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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十一話 ゲヘナにて愛を謳う者達 下
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01 プロローグ



 人造の水平線、その向う側に人造の太陽が沈んで行く。きっとこの世界は天動説に従っているのだろう。そんな性もない事を考えながら、沈む夕日を見ていれば、ふと思う事がある。


 この光景を現実の世界で見たのであれば僕でも綺麗だと思うだろう。澄み切った空気。大気に汚れは無く、光を遮る物が一切なく、透き通るように輝く太陽。これを綺麗だと称するだろう。けれど、ここは現実ではない。澄み切った空気も、遮る物のない空も、儚さすら感じる雲も、その陽光の輝きさえも、醜く感じる。それでもきっと他の人達には綺麗に見えるのだろう。けれど、僕にはどうしてもそれが汚い物としか思えなかった。人間の吐息、工場から排出される汚れ、飛行機の作り出す雲あるいは宇宙空間を漂うデブリ、それらの汚さこそが現実であり、それらの穢れた存在を輝かせようとする太陽こそ尊いのだと、そう思う。


 とどのつまり僕はこんな0と1で作られた完全な存在じんこうぶつに感動するような心は最初から持ち合わせていないのだ。きっと人が人を殺す事に興味を浮かべるのも、人殺しの思考に興味を持つのもそういった理由なのだろう。人間というものが完全であれば、他者を害する様な事はしない。その不完全性こそ、僕が求めるものなのだ。それでいて綺麗かんぜんな死体を見たいと願う僕はさて、どういった心境なのだろうか。それもまた、魂のない不完全な物だからだろうか。


 SCYTHEにはこの世界がどう見えたのだろう?見るもの全てが醜く映っていたという彼女にとってあの太陽はどう見えたのだろうか。やはり肉の塊に見えていたのだろうか。そうであれば、その彼女の瞳こそ僕は欲しいと思った。汚い物を汚い物として見られたその瞳が、僕は欲しかった。残念ながらWIZARDに潰されてしまったが……。勿体ない事をするまほうつかいである。


 そういえば、SCYTHEは僕がまともな人間の形に見えたという。


 その理由は分からない。そもそも世界の全てが肉塊に見える理由すら分からないのだから。例えば、そう。元々目が見えていなかった所為で、そうなってしまったのだろうか?いや、寧ろ『彼』がそういう風にしたのだと考えた方が妥当ではないだろうか。


 そも、SCYTHEに対して『僕という個人』を選んでまともに見せる理由はない。


 当然だ。人間の死体に興味があるとはいえ、僕はありふれた人間だ。WIZARD辺りから言わせれば水揚げされて死んだ魚のような人間ひとでなしだろうが、これでもこの世界ゲームに参加するまでは真っ当な生活を送っている。傍から見れば飛び抜けておかしい事もなければ、飛び抜けてまともでもない、人に言える趣味があれば、人には言えない趣味もある、そんなありふれた人間だ。


 だからこそ、何らかのステータスを彼女の視界に表していたのではないだろうか?そんな風に思う。STRやDEXなどのゲーム的なパラメータではなく、『彼』にだけ理解できるステータス。そんなものを彼女の視界に映し出していたのではないだろうか?


 それが何かは考えても分からないし、何故SCYTHEにそれを見せたのかも分からない-――殺人鬼役として人間を発狂させたかったと言われれば納得できるが---。


 まぁ、センスの欠片もない『彼』の事だ。きっと性もないステータスだろう。とても不愉快なものに違いない。どういった物かを想像する事は出来るがそれも意味の無い事だ。結局のところ『彼』に直接聞かなければ真実は分からない。


 そんな事を考えながら、眼前の光景に意識を向ける。


 血の様に赤く染まる世界。


 こんな時間を昔々の人は逢魔ヶ刻と呼んだ。天を照らす神がその姿を隠し、その代わりに神に見放された悪魔達の現れる刻。けれど、悪魔は科学によって淘汰された。昔の人の事を想像力が豊かだという人もいる。だが、彼らは単に知らなかっただけだ。未知のもの、理解できないものを悪魔と、そう呼んだだけだ。現代人である僕にとってはただの夕方でしかない。毎日毎日あくせくと働く地球が産み出した現象でしかない。せめて0と1で作られた悪魔デジタルデビルがいればそんな風に呼んでも良かったかもしれないが、残念ながらというべきか、幸いにしてというべきか、当然というべきか、周囲を見渡しても悪魔はいなかった。


