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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第二話 シンデレラになれない少女
12/116

03





 鼻腔を擽るコーヒーの香りに意識が戻って来る。


 窓から差し込み陽光が目に痛い。目を閉じたまま、ゆっくりと背を伸ばせばひらり、と毛布が頭から落ちた。どうやらWIZARDが僕の頭に毛布を被せたようだった。


 大変雑な載せ方だった。


「やっぱり朝でもそんな腐った目をしているのね、素敵よ」


「毛布、ありがとう」


「どういたしましてっ!ふふん、どう?私って意外と気がきくでしょう」


 腰に手をあてながら見せる得意げな表情が大変鬱陶しかった。綺麗なのは事実である。だが、寝起きに見るものではないな、と思う。


「本当に気が効くようなら僕にもコーヒーを入れてくれても良いと思うが」


「嫌よ、勿体ない」


 ぷいっと顔を逸らし、テーブルに置いてあった湯気の昇るマグカップを掴み、それに口を吐けていた。


 言い様、立ち上がり、凝り固まった体を解す。そうやって体を動かしていれば、声をかけたそうにこちらの様子を伺ってうずうずしていた。


「何か?」


「シズがどうしてもっていうなら入れてあげなくもないわよ?」


「いや、別にそこまでして飲みたくはない」


「ちょっとぉ!?なんでよ、そこは飲みたいって言ってよ!言いなさいよ!何なのよ、私の事嫌いなの!?」


「嫌いだが」


「うん。知ってる」


「多少興味が出てきたのは確かだがね」


「そうよね。私の事なんて興味ないわよねって……あ、あれ?何?今なんて言ったの?もう一回。もう一回言って頂戴?」


「断る」


「コ、コーヒーいれてあげるからぁ!ねぇ、シズぅ。おねがいっ」


 鬱陶しい。


 椅子に掛けてあったジャケットを取って羽織り、装備を整えて外に出る準備をする。この世界に排泄物がないという事は寝汗をかくこともなく、シャワーいらずなわけである。便利な話だ。


「完全に無視したわね」


 マグカップの中身を一気に飲み干すという豪快な仕草をしたあと、胡乱な瞳で僕を見つめてくる。


「熱くないのか?」


「熱かったわよ!ダメージ喰らったわよ」


「なるほど熱湯ならいけるのか……」


「そこ冷静に分析しないで。冗談よ冗談。こんな程度でダメージ喰らうわけないじゃない。昨日のなんだっけ?狙撃ライフル?アレの方がまだHP削れたわよ。2ぐらいだけど」


「へぇ……レベル差があるにもかかわらず大したものだ。是非、手に入れたいね」


「じゃあ、設計図でも探す?」


「レべリングは一旦棚上げとするか」


「じゃ、行きましょう。とりあえず、あのライフル使ってた奴掴まえて吐かせましょう。吐かなかったら爆発させましょ」


 物騒な台詞である。が、否やはない。まぁ、そのライフル使いの持っている物が良い物であればそれをそのまま貰っても良いが……


 そういうわけで、街の探索と相成った。


 静かだった。昨日の事が嘘のように静まり返った街中。誰かがいるような気配もなかった。瓦礫の隙間を通る風だけが世界に流れるBGM。それを汚すように僕とWIZARDの足音が廃墟に響く。


 とつ、とつと。


「いないわね。台所の黒い奴と同じで暗がりにでも隠れているのかしら」


「1人見つけたら30人というのは否定せんが」


 戯言を吐きながら昨日、狙撃された場所へと辿りつく。


 良く見てみればすぐに弾痕の跡は見つかった。しゃがんでその跡を撫でる。これまたサーバーのリソースを無駄に使う代物だな、とどうでも良い感想を浮かべながら、昨日の状況を脳裏に浮かべる。


 背中から地面に倒れた事を考えれば、正面から狙撃されたと考えるのが妥当だろう。立っていた方向を思い出し、そこに移動し、打ち抜かれた足と弾痕とを直線で結び、その延長線上に目を向ける。


「あれ……か」


 この場からかなり離れた場所に倒れていないビルがあった。弾道から推測していたが、予想通り、背の低いビルだった。あそこからライフルで狙撃したのだろう。そして、その場所が彼らの本拠と考えても良いだろう。


