惨劇から逃れられたのだが……あぁ、これもまた幸運だろうか。
だから、その臆病さが幸運を呼んだというのならば、臆病なのも悪い物ではないと、そう思う。
その後に出会った彼女―――リディスの事を思えば、尚更そう思える。
仮想ストレージからコーヒーカップを取り出し、そこに改めて仮想ストレージのコーヒーアイコンをドラッグするようにして注ぐ。何とも二度手間な仕様だが、御蔭でカップがカップ以外の用途にも使えるのでそれも致し方ないと思う。
出来たてのように湯気をあげるコーヒーに口を付け、ブラックは慣れないな、と若造らしく思い、カップを手に呆と月を見つめる。
人工の灯りが殆ど無いこの世界では月や星はとても綺麗に見える。御蔭で月に魅入られる者達の気分が分かる。何もなければずっとその姿を見つめていたいと、そう思う。
「リディスが戻って来るまでは動けないか……」
月に向かってそんな言葉を投げかけても意味は無い。再びカップに口を付け、呆としながら彼女の姿を思い浮かべる。
彼女もまた、そんな月のようにずっと見ていたいと思える存在だった。
天使の格好をした騎士。いや、騎士の格好をした天使が彼女である。
彼女は俺の初めての仲魔だった。
今の俺があるのは間違いなく彼女が仲魔になってくれたからだった。彼女がいなければ俺は生きていない。自他ともに認める俺の大事な大事なパートナー。それがリディスという天使騎士だった。
彼女は今この場にはいない。情報収集をお願いしていた。先程の通信もその先からのものだった。
それ程大事なパートナーに、1人で情報収集をさせている、というわけではない。基本的に殆どの仲魔はレべリングやPTで探索をしていなければ情報収集に行って貰っている。もっとも、全員が全員遠くに行って貰っても困るので、戦闘にも参加してもらっている仲魔には近場での情報収集をお願いしていた。精々、この建物の周囲や近隣の都市ぐらいのものである。対して戦闘が得意ではなく、移動に特化した者達には遠く、北海道や九州まで行って貰っていた。
俺は、この世界を生き抜くために必要なものは情報だと考えている。
誰が強いとか、誰が弱いとか、どこに隠れるのが一番安全なのか、レべリングのための狩り場はどこが良いのか。良い仲魔と出会える場所はあるのか。技能の取り方は、強力な武器はどこにあって、どういったものがあるのか、開発用の素材アイテムはどこで手に入るのか?
多種多様な情報。どんな情報でも良い。情報が集まればそれらを相互に精査し、自分だけのデータベース―――脳内ネットワークといった方が適切か―――が構築できる。
それが構築出来れば、予測に使える。例えばこの世界では人工物が多い場所に強い悪魔はいない。それはプレイヤーが経験によって理解できている事だ。それをより精度高く理解することで行っていない場所、行くべきである場所はどこか、そんなものを割り出そうと考えている。プレイヤーとの情報共有が難しいこの世界である。仲魔に頼って情報手に入れられるという自らのアドヴァンテージを巧く活用するのは当然だ。
「デスクワークは得意なんだよ」
学生にも満たない生徒の分際で何を、とはいうものの、今時代年齢差など大した問題ではない。インターネットの存在は技術や知識に対する年齢の垣根を取り除いた人類の発明である。知りたい事を知れ、探りたい事を探る事ができる。ネットの情報は上澄みだという者もいる。だが、もっと詳しい事を知ろうと思えば幾らでも調べる事はできる。ちょっと調べれば学術論文なども気軽に見る事ができるのだから。経験差すらVRで賄える時代だ。若造が、などと言う言葉はもはや何の意味も無さない。集合知としてのネットワークを活用できないロートルが生き辛いのは当然なのだ。
閑話休題。
そんな時代に生きてきた高校生である。多少のデスクワークは出来るというものだ。そんな事を考えていた時である。冷えた風が部屋に流れ込んできた。
「デスクワークしか、の間違いではないでしょうか、アキラ様」
何とも毒の混じった声の持ち主が窓を割って入って来た。
「窓」
「見えなかったもので」
「そのバイザーは飾りかよ」
「透明な窓を見られるとはアキラ様は優れた目をお持ちのようで」
「それ、分かっていて割ったって事を自白しているに等しいが、気付いているか?」
