05
駐屯地は静かなものだった。
この世界で煩い場所というのはあまりないのかもしれないが、それでもそこは更に静かだと感じた。駐屯地を囲う背の高いコンクリート製の壁沿いに移動し、入口へと。不用心にも開いたまま、もとい、壊れたままの入り口を通過する。
瞬間、世界が切り替わったような印象を受けた。そして、それは事実でもあった。つい先程まで青空を飛んでいたスカベンジャー達がその姿を消していた。同時に誰かが攻略していればクエストにもならない。クエスト用に用意された別空間と言う事だろう。
そして……
「なるほど。時間制限あり、か」
「ふぅん。30分ね。楽勝、楽勝」
視界に映る制限時間。それを横目に周囲を見渡す。
一面のひび割れたアスファルト。倒れたヘリコプターや半ばから折れた戦闘機、砲塔が折れた戦車がいくつも転がっていた。その上にグレムリンとでも言えば良いのだろうか。頭部に短い角が生えた気色悪い緑色の体、背は低く腹の出た悪魔が我が物顔でそれらの上に座ってヘリや戦闘機、戦車から鋼鉄を剥ぎ取り貪っていた。一瞬、それが倒すべき目標かと思ったが、その奥、少し離れた場所に2階建ての建物が見えた。
間違いなく、そこが目的地だった。
WIZARDの方を向き、示し合わせるように頷く。
「じゃ、さっさと終わらせましょ」
「了解」
このクエストは占拠されている駐屯地を解放すれば良いという事なのだから、軒並み殺せば良いだけだ。悩む必要など何もない。
走って建物へと向かいながら、グレムリンにMP5を向けて乱射する。予想通り、強くはなかった。弾丸生成能力で作成された程度の悪い弾丸でも5発程度。
「先行くわ。あとお願い」
「集合場所は?」
「適当で!」
「了解」
走る僕達を迫って来るグレムリンを一匹、また一匹と仕留めて行く。大した知能(AI)ではないのだろう。仲間が殺された事に怒り、一匹、また一匹と次々と近寄って来る。そんな彼らの合間を肩に掛けた白いローブを揺らしながらWIZARDが駆けて行く。言葉通り、後は任せたと、迫るグレムリンを一切合財無視して建物へと先行する。
「リロード」
WIZARDに迫ったグレムリンを撃ち落とし、振り返る事なく建物の中に入っていったWIZARDを見送りながら、建物を背にして再度弾丸を補充する。
都合2度。
それで平地にいたグレムリンはその全てが死体となった。一つ一つ解体している余裕は流石にない。背後の建物内から響く炸裂音に導かれるように建物へと入り、損傷激しい方向とは逆方向へと向かう。
通路に向かって左側に部屋、右側に窓。通路の奥には階段。
そのレイアウトに一瞬、学校の校舎のようだと思った。
「一つ一つ開けていけ、と……面倒くさい」
ぱっと見で1階には4つの部屋があった。WIZARDが向かった反対側を合わせれば8つ。2階部分も同じ作りだとすると16。既に開始から5分近く過ぎている事を考えれば、僕の持ち分は1部屋3分。
「複数人推奨のクエストと言う事か。やはり『彼』は性格が悪い」
そんな事を考えている間に1分経過。持ち時間がどんどん減って行く。それを埋めるためにはどうすれば良いか。武器を二つ持てば良い。
Cz75とMP5をそれぞれ片手で持ち、足で扉を蹴倒す。
そして、中の状況を確認する事なく、引き金を絞る。MP5はフルオートにしているが、セミオートマチックであるCz75は一回一回引き金を絞らなければならないのが少し面倒だった。好きな拳銃とはいえ、この状況ではあまり好ましくはなかった。
弾丸を撃ち尽くし、硝煙が収まるのを待って様子を伺う。中を覗けば赤く染まった白衣を着た緑色の肌を持った人型の爬虫類が蜂の巣になって倒れていた。
動く者が居ない事を確認して通路を進み、再び同じ事を繰り返す。
都合4回。
それを終え、少しSP回復してから階段を昇る。既に上階から爆発音が聞こえている事からWIZARDもそっちに移動したのだろう。
「流石に早い」