「そういえば、悪魔いないわねぇ」


 立ち上がり、周囲を見渡せば確かに悪魔の気配もなかった。


「ギルドがせん滅でもしたのかね」


「皆で仲良くがんばって悪魔を倒しましょう?面白い冗談よね。ま、御蔭で邪魔されないから良いけれど」


 連れ立って示し合わせようにビルの方へと歩きながら、周囲を見渡す。


 悪魔がリポップする時間は分からないが、この都市に来てから全く悪魔に出くわしてなかった。別に都市内にいる悪魔を殺してレべリングをするわけでもなく、寧ろ、WIZARDが言うように探し物をするには悪魔などいない方が良い。


 とはいえ、警戒だけは怠らず、耳を澄ませながら無人の都市を行く。


 公園があった。


 手入れされていない公園を囲う様に樹木が並んでいた。その樹木の葉がさながら森のように生い茂っていた。人の手の入らない自然なんてこんなものだ。


 ふいに現実世界で、地元のとある公園の木が切られるという事で反対運動をしている者達がいた事を思い出す。反対していた理由は『自然を守ろう』だった。そもそも都市計画を目的として整備された公園を自然と言うのも笑えるし、自然とはコレだ。人間の行動など所詮、不自然でしかない。彼らの着ていた服は『自然』を壊して手に入れたものでしかない。彼らが生きるために食した『自然』もある事だろう。彼らの行動など所詮、欺瞞ファッションでしかない。あるいは彼らにとって『自然』とは弱者なのだろうか。強い者が弱い者を守る様な憐憫に似た何かなのだろうか。それこそ『自然』を馬鹿にし過ぎという話だ。


 もっとも、人間の行動も含めて自然だという考えもある。僕としてはそちらを推したいものだ。


 閑話休題。


 そんな森のような公園のいくつかの木の幹に弾丸の跡が残っていた。彼らがここで悪魔と闘った跡のようだった。その所為だろうか。その公園にも悪魔の姿はなかった。どこに行っても人間の行動なんて同じものだ。絶滅するまで狩り、絶滅した後に保護しようとする。その内、悪魔を殺すのはいけない事なのです、そんな意見を出してくる者が現れるような気がした。


 そんな事を考えながら公園の横を通り、今度は『自然』が人工物を埋め尽す光景に目を向ける。SCYTHEに言わせればソレも肉の塊なのだろうが、この姿を思えば人間がどれだけ『自然』に無理をさせていたかが良く分かる。あと数年もすれば自然が人工物全てを埋め尽すだろう。そんな風にも感じた。


 まぁ、所詮、全ては対岸の火事でしかない。他人の死を感動と称す大衆のように、コンビニエンスな世界に産まれ育った僕としては、『自然』を壊そうが『自然』に覆い尽くされようが、対岸の出来事だ。便利ならばどちらでも良い。


 そんな風に緑色に目を向けたり、時折ちょっかいを掛けて来るWIZARDを無視したりしながら目的地に到着したのはそれから小一時間が経過した頃だった。


「NPCがいるな」


 ビルの前。その入り口を守るように一人の男がいた。


「殺しとく?」


「NPCの死体に興味はない」


「あっそ。じゃ、止めとくわ」


 そんな大人しい反応をするWIZARDと共にNPCの所へと。眠そうな目をした男だった。頭上にある名前は『YAMANE』。


「やぁ、そこを行く少年少女。ここから先はギルドLAST JUDGEMENTの領域だ。今は皆で払っている所でね。用事があるなら私が聞こう」


 『この村の名前は○○です』とでも言わんばかりのその対応に、やはりNPCだなと感じた。この世界に生きるプレイヤーキャラであれば、自分がここに住んでいますなどと言う重要な事を口にする事はない。この眠たそうな表情を浮かべる男はギルドが雇った執事役なのだろうか。それにしては、何とも間抜けだった。なのでついでに聞いてみる事にした。


「どこに行っているんだ?」


「ほとんどの方はフロアボスを攻略しにいかれているようですね。ギルドの活動の一環といいますか、昨日ギルド員が相当数減ってしまいましたので、その補てんのために人員ではなく、武器の補強をされるようです。それでフロアボスがドロップする設計図を手に入れに行かれました」