「はて……何のことやら」
バイザーを付けた天使騎士が帰って来たようである。ちなみに、どこぞのアメコミに出て来る超人が付けているオプティックなブラストを放つようなソレは彼女の初期装備であり、俺が用意したわけではない。
「予想以上に早い戻りだな」
「お言葉通り、全力で逃げて参りましたので。しかし、私を後退させるなど、何をお考えでしょう?何も考えておられないのですよね?」
中身の無い頭ですし、と言葉に毒を加える天使がいた。
「推定レベル35のプレイヤーを相手にお前は勝てるのか?」
「自分自身の弱さを認めろと?何とも酷い主君ですね、アキラ様は。まぁ……度し難い事ですが、確かにその通りです」
彼女は悪魔である。
この世界の悪魔のレベルがあがることはない。彼女は出会ったときからずっとレベル27だった。その強さはそこらのプレイヤーや悪魔が敵うものではなく、彼女が仲魔になって以降、俺は自分よりレベルが上の悪魔ばかり倒していた。御蔭で、現在、俺のレベルは20になっていた。逆に言えば、そんな狩り方をしていても20なのだ。35などどれほど馬鹿な狩り方をしていたというのだろう。
ちなみに、臆病者の俺はステータスを全てVITに回している。現在のHPは4500。初期HPが4~500程度だった事を考えれば10倍以上の数値だ。御蔭でそこらの悪魔では俺に傷一つ付ける事ができない。何とも安心である。まぁ、その所為で最近ではリディスに脳筋というか肉壁扱いされているのだが……。酷い天使もいたものである。
「理解できたようで何よりだ。それで、どんな奴だった?」
「線の細い男です。印象としては……しいていえばですが……死人でしょうか?正対するだけで自殺したくなるような、そんな人間です」
「それはまた……どこの小説キャラだよ」
見ているだけで死にたくなるなど仰々しいにも程がある。苦笑いと共に馬鹿にするような反応を示した俺に、しかし、リディスは神妙な言葉でさらに告げる。
「NPCでも、悪魔でもなく、プレイヤーキャラであるのは間違いありません。ですが、死人のようでした。石像が動いている方がまだ人間らしいと言えるでしょう。我々のような存在の方がまだ人間らしいです。あれは―――早々に殺さなければいけません」
そのプレイヤーの事を思い出しているのだろうか、遠く夜空を見つめ、ぎり、と彼女が歯を鳴らした。
「悪魔のお前がそこまでいうかね……まったく、どんなプレイヤーだよ」
全く似合わない仕草。だが、だからこそ、真剣な表情で告げた彼女の言葉にぞっとする。今まで彼女の強さを見ていたからこそ尚更に。けれど、そんな悪魔の様な存在だからこそ、そのレベルに達しているのかもしれない。起きて行動している時間の全てを狩りに使い……いや、寝る事もなく延々と悪魔を殺し続けた結果なのかもしれない。そんな事を思い、冷や汗が浮かぶ。そんなことのできる輩が真っ当な人間とは思えなかった。
産まれ付いての殺人鬼なのではないだろうか……。
「仲魔を全て集めて殺しに参りましょう」
そんなリディスの言葉に、自然、手を組み、膝の上に置く。そして、それを見つめながら考える。
しばしの間、俺達の間に沈黙が流れた。
「いや、そんな物騒な戦いに仲魔を巻き込むわけにはいかない」
それが結論だった。
推定レベル35を相手に俺達の攻撃が届くとも思えない。
リディスの鎧―――良く見れば少し削れていた―――に傷を付ける事ができる存在と戦おうとは思えなかった。危険極まりない。俺ならば何発かは耐えられるかもしれないが、他の仲魔には無理な話だ。レベルが上がることの無い仲魔達には……。
それに……プレイヤーを襲う事をシステムに運命づけられた悪魔である彼女には悪いが、俺は彼女を失う様な行為はしたくない。
「あらあら、お優しい主君ですこと」
途端に馬鹿にしたような言葉遣いで口にした後、リディスが不満げに顔を逸らす。
不満気な表情一つで納得してくれるならそれで良い。
「肉壁の役割も果たせないアキラ様なんて……」
「何が言いたい」
「いえ、ゴミ以下だなと」
通信機越しや戦闘中であれば寧ろストイックな喋り方をするのだが、普通に話すと基本これである。毒舌というか毒というか、相当に口が悪い。天使が地上に降りて来ている理由なんて思いも付かないが、彼女は単に天界から追放されただけなんじゃないだろうか……口の悪さの所為で。