 いるのは人間プレイヤーとNPCだけだ。


 少し離れた所で僕と同じ様に太陽が沈むのを見ていた。


 勿論、並んでいるわけもなく、一人と一体。


 一人ウィザードは凸凹とした岩礁の上に座っていた。


 一体アリスは浜辺で---作った城を前にして―――座っていた。


 互いに何をするでもなく、しかし同じ方向を向いている。


 人形が嫌いで、人形遊びなんて子供のする事よ、と言っていたWIZARDがその人形であるアリスと同じ事をしている。そんなWIZARDの姿に少し笑みが零れた。


 風に揺れる銀の髪、それを手で押さえながら延々と沈む夕陽を見つめる。常は鋭い眼がどこか柔らかく、しかして唇を噛み締めながらずっと夕陽を見つめていた。沈む夕陽に何かを思い出したのだろうか。感情が綯い交ぜになり、どうしようもなくなった様なそんな表情だった。


 そんな彼女にとってこの夕陽は綺麗に見えるのだろうか。


 生憎とそんな彼女の表情からは察する事ができなかった。


 一方、アリスはといえば、いつものようにだらしない顔だった。何が楽しいのかニコニコと夕陽を眺めていた。時折、視線だけをWIZARDへ向け、元に戻し、頬を緩めていた。だから、もしかすると、アリスは、彼女自身が視界にいる時にWIZARDがそういった感情を表に出した姿を見せるようになったのが嬉しかったのかもしれない。そんな風にNPCの思考を想像してみたが、きっと間違いだろう。


 僕にはプレイヤーの気持ちも、NPCの気持ちも分からない。


 いつだって僕はそんな人間だ。


 どうしようもない人間ひとでなしだ。


 WIZARDがいう様に碌な死に方はしないだろう。精々、頭蓋ごと脳を掻き回され、胸骨を押し潰されて心臓の破裂と共に内臓を撒き散らし、腸内に溜まった汚物を周囲に撒き散らすような、豚の様な死に方はしないように祈るとしよう。……いや、豚は意外と綺麗な死に方になるわけだから適した表現ではないか。だとすれば、何と表現すれば良いだろうか。暫く考え、無感動に無感情に全身を押し潰される蚊だな、と結論付けたのと同時に、アリスが声を掛けて来た。


「鬼畜様、鬼畜様」


 声のする方を向けば、アリスが手を招いていた。招かれるままに近づけば、案の定といえば良いのだろうか、驚かれた。


「鬼畜様が素直です。明日は銃弾が降るに違いありません」


「そういうのが好みなら、試しても良いが……」


 天に弓引くようにSMGサブマシンガンの引き金を引けば、お望みの銃弾の雨ができることだろう。とはいえ、NPCの死体に興味はないし、それ以上に弾丸で穴だらけの死体などもっての他だった。もし、そんな事をする人間プレイヤーやNPCがいたら、自分がどれだけ汚い物を作り出しているのかを教えてあげるとしよう。もっとも、そんな機会はない事を期待したいが……。


「そろそろ鬼畜様の言動にも慣れて来ましたよ、私!」


 引き攣った笑みを浮かべるアリスから目を逸らし、アリスの作った砂の城へと目を向けた。


 遠目には城に見えていたが、近づいてみれば、城の様なというべきだった。細部に拘りはなく、建物らしからぬ歪んだ曲線ばかりで出来あがっていた。


 言ってしまえば下手くそだった。


「巧いでしょう!流石、私です。えっへん」


 座ったまま腰に手をあて、自慢気に、鼻高々に。


「…………」


 波が訪れれば壊れてしまいそうなその城らしき何か。これは彼女の記憶、いや、記録にあった物なのだろうか。


『間違いありません。ネロ様です。』


 それを口にした時の彼女は酷く真剣な表情をしていた。もっとも、その直後に問い正せば『えっと?あれ?うーん、ネロ様ですよ。多分』と自信を失っていた辺りがアリスなのだけれども。