先行したから、だけではない。こういう閉鎖空間での戦闘は彼女の得意とする所だ。扉を開けて爆弾を大量に撒き散らせば終わるのだから。唯一の問題は攻撃力過多で建物が壊れる心配があるという事だ。
まぁ、今この瞬間に建物が壊れていない事を思えばその心配はないようで、今頃、大層醜い死体を大量発生させている事だろう。もっとも、人の事など言えないが……
やはり、彼女にはその腕で、あの十字のリストカット痕の残った腕で殺して欲しいと思う。すらりと伸びた白い腕に醜く刻まれたリストカットの跡。それを思い出し、陶然とする。人体の収集癖があるわけではないが、あれならば飾っておきたいと、そう思った。SCYTHE辺りに切って貰えばさぞ綺麗なオブジェになるだろう。
そんな事を考えながら階段を昇れば、対面にWIZARDの姿が見えた。予想通り、何の気なしに楽しそうに爆弾を部屋に投げ込んでいた。それに倣う様にして、再び扉を蹴り破って弾丸を射出する。
そして都合4度、扉を蹴破り、銃を乱射する。
そうやって白衣姿の爬虫類という気色悪い生物を軒並み掃討しながら、通路を進み、2階の丁度真ん中、律儀にそこで僕を待っていたWIZARDと合流した。
「屋上がボスかしらね」
「だと思うが」
そこには上階へと向かう階段があった。
先行して階段を昇り、屋上へと至る鈍色の扉を開ければ、透き通るような晴天の下に巨大な生物がいた。
平均的な成人男性の身長の2倍程の背丈。横幅も同様だった。爛れた顔、肩、腹、腕、足。そして、その爛れた肉の隙間には鋼鉄製の骨が見えた。骨格を強化する事で人体の強度を高めようとしたのだろうか。
「なるほど。人体実験でもやっていたわけか」
「興味ないわ」
「僕もない」
この建物内にいた白衣姿の爬虫類達は、この場所で人間の体をいじり倒していたという設定のようだった。全く、良い趣味過ぎて反吐が出そうになる。そして、同時に理解した。どうやら僕は魂の無い悪魔が人間を殺すのが嫌いのようだった。
まぁ、この改造人間が魂のある人間かというと違うのだけれども。
その改造人間は僕達を確認し、のそのそと近寄って来る。それに合わせて僕は右、WIZARDは左に別れて移動する。移動しながら、MP5の銃身をそのでかい胴体へと向け、引き金を絞る。
パラパラとフルオートで弾丸が射出されていく。
ぱすん、ぱすんと音を立ててその生物の体にめり込み、緑色の―――白衣を着た爬虫類達の肌の色と同じ色をした体液が流れ出した。血液に爬虫類達の皮膚でも混ぜられたのであろうか。とりあえず、見ていて気持ちの良いものではなかった。
そして、そんな気色の悪い体液を流す彼は、僕の攻撃に爛れた顔に苛立ちを浮かべ、のし、のしと近づいてきて地面ごと僕を叩きのめそうとする。が、そんな鈍間な攻撃に当たってやる理由もなく、軽く避ければ、どごん、という鈍い音と共に屋上に穴が空いた。
当たれば頭の一つぐらいは潰れそうだった。レベル差は分からないし、実際HPがどれだけ削れるかは分からない。が、だからといって試してみようと思える程の勇気は僕にはなかった。
少し距離を取り、MP5の引き金を引く。ソレが追って来る。穴があく。そんな事を何度か繰り返す僕を余所に、
「シズぅ。残り5分ねー」
いつのまにか屋上の周囲に張り巡らされた金網によし掛り、WIZARDがあくびをしながら時間を告げた。
言われなくても僕の視界にもしっかり残り時間が表示されている。
「了解」
再び、Cz75を取り出し、MP5と同時に引き金を絞る。
さながら、雷鳴と雨が同時に降り注いだような発射音が何度も、何度も屋上に鳴り響く。その度に彼の体から緑色の体液が零れ落ち、床を染める。
そして、その度に雄叫びを上げる人型。
ここに至り、理解する。
やはりこれは初心者向けのパーティクエストなのだろう。見目、その雄叫び、攻撃力。確かに一見すると恐ろしい存在だ。人型の生物を殺す事に怯え、まともに動けない者達にとっては辛い相手にも思える。しかし、これを殺す事ができればある程度の慣れが得られる事だろう。そういう意味では試金石として良い相手だと思う。