とはいえ、まぁ、そんな彼女の言葉を聞いているのは退屈しなくて良い。
こんな世界でプレイヤーキャラ同士和気藹々会話するなどもってのほか。コンビニの店員NPCとは話す事もあるが、それでもリディスと会話しているのが一番、落ち着く。彼女も結局、サーバーに存在する人工知能メソッドによってプレイヤーに対する反応が選択されて喋っているだけなのだろうが、そんな事が気にならないくらい、彼女は俺にとって大事な存在だった。
「他の奴らからの情報は何か届いているか?」
件のプレイヤーに関してはとりあえず他に情報も無いため、そんな存在がいるという事だけを頭の片隅に置いて、優先順位を下げ、頭からネグレクトする。その代わりに情報収集に行って貰っていた他の仲魔達の動向をリディスに問い掛ける。
PT専用の遠距離チャットみたいなものはこの世界にはないらしく、―――片手落ちな気がしてならない―――その代わりにあるのが仲魔同士で行える遠距離通話。主である俺が使えないのが大変解せない意味不明な機能である。それを使って彼女には他の仲魔達との連絡役になってもらっていた。総括役というべきか。参謀役というべきか。
「犬と猿ですか?」
話が変わった事で機嫌も治ったのか、リディスが漸くこちらを向いた。
「羽の生えているお前はさしずめ雉かね。それで俺が桃太郎か?」
「何を血迷った発言をしているのですか。この私を見て雉とは……切り落としますよ?」
「使い道はないが落とされると困るんでやめてくれ。俺が悪かった。で、プラネットドッグとウェットモンキーの2匹はまだ戻ってないのか?」
宇宙犬と濡れ猿。
直訳すればそんな感じなのだろうか。
前者は体がキラキラ光っている子犬であり、後者は水が子猿の形をしている悪魔である。なお、両者ともにLv5ぐらいの可愛らしい悪魔である。戦闘には全く使えないが、俺の仲魔の中のプリティランキング上位を占める愛らしい奴らである。
「1位は当然私に決まっています」
何とも素晴らしいAIだ。人間の思考を読むとはこれ如何に。
「その通り、その通り。だから、教えてくれ。1位のリディスちゃん」
愛らしい姿とは反面、奴らは移動に特化した悪魔であり、情報収集役としては仲魔内の1位、2位を争う奴らである。こればかりはリディスも1位にはなれない。そんな大事な仲魔である。
「分かれば良いのです。分かれば。で、あの二匹ですが、殺されました」
ぞっとした。
淡々とリディスの口から告げられた事実に、肩が落ちる。
「殺される直前に両者から連絡がありました。犬は九州上陸後、猿は北海道にて死亡です」
分かっている。こんな事もある。
これまでも、そしてこれからも仲魔を増やせばそれだけ仲魔を失う機会が増える。当然の事だ。勤めて冷静を装い、リディスへと問い掛ける。
「何があったんだ……?」
足の速いプラネットドッグは九州、というよりも本州を縦断させていた。水の中を高速移動できるウェットモンキーには海通って北海道に向かわせていた。そしてリディスは東北……ここから一番近い場所を見て貰っていた。ちなみに、関東には派遣していない。いや、厳密にいえば既に何度か失敗している所為で止めている。これ以上は『なめなしくん』というふざけたキャラ名のプレイヤーに目を付けられる可能性がある。それは今は避けたい。……そのふざけた名前の持ち主が恐らくランキング2位に位置するNEROなのだから。
暴君NEROの名に相応しく、日々キルカウントが増えて行っている。関東だけに飽き足らず色んな所でプレイヤーキルを行っているのだろう。1位は更に桁違いだが、いずれ追い越すだろう。そう、思う。
「犬はプレイヤーに狩られたようです。プレイヤー名は……他の者達がリンカとかなんとか呼んでいたようです。猿の方は……馬鹿な猿です」
「馬で鹿な猿か」
「もっと馬鹿がいましたねぇ……やはり切り落としますか。少しは可愛らしくなるでしょう」
「止めてくれ悪魔の女王になる気はない。それでウェットモンキーに何があった?」
「北海道にある城の中で殺されたようです。殺したのは城主でもなんでもない悪魔だとの事です。もっとも、城の位置や内部構造をある程度私に連絡してから死んだという意味では、良くやったというべきでしょう」