 ともあれ、それも妙な事である。彼女の記憶とは、メモリ内に、絶縁体内に囲われた電子のことであり、これが消失すればそのもの存在しないはずだ。にもかかわらずそれが曖昧に残されている。


『でも、ネロっていう名前はこの間の女装少年のものですよね?うーん?……それに、私が様付けで呼ぶなんて……コンビニの親会社の偉い人とか?……あっ!だ、大丈夫ですよ、鬼畜様。浮気じゃないですから。私これでも身持ちが堅い事で有名なんです』


 戯言は大半無視した。


 そもそもNEROとは呼んでいるが、彼の名前は『なめなしくん』という大層ふざけた名前である。だから、故に、アリスが『ネロ』というものを人間の名前として思い出したというのならば……


 仮説。


 『なめなしくん』のαテスト時代の名前は『ネロ』であったと言えるのではないだろうか?


 αテストの記録を僅かながらも有しているアリスはNEROという名前に聞き覚えがある。NERO自身もアリス---その名は知らないようだが―――の事は知っている。これらの事からネロがαテスターである事は確定している。しかし、アリスはβテストにおける『NERO』を知らない。ただの気持ち悪い女装少年と呼んだ。対して、先日、Queen Of Deathの刀をアリス以外の誰にも認識されずに持っていた存在、この『正体不明の存在』をアリスは『ネロ様』と呼んだ。


 そもそも、NEROがアリスを探す事をβテストでの目的としているのならば、姿形を変えるというのもおかしな話ではある。であれば、アリスが見たその存在というのは……


「誰かが……いや、『彼』がネロの皮を被って参加しているという事かね」


 高みの見物に飽きて、神様は下界へと降りて来たという事だろうか。あるいは最初から参加していたのかもしれない。


 心当たりは……ある。


「アリス」


「折角、私が作った砂のお城を評価してくれない鬼畜様なんて無視です、無視」


「率直に言って下手だ」


 妹の方が万倍巧い。昔、家族で海水浴に来た時に妹が砂で城を作っていたのを思い出す。波で一部が流された瞬間、飽きたとばかりに壊したが……。きっと妹は完全な物が好きなのだ。この世界を綺麗だと言える、普通の子なのだ。


「がーんっ!?思っていても!思っていてもっ!言ってはいけない事ってあると思うんですよ、鬼畜様!これだから鬼畜様はっ!……で、でも、正直に言ってくれてちょっと嬉しく感じる私がいるのも事実ですけどっ」


 頬を紅色に染め、いやんいやんと首を振る奇怪なNPCがいた。アリスだった。


「……鬱陶しい」


「も、もう一声っ!」


 どうしようもない、とアリスに『彼』のことを聞くのを止めた。別段、アリスに聞く必要もない。


 そもそも僕達が九州に向かっていた理由がソレなのだから。


『そういえば前に、見た事があるような感じの顔をした人がいましたね……えーっと……名前は、えっと。えっと……は、春爛漫?』


 アリスはそう言った。


 ストレージに保存された記録、それと合致するような相手など、早々いるはずもない。まして、αテストの生存者などNERO以外にはいないだろうから。


「死んだふりとは随分卑怯な事をするじゃないか」


 春爛漫あるいは春と云う存在が『彼』なのだと僕は確信する。


 あの不愉快な死体を延々と掲示板にアップしていた存在。漸く、尻尾が掴めた。残念ながら時既に遅く、姿をくらましているようだが、どうせすぐに出て来るだろう。


 『彼』は停滞を好まないはずだ。


 停滞しているならば、掻き回すはずだ。


 今はまだこの世界にNEROとLAST JUDGEMENT―――SISTER―――がいる。けれど、そのどちらかがなくなれば乱しに来るだろう。あれだけ『人死に』が好きな奴だ。状況の停滞を好むわけが無い。


 介入は必然。


 そう思う。


 プレイヤーとしての『彼』は既に去った。なれば、次はGame Masterとして、神様として介入してくるだろう。いや、既に介入している。QODの刀を回収する際に僕やWIZARDに見えなかったのはGMとして行動していた所為だろう。システム側の存在であるアリスにしか見えなかったのは恐らくそういう事だと思う。