だが、それを感じない者にとってはこんな生物はただの通過点でしかない。
「リロード」
現在の僕のレベルは21。あの少年達を殺した時は、弾丸生成能力は4回連続でしか使えなかったが、今は6回連続で使ってもSPが枯渇する事はない。自然回復量まで考慮すれば更に2回程上乗せが可能だ。御蔭で今はキャストタイムの方を重視した戦い方を考えている最中でもあった。
その一つの手としては両手に武器を装備する事だった。在り難い事にこの能力、装備している銃の弾丸を最大値まで搭載できるため、両手に装備していれば2つ同時に弾丸が搭載される。MP5とCz75の両方のマガジンが空になってからリロードすればキャストタイムとほぼ同じか少し短いぐらいの時間は消費できる。
一度のリロードでMP5が32発、Cz75が15発。
それら全てを打ち込んでもソレは死に至らない。だが、それが何度も行われれば流石に死に至る。ここの敵自体が精々5発程度なのだ。いくらクエストのボスとはいえ、それの100倍のHPがあるわけもなかった。
「それでも150発分だったか……意外と持ったね」
体中に空いた穴から間欠泉のように緑の液体を噴出しながら、ずしん、という音と共に彼が倒れ伏した。終わってみれば呆気ないものだった。
「お疲れ様~、これで終わりよね」
「恐らくね」
これを解体するのは難儀だな、と思っていればさっきまでいなかったスカベンジャー達が空から降りて来ていそいそとその肉を啄ばみ始める。そしてその中の一匹が、うぐっと喉を詰まらせたような表情をしたかと思えば、僕に近づいて来て、ぺっとくちばしの中身を吐き出した。
「……設計図?」
吐き出されたものはスカベンジャーの体躯程ある紙だった。さらに言えば、一度咀嚼された所為で涎がべったりついた挙句にくしゃくしゃになっていたが、それは確かに設計図だった。ソレを僕が受け取ったのを確認して、スカベンジャーは再び肉を啄ばみに向かった。なるほど、代わりに解体してくれるのか。ありがたい話だった。
受け取った仮想ストレージへと移動させれば『設計図 銃 ランクB』という名が表示された。そして再びそれを取り出せば綺麗さっぱりな紙となって手の中に。服などもこうなってくれれば良いが、そんな都合良い事があるわけもない。
「クエスト報酬?」
「いや……どうやら違うらしい。ランクがBになっている。報酬はCだっただろう?」
「ふぅん。レアドロップという奴ね。運が良いわね。でも、作る時に失敗したらまた笑ってあげるわよ?だから、安心して失敗するのね!」
そんな戯言を無視しながら、内容を確認する。
そうこうしていれば、『クエスト 達成 』というアナウンスと共に仮想ストレージにクエスト報酬が追加された。そちらの方はざっと目を通すだけにし、再びランクBの方の設計図に目を通す。
やはり問題は材料の方だった。だが、恐らくあの時ビルにいた彼女もこのランクBの設計図を手に入れたのだろう。レイジングブルがランクCと言う事はない。ないと思いたい。だから、これを元に武器を作ったと考えれば、この材料が近くで手に入らない事もないのだろう。
とはいえ、鉄は分かるが……
「クロムモリブデン鋼ねぇ……情報がないとどうしようもないな」
クロムモリブデン鋼ならば、銃から得られる可能性は高いとはいえ、もう少し確度の高い情報が欲しかった。NPCから情報を得られないだろうか……。
そう結論付けて、穴だらけになった屋上から降りようとして、階段に向かう。向かえば、WIZARDがぱたぱたとローブを翻しながら駆け寄って来る。
「置いて行く気ね!放置プレイね!嫌よ!そういうプレイは趣味じゃないのよっ」
珍しくどこか苦々しい表情でそんな鬱陶しい事をのたまう彼女と共に、再びコンビニへと向かった。