確かに良くやったと言える。城がどこにあるのか、城がどんな建物なのかは分からない。『城』とついてはいるが、別に所謂『城』が城とは限らない。だから、その情報を手に入れられたのは僥倖だ。仲魔の命とどちらが大事かなんて比較はしたくないが……
「さぁ、折角猿が命を掛けて手に入れた情報です。LORDらしく、城の主になるとしましょう」
神妙な顔をする俺に、そう言って、リディスが手を伸ばす。
その手を取りなさい、と。
「……なってどうするのよ。臆病な俺がそんな所の主になってどうするのよ」
城がどこか分かれば近寄らない、そういう選択肢だってある。寧ろ、俺としてはそちらの選択肢を取りたいと思う。
「法令の取り決めにより随分、勝手な事ができます。その地方全てを悪魔で埋め尽くすことだって可能です。施設が整えば悪魔の改造もできる事でしょう」
「確定事項か?」
「前者に関しては。後者に関しては、分かり兼ねますが、先程行っていた場所には悪魔を改造する悪魔がいましたので十分可能な事かと。それなりの発展は必要かと思いますが……こればかりはアキラ様が城主になってみない事にはわかりません」
少し申し訳なさそうに告げるリディス。勿論、そんな事で俺が不満に思ったりするわけはない。彼女の知識が割と偏っているのは事実だ。彼女が一番良く知っているのは悪魔に関する事。とはいえ、それだけではなく普通のNPCと同じようなチュートリアル系の知識もそれなりに持っている。それだけで十分助かっている。それ以外の事を知らないからといって、別に気にしていない。
「……一考の余地はある。が、城主とやらは俺たちに倒せるのか?」
悪魔が多い都市。
俺の能力からすれば魅力的な提案だった。仲魔にできる数には限界があるものの、それで悪魔と交渉が出来なくなるわけではない。悪魔との交渉で得られるアイテムなどもあるのだ。今回のように仲魔を失う事も当然ある。そんな時に新たに強い悪魔が仲魔になってくれればありがたい事この上ない。
とはいえ、である。
それもこれも城主になれなければ意味がない。
「アキラ様が肉壁になって頂ければ余裕です。きっと。あとは数ですね……2体」
「……2人ね。損害は軽いと思って良いのかね」
現在の仲魔の数は10体。それがスキルの限界値でもあった。……いや、プラネットドッグとウェットモンキーがいなくなったので8匹か。
「いいえ、2体が残れるという予想です。……私とウンディーネしか残らないかと」
冷や汗が額を伝ったのは致し方ない事だ。一ヶ月以上を掛けて仲魔にしてきた者達を、その間ずっと一緒に過ごしてきた者達の大半を失うのだ。その言葉で躊躇してしまったのは仕方ない事だった。
「そこまでする価値はあるのか?…………あるんだろうな。俺が生きるためには。生き残るためには。最後の一人となるためには……」
望んで殺したくはない。
けれど、俺は死にたくない。
何度も言うようだが俺は臆病だ。生きて帰りたい。生きて帰って、以前のように安穏とした日々を過ごしたい。現実にも嫌な事だって、辛い事だって、苦しい事だってある。けれど、こんなどうしようもない救いようの無い世界ではない。人を殺さなければ生きていけないような世界ではない。世界のどこかにはそんな場所もあるかもしれない。けれど、この国で産まれ、この国で育った人間としては……人を殺して生きて行きたいとは思わない。平和な国だ。普段生きているだけで命の危険を感じる必要のないとても良い国だ。だから、そこに帰りたい。
そのためならば、参加者その全てを殺してでも帰りたい。
血で出来たレッドカーペットの敷かれた玉座に座る王になろうとも……
俺は帰りたい。
「悪魔に魂を売った者が泣きごとを言うなという話だな」
そうだ。
俺は、悪魔の王なのだ。絶対王政を強いる君主なのだ。
もはや人の子ではない。
そう思おう。
そう思ってこれから先を生きるのだ。
絶対に、生き残るのだ。
「はい。ですから悪魔の王らしく、悪魔など―――使い潰して下さい」
彼女が放ったその言葉。
その時の彼女の表情は見えなかった。
バイザーによって隠された彼女の瞳が一体どんな色を見せていたのか、俺には分からなかった。
ただ、思う。
俺はリディスを使い潰す気はない、と。