 ROUND TABLEの内乱も『彼』がどうにかしたのかもしれない。その可能性の方が高いといえる。であれば、なるほど。僕の楽しみを無くしてくれたのは『彼』だったというわけだ。


 度し難い。


 GMがプレイヤーの喧嘩に参加するなど本来、もっての他だ。子供の喧嘩に親が出て来たようなものだ。自ら作り上げた世界ゲームを自ら掻き乱すなど子供だ。そこに思想などない。哲学などない。『殺したいから殺す』わけでもなければ、『快楽のために殺す』わけでもない。ただただ他者に嫉妬した餓鬼が駄々を捏ねているだけだ。『彼』のアップしていた画像が不愉快極まりないのも、きっとそれが理由だ。


 全く、最低で最悪な性格の神様だ。


 救いようの無い神様だ。


 是非、現れて欲しい。


 いますぐに、目の前に現れて欲しい。


「鬼畜様……なんだかいつもの3倍は腐った感じになっていますよ?腐ったミカンの中に詰め込まれて発酵した感じです」


「……褒めているのか?」


「いえ?人間プレイヤーってそんな酷い顔もできるんですね、と感心はしましたけれど。鏡持ってきましょうか?鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番腐っているのは誰ですか?って言ったらきっと鬼畜様が出て来ますよ」


 よくよく戯言を口にするNPCだった。


「鏡を見て悦に入る趣味はない」


 はぁ、とNPCが息を吐き、立ち上がってWIZARDの下へと駆けて行った。


 駆けて行った先で、何やら二人で僕の方を指差しつつ、笑みを浮かべたが、さて……何の話をしているのだろうか。それにしても、なんだかんだと二人は仲が良くなったものである。


 楽しそうに笑っている二人を余所に、水平線へと目を向ける。


 水平線の向こう側に消えて行く太陽。日本人はこれを沈むと表現する。沈みゆく太陽。代わりに月が現れ、そしてまた太陽が昇る。陽はまた昇る。毎日、毎日変わらず昇る。けれど、その見せる光は毎日同じ様に見えて、いつもと違う。太陽が見せる顔は日々違う。調子が良い時もあれば悪い時もある。けれど、この人造の太陽にそんなものはない。今日の太陽は少し元気が無い、そんな風に感じてもそれはただの錯覚でしかない。


「…………掻き回すと言えば」


 掲示板からの参加者。βテスターに当選した者達は今どうしているのだろうか?まだ、生きているのだろうか。


 確か4人。


 『タチバナ』、『水晶』、『カニ』、『人形殺し』。


 この4人。


 『カニ』と同類の者を以前殺したが、あるいは彼が本人だったのかもしれない。だとすれば残り3人。どうしているのだろうか。別段、掲示板に参加していたからといって同族意識を持っているわけではないが……人殺しや死体が好きな奴らである。本来ならば、ランカーに名前を連ねていてもおかしくはない。


 僕が分かっていないだけで、いるのかもしれない。


 NEROは違う。彼はαテストの優勝者でしかない。


 WIZARDも違う。極めて暴虐無人であるが、その本質は12時を超えた時に見せるアレだ。


 SISTERも以前見た限りでは恐らく違うだろう。あれは真っ当な人間の側だろう。


 で、あれば。


 BLACK LILIY。


 どんな人物かは分からないが、BLACK LILIYこそがその内の一人かもしれないな、と思った。


 『タチバナ』『水晶』『人形殺し』、その内の一人だとするのならば……前者の二人であればどうでも良いが、BLACK LILIYが『人形殺し』だというのならば会ってみたいと思う。


 何故あそこまで四肢欠損した死体が好きなのか?とそう問うてみたい。人類史上最高の傑作はロザリア・ロンバルドという点で共感できる部分もある。センスは良いはずだ。これで更にSCYTHEやQODのように殺し方も綺麗であれば言う事はない。


「シズぅ?なんか、また浮気してない?」


 ぼんやりと姿形も思い浮かばぬBALCK LILIYのことを考えていれば、ふいにそんな声がかけられた。


「酷い話もあったものだ。僕はいつだって本気だ」


 瞬間。


 ぼん、と僕の背後で爆弾ウィザードが爆発した。


 


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