「ふぅん。フロアボス……ねぇ。ちなみにもしかするとあれか?」


 遠くに見えるビル。駅舎を挟んで反対側に大きなビルが二つ並んでいた。それを指差しながらヤマネに問う。そして、予想通り、


「えぇ、おっしゃる通りです」


 と。口の軽い執事だな、と思いながらも簡単に情報をくれる存在はとてもありがたいのも確かだった。ギルドにとっては迷惑な話だろうが。そして、その情報であるところのフロアボスというのを想像してみたものの、未だ一度もそのような所謂ボスと呼ばれる悪魔を見たことが無かった所為で、全く何も浮かばなかった。


「ところでお客様はギルドに何の用で?」


「昨日、このビルから狙撃されてね。その下手人を探しているのさ」


「おぉ。それはそれは……お客様はギルドの敵という事で宜しいかな?」


 瞬間、執事が腰元からナイフを取り出し僕に襲いかかってくる。なるほど、ギルドを作るとこういう事も可能なのか。NPCを雇って鉄砲玉にする事が。


「NEROが聞いたら怒りそうだな」


「シズぅ?不愉快な名前ださないでよ」


「それは申し訳ない」


 言いながら、腰に掛けてあったMP5を取り出し、その引き金を引く。ぱらぱらと鳴る音がヤマネに吸い込まれていく。が、それでヤマネが倒れる事はなかった。意に介さずといったところか。寧ろ、攻撃された事への怒りが、その作り物の顔に浮かぶ。


「御命頂戴いたします」


 ダメージなし、と。


 瞬間、マガジンを取り外し、仮想ストレージから真っ当な方の弾丸を詰めたマガジンを取り出し、MP5へと装着。それと同時に引き金を引き絞れば、既にその位置に彼はいなかった。背を低くし、地面を滑るように走り、その勢いそのままにナイフを切り上げる。


 咄嗟の判断で、MP5を持った右手でそれを払いのけ、バックステップ。だが、それを見越していたのか彼はそのまま僕に飛びかかってくる。


 それを今度は僕が姿勢を低くし前方へと駆ける。そのすれ違い様、飛び上がった彼の体に向かってMP5を向け、引き金を絞る。


 パラパラと空薬莢が地面に降り注ぎ、そして同時に彼の体からも僅かながら血が流れる。もっともかすり傷程度。彼の服に穴が空き、弾丸が彼の体の中にめり込んだ程度だ。


 弾丸の衝撃で体勢を崩した彼に向って振り返り様にMP5の引き金を引き絞りながら、左手で仮想ストレージからマガジンを取り出し、空になったと同時に切り替える。拾った弾丸は大量にあるものの、MP5のマガジン自体はそれほどない。最初に手に入れた時に本体ごとが2つと、昨日の集団から2つ手に入れた程度。既に3つ目。


「なるほど、そもそも戦闘用のNPCか」


 腕で頭を庇いながら9mmパラベラム弾を受ける人型。漫画の様な光景である。そんな光景を見ながらWIZARDは横で呑気に手榴弾をジャグリングしていた。


「結構HP高そうね。お試しターイム♪」


 ぽいっと擬音でも聞こえそうな程気軽に投げられた手榴弾が、彼の足元に到達する直前、咄嗟に後退し、爆風から離れる。


「殺す気かね?」


「死んだらそれまでよ」


 当然、僕が、である。


 続けざまに一つ、二つと手榴弾が爆発し、彼の足を、腹を、腕を吹き飛ばして行く。能力で作られた程度の悪い爆弾でコレだ。毎回思う事だが、レベル差というのは大きい。例えDEXのみを引き上げたとしてもレベル差があれば到底追いつかない。ちなみにWIZARDのステータスはDEX>VITの2極である。


「なんだ、この程度なの?つまんないわねぇ」


 心底つまらなそうな表情を浮かべながらWIZARDがその手を止める。都合4発。それで彼は肉塊となった。もはや原形も留めずアスファルトのシミとなっていた。空を舞うスカベンジャー達が降りて来ようとして残念そうな顔をして戻って行ったのも分かるというものだった。


「相変わらずヒモな気分だよ」


「良いじゃないヒモでも。しっかり掴んでいてあげるわよ」


 それが嫌なのだが、と視線を向ければ逸らされた。


「さて、じゃ、人が来ないうちに……いえ、別に来ても良いんだけれど……家探ししましょう。荒らしましょう。強盗殺人なんて酷い犯罪をしに行きましょう」


 言って、WIZARDがビルの中へと駆けて行った